「……」
「いいでしょ?」
雅の提案に俺は顔を引き攣らせていた。
「い、いや……駄目だろ? 普通、『一緒に住む』って」
そう、雅は一緒に住めばいいと言ったのだ。
「い~や! 駄目じゃない! あんたが許してくれればいいんだよ!」
「無理だ。それに俺が許したって望が許さないかもしれないだろ?」
俺の発言を聞いてニヤリと笑った。
「じゃあ、望が頷けばいいんだね?」
「え? そう言うわけじゃ――」
「まかせといて!!」
そう言って雅は部屋を出て行った。
(ハメられたか……)
最初からこれを狙っていたらしい。溜息を吐いたところでスキホが震える。メールだ。
「紫か?」
メールを開くと案の定、紫だった。
『八雲紫:昨日はお疲れ様。臨時収入よ』
その文の下に今回の報酬金額が書かれていた。
「お、おぅ……」
リーマの時は最初だったから報酬はなかったが、額がいつもの仕事とは桁違いだ。紫からの報酬は直接ではなく銀行に振り込まれる。因みに他の仕事は手渡しだ。向こうのお金はこちらでは使えないので毎回、スキホにお金を投入し両替して貰っているのだ。
『音無響:いいのか? こんなに貰って』
『八雲紫:いいのよ。それほどの相手を倒したんだから』
『音無響:雅ってそんなに強い妖怪だったのか?』
『八雲紫:まぁね。でも、どうして名前を知ってるの?』
丁度いい。俺は今までにあった事を紫に教えた。
『八雲紫:あらあら~♪ 面白い事になってるじゃない!』
『音無響:人の気も知らないで……で? どうすればいい?』
『八雲紫:そうね。一回、家に連れて来なさい』
『音無響:いつ?』
『八雲紫:出来るだけ早く』
『音無響:了解』
断る理由がないので承諾した。メールを送信している最中に突然、ドアが開いた。
「お兄ちゃん!!」
「の、望?」
そう、部屋に入って来たのは涙目になった望だった。
「お願いがあるの!」
しかし、顔は真剣だ。その熱意に俺は戸惑うばかりだ。
「雅ちゃんをここに住まわせて!」
「……はい?」
思わず、聞き返してしまった。
「だって……だって、雅ちゃんが泣きながら言って来たの! 『昨日、襲って来たのは大家さんだ。最近、お金に困ってる』って! だから、ここに住まわせてあげようよ!!」
すごい剣幕で俺に詰め寄る望。
「お、落ち着けって……」
チラッと開いたドアから雅の姿が見えた。ニヤニヤしている。
(な、泣き落としかっ!?)
「お兄ちゃん! 聞いてる!?」
更に迫る望。思わず、後ずさってしまう。
「き、聞いてるって! でも、向こうは何だって? 本人が嫌だったら無理だろ?」
「ぜひ!!」
雅も部屋に入って来て叫んだ。もう、無理だ。
「……わかったよ。雅、今から家に行って荷物取って来い」
結局、俺は折れてしまった。
「うん!」
笑顔で雅が飛び出して行く。
「望は雅を手伝ってやれ。昼飯、作っておくから」
「うん!」
望も雅の後を追いかけるように走って行った。
「……はぁ」
俺の溜息は誰にも聞かれる事なく、部屋に空しく響いた。
「改めまして、尾ケ井 雅です。これからよろしくお願いします!」
昼飯を食った後に雅が挨拶する。
「よろしく、雅ちゃん!」「よろしく」
望は笑顔で俺は茶碗洗いをしながら答えた。因みに望は勉強している。
「……そう言えば、住所とか変更しなきゃ駄目じゃね?」
ふと思いついた事を言った。
「ああ、もう大家さんに言ったから大丈夫!」
親指を立てて答える雅。
「いや、市役所とかさ」
「……後で行ってきます」
一瞬、固まった雅は面倒くさそうに呟いた。
「よし……これでいいな」
茶碗洗いが終わってタオルで手を拭く。
「じゃあ、雅。ついて来て」
「?」
荷物が詰まった鞄を覗いていた雅が首を傾げながら立ち上がる。
