東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第58話 式神

「おいーす」

 スキマを閉じてから玄関を開く俺。

「こ、こんばんは~」

 その後におどおどしながら雅が続く。

「いらっしゃい。久しぶりだね、響。それから初めまして、雅」

 すぐに藍が出迎えてくれる。どうやら、事情は紫から聞いているらしい。

 ここは紫の家。望が寝たのを確認して事前に説明しておいた雅を起こし、連れてやって来たのだ。

「久しぶり。悪いな、この前の宴会は途中で抜け出しちゃって」

 あの時の事をまだ謝っていないのに気付き、すぐに頭を下げた。

「いやいや、あの時は紫様が悪いんだ。すぐに潰れちゃって」

「あら、誰かしら? 主人の事を悪く言う式神は?」

 藍の後ろにスキマが現れ、ニヤニヤしながら紫が出て来た。

「っ!? さ、さぁ? 誰でしょう?」

「あんたじゃないの」

「あいたっ!?」

 とぼけた藍の脳天にタライを落として罰を与える紫。昔、テレビで見たコントを思い出した。

「いらっしゃい、二人とも。居間で待っているわ。藍、早く案内してあげて」

 そう言って、紫はスキマを閉じた。

「うぅ……紫様。酷いです」

「あんた、式神だったんだ」

 頭を押さえながら立ち上がった藍に雅が声をかける。

「ああ、お前は響の式神になりたいんだったな。それについて紫様が説明してくれるはずだ。案内する」

 藍はタライを廊下の隅に移動させてから歩き始める。それに俺と雅が続いた。

「あれ? 永琳?」

 居間に到着して障子を開けると紫と永琳がお茶を飲んでいた。

「こんばんは。元気にしてた?」

「昨日、こいつに殺されかけた」

 親指で後ろにいる雅を指しながら言う。

「あまり、無理しないでね。普段は普通の人間なんだから」

「常にだよ。その言い方だと偶に人間以外の存在になってるみたいじゃないか」

 俺の発言に全員が溜息を吐いた。

「え? 何?」

「響さ? 気付いてないの?」

 代表で雅が聞いて来た。

「何に?」

「あんた、私との戦いの前後でかなり変わったよ」

「へ?」

 雅の言葉にキョトンとしてしまう俺。

「それも含めて呼んだのよ。診察してる間に式神について説明するわ」

 座りなさい、と紫が扇子で場所を指す。素直に永琳の隣に座った。

「はい、お腹出して」

「ん」

 永琳の指示に従い、服を捲る。

「じゃあ、始めるわ。響はそのまま聞いてて」

「りょーかい」

「ほら、動かないで」

 聴診器を俺の胸に当てている永琳に注意されてしまう。この状態で式神について言われても集中出来そうにない。

「まず、式神についてね。式神は方程式で動くの。そして、式神になれば何倍も速く飛べるようになったり、何倍も強い力を出せるようになる。でも、式神は主の命令通りに動かないと力を十分に発揮できない。その代り、命令通りに動く事で主並みの力を出す事が出来るわ」

 そこまで語って紫は湯呑を傾ける。

「はぁ……で、式神には元々式神になる前の姿が存在し、そこに必要な機能を与える事で形成されるってわけよ。ここまでいい?」

「「わかんない」」

「でしょうね」

 俺と雅が同時に答え、紫が苦笑いを浮かべる。

「まぁ、簡単に言うと式神になれば主の命令を聞かないとダメになるけどパワーアップするってわけ」

「はい、背中向けて」

「ん」

 紫の言っている意味が何となくわかった所で永琳に背中を向ける。

「最初に聞いておくけど貴女はどうして響の式神になりたいの?」

 紫が扇子で口元を隠しながら雅に問いかけた。

「響は敵である私を助けた。何故かと聞くと『何となく』と答えたの。私は昔から独りだった。妖怪だったから。ずっと、仕方ないと思ってたの。でも、響に会ってその考えが甘えだとわかった。自分から人間に近づかないと仲良くなれるわけがない。自分で行動しないと何も始まらない。だから、私は響の式神になりたい。この人の下で働きたい」

 雅が真剣な眼差しで紫を見る。一切、迷いがなかった。

「別に式神になる必要はないんじゃない?」

 だが、紫は頷かないで質問した。

「響が妖怪と戦っている事はリーマとの戦いを見て知っていた。私も響と戦ってみたくて挑んだ一人だし。でも、響は人間。いつか殺されてしまう。そう思った。だから、式神となって一緒に戦えるようになれば……」

「甘い」

「っ!?」

 紫がパチンと扇子を閉じて雅を一刀両断した。

「貴女は響の事を信じてない」

「そ、そんな事!?」

 

 

 

「じゃあ、どうして『殺される』と断言したの? それに貴女が一緒に戦ったとして響の役に立てる保証はどこにあるの? 逆に貴女が彼の足を引っ張る可能性だってある。違う?」

 

 

 

「っ……」

 紫の言葉は一つ一つが深々と雅の心に突き刺さっているのが分かった。雅は両手を力いっぱい握る。悔しいのだろう。永琳が黙って俺の血を抜く。それすら俺は気付いていない。それほど雅の事に集中していたのだ。

