東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第490話 母親の形

 レマが投げたお札は紅い霊力を纏いながらまるで追尾性能が付いているように出鱈目に動き続ける東へ飛来する。それを彼は両手で弾き飛ばしながら凄まじい速度でレマに迫るがその時点で彼女は回避行動を取っていた。レマの左頬を東の右拳を掠め、その瞬間、彼と彼女が立っている地面に星型の結界が展開され、磁石の同じ極同士を近づけた時のように2人の体はそれぞれ後方へと吹き飛ばされる。結界内の人や物体を強制的に結界外へ弾き飛ばす効果があるのだろう。

「……」

 こちらへ飛んできたレマを見て俺は手を止めずにまた数メートルほど下がった。仲間を呼ぶ作業もPSPの画面をスライドしてスペルを宣言するだけなのでさほど意識せずとも続けることができる。なにより、『マルチコスプレ』で駆けつけてくれた皆には悪いが今はレマの戦いを見たかった。これが正真正銘、彼女の生き様を見る最初で最後の機会なのだから。

「ちっ」

 後方へ飛ばされた東は舌打ちをしながらも再びレマへと接近する。奴の動きは『薄紫色の星』が浮かぶ瞳を通してやっと捉えられるほど速い。あのネックレスは破壊され、予備の腕輪を使用しているがここが正念場だと判断してバッテリーに残っている地力を湯水のように消費しているのだろう。そんな東を俺のように特殊な魔眼がない限り、肉眼で見切るのは不可能だ。

 そもそもレマは博麗の巫女であるが、人間である。吸血鬼やトールなど皆の力を借りて身体能力を向上させた状態の俺でさえ弄ばれていたのにただの人間であるレマがあそこまで戦える方がおかしいのだ。

 だが、現実は違う。レマと東の戦いは一向に決着がつかない。それには理由が3つある。

 1つが『援護の結界』。地面に展開された星型の結界を踏み壊すことで効果を発揮するように調整されたそれらはどれも強力な強化を踏み壊した人に付与するがその持続時間は限りなく短い。おそらく強力な強化を付与するために持続時間を犠牲にするしかなかったのだろう。戦いながら何度も強化を掛け直すなど現実的ではない。

 それを可能としたのが『踏み壊す』という過程(プロセス)。『移動』、『回避』、『踏み込み』など戦う中、地面を踏みしめるという行為は必ず必要になる。その行為に『結界を踏み壊す』という過程(プロセス)を組み込み、本来、持続時間が短く、何度も掛け直さなければならない強力な強化を常にその身に施し続けているのだ。

 もちろん、踏み壊し続ければいいという話ではない。強化されすぎて体の動きに振り回されてしまうのか、それとも重なってしまうと体への負担が大きくなりすぎるのか。彼女の強化の詳細はわからないのではっきりとは言えないが、強化の重ね掛けをしていない。『薄紫色の星』が浮かぶ瞳で視てわかったが彼女の身体能力は常に一定。つまり、強化が切れた瞬間、一秒――いや、コンマ単位の狂いなく星型の結界を踏み壊しているのである。それも目で追い切れない速度で走り回る敵と戦いながら、次に切れる強化の種類、時間、結界の展開場所、踏み壊すタイミング全てを完璧に合わせなければならない。常人ならば考え付いてもすぐに無理だと投げ捨てるレベルの机上の空論。

 それを可能としているのが2つ目の理由である博麗の巫女特有の『直感』。

 霊夢の話ではレマの直感は未来予知の如く、当たる。それを利用すれば無謀ともいえる強化方法も不可能ではなくなるだろう。未来予知レベルの『直感』がどのようなものなのか、経験したことのない俺ではわからないが、目の前で実際にレマが実行しているので納得せざるを得ない。もちろん、強化以外にも彼女が投げたお札が目で追えないはずの東を必ず捉えるのも、奴の攻撃を回避できるのも『直感』の恩恵である。

 そして、3つ目の理由は――。

「ッ……」

 レマが投げたお札に紅い霊力が纏っておらず、すぐに地面に落ちてしまった。その隙に東がレマの懐に潜り込み、鋭い蹴りを放つ。間一髪、『五芒星結界』を展開して直撃を避けたが、結界はすぐに破壊され、レマは吹き飛ばされてしまう。そこへ更に追撃しようと東は後を追おうとするが破壊された『五芒星結界』の破片が東へと射出され、奴は回避。その間に態勢を整えたレマがお札を投げて牽制する。そのお札も半数以上が霊力は込められておらず、風に飛ばされてしまった。