「お前の部屋に案内する」
「……へ?」
雅の目が点になった。
「いや、一緒に住むんだから部屋ぐらいあるよ。2階の奥だ。手前は望でその隣が俺だから間違えるなよ? 雅?」
説明しながら居間のドアを開けたところで雅が付いて来ていない事に気付き、振り返った。
「お~い、雅? どうした?」
顔の前でぶんぶんと手を振ってみるが反応がない。
「望? これは?」
「う~ん……感動のあまり気絶しちゃったのかも?」
「……マジか」
望の言う通り、雅は2時間そのままの状態で気絶していた。
「ハッ!?」
晩飯の用意をしていた時、雅が我に返った。
「おかえり」
「え? わ、私は何を?」
キョロキョロしながら困惑する雅。
「雅ちゃん、気絶してたんだよ?」
3人分のコップを運びながら望が説明。
「気絶?」
「お前の部屋を紹介しようとしたら直立したまま気絶。ほら、晩飯だ。席に着け」
カルボナーラが入った皿を同時に3枚、持って指示する。
「う、うん……」
首を傾げながらも雅が自分の席に着いた。それに俺と望が続く。
「じゃあ、いただきます」
俺が手を合わせて挨拶する。
「「いただきます」」
望も雅も同じように挨拶し、食べ始めた。
「それにしても……響の料理って美味しいよね。いつから?」
カルボナーラを頬張りながら雅が聞いて来る。
「だいたい5歳かな? 親が忙しくて俺が作るしかなかったんだよ」
「あ、その頃はまだ……」
目を伏せて呟く雅。
「いや、その両親と昼間に話した両親は別人だ」
「へ?」
「俺、色々あって苗字が4回ほど変わってんだよ。離婚やら病死やら。今の『音無』は望の母親の苗字だ」
「ま、待って! じゃあ、望とあんたは!?」
雅は急に立ち上がってカルボナーラを口から撒き散らしながら叫ぶ。
「うん、義理だよ」
ティッシュで雅が撒き散らしたカルボナーラの残骸を集めながら望が言った。
「……あんたら、結構な人生、歩んでるね」
「お前には言われたくねーよ。ご馳走様」
いち早く食べ終えた俺は皿を持って立ち上がり、キッチンに向かう。
「ほら、雅ちゃん。早く食べちゃって。茶碗洗い出来ないから」
「は、はい……」
後ろで望が雅を座らせていた。
「にしても、食べるの早いね」
「昔は一人で食べてたからな。いつの間にか食べるのが早くなってたんだよ」
食事の時、話す人もいないので黙々と食べてすぐに家事をしていた。だからだろう。
「へ~……あ、望。明日って宿題ある?」
「えっと……数学と英語。簡単だから早く終わると思うよ?」
「そう? 良かった~」
安心したようにカルボナーラを食べ始める。
「……望?」
「ん? 何?」
少し望の言葉が気になって声をかけた。笑顔で望が振り返る。
「簡単なのに……昨日の朝からしてさっき終わったのか?」
昨日、仕事の為に家を出た時に望は宿題に取り掛かっていた。そして、雅が気絶してから1時間後、終わった。果たしてこれはどういう事だろう。
「……察してよ」
俯いた望にただ俺は頭を下げた。
「どゆこと?」
カルボナーラを食べ終えたらしく、皿を片づけていた雅が俺に質問する。
「……望が馬鹿だって事」
「うわあああああああん! そんな直球で言わなくてもおおおおおお!!」
急いで望の皿を退ける。そこに望は頭を打ちつけて落ち込んだ。
「……勉強しないと俺の高校に入れないぞ。そこまで偏差値は高くないんだから頑張れよ」
「うぅ……」
「大丈夫。私も頑張るから!」
落ち込む望の手を握って雅が励ます。
「雅ちゃん……」
望が涙目で雅と見つめ合う。
「はいはい……二人は勉強してなさい。俺は家事をする」
呆れつつ洗濯物を干す為に洗濯機がある洗面所へ向かった。
なんだかんだ言って優しい響さんだった。