「……」
「……なぁ、霊夢」
「何よ」
「あれ、止めなくていいのか」
「いいんじゃない? 楽だし」
私の返答に納得できなかったのか魔理沙は何とも言えない表情を浮かべながらガシガシと帽子越しに頭を掻く。そんな私たちの前には祓い棒を振り回しながら弾幕をまき散らしている早苗の背中があった。
「さぁ、どんどん行きますよ!」
やはりというべきか、会った時から妙にテンションが高かった彼女は妖精を見つける度に高笑いをしながら撃ち落としていく。正直、あのテンションの高さは異常だ。それこそ異変の時に妖精が騒ぐのと同じような感じがする。
確実に早苗は異変の影響を受けているのだろう。しかし、私と魔理沙は何も変化がない。いや、もしかしたら私の夢見の悪さも異変の一種なのだろうか。仮にそうだとしても私と早苗では影響の受け方があまりにも違いすぎた。
私は夢見が悪く、胸が締め付けられ、早苗はテンションが上がる。
関連のなさそうなそれらの共通項は今のところ、わからない。
(それに……)
「ん? どうした?」
「……何でもないわ」
私や早苗が影響を受けているのに魔理沙は全くと言っていいほど変化がない。それも何か関係があるのだろうか。
「早苗」
「なんですか?」
とりあえず、何かヒントになるかもしれないと早苗に話を聞いてみることにする。そう思って声をかけると早苗はうきうきした様子で振り返り、返事をした。こちらに来ないので妖精を撃ち落としながら話を聞くつもりらしい。
「どうしてそんなにテンションが高いのよ。何かいいことでもあったの?」
「え? 私、テンション高いですか?」
「ああ、それはもうここ数年で一番のテンションだぜ」
「えー、そんなことないと思いますけど……ですが、なんといいますか。こう、気分が高揚するというんでしょうか」
弾幕を放ちながらも首を傾げる早苗に私と魔理沙は顔を見合わせる。彼女はなにかキノコを決めているのだろうか。そんな疑いの視線を向けるとブンブンと首を横に振って否定する魔理沙。さっきもお土産にキノコを持ってきたが、それとはまた別件らしい。
「すごく嬉しいことが起きそうな……いえ、すでに起こってるような気がするんです。私には霊夢さんのような直感はありませんけど、何となくそう思ったんだと思います」
「思いますって……自分のことなのに随分あいまいだな」
「だって、テンションが高いことだってお二人に指摘されるまで気づいていませんでしたから……これも異変のせいなのでしょうか?」
「私と霊夢は別にテンション上がってないぜ?」
「……とにかく今は前に進みましょう。そうすれば何か――早苗!」
「はえ?」
話しながら戦っていたからだろうか、早苗は珍しく妖精を撃ち漏らしていた。その撃ち漏らしが『お返しだよー!』と言わんばかりに嬉々として早苗の死角から霊弾を放ったのだ。早苗もすぐに気づいたが躱すには少しばかり遅かった。霊弾は吸い込まれるように早苗へと――直撃する前に何かがその間に割り込み、霊弾を防いだ。
「あれは……ナイフ?」
「と、いうことは」
「あら、皆さん、お揃いで」
その声は私たちの後ろから聞こえ、振り返ると紅魔館のメイド長――『十六夜 咲夜』が呆れたように腕を組んでいた。用事がない限り、紅魔館から離れない彼女がこんなところにいるのは珍しい。
「お、咲夜じゃん。奇遇だな」
「奇遇……なのかしらね」
「何かあったの?」
どこか疲れた様子で溜息を吐いた咲夜は私の問いかけに腕に掛けてあった日傘を手に取った。あれは確かレミリアが昼間に外に出る時にいつも使っていたものだ。しかし、肝心の持ち主の姿はない。
「……お嬢様と妹様が日傘も持たずに外に出たのよ」
「……はぁ!? なんだそれ!」
