東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第61話 ドッジボール

「……」

「おい? どうした?」

 俺が硬直しているのを見て悟が聞いて来た。上半身裸で。

「えっと……もしかして、もしかすると次の授業って?」

「? 体育だけど。急に変わったって昨日、言ってたじゃん」

 非常にまずい。体育は学校の指定されたジャージとTシャツを着用しなければならない。その為には一度、制服を脱ぐ必要がある。Yシャツの下には一応、肌着を着ているがさらしでは隠し切れなかった胸の膨らみでばれてしまう。

「マジか……ジャージ、忘れちまったぜ」

 だから、ここは忘れた事にする。これで見学になるはずだ。

「何、言ってんだよ? ここにあるじゃん」

 だが、悟が俺の鞄からジャージを取り出した。

「あ! お前、鞄を開けたな!?」

「いや~、悪い。禁止されるとつい、ね? ほれ」

 ジャージを投げ渡して来る。反射的にそれをキャッチし、後に引けなくなった。

(こうなったら……)

「あっ!?」

 指を指して窓の外に注目させる。

「ん?」

 悟、その他の男子が窓の方を向く。

「何だよ。何もないじゃん……って着替えるの早っ!?」

「どうだ! 参ったか!!」

「いや! 何がだよ!!」

 今は半吸血鬼。身体能力が普段の何倍にも膨れ上がっている。その為、一瞬にして着替える事に成功した。

「授業に遅れるぞ~」

 ミッションをクリアした俺は悟を置いて教室を出た。しかし、俺は一つだけ見逃していた事がある。ジャージの方が制服よりも体のラインが出やすい事を――。

 

 

 

 

 

 

「はい。ジャージを忘れた人はいないみたいだな」

「早く、始めろよ~」

 体育を受け持つのは俺たちの担任だ。だから、こんな風にタメ口でヤジを飛ばす人がいる。

「ん? 音無?」

「な、何だ?」

 俺もその一人で先生に対して、タメ口だ。

「体……丸っこくなってないか? それに身長も……」

 今、俺は背伸びをしていない。さすがに背伸びを1日中は出来ない。もう、そこは諦めていた。

「先生。知ってる?」

「何をだ?」

 首を傾げて先生が問いかけて来た。

「人間は朝、一番背が高い。それは知ってるよね?」

「まぁ、これでも保健体育の先生だからな?」

「そのせいなんですよ。朝、起きた時は昨日と同じ身長だった。しかし、ベッドから降りた時……事件は起きた」

 整列しているクラスメイトを押しのけて先生の前に出た。

「事件?」

「寝ぼけて頭から……落ちたんだ」

 何も言わないよりはましだと考え、見え見えの嘘を吐く。

「な、何だと……」

 だが、先生とクラスメイトたちは目を見開いて驚愕した。

(え、えっと……信じてる?)

「そ、そう。頭から落ちて、気付いた時には身長がこれぐらいまで縮んでたんだ。まぁ、明日になれば治っているだろうけど」

「そ、そうか……安心した」

 先生とクラスメイトは見るからに安堵していた。その時、校内放送が流れる。授業中に流れると言う事は緊急の用事なのだろう。内容は目の前にいる先生を招集するものだった。

「やべー俺、呼ばれちゃったぜ」

 先生が溜息を吐き、笛を鳴らした。その合図で皆、静かになる。俺も元の場所に戻った。

「え~、俺は職員室に行って来る。多分、授業中に呼ばれると言う事は相当、長くなるはずだ。だから、今日は自習とする!」

「先生!」

 そこで俺の後ろにいた悟が手を挙げて大声を出す。

「何だ? 影野」

「体育に自習ってあんの?」

「ない。今、作った。きっと、騒がしくなるだろうから。あそこの倉庫からボールを3つ、使ってドッジボールをしてろ」

「え? 3つ?」

 ダブルドッジは聞いた事がある。2つのボールで行うドッジボールだ。でも、3つは――。

「お前たちはもう、高校生。3つ同時でも余裕だろ? じゃあ、チーム分けは……面倒だから男子と女子に分かれろ」

「先生!」

「何だ? 影野」

「このクラスは男子が19人。女子は18人。でも、1人見学してるから17人。人数が合わないよ!」

 男子対女子と言う構図について誰もツッコまないのはどうしてだろう。

「じゃあ、男子から1人、女子の方に移動だな。女子たち、要望は?」

≪音無君で!!≫

 女子全員が声を揃えて俺を指名する。

「音無、いいか?」

「……はい」

 まぁ、女顔だから女子も普通の男子よりも気を使わないから俺を選んだんだろう。

(……って! 今の俺、女じゃん!?)

