人里の近くに降り立った後、魔理沙、咲夜と別れた私と早苗は異変に関する情報を集めるために中に入ることにした。
「……それにしても」
「ん? どうしたんですか?」
行きかう人々を眺めながら思わず声を漏らしてしまうと隣を歩く早苗が首を傾げる。別に話すことでもないが早苗の目が『気になります』と言っていたので仕方なく言葉を続けた。
「特に変化がないって思ったのよ。今までの異変でも人里に影響が出たこともあったから何か起きてるんじゃないかって」
「ああ、確かにそうですね。私や霊夢さんにすら影響を与えるような異変ですから人里の人たちに出てもおかしくないです」
そう、おかしくないはないのだ。おかしくはないのだが、情報が少ない現状、そんな憶測で動くしかない。それが今までの異変との違いだった。
(ほんと、調子悪いわね)
そう思いながらコンコンとノックするように頭を指で叩く。私には『博麗の巫女』特有の直感がある。いつもなら何となく異変の元凶がいる場所がわかり、迷うことなくそこへ向かうことができた。
しかし、今回の異変はどうだ。異変の元凶に関する情報は未だにゼロ。それどころか元凶がいる場所さえ碌に掴めず、逆方向に向かってしまっていたほどだ。直感が働いたのは私の夢見の悪さもこの異変の影響だと思った時ぐらいです。
「あ、どもー。ありがとうございますー」
私に似てぐうたらになってしまった直感を起こそうとしつこくノックしているといつの間にか早苗は人里の人々に囲まれていた。
この数年の幻想郷は異変一つ起きず、平和が続いていた。それどころか妖怪が人を襲うという事件すらほとんど聞かなくなったのだ。人里の人々はそれを守矢神社や命蓮寺の加護のおかげだと思い、数年前に比べ、信仰する人がグッと増えたのである。もちろん、博麗神社はすでに廃れていると噂されているので信仰が増えることもなく――いや、たまに博麗神社の敷地内にある小さな神社にお参りしている人はいた。博麗神社の賽銭箱には一銭も入れず、その小さな神社の賽銭箱に入れているところを見て愕然としたのをよく覚えている。その時、私は珍しく博麗神社の境内を掃除していたのにその人はこちらに目を向けることなく、小さな神社にお参りし、そのまま帰っていった。
「あ、すみませーん。ちょっと今日は用事がありましてー……あ、これはどうもありがとうございます」
人に囲まれてしまい、動けなくなってしまった早苗は人々に笑顔を振りまきながら時々、助けて欲しそうに私に視線を向けていた。それに対して満面の笑みを浮かべた後、私は早苗を無視して再び歩き始める。
「え? 霊夢さん? 霊夢さん!?」
後ろから焦る早苗の声が聞こえたが軽く手をひらひらさせて放置。あの状態なら人里の人たちに異変に関する情報を聞くのも容易いだろう。その間に人里の様子をぐるっと回って何か変わったところがないか私が確認する。完璧な役割分担だ。別に進行云々は関係ない。そんなことを考えている場合ではないのだ。だから、彼女を見捨てたのは仕方ないことなのである。
「……ふむ」
早苗を置き去りにしてしばらく経ったが、特に目立つような変化はなかった。人里は私や早苗のような影響を受けていないのだろうか。やはり、影響が出る人にはなにか共通項が存在するのかもしれない。普段ならその共通項も直感で何となくわかるのだが、働かないのだから仕方ない。
(そろそろ戻ろうかしら……)
この分なら早苗の方も期待しない方がいいだろう。人里で情報を得るのは諦めた方がよさそうだ。
そう判断した私は早苗を迎えに行くために踵を返す。しかし、その足はすぐに止まった。迎えに行こうと思っていた早苗が道の向こうから走ってくるのが見えたからである。
「れ、霊夢さん……酷くありませんか? あの時、絶対に目が合いましたよね? こっち見て笑ってましたよね?」
「ええ。でも、信仰者との交流を邪魔するのは悪いかと思って」
「絶対嘘ですよね!?」
「そんなのことより何かわかったの?」
私の質問に早苗はうっと言葉を詰まらせた。きっと、何もわからなかったのだろう。私も同じようなものなので特に攻めることなく、人里の出口へと向かう。
「霊夢さんの方はどうでした?」
「何の成果もなし……でも、わかったことがあるわ」
「え? 成果がなくてわかったこと、ですか?」
「……人里は何も異変の影響を受けていない。それがわかっただけでもよかったわ」
