東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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遅れてすみません、なんとか更新できました。


EX15

 両手両足に妖力を纏った彼を見ながら私は術式を組み上げる。

 夢符『二重結界』。

 このスペルは二重の結界を貼って私の身を守るのはもちろん、内側の結界に『博麗のお札』を投げるとお札が外側の結界に転移し、攻撃することも可能だ。先ほど『万屋』が使った『霊楯『五芒星結界―ダブル―』』と同じように攻守両方に優れたスペル。これで相手の攻撃を防ぎながらこちらも攻めることができる。

「――ッ」

 しかし、二枚の結界を展開させた瞬間、『万屋』が外側の結界に肉薄した時点で自分の見通しが甘かったことを痛感する。今まさに振りかぶった右拳を外側の結界にぶつけようとしていた。

(一体、どうやって距離を……)

 『万屋』が使ったスペルは『拳術『ショットガンフォース』』と『蹴術『マグナムフォース』』。両手両足に妖力を纏わせていたが、詳細のスペルは不明。

(……違う)

 先ほどまで『万屋』がいた場所に妖力の残滓を感じ取ることができる。もしかしたら、両手両足に纏った妖力を後方へ放出して一気に距離を詰めたのかもしれない。

 いや、今は相手のスペルの考察よりもこの状況を何とかする方法を考えろ。彼の右手に込められた妖力はそれほどでもない。おそらく2発なら耐えられるはずだ。だから、その隙に内側の結界にお札を投げ込み、外側の結界に肉薄している相手へぶつけ――。

 

 

 ――本当に?

 

 

 そんな警告とも呼べる疑問が脳裏を過ぎり、前に投げようとしたお札を真上へ放る。

 

 

 

 そして、『万屋』は外側の結界をたった一発の右ストレートで粉砕した。

 

 

 

 私の得意な結界は『守りの結界』。もちろん、『二重結界』も転移を駆使した攻撃は可能だが、主な使い方は防御である。だからこそ、結界の頑丈さには自信があった。

 それがこの結果である。

 『万屋』の拳が外側の結界に当たる直前――いや、当たった瞬間、彼の右拳の妖力が爆発的に肥大した。その破壊力に外側の結界が耐え切れなかったのだ。

(ッ……まだ、終わってないッ)

 外側の結界を破壊してもなお、『万屋』の体は前へ進んでいた。見れば両足の妖力を後方へ噴出し続けている。このままでは内側の結界もすぐに破壊されてしまうだろう。

 だからこそ、私の直感は真上にお札を放るように叫んだのだ。

「ぐっ」

 私は咄嗟に真上に放ったお札に霊力を込め、小さな爆発を起こした。その爆風に煽られ、私の体は急降下。その次の瞬間、『万屋』は内側の結界を破壊した。そのまま私の真上を通り過ぎていく。もし、直感が発動しなければ今頃、私の体は彼の拳に捉えられ、一撃で気絶していたかもしれない。

「はぁ……はぁ……」

「……」

 夢符『二重結界』は二枚の結界を破壊されたことでブレイク。そして、『万屋』もたった数秒で二枚のスペルがブレイクされた。一瞬にして間合いを詰め、私の結界ですら止められないほどの攻撃力を誇っているのだ。デメリットとして制限時間が極限にまで短くしたのだろう。

「妖力を使うなんて……人間の皮を被った妖怪かしら?」

「いや、俺はれっきとした人間だよ。ちょっと特殊な、ね」

 ちょっと特殊な人間にこれほど精密な妖力コントロールができるとは思えないが、彼が次のスペルを構えたのを見てグッと堪えた。彼のスペルカード枚数は不明だが、おそらく私のそれを凌駕している。ここでスペルを使いすぎればいずれガス欠を起こして負けてしまうのは必至。少しでもスペルカードを温存しなければ。

「じゃあ、次のステージに行こうか。霊双『ツインダガーテール』」

 スペルを唱えると彼のポニーテールが解け、ツインテールへと変わる。そのまま両方の毛先に小さなナイフ状の結界が展開された。両手が空いた状態で双剣を生み出すスペルらしい。

