東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第56話 雅の決心

 ――殺してやる……殺してやるぅぅぅぅぅ!!

 ――狂気が殺るなら私も殺らなきゃ駄目よね?

 ――まぁ、我も響が傷つけられて少しイライラしておるからの~。すまんな?

(い、いや……やめて)

 涙を流しながら後ずさる私に近づく3人。その姿はこの世の物とは到底、思えなかった。

「……ぎゃああああああああああああああああっ!?」

 体を起こして、すぐに絶叫する私。

「きゃあああああああああああああああっ!!」

 私の絶叫の後に続いて女の子の黄色い悲鳴が聞こえた。

「はぁ……はぁ……だ、誰?」

「び、吃驚させないでよ……雅ちゃん」

「ご、ゴメン……って望!?」

 タオルを持った望が目の前にいて吃驚する。望は私が転校した中学校で同じクラスの人だ。向こうは私の事を友達と思ってくれているらしい。

「ど、どうして望が?」

「誰かに襲われていた所をお兄ちゃんが助けたみたい。何も覚えてない?」

(襲われた? お兄ちゃん?)

 聞き慣れない言葉に混乱する。そして、一つの可能性にぶち当たる。

「の、望の苗字ってなんだっけ?」

「え? 音無だけど? どうしたの、両手で顔を覆って」

 私とした事が友達の姉に勝負を挑んでしまったようだ。望が一度も苗字を言っていなかったのもあるが普通、友達の苗字も覚えておくものだろう。私のミスだ。

「い、いや……何でもない。ところでお兄さんは? お礼を言いたいんだけど」

 望は私を助けたのは『お兄ちゃん』と言った。しかし、私が戦った相手は女。つまり、私が戦った相手ではない。お姉さんだろう。

「ああ、お兄ちゃん。仕事で疲れてるみたいで起きて来ないんだ」

「そうなんだ……他には兄弟いる?」

 何気なく聞いてみる。

「ううん。お兄ちゃんだけだよ?」

「ん?」

 望はどうして姉の存在を隠そうとするのだろう。

「え、えっと……お兄さんの名前は?」

 もしやと思いつつ、質問した。

「響。響くって書いて響だよ」

「……は?」

 思わず、聞き返してしまった。あの顔は絶対に女だ。あれで男だったらDNAに何か障害を受けているに違いない。

「ああ、もしかしてお兄ちゃんの顔、見た?」

「う、うん……き、気絶してる途中で一回、意識を取り戻したんだ。その時に」

 襲われたと言っていた。私は気絶していた事になっているのは目に見えたのでそう説明した。

「私も最初はお姉ちゃんだと思ったよ~。でも、男なんだ」

「へ、へ~……」

 戸惑いながらそう相槌を打つ。だが、顔はしっかり引き攣っている。

「……」

 しかし、どうして彼は私をここまで運んだのだろう。妖怪なら殺すかあのまま放っておくはずだ。

「でも、良かったよ。雅ちゃん、怪我がないみたいで」

「うん……ありがと」

「お礼ならお兄ちゃんに言って」

「わかった」

 壁にかかった時計を見ると深夜0時を指していた。

「望もありがとね。こんな深夜まで看病してくれたんでしょ?」

「深夜? 今、正午だけど?」

「……へ?」

 今はお昼。カーテンが閉まっていたので気付かなかった。きっと、日差しで私が起きるのを防いだのだろう。

「お、お兄さん。一回、起きた?」

「ううん。相当、疲れてるみたいだね」

 望はあっけらかんと答えるが目には不安が浮かんでいた。

「……」

 その原因は私だ。狂気たちが言っていたように私は響を殺すつもりなんて一切、なかった。リーマを倒した奴がどんな人か見ておきたかったのだ。だが、途中から私は本気で戦っていた。例え、私の正体を知らなくても友達と思ってくれている相手を悲しませる事はしたくない。

