東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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明けましておめでとうございます。
昨年は何かと更新をお休みすることが多く、大変申し訳ありませんでした。
完結までもう少しですので最後まで後悔なく書き続けたいと思いますので皆さん、これからも『東方楽曲伝』をよろしくお願いします。


第496話 母さんの罪

「あなたはきっと……『私が導いたおかげで東の復讐心を排除することができた』。そう思っていますね?」

「それは……もちろん。リョウに襲われるって知っていながらそれを受け入れてくれたおかげで俺は産まれてきたし、封印も……それに俺の魂の中から何度も助けてくれただろ」

 そう、俺は母さん――『レマ』がいなければ途中で死んでいた。東に辿り着く前にリタイアしていた。だから、母さんが謝る理由がわからない。どうして、そこまで自分を責めているのか理解できない。

 そんな俺の疑問すらも彼女は知っている。直感で把握している。それでも俺の言葉を聞くのは少しでも俺と会話したいからなのかもしれない。

「はい、それはそうかもしれません。私も直感(未来予知)を使って少しでもいい未来に行き着くようにあなたに助言したつもり(・・・)です。ですが、前提が違うのです。」

「前提?」

 『助言したつもり』という言い回しに少しばかり違和感を覚えるが、それは後回しだ。それよりも『前提』とは何なのだろう。俺は母さんに助けられたから東の問題を解決できたと思っている。それが根本的に違うということなのだろうか。

(いや、そもそもそれ自体が違う?)

 母さんが謝らなければならないのは俺が産まれてからのことではなく、それ以前の問題? なら、なおさら俺に謝る必要はないはずだ。母さんがなにかしでかしたとしても産まれていない俺には何も関係が――。

「……気づいたようですね」

 俺が大きく目を見開いたことで母さんは俺が気づいたことに気づいたようだ。

 通常であれば未来は未定であり、人は選択を迫られる度、何かを選んで後悔する。そうやって後悔を積み重ねて人は生きていく。もちろん、俺だって何度も選んで何度も後悔して……ここに立っている。

 だが、母さんは違う。彼女には直感(未来予知)がある。未来を視た上でその未来に繋がるように選択できる。それでも後悔するし、その途中で失うものもあるだろう。けれど、少なくとも自分の望んだ未来に行き着く。

 そう、何かを選ぶということは何かを選ばないということでもある。今回の場合、母さんは俺が東の復讐心を排除する未来を視てそれに辿り着くために選択し続けた。それを言い換えれば俺からそれ以外の未来を奪った(・・・・・・・・・・・)ことに他ならない。本来、俺自身が選ばなければならない不確定の未来――数多く存在する夢を産まれる前から一つに絞り込まれた。

「あなたには文字通り、無限の可能性がありました。その美貌を買われ、女優もこなせる異質な俳優として活躍する未来。『象徴を操る程度の能力』の影響で心に響かせる歌声を持ち、歌手として有名になる未来。他にもモデル、アイドル、バイオリニスト……色々な未来がありました。まぁ、あなたは綺麗ですのでどうも芸能関係の道に進むことが多かったですね」

「……」

 芸能活動をする自分を思い浮かべ、なんとも言えない気持ちになり、母さんが続きを話し始める。確かに俺は『綺麗』と言われることが多い。しかし、どうにもそれを実感できないのだ。リョウの手によって古くなった術式は少しずつ崩壊している。それでもその影響がまだ残っているのだろう。

「ふふ、困っていますか? 困っていますよね? あなたは自分の容姿の異常さに未だに気づいていません。私が気づかせませんでしたから」

「それは……」

「酷い母親でしょう? 東の復讐心を排除する未来はまさに茨の道。それも私ではなく、あなたがその道を進む。それを知っていながらも私は望んだ未来に行き着くために産まれてもいないあなたを茨の道へと突き飛ばしたのです」

 『それに』と彼女は正座したまま、話を続ける。彼女が望んだのは『俺が東の復讐心を排除できるほど成長する』未来。だからこそ、この俺に出会う(この未来に行き着く)ためには俺を成長させなければならない。それがたとえ、どんなに厳しく、狭い道だとしても。

「あなたの『象徴を操る程度の能力』は子供が持つにはあまりにも危険すぎました。それにどうしてもあなたは幼少期に吸血鬼の血に飲まれる運命にありました。そのため、笠崎が幼いあなたを襲う事件の全てが解決した後、私は自分の命と引き換えにあなたに術式を施し、心の中からその術式を維持していたのです」

 つまり、吸血鬼の血が暴走するのは止められず、『笠崎と戦った後に処置する』未来が最良だったのだろう。そして、俺が笠崎と戦っている間に母さんは死んだ。体を捨て、俺の能力と吸血鬼の血が暴走しないように術式を維持し続けた。