「霊魔さん……?」

 レマの様子がおかしいことに咲さんも気づいたようで不安そうに戦う彼女を見守っていた。

 これが3つ目の理由。レマの霊力が不足しているせいで東を倒し切れないのである。

 そもそもレマは『時空を飛び越える程度の能力』を封印するために体を失った。じゃあ、目の前の彼女は一体、何なのか。その答えは至極簡単、霊力の塊である。彼女の体は霊力によって形成され、活動しているのだ。そんな状態で戦えば体を形成する霊力は失われ続け、やがて彼女そのものが消滅する。そう、レマは自分の命を削って戦っているのだ。

 おそらく今のレマは本気を――体があった頃よりも実力を出していない。いや、出せないのだ。出してしまったら東は倒せるかもしれないが、彼女もすぐに消えてしまうからである。

 あくまでレマの目的は俺の準備が整うまでの時間稼ぎ。東を倒すことではない。だから、彼女は本気を出さず、東の邪魔をし続ける。自分の命を消費しながら。

「すぅ……はぁ……」

 東の猛撃をやり過ごしながら不意にレマが深呼吸し、突然、彼女の体から紅いオーラが迸った。あれは――『夢想転身』。各代の博麗の巫女が開発した奥義をまとめた本に載っていたという異質の身体強化。

(じゃあ……あれを作ったのは……)

 なんと皮肉な話なのだろうか。俺は桔梗から、桔梗は過去の俺(キョウ)女の俺(なな)から、過去の俺(キョウ)女の俺(なな)は奥義書を通してレマ――母さんから伝えられ、習得した奥義。一見、何の関係もないと思っていたものがまた、繋がった。いや、きっと母さんは知っていたのだろう。あの未来予知(ちょっかん)で、全てを予知して、この日のために、この瞬間のために準備を進め、こうして命を燃やして俺を助けてくれている。全ては自分が産み落とした子供のために。

「ぅ……くっ……」

 駄目だ、まだ終わっていない。目の前で母さんが戦っているのだ。しっかりと目に焼き付けろ。その姿を、背中を、生き様を、想いを。彼女から受け継がれた『直感』に頼らずともわかる。これが、今の姿が、レマが俺に見せたかった『母親』という形なのだと。

「――ええ、だから、頑張れるのです」

 さほど大きな声でもないのに彼女の声は俺の耳に届いた。こちらに背中を向けているはずなのに彼女の笑顔が脳裏に浮かんだ。

「あなたがわかってくれることも、涙を流しながら目を逸らさず見ていてくれることも、やっと私を母親だと認めてくれたことも……全部、わかっています」

 『夢想転身』で不足し始めた霊力を爆発させ、持ち直した彼女だったがそれでも本気は出せず、東の攻撃を何度も受けていた。巫女服は破けて素肌を外に晒し、右腕は折れているのか変に曲がっており、地面には彼女の血が落ちては霊力の霧となり、風に飛ばされている。

「だから、頑張れるのです。何となく理解はしていましたが、母親はそういうものだと……やっと実感できました」

 東の連撃を両腕でいなしながら母さんは嬉しそうに言う。それが聞こえたのか、東は訝しげに目を細める。そんな奴の姿が見えるほど彼女の背中はすでに取り返しの付かないほど透けていた(・・・・・)

「ですが、楽しい時間というのは長くは続かないもの……そろそろ終わりにしましょう」

 そう言って、母さんはわざと東の拳を胸で受け止め、俺の方へ吹き飛ばされる。バキリ、という骨が砕ける音が聞こえた。彼女の肋骨は粉々になってしまったのだろう。

「ごふっ……さ、て……そう、し、あげ……で、す」

 彼女の動きに合わせて俺も下がる。気づけば俺たちはあの『死の大地』に戻ってきていた。ああ、そうだ。ここだ、俺たちが目指していた場所。作戦の要でもある『東をここまで誘導するか』は母さんのおかげで達成された。

(くそっ)

 母さんはもう限界だ。でも、あと十数秒足りない。あともうちょっとで準備が整うのに、あと少しで東を救えるのに。母さんが倒れたら、東は俺を一瞬で殺すだろう。それで終わり。何もかもおしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、借り、し……ます、よ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……」

