「――以上よ」
「「……」」
紫の説明が終わった。だが、俺と雅は動けず硬直していた。
「ちょ、ちょっと待って? もし、それをしたら私はすぐに響の式神になれるの?」
雅が正気に戻り、紫に質問する。
「まぁ、条件があるんだけど……響、これ読んで」
「あ、ああ……」
紫がスキマから取り出した紙を受け取り、呆けた頭で書かれていた文字を読んだ。
「えっと……『我、この者を式神とし一生、配下に置く事をここに契る』……っておいっ!?」
気付いた時には遅く、俺が持っている紙が光り輝いて俺の中に吸い込まれてしまった。
「はい、これでいつでも貴女は式神になれるわ」
「で、でも……あれをしなきゃ駄目なんだよね?」
顔を赤くして俯く雅。
「男同士なら杯を交わすだけでよかったんだけどね? 男と女じゃさすがにそれじゃ無理なのよ。完全にはね」
「わ、わかった。響、こっち向いて」
「断る!!」
覚悟を決めたらしく雅がこちらに近づいて来るが俺は後ずさって拒否した。
「あらあら? 男が逃げるのかしら?」
「違うわ!! まだ、お前を式神にすると言ってないだろ!!」
「ここまで来たんだからいいじゃない」
紫が溜息を吐いてお茶を啜る。
「まぁ、後は2人で話し合いなさいな。今日は帰っていいわよ」
「わかった。ありがとな。色々」
お礼を言いながら立ち上がる。早くここから逃げたかったのだ。
「これが社長の役目よ」
「絶対! 式神になるからね!」
雅が俺の胸ぐらを掴んで睨みながら宣言する。主人となる人にその態度はどうかと思う。
「その話は後でな。それより、最後にいいか?」
前から聞きたかった事を思い出し、紫に尋ねた。
「何?」
「レミリアの能力、知ってるか?」
「確か『運命を操る程度の能力』でしょ? それがどうしたの?」
怪訝な表情を浮かべる紫。
「その能力、俺に通用しないらしいんだ。狂気異変の時、俺の運命を見ようとして失敗してたし。あれから散々、文句言われたんだよ。どうしてかわかるか?」
「……調べてみましょう。少し、頭の中を覗くわね?」
少し、難しい顔になった紫。どうやら、イレギュラーのようだ。
「ああ、頼む」
もう一度、座って少し頭を前に傾ける。紫は扇子を俺の額にくっつけ、能力を発動。
「きゃあっ!?」
その瞬間、紫の扇子が高速回転しながら後ろに吹き飛んだ。いや、何かに弾かれたのだ。
「だ、大丈夫か!?」
その反動で紫の腕があり得ない方向へ曲がっていた。
「大丈夫。これぐらいの傷なら1~2日で治るから……それよりも何が起きたの?」
「多分、何かに弾かれたみたいだな」
「私の能力を弾くほどの力……あり得ないわ」
この場にいた全員が戸惑いを隠せない。
「きっと、今の力があの吸血鬼の能力を防いでいたんでしょう」
その中で藍が結論を述べた。
「そのようね。でも、一体誰が? 私の力を弾くなんて私ぐらいじゃないと出来ないのに」
「でも、前に俺の夢に出て来たじゃないか」
「あの時はPSPを経由したの。直接、貴方には能力を使ってない」
「どうしてPSPを?」
気になって問いかけた。
「貴方が抵抗したらすぐにでも『ネクロファンタジア』を消せるようにね」
「怖っ!?」
本当にあの時に契約を交わしていてよかった。
「この事は調べておくわ。今の様子じゃ直接、貴方の頭から情報を得られないでしょう。過去を見ようとしても弾かれるだけだわ」
「そうか……じゃあ、帰るわ」
不安だったが今、俺に出来る事はない。もやもやは残っているが今日は帰る事にする。
「ええ。お疲れ様」
「そっちこそ。雅、帰るぞ」
「う、うん……」
困惑していた雅だったが俺の指示に従い、立ち上がった。
「移動『ネクロファン……治療『千年幻想郷 ~ History of the Moon』」
紫のコスプレをする前に永琳のコスプレに変身する。一緒に大きな鞄も出現した。
「えっと……これを飲めばすぐに治るはずだ」
鞄を開き、いくつかの薬を取り出して紫に渡した。
「ふふ、ありがと」
「いいって事よ。移動『ネクロファンタジア』」
改めて紫の衣装を身に纏い、スキマを開いていた。
「あ、それともう一つ、お願いが……」
「何?」
「えっと――」
俺のお願いを聞いた紫は笑顔で頷く。それからすぐにスキマを通って幻想郷を後にした。
「ねぇ? 響」
「ん?」