これで私や早苗、紅魔館の吸血鬼姉妹にあり、魔理沙、咲夜、人里にないものを考えればいい。まぁ、もう少し情報がなければ共通項は導き出せないのだが。
「あ、なるほど……ん? あれって」
ポンと掌に拳を当てて納得した様子の早苗だったが丁度、視線の先に気になる物があったのか、意外そうに声を漏らす。その視線を追うとそこには困ったようにキョロキョロと周囲を見渡す妖夢がいた。人里をよく利用している彼女が迷子なわけもなく、私や早苗のように影響を受けているのかもしれない。私と早苗は頷き合い、妖夢に向かって歩き始めた。
「何やってるのよ、妖夢」
「え? あ、霊夢さん、早苗さん、こんにちは」
「はい、こんにちは。あの、何か困ったことでもありましたか?」
早苗の問いに妖夢は顔を引き攣らせ、視線を彷徨わせる。困っていることはあるようだが、それを言うべきか悩んでいるのだろう。
「……実は、幽々子様にお使いを頼まれまして」
「お使い? また食料を食いつくしたの?」
「それもあるんですが……食材を買うついでに人里でこれを投函してきて欲しい、と」
そう言って彼女が取り出したのは一枚の紙きれだった。差し出された段階で裏だったので受け取った後、紙をひっくり返す。だが、そこには何も書かれていない――表も裏も真っ白な紙だった。
「えっと……」
「私も出かける直前に渡されて碌に確認もせずにここに来てしまったんですが……どうしたものかと思いまして」
「そもそもこれをどこに投函するんですか?」
「そうなんですよね……あー、なんでもっと詳しく聞かなかったんだろ」
頭を抱えて溜息を吐く妖夢に思わず同情してしまう。食材を食い尽くされた挙句、よくわからないお使いを頼まれたのだ。しかも、白玉楼と人里は『戻って事情を聞く』という当たり前の行動を取ることを躊躇するほど離れている。
「霊夢さん……これってもしかして」
「……可能性はゼロじゃないわ」
だが、私と早苗は真っ白な紙を見て一つの疑念を抱いた。レミリアとフランが日傘を持たずに出かけたのと同様に幽々子にも異変の影響が出た可能性である。妖夢には影響は出ていないようなので影響を出た組と出ていない組に項目が一つずつ追加された。
それにこの紙を見ていると不思議な既視感を覚える。私はこの紙を何度も見たような気がするのだ。でも、私が紙を読んでいるわけではない。誰かがこの紙を見ているのを横から眺めていたような――。
――幽々子の奴、またご飯作りに来いってさ。妖夢の修行がひと段落した途端、週一ペースでこんな依頼出してくるようになってな。まぁ、楽な依頼の部類に入るからいいんだけど。
「……依頼状?」
無意識でそんな言葉を漏らしていた。そう、そうだ。そうだった。この紙は依頼状。誰に対する物かはわからないが、それだけは断言できた。
「依頼状、ですか? でも、真っ白ですよ?」
「炙り出しかもしれません。こう、下から火で炙ればメッセージが出るやつです!」
首を傾げる妖夢に早苗がわくわくした様子で力説する。だが、そうではない。この紙にはきちんと依頼内容が書いてあるのだ。それを私たちが認識できないだけで。
「妖夢、覚えてる? 永夜異変のこと」
「っ……まぁ、覚えていますが」
『永夜異変』とは一見、いつもの満月だったが妖怪組(私の場合は紫)が満月がいつものと違うからその原因を探すと言い、強引に夜を止めた異変のことだ。
「えっと、その異変がどうしたんですか? 今はお昼なので月は関係ありませんが……」
「そこじゃないわよ。原因を探す途中で人里に来たら
「……まさかこの依頼状も同じような現象が起きていると?」
「ええ、あの時、妖怪組はきちんと人里を認識していた。今回も幽々子には認識できてたから特に説明もなく、依頼状をあなたに渡したんじゃないかしら」
「あ、あのー……何の話をしてるんですか? できれば私にもわかりやすいように説明してもらえると嬉しいんですが」
当時、まだ幻想郷に来ていなかった早苗は私と妖夢の会話についていけず、はてなを浮かべているが今はそれどころではないので放置しておく。
「……では、今回の異変の元凶は」
「あの時と同じなら……慧音が怪しいわね」
人里の歴史を食べ、
そうと決まれば話は早い。私と妖夢はほぼ同時に慧音のいる寺子屋へと歩みを進めた。
「え、えぇ……」
最後まで説明してもらえず、涙目になっている早苗を置いて。