「神鎌『雷神白鎌創』、神剣『雷神白剣創』」

「なッ……」

 更に二枚のスペルを使用。右手に真っ白な鎌を、左手には同じ色の直剣を持ったのを見て私は思わず目を見開いてしまう。あれは――神力で創造した武器。霊力や妖力だけでなく神力すらも使えるとなれば特殊ではなく、異常としか思えない。

「最後におまけだ。雷輪『ライトニングリング』」

 驚きのあまり、動けずにいると彼の両手首にバチリと音を立てながら魔力で構築された雷の腕輪が装備される。魔力すらも操れるとなれば彼の体が心配になってしまった。種類の違う力をあれだけ正確にコントロールできるようになるまでどれほど努力をしたのだろう。

「スペルを温存するつもりかもしれないが……そう簡単にできるか?」

「ッ!! 霊符『夢想封印 集』!」

 気づけばあれだけ温存しようと思っていたスペルを私は使っていた。私から放たれた巨大な霊弾が『万屋』へ襲う。だが、霊弾が当たる直前、彼の姿が駆け消え、対象を失った霊弾がその場で一瞬だけ停滞し、再び『万屋』に向かっていく。私の視線もそれを追いかけ、彼が『死』の大地の中心で立っているのを見つけた。

(あの距離を、また一瞬で?)

 しかも、前回のように妖力を推進力とした爆発的な加速ではなく、まるで瞬間移動だった。彼の足元に焦げ目が付いているので瞬間移動ではなく、高速移動。おそらく、彼の両腕に装着された雷の腕輪の効果だろう。

「よっと」

 『死の大地』で迫る霊弾を見ていた『万屋』は両手の武器を構え、霊弾へと突っ込む。そして、ツインテールの右ナイフが突然、伸び、先頭を飛んでいた霊弾を一刀両断する。そのまま左ナイフも二つ目の霊弾を真っ二つにした。

 霊弾は残り六つ。そう思った矢先、右手に持っていた白い鎌を振るい、二つの霊弾を同時に斬り捨てた。そこでやっと残り四つとなった霊弾が彼に激突――するところでまだ瞬間移動に似た高速移動で霊弾から距離を取る。

 再び、四つの霊弾が『万屋』へ迫ろうとした瞬間、遠くに逃げた『万屋』が霊弾へと突撃。ツインテールのナイフ、両手の神力で創造した鎌と直剣を同時に振るい、霊弾を全て無効化してしまう。

「……」

 追尾性能が仇となり、私のスペルは彼の思惑通り、無駄になった。きっと、私がスペルを使う前の発言もそれを狙ったものだったのだろう。私はまんまと『万屋』の罠にはまってしまったのだ。まずい、今の私は無防備だ。このまま攻められたら私は――。

「ガッ」

 ――だが、その瞬間、彼の四肢が弾け飛び、私の顔に血しぶきが飛んできた。あまりの事態に私は言葉を失いながら頬に付いた液体を指先で撫で、おそるおそるそれを視界に入れる。真っ赤な鮮血が指先に付着していた。

 弾幕ごっこは種族間の力の差をなくし、軽い怪我だけで済むように調整された遊びだ。もちろん、『万屋』との戦いでもそれは適用されている。そのはずなのに彼は致命傷としか思えない大怪我を負ってしまった。そのことが予想以上にショックで顔から血の気が引いていくのがわかる。

「……そんな泣きそうな顔すんなよ」

 両手両足を血だらけにしながら私の顔を見て引き攣った笑みを浮かべる『万屋』。そして、その次の瞬間、時間を巻き戻すように彼の四肢は元通りになってしまった。大量の血が付着した制服も新品のように綺麗になっている。

「言っただろ、俺はちょっと特殊な人間だって。これぐらいの怪我なら一瞬で治る」

「……治るとしても、傷ついて欲しくない」

「……そうか」

 彼の発言に対し、私は自然とそう言っていた。きっと、これが私の本心。その本心の根底にある何かを探す戦いがこれなのだ。

 だからこそ、彼は全力で私と戦ってくれている。治るからといってあれほどの大怪我を負ったのも『音無 響』を教えるため――私に思い出させるための行為。

 それならば――。

「……治ったのなら、次に行きましょう」

「ああ、そうだな」

 ――私も全力で戦う。それが忘れてしまった私にできる唯一の行為だ。

 


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