「ゴメン……」

「雅ちゃんが謝る事じゃないって」

 無意識の内に謝ってしまった。

「でも……」

「じゃあ、お兄ちゃんが起きるまで待っててよ」

「……うん」

 響に会うのが少し、怖かった。もしかしたら、望の前で私の正体をばらすとか考えているかもしれない。そうしたら、また引っ越さなければいけない。

「ふぁ……おはよ」

「っ!?」

 その時、響が居間に入って来る。髪を降ろしていたので狂気を思い出してしまい、身震いしてしまった。

「あ、お兄ちゃん。おはよう」

「おう、おはよ……雅も」

「う、うん。おはよ」

 ぎこちない挨拶。望が私たちの様子が変だと感じているようで首を傾げている。

「ちょ、ちょっと来て!」

「お、おい!」

 この場で話すわけにもいかないので響の腕を掴んで居間を飛び出した。

「えっと……」

 だが、初めて入った家なのでどっちが玄関なのか分からない。その場で立ち止ってしまった。

「と、とりあえず俺の部屋に」

 その事に気付いた響が私を引っ張り、2階に上がる。

「……で? 話って?」

 部屋に入ると話を振って来る響。

「何で? どうして、私をここに? 普通なら殺すかあのままにしてたはずじゃ?」

 そう、それが気掛かりなのだ。

「い、いや~……多分、納得しないと思うけど」

 そこまで言って口を閉ざす。

「いいから言って!」

「……何となくだよ。あのまま、放っておく事が出来なかったんだよ」

「納得いかない!」

「だから言ったろ!」

 何となくで自分の事を殺そうとした相手を助けるのだろうか。あり得ない。

「まぁ、後でフランに聞いたんだけどお前、本当は殺すつもりなんてなかったんだろ?」

「そりゃ……そうだけど」

「ならいいじゃねーか。こうやって、俺もお前も無事だったんだし」

「――ッ!?」

 今、この男は何と言った? 『俺もお前も無事だった』と言ったのか?

「何なの?」

「え?」

「どうして! 確かにあんたの事は殺すつもりはなかった。でも、たくさん傷つけた! それなのに私の心配までするってどういう事!?」

 我慢できずに叫んでしまう。全く、理解出来ないのだ。

「知るかよ」

「……は?」

 きっぱりと言い張ったので呆けてしまった。

「俺は自分でしたい事をしただけ。まぁ、抵抗がなかったわけじゃない。お前は俺の腕をミンチにしたしな。でも、置いて行く事も出来なかった。で、連れて来た」

「ちょ、ちょっと! 悩まなかったの?」

「悩むより行動。それが俺のモットーでな。悩んだならとりあえず行動する。だから、俺は後者を選んだ」

「……選んだ理由は?」

 ああ、この人は――。

「んなもん、決まってるだろ? 俺がお前を助けたかったからだよ」

「~~~っ」

 ――なんてお人好しなんだろう。

「ん? どうした?」

「……響。いや、音無 響さん」

「?」

 突然、口調が丁寧になった事に疑問を持ったのか首を傾げる響。

「私を……貴女の式にしてください」

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て待て待て!!」

 掌を雅に見せながら言う。

「待たない! 私を式にして!! あんたのその心の広さに胸を貫かれたの! もう、あんたの後ろをついて行くと決めたの!」

 敬語からいつもの口調に戻ったが真剣な眼差しでこちらを見る雅。

「……まず、俺の事を『貴女』と言ってる奴は式にはしない」

「? じゃあ、貴女様?」

 俺の言っている意味が分かっていなかったようで首を傾げながら雅が答える。

「ああ、もう! 俺は男だ! 『貴女』じゃなくて『貴方』だろうが!!」

 携帯のメモ帳に『貴方』と打ち込みながら叫ぶ。画面を見た雅がハッとした。

「ご、ゴメン! つい……」

 そう、謝りながらシュンとなって落ち込んだ。

「……だいたい、式にして俺に何の得があんだよ」

「い、一緒に戦える!」

 胸の前で両手をギュッと握って言い放つ雅。

「それだけだと式にする必要ねーだろ? 一緒に戦えばいいだけの話だし。他には?」

「ほ、他……家事が出来る! 長年、一人暮らしだから」

「家事?」

 突然、そんな事を言い出すので聞き返した。

「はい、さっきから両親の姿が見えないから仕事が忙しいのかなって」

「……いや、親は今いない」

「え?」

 俺の言葉にクエスチョンマークを浮かべる雅。

「父親は数年前に病死。母親は俺が失踪した時に蒸発した」

「ま、待って! あんた、失踪した事あるの?」

「幻想郷に行っててな。こっちでは失踪扱いだ」

 肩を竦めながら言う。そもそも、俺が幻想郷に行かなければ母は蒸発する事もなかったのだ。少し、悔しい。

「そうなの……なら、なおさら!」

「家事は俺も望も出来るからいい。それに式ってのは主人の近くにいるもんだろ? お前、どこら辺に住んでんだ?」

「えっと――」

 雅が住所を教えてくれた。

「ちょ! 遠すぎだろ!!」

「そ、そう? 私には普通だけど?」

 飛んで来るから、と胸を張って言い放った雅。

「式にするのは無理」

 前に紫から式神について教えて貰った事がある。式は主人から力を供給して貰ってパワーを発揮する。主人の命令に従っている時だけは主人と同等の力を得る事が出来るらしい。だが、俺の家と雅の家は何キロも離れている。さすがに無理だろう。

「それならいい方法があるよ!」

 雅が満面の笑みを浮かべてから提案して来た。

 


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