「能力と吸血鬼の血……それはあなたという存在を構築する大切な要素です。それらを無理やり封印したせいであなたは『好意』に鈍くなる体質になってしまいました」

 そこで言葉を区切った彼女は再び頭を深々と下げる。やっと、俺が母さんの罪を理解したから改めて謝罪するつもりなのだ。

「私の夢のために……あなたから数多くの夢、未来、出会いを奪ったこと。茨の道に突き飛ばし、絶望を味わわせ、辛い人生を強要したこと。『好意』に鈍くなるという異常を煩わせたこと。お詫びいたします。大変、申し訳ありませんでした」

「……」

 確かに母さんの言うとおり、俺には色々な可能性があったのだろう。この世界線とはまた違った仲間と出会い、誰かを好きになり、子供を持っていたのかもしれない。もしかしたら望が義妹にならず、悟と霊奈とは幼馴染ではなく、雅、奏楽、霙、弥生、リーマとも出会わず、桔梗がこの世に産まれなかったことだってあるだろう。

 でも、それは全て可能性の話だ。望は義妹だし、悟と霊奈は大切な幼馴染で、雅、奏楽、霙、弥生、リーマは俺の式神である。リョウとドグと戦ったのだって俺だ。なにより……桔梗は『音無 響』である俺の従者であり、相棒。それは誰にも変えられない事実だ。

 その道のりは確かに茨の道だったと思う。それでも母さんが手を引き、未来に向かって導いてくれたからこそ、俺は死に物狂いで駆け抜けられた。

 どんなに可能性があったとしても俺はこの世界の、ここまで駆け抜けた『音無 響』の物語しか知らない。この物語こそ母さんが望んだ未来だというのなら、俺は心からよかったと思える。だって、この未来は母さんが無限に存在する未来の中から選んだ、最良の結末(ハッピーエンド)なのだから。

 それに――。

「――なぁ、一つ聞かせて欲しい」

「なん、でしょうか?」

「あの時……母さんが心から出てきた時、俺が引き止めたらどうしてあんなに驚いていたんだ? まるで、予想外の出来事(・・・・・・・)に出くわしたように」

 俺が『魂喰異変』の途中で重傷を負った際、母さんは俺の霊力と母さんの霊力が衝突するからと消えようとしていた。それを俺は止め、そのまま俺の魂の一室に住むことになったのだが、彼女には直感(未来予知)がある。俺が引き止めることも知っていたはずだ。

「……あれがターニングポイントだったのでしょう。実はあの未来はなかったのです。私はあそこで消える運命でした」

「……何?」

 あの時の俺の行動は母さんの視た未来にはなかった? つまり、母さんの直感(未来予知)が外れたのだ。だから、あそこまで驚いていたのか。

「でも、どうして……」

「それはわかりません。ですが、困惑しながらあなたの魂の一室に移動し、直感(未来予知)を発動させた時は驚きました。私が視た未来よりずっと素晴らしい未来が視えたのです」

 それを聞いて俺は先ほど母さんが直感(未来予知)を説明する時に『イレギュラーがなければ』と言っていたのを思い出す。きっと、そのイレギュラーこそ母さんの直感(未来予知)では予測できなかった俺の行動だったのだ。

「ですが、その未来を視て私は不安になってしまったのです」

「どうしてだ? よりいい未来になったんだろ?」

「ええ……でも、またイレギュラーが発生する可能性がありました。そのイレギュラーのせいであの未来がなくなってしまう。そう考えただけで恐ろしく体が震えたのです」

 母さんの直感(未来予知)はあくまでも『可能性』を見せるだけ。その未来は確定しておらず、少しのミスで大きく未来が変わる。最良の結末(ハッピーエンド)を迎えたのならまだしも、最悪の結末(バッドエンド)になってしまったのならただ俺を不幸にしただけだ。それが実の息子であり、その道を強要した本人からしてみれば絶望のなにものでもない。

「私は自惚れていたのでしょう。私が導けば必ず望む未来に辿り着ける、と。たとえ、私が途中でいなくなってもあなたならあの未来を手に入れられる、と。ですが、それは間違いでした。『可能性』という概念は私というちっぽけな存在がコントロールできるものではなかったのです。それに気づいた頃には一歩でも踏み外せば……いえ、呼吸のリズムが少しでも狂っただけで地獄へと叩き落とされる修羅の道のど真ん中にあなたは立っていました」

 よほど後悔したのだろう。母さんは体を震わせながら懺悔している。土下座を続けているので顔は見えないが、見えないからこそ彼女の目から零れる涙が視えた。


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