 だが、母さんはまだ諦めていなかった。

 ボロボロの母さんにとどめを刺すために足を踏み出した東だったが、突然自身の足元に展開された星型の結界を見て目を見開く。あの結界は先ほど込められた霊力が少なく、風に飛ばされてしまったお札で作られた結界。母さんはこのタイミングで偶然、風に乗って飛ばされたお札で星型の結界を作れることを直感()っていたのだ。その結界から紅い鎖が飛び出し、東の体を拘束する。いきなり鎖で縛られた東は数秒ほど硬直するが、すぐに我に返り、力を込めて鎖を破壊。再び母さんへと接近。

「くっ……」

 その時、母さんはいきなり1枚のお札を真上に投げて閃光弾のように光った。真夜中の暗闇に慣れていた目が眩むが、それでは東は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――(リョウ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東の拳が届く寸前――いや、閃光弾によって伸びた母さんの影と東の影が重なった瞬間、東の影から黒くて太い蔦が飛び出し、東を雁字搦めにする。

「あれ、は……」

 母さんがリョウから影を操る術式を習ったのか、と思ったがあの蔦からリョウの地力が漏れていた。つまり、あの蔦はリョウの力によって作られたもの。でも、リョウはすでにこの世にはいない。じゃあ、どうやって――。

「ッ……」

 いや、あった。リョウが東の影に術式を仕込めたタイミングが、たった一度だけあった。そう、リョウが東に心臓を握りつぶされ、死ぬ寸前、彼女の手は東の影に触れていた。

 きっと、レマも魂の中からそれを見ていた。そして、その術式を起動する方法も直感(わか)っていたのだ。

「あの、死にぞこないがッ!!」

 それでも東は止まらない。黒い蔦はブチブチと音を立てて引き千切られてしまう。そして、奴が足を踏み出そうとして――何かに蹴躓き、よろめいた。身体強化の負荷がここにきて出たのか、とその足元を見て俺は目を丸くする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにあったのは桔梗の頭部だった。ここは『死の大地』。桔梗が破壊された場所でもある。母さんは未来予知(ちょっかん)でお札による拘束、リョウが遺した影の術を使い、桔梗の頭部で東が躓くように仕向けた。彼女は――桔梗は壊れてもなお、俺のために貴重な1秒を稼いでくれた。これで、あと数秒。

「死ねえええええええ!!」

 よろめきながらも繰り出された東の一撃は母さんの腹部を貫き、霊力の霧が迸る。だが、その瞬間、母さんは東の腕を掴んだ。彼女の足元には踏み壊されてキラキラと輝く結界の破片。最期の強化が母さんに施された。

「いえ、死、にま……せ、ん。死、な……せ、ませ、ん。死な、せ、て……たまる、もんで、すか」

 そう言いながら母さんが纏う紅いオーラが激しく鼓動し始める。更に霊力の密度がどんどん上がっていく。彼女の思惑に気づき、俺は顔を青ざめさせた。そうか、ずっと俺の前に展開されていた2枚の『五芒星結界』はこの時のための防壁。

「母さん!!」

「ッ……あぁ、やっと、呼ん……で、くれ、まし、た……ね。そ、れだけ、で……お母さん、幸せです」

 目の前で2枚の『五芒星結界』が重なる。待って、駄目。まだ、もうちょっと、だけ。もう少しでいいから。まだ、俺は何も――。

「じゃ、あ……響、また(・・)

 母さんはこちらを振り返って笑った後、自身の霊力を暴走させて――自爆。その爆発は

間近にいた東はもちろん、本来であれば俺も飲み込むほどの威力だったが母さんが遺した『五芒星結界』により爆風に巻き込まれることはなかった。

「……」

 パラパラと小さな破片が地面に落ちる中、俺はただ母さんがいた場所を見つめることしかできない。そこにはまだ奴が立っていたから。

「た、耐えた、ぞ……これで――」

「――ああ、おしまいだ」

 母さんが総仕上げといって稼いだ時間はたったの十数秒。そう、その十数秒で全ての準備が整った。さぁ、覚悟しろ、『東 幸助』。これから行われるのは望まぬ強制的救済である。





第454話、参照。




次回、響さんの本能力、判明。



なお、11月2日は諸事情により、お休みします。
次話の更新は11月9日です。申し訳ありません。






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