東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第60話 満月

「これでよし……直ったぞー」

 額の汗を袖で拭った俺は後ろに立ったままの霊夢と魔理沙に声をかける。

「ご苦労様。でも、よく直せたわね? かなり、損傷してたと思うけど……」

「そりゃ、マスパを喰らえば焼失するわ!」

 雅が家に来てから3日、経った。俺は博麗神社の縁側を直す依頼を受けて今、やっと直し終わったところだ。

「ほら、魔理沙。謝りなさい、私に」

「ああ、悪いと思ってるぜ。まさか、縁側に当たるなんてな」

 そう言って犯人が大笑いする。一切、反省の色が見えない。

「全く……じゃあ、お代はこれぐらいで」

 霊夢にスキホの画面を見せる。

「ちょ、どうして私に!? 壊したのは魔理沙でしょ!?」

「依頼主はお前だ。さぁ、払え」

「知り合いだからまけなさいよ」

 何と霊夢は値切り始めた。

「これがその結果だ」

「多すぎよ!」

「バカ野郎! これじゃ、一日の食費にもならんわ!!」

 霊夢の逆ギレに大声で反論する。

「霊夢、素直に出せよ」

「「お前が言うな!!」」

 俺と霊夢が同時にツッコむ。

「う……あ! 私、キノコを干したままだったぜ! じゃあな!!」

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 霊夢の叫びも空しく魔理沙は彗星のように飛んで行ってしまった。

「……払え」

 霊夢の肩をがっしり掴んで逃げないように拘束する俺。

「あんたは鬼かっ!?」

 依頼金を徴収しないと俺が紫に怒られるのだ。霊夢には犠牲になって貰う。

「わかったわよ……物で良い?」

「物?」

「ええ、依頼金に相当する物をあげるわ。それでいい?」

 つまり、物で払うと言う事か。

「いいんじゃないか? これぐらいなら紫だって文句、言わないだろ」

「じゃあ、ちょっと待ってなさい。貴女にとってこれから一番、役に立つ物を持って来るから」

 お得意の勘で探し出すのだろう。

「わかった。それまでお茶でも飲んでるわ」

 そう言って、縁側に腰掛ける。霊夢は一つ、溜息を吐いて神社の中に入って行った。

 

 

 

「……何、これ?」

「何って……さらし」

「あほかお前はっ!?」

 男の俺にさらしなど必要ない。

「知ってる? さらしって本当は男の下着だったのよ?」

「それは昔の話だ! それ、お前が付けてた物だろ!?」

「失敬ね。ちゃんと洗ってるわよ」

「そう言う問題じゃねええええええ!!」

 結局、俺はさらしを貰って家に帰った。スキホで報告すると『さすがにそれはあげるわ』と紫から言われ、さらしは俺の所有物となってしまい、箪笥の奥に眠る事になる。一生、使うはずもないからだ。この時はそう思っていた。

 翌日、事件は起きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 何故か、目が覚めた。いつもなら目覚まし時計が鳴らないと起きないはず。それなのに今日は自然に起きた。時計を見ると普段、起きる時間の2時間前。カーテンを開くと朝日が昇った直後だった。

(まぶし……)

 まだ頭が回っておらず、欠伸が漏れる。する事もないのでベッドを降りた。

「……あれ?」

 その時、違和感を覚える。いつもより視線が低いような気がした。それに何だか肩が凝っているようで体の調子がおかしい。

「ああ……そう言えば、今日は満月だったっけ?」

 昨日、さらしの事を聞いた後に紫からそう言われたのを思い出す。つまり、今の俺は半吸血鬼だ。だが、その変化が今の違和感に何か関係があるのだろうか。そう思いながら下を見てみる。

「……」

 一旦、上を向いて首を傾げた。俺には何も見えていない。そう自己暗示しながらもう一度、下を見る。

「……待て待て待て」

 誰もいないがそう呟いて自分を落ち着かせる。永琳は言っていた。半吸血鬼になるだけだと。まぁ、それぐらいならまだ我慢、出来る。24時間、経てば人間に戻れると言っていたし。

「でも、これは聞いてねーぞ」

 俺は霊夢の勘が本当に当たる事を改めて痛感する。身長は167cmだったのが160cmまで縮み、胸は吸血鬼ほどではないが確かに膨らんでいる。鏡を見ると目は真紅で八重歯が生えていた。何となくだが、声も高くなっているような気がする。それに部屋着であるTシャツの背中の部分が破けている。レミリアよりは小さいが漆黒の翼が生えていた。

 今の状況を一言で説明すると――俺は『半吸血鬼化と女体化』した。

 

 

 

 

 