「あ、咲夜さん。さっきはありがとうございました……って、何かあったんですか?」
魔理沙の絶叫が響いた後、視界にいた妖精を全て撃ち落とした早苗が戻ってきた。驚いている私と魔理沙を見て首を傾げている。
「レミリアとフランが日傘を持たずに出かけたらしいわ」
「え? こんなお天気のいい日に?」
私の言葉に早苗は空を見上げ、眩しそうに目を細めた。そう、今の天気は晴れ。自然が多く、日陰の多い幻想郷であっても吸血鬼が日傘を持たずに出かけるなど自殺行為にも等しい。
「だから、こうやって探し回ってるのよ。今のところ、目撃証言すらないけれど」
「もう……何がどうなってるのよ」
私の夢見の悪さ。
テンションの高い早苗。
日傘を持たずに出かけた吸血鬼姉妹。
変化のない魔理沙と咲夜。
情報が手に入れば入るほど謎が深まっていく。
「あなたたちはこんなところでどうしたの? 紅魔館に用事?」
「ああ、なんか妖精が騒がしいから調べてんだ。咲夜はなにか知らないか?」
「そういえば妙に妖精と遭遇したわね……いいえ、特に気になるようなことは何も」
「紅魔館で何か起きたんじゃないの? 妖精たちもそっちから来てるし、レミリアたちも出かけたみたいだし」
私の質問に咲夜はキョトンとした後、『ちょっと待ってて』と言って一瞬だけ彼女の姿がぶれる。どうやら、『時間を操る程度の能力』を使ったようだ。
「今、見てきたけれど紅魔館では何も起きてないわね。まぁ、お嬢様たちが出かけたこと自体、ありえないことではあるけれど……それに妖精は別に紅魔館の周辺に多いわけじゃないわ」
「へ? どういうことですか?」
「お嬢様たちを探してる間も妖精たちと遭遇したってこと……そうね、今思えば、妖精たちはどこかを目指してるように見えたわ」
そんな咲夜の発言に私たち3人は顔を見合わせる。つまり、私たちは全くの逆方向に向かっていた、ということになるだろう。
「じゃあ、戻りましょうか……途中で見かけた妖精が向かってる方向に向かうってことで」
「ああ、そうだな。とんだ道草食っちまったな」
「あ、咲夜さんはどうします? 一緒に来ますか?」
「……そうね。お嬢様たちも戻ってなかったし、付いていこうかしら」
新たに咲夜が加わり、私たちは妖精が向かっていた方向へと移動する。妖精たちよりも私たちの方が速いため、後ろから襲われることはないが今度は左右から妖精たちが襲ってくるようになり、自然と右側を早苗、左側を魔理沙、咲夜が担当するようになった。
「霊夢、お前も働けよ」
「嫌よ。アミュレットがないから一発ずつお札に霊力を込めなきゃならないもの。そうしてる間にあなたたちが撃ち落としちゃうし、面倒だもの」
「相変わらずの物ぐさぶりね……まぁ、事実であるのだけれど」
3人に囲まれるようにサボっていると魔理沙に指摘され、そっぽを向くとそこには呆れた様子でナイフを投げている咲夜がいた。正直、4人もいる時点で過剰戦力なのだ。だから、もし万が一の時のために力を温存しておいた方がいいと判断したまでである。
「あの、このままでしたら人里を通ることになるんですが」
うんうんと一人で納得していると不意に早苗が声をかけてきた。確かに妖精たちは人里――もしくはその先にある何かに向かっている。
「一応、人里の調査もしておいた方がいいかもしれないわね」
「……私はパス。霊夢たちが人里を調べてる間にその周辺でも見てくるわ」
「なら、私もそっちに行きましょうか。お嬢様たちが人里に行くとは思えないし」
自然と私と早苗が人里、魔理沙と咲夜が人里周辺を調査することになった。魔理沙は昔から人里にあまり近づきたがらない。それを私たち3人は知っていたため、特にそれについて追及することもなく、気づけば遠くの方に人里が見え始めた。