「それでも……」

「え?」

「それでも! 私は響の式神になりたい! 足を引っ張るかもしれないけど黙って見てるよりはまし。これは自己満足だって自分でもわかってる! でも……でも! 響を守る為に私は一緒に戦いたい!!」

 立ち上がって雅が叫んだ。

「はい、合格」

「……へ?」

 微笑んだ紫。それを見て雅が呆けた。

「式神になる為にはそれなりの覚悟が必要なの。一生、逆らえないからね。でも、それだけ言えれば大丈夫でしょう。後は響次第ね」

「俺?」

 体温計(紫の家にあった)を脇に挟みながら首を傾げる。

「あ、鳴った」

「貸して」

「ほい」

 ピピピ、と鳴っている体温計を永琳に返して紫に向き直った。

「どうして俺次第なんだ?」

「貴方が主人になるのよ? 当たり前じゃない」

「ああ、なるほど……」

 俺の許可なく式神になる事は出来ない。そりゃそうだ。

「それで私はどうやって響の式神に?」

 座り直した雅が紫に問いかける。

「ああ、それは――」

「はい、ストップ」

 紫が説明しようとしたら永琳が制止する。

「その前に響の診察結果を報告させてくれないかしら?」

 どうやら、診察は終わっていたらしい。

「……まぁ、そっちの方が大事ね。どうぞ」

 すぐに承諾する紫。それを聞いて雅が少しムッとする。

「じゃあ、言わせて頂くわ。響? そこの妖怪との戦いでフランドールとシンクロしたって本当?」

「あ、ああ……」

 どうしてそんな事を聞くのかわからず、戸惑いながら頷く。

「やっぱり……まず、結果から言うけど貴方はまだ人間よ」

 まだ、と言う言葉は引っ掛かるがほっと安堵の溜息を吐く俺。

「でも、この前の診察よりも急激に吸血鬼の血が濃くなったわ」

「えっ!? 本当か!?」

 もしかしたら、俺が吸血鬼になる日が近づいているのかもしれない。

「まぁ、前に比べたらね。本物に比べたら全然よ」

「何だ……それなら別に言わなくてもいいじゃないか」

「それがダメなのよ。では、問題です。妖怪が1か月で最も力が増す日はいつでしょう?」

 妖怪が力を増す日。さっぱり、分からない。

「はい!」

「雅さん」

 元気よく手を挙げた雅。すぐに永琳が解答権を与えた。

「満月の日です!」

「正解。これは吸血鬼も同じ。つまり、貴方の中を流れている吸血鬼の血が活発になると言う事よ」

「何かあるのか?」

「そうね……完全な吸血鬼にはならないと思う。でも、半吸血鬼ぐらいにはなるわね」

「半……吸血鬼?」

 俺は新たな単語が出て来て混乱する。

「半人半吸血鬼。半分人間で半分吸血鬼の事よ。満月の日の朝日が昇ってから24時間の間、貴方は半吸血鬼になってしまうの。狼男とか思い出してみて。あれは普段は普通の人間だけど満月を見れば狼に変身してしまう。それと同じ……とは言えないけどほとんど一緒。名前を付けるとしたら『ワーバンパイア』ね」

「24時間って事は……1日だけか?」

「ええ。それに半吸血鬼だから太陽の光を浴びても大丈夫。少しヒリヒリするぐらいだから。でも、シャワーは浴びないように。吸血鬼にとって流水は太陽と同じように危ない物だから」

 それを聞いて安心する。確かに半吸血鬼になるのは抵抗があるが一生ではない。それなら1日、我慢すればいいだけの事だ。

「まぁ、他は健康よ。これで私の仕事は終わり」

 そう言って永琳が立ち上がり、帰る準備を始めた。

「ありがとな」

「貴方の健康を守る。それが八雲 紫との契約だもの。じゃあ、何かあったら永遠亭にいらっしゃい。まだ、来た事ないでしょ?」

「あ~、確かに。前に治療して貰った時もここだったし。今度、寄るわ」

 俺の言葉を聞いて微笑んだ永琳は紫が開いたスキマを通って帰って行った。

「さて……話を戻しましょうか。式神になる方法だったわね」

 紫が藍にお茶を要求した後、言った。

「式神を作る方法はいくつかあるわ。橙のように猫又に式を貼って作ったり、紙そのものを式神にしたり。でも、それらに条件があるの」

「条件?」

 雅が首を傾げて問いかける。

「主人が式神よりも強くなければいけない」

「ああ、なら大丈夫。私は響に負けたから」

「それが違うんだ」

 雅の言葉を藍がお茶を注ぎながら否定する。

「それなりの力の差がなければいけない。雅と響はほとんど……いや、響の方が力は弱い。響が勝ったのは運と能力、それに環境が味方したからだ」

 幻想郷とは違って外の世界では妖怪の力は著しく弱くなる。もし、ここでもう一度戦えばきっと俺は負けるだろう。

「じゃあ、私は響の式神にはなれないの?」

 顔を青ざめて雅が呟く。

「……一つだけあるの。でも、お勧めしないわ」

「その方法は!?」

 雅が身を乗り出して紫に詰め寄った。

「その方法は――」

 紫がゆっくり、言葉を紡いだ。

 


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