「いただきます」

「「いただきます」」

 テーブルに並ぶ俺が作った朝食。挨拶すると望と雅は普段通りに食べ始めた。俺もワンテンポ遅れて食べ始める。

「今日、部活で遅くなるから」

 望が報告して来る。

「うん、わかった」

「あ、私も用事があって遅くなるね」

 雅もそれに続けて言った。俺は何も言わず、頷く。

「……お兄ちゃん? 何かあった?」

「っ……いや、何も?」

(今、お兄ちゃんは『お姉ちゃん』になんだ。なんて、言えるわけねー)

 身長は踵を上げて背伸びで誤魔化し、胸は貰ったさらしを巻いて目立たないように細工。さらしを巻く時に背中の翼を巻き込み、体に密着させるようにした。構図的には翼で俺の胸を押さえ、その上にさらしを巻くような状態だ。これで外から見ても翼があるとは気付くまい。だが、目と八重歯はどうする事も出来ない。だから、目は出来るだけ伏せて口を開かないように心掛けていた。

「……気のせいじゃない?」

 雅は俺が半吸血鬼化している事を知っているので協力してくれている。だが、雅も俺が女体化している事までは知らない。知られてはいけないのだ。俺のプライドが許さない。

(顔が女みたいでよかったと思える日が来るなんて……)

 体つきは激変したが制服を着れば普段通りに見える。顔は元々、女だからあまり変化がない。だから、望も雅も気付いていないのだ。

「ほら、遅刻するぞ」

「……声、いつもより高い」

 最近の望は何故か、鋭い。

「気のせいだって。ごちそうさん」

 望の指摘を一蹴し、食器を下げにキッチンに向かう。

「む~……」

 それでも望は納得の行かない顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

「おっはよ~! 響、師匠、雅ちゃん」

 登校の途中でいつも通りに悟と合流する。

「ん? 響、どうしたんだ?」

 速攻で怪しまれた。

「な、何がだ?」

「……師匠」

「ですよね?」

 顎に手を当てて望と悟が俺を観察する。

「ジロジロ見んなっ!?」

「いや、何かが違う。でも、何が違うんだ?」

「それが分かれば苦労しませんよ」

(……気付かれないのがいいのか、悪いのか。悲しくなって来た)

「ほら……学校に遅れるぞ」

「何か急激に元気なくなってるけど!?」

 悟が俺の肩を掴んで顔を覗き込む。反射的に目を逸らす。

「何かあったのか?」

「……いや、何も」

「そうか。何かあったら言えよ? 俺でも師匠でも雅ちゃんでもいいからさ」

 その優しさが今の俺を追い込む。どうして、女になってしまったのだろう。

(放課後、永琳の所に行こう)

 そう決心して望に向き直る。

「じゃあ、ここで」

「……うん」

 心配そうにこっちを見る望だったが諦めたのか自分の学校を目指して歩き始めた。雅もそれについて行く。

「おはよう、望、雅」

「あ、望ちゃん。おはよう」「おはよー」

 築嶋さんと合流するのを見届けて俺たちも歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……」

 昼休み。一番、窓際の席で俺は死んでいた。

「どうしたんだ?」

 後ろの席に座っている悟がお弁当を持って聞いて来た。

「お、お日様が……」

 カーテンが閉められていても日光が俺を襲う。半吸血鬼は日光を浴びても大丈夫だと言っていたがあれは『死にはしない』と言う事だったらしく、めちゃくちゃ辛い。

「おかしいな? カーテン、閉まってるのに」

 そう言って悟がカーテンを弄る。

「あ……」

「ぎゃああああああっ!?」

 悟がカーテンを引き千切ってしまい、太陽光線が直撃した。

「だ、大丈夫か!?」

「だ、誰か……今日だけ俺と席を交換してくれ」

≪はいっ!!≫

 クラスにいた全員が手を挙げた。

「……誰にする?」

「えっと……出来れば一番、廊下側の人で」

 6人に減った。手を降ろした人たちがギュッと手を握って悔しそうにしているように見えるが気のせいだろう。

「じゃ、じゃあ……頼める?」

 フラフラのまま、手を挙げていた女子に近づく。女顔だから男子に頼むより成功率が高いと踏んだ結果だ。

「はぅ……」

「おっと」

 貧血でも起こしたのか女子がその場に崩れてしまった。吸血鬼の血を活かし、倒れる前に何とか受け止める。

「これじゃ、頼めないな……お前の席でいいや。この子を保健室まで運んで来るから机の中の物を入れ替えておいてくれ。あ、カバンの中は見るなよ?」

 スペルカードが入っているのだ。スぺカは即座に使えなくてはいけないのでスキホに入れられないのだ。

「わ、わかった!!」

 手を挙げていた男子に頼んで俺は倒れた女子をお姫様抱っこする。

「悟。悪いけど弁当は今度な」

「おう」

 そう言い残して俺は保健室を目指し、教室を出た。

(ああ……俺も休もうかな?)

 溜息を吐いて廊下を進む。

 だが、事件はまだまだ続く。次は5時間目が始める少し前の事だった。

 




響さん、女の子になるの巻

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