最後の騒動が気になって眠れず、居間のテーブルでココアを飲んでいると向かいに座っている雅が声をかけて来た。
「私が式神になるのは駄目なの?」
「……なってもいいんだけどやっぱり、あれがな」
「恥ずかしい?」
赤くなりながら聞いて来る。向こうも恥ずかしいらしく俯いてしまった。
「いや、お前がかわいそうだと思って」
「え?」
俯いていた雅がハッと顔を上げる。
「妖怪だけどお前も女の子だろ? こんな女みたいな男としたくないと思ってな」
「そんな事っ!?」
叫ぶ雅。
「静かに。望が起きるぞ」
「う……ゴメン」
俺に注意され、雅はシュンとなってまた俯く。
「だから、式神の話はなしだ。俺は寝るよ」
「……うん。でも!」
立ち上がって居間を出ようとしたところで雅がバンとテーブルを叩き、力強く立ち上がって俺を指さした。
「私は諦めないよ! あんたがどれだけ拒否しても必ず式神になってやる!!」
「いや、そこは諦めろよ!」
往生際の悪い雅に大声でツッコんでしまった俺。
「なーに? 喧嘩?」
「「うおっ!?」」
突然、望が現れて俺と雅が肩を震わせて吃驚する。望は目をごしごしと擦って眠たそうだ。どうやら、雅との会話が2階まで聞こえていたらしく、そのせいで起きてしまったようだ。
「だ、大丈夫。喧嘩じゃないよ」
「嘘だね……私にはわかるよ?」
「え?」
俺の言葉を即座に否定する望。少しだけ違和感を覚えた。
「本当だってば!」
雅も叫ぶ。しかし、望は聞く耳を持たず言葉を続けた。
「雅ちゃんとお兄ちゃんは私に何かを隠してるね~? わかるんだよ?」
望の頭が睡魔でカクカクと前後しているがその声には威圧感がある。
(何だ? いつもと何かが……)
「でも、二人とも私に話す気はないみたいだね~。んー、雅ちゃんはどうせ話しても私は信じないと思ってる。お兄ちゃんは……私を何かに巻き込みたくないと思ってる。違うかな~?」
「「っ!?」」
俺たちは同時に目を見開く。ズバリと言い当てられたのだ。
「それと……お兄ちゃん?」
「な、何だ?」
「お兄ちゃん……お仕事してから何だか賑やかになった……ね?」
そう言い残して望がその場に崩れ落ちる。
「望!!」
少しだけ俺の中には吸血鬼の血が流れている。それはとても薄いが前より体が強くなっているらしい。そのおかげで俊敏に動き、即座に望を抱き止める事に成功した。
「……ね、寝てるのか?」
俺の腕の中で幸せそうにスヤスヤと寝息を立てている望を見て呆れてしまう。
「な、何なの? 今の……」
「分からん。とにかく、今日は寝よう。色々とありすぎた。頭が追いつかねーよ」
「……わかった」
雅が頷いたのを見てから望をお姫様抱っこし居間を後にする。望を部屋に運んでから雅と寝る前の挨拶を交わしてから俺は自分のベッドに横になった。
(満月の日。雅との契り。俺の中にある不可解な力。そして……さっきの望)
「何がどうなってやがんだ……」
そう呟き、俺は目を閉じた。
ジリリ、と遠くの方で不快な音が響く。この音は目覚まし時計だ。混乱している間に寝てしまったらしく、スッキリしないまま今日が始まった。
憂鬱になりながらも俺は目を開けた。
「……何、やってんだ?」
「え、えっと……おは――ぐはっ!?」
目の前に雅がいた。とりあえず、言葉を遮って頭突きを喰らわす。俺は慧音ほどではないが石頭なのだ。3日前に森で人を襲っていたルーミアに頭突きした時に判明した。
「お前、まさかとは思うが?」
指の骨をボキボキと鳴らしながらベッドの下で悶絶している雅に質問する。
「……すみませんでした」
素直に土下座して謝る雅。怒る気になれず、溜息を一つ。
「もういい。でも、次はないと思えよ? こんな形でお前を式にはしたくねー」
「じゃ、じゃあ! いつかは私を!」
パァと笑顔を見せて雅が叫んだ。
「それもない。ご飯、作って来る。お前は望を起こせ」
「ぶー」
「不貞腐れても駄目なものは駄目だ」
雅を無視して俺はキッチンに向かった。
「……まぁ、気は紛れたかな?」
多分、雅がいなかったら目が覚めても昨日の事で頭が一杯だったはずだ。くよくよしていても仕方ない。
「よし……やるか」
そう呟いてから居間のドアを開けた。
因みに望は昨日の夜の記憶はないらしい。一安心だ。
雅が 仲間に なった▽
そして、次回……響さんの身に、とある変化がッ……