 肩を落としてコートに入る。

「音無君? どうしたんですか?」

 近くにいた女子が声をかけて来る。

「い、いや……何でもない。で? 誰が外野に行く?」

 外野は3人、必要だ。

「音無君は誰が良いと思う?」

 今度は別の女子が聞いて来る。いい加減、名前を覚えないといけないようだ。

「えっと……運動部の子がいいな。出来るならハンドボール部とかバレーボール部、バスケット部」

「え? どうして?」

 不思議そうに首を傾げる女子――確か、河上(かわかみ)さん。

「普通、外野は運動が苦手な人にしがちなんだけど、それだと外野にボールが行った時に対処出来ない。それにもし、そのボールをキャッチし損ねて相手のコートに入ってしまう事もあるからな。それに部活でボールを使ってるなら素人よりもキャッチ出来る。だから、ここは……桜野さんと本宮さん、北見さんでいいかな? 確か、3人共バレーボール部員だったよね?」

「「「はいっ!! こちらこそよろしくお願いします!!」」」

 ものすごい勢いで頭を下げて来る3人。

「う、うん……よろしく」

 そう頷くと3人は笑顔で配置に着いた。

「ハンデとして最初はそっち、2個でいいよ」

 そこで悟が2つのボールをこちらに投げて来る。一つを俺が持ち、もう一つを最初に声をかけてくれた女子――西さんに渡す。

「わ、私……投げた方がいいんでしょうか?」

「いや、無理はしなくていい。まず、試合が開始したら俺が投げるからすぐに渡して」

「わ、わかりました!」

 元気よく頷く西さん。他の女子にも目配せしてから見学している冴島(さえじま)さんの方を向く。昼休み、貧血で倒れた子だ。体育に出ようとしていたから俺が止めたのだ。

「じゃあ、悪いけど合図して貰える?」

「は、はい!」

「さぁ、配置に付け。始めるぞー」

 悟の掛け声で皆、男子の方も移動し始めた。

「で、では試合開始です!」

 コートを見渡してから冴島さんが試合開始の合図を出す。

(向こうで一番の強敵……悟を落とす!!)

 悟は幼馴染。俺のくせを全てと言っていいほど把握している。それに運動神経も悪くない。他にも脅威はある。だから、俺は悟るに向かって全力でボールを投げた。

 自分が半吸血鬼だと言う事を忘れて。

「へっ! やっぱり、俺を狙って――ぐふっ」

 ニヤリと笑った悟の台詞は最後まで聞く事は出来なかった。

≪……≫

 いつもなら余裕でキャッチしていたはず。だが、俺の投げたボールのスピードが速すぎて反応出来ずにボールが悟の腹に突き刺さった。それだけではない。威力がありすぎて悟の体が宙に浮き、後ろの壁に叩き付けられ、床でぐったりとしている。クラスメイト全員が硬直していた。

(さ、悟……すまん)

「ぼ、ボール! 悟はコートの外に出たから、悟のお腹にあるボールはこっちのだ! それと、西さん! パス!」

「「は、はい!!」」

 俺の隣にいた西と外野の本宮さんが同時に返事をする。

「く、くそ!!」

 向こうも我に返り、ボールを投げて来た。

「きゃあ!?」

 そのボールは隅っこにいた河上さんにヒットする。

(させるかっ!!)

 西さんから貰ったボールを抱えながら吸血鬼の力を使って高速移動する。こうなったら、出し惜しみせず速攻で終わらせた方がいい。長引けばボロが出そうだ。

「キャッチ!」

ジャンプダイブして河上さんにヒットしたボールをキャッチ。これで河上さんはセーフだ。

「桜野さん! ボール、寄越して!」

「行くよ!」

 本宮さんが取って来たボールを桜野さんにパス。そして、バレーボールのサーブを撃つ要領で桜野さんがパスして来た。きっと、桜野さんの方が本宮さんよりサーブが上手いのだろう。

「な、何すんだ?」

 俺の手にはボールが2つ。更にもう一つのボールが俺の方に来ている。男子たちは見るからに、戸惑っている。

「いくぞ! 男子たち!」

 両手で真上にボールを放る。すぐに半歩下がって右手をギュッと握った。

「ちょっと離れて!!」

 俺の指示に従い、さささっと離れる女子たち。

(3……2……1!)

 タイミングを合わせて高速で右拳を3回、突き出す。ジャストミートで3つのボールにヒットし、勢いよく相手コートに突進する。

「「「ぐあああっ!?」」」

 3人の男子にヒットした。だが、俺の攻撃は終わらない。当たったボールが放物線を描いてこちらに戻って来る。

「第2波!」

 ズダダダンっと軽快な音が体育館に響いた。今度は2人の男子に当たり、またこちらに戻って来る。

「も、もしかして……!」

「ずっと、音無のターン!?」

 まだ生き残っている男子の顔が青ざめた。

「おらっ!!」

 第3波を放ち、更に2人の戦士が死んだ。

「お、音無君……すごい」

「やっちゃえ!!」

 後ろから味方の声援が聞こえる。

(これなら、もうすぐ……っ)

 待て。今、俺に向かって来ているボールの数は2つ。最初は3つあったはずだ。なら、あと1個はどこにある。確か、外したボールはそのまま味方の外野に向かっていった。でも、さすがに外野の3人は取れず、相手コートに入った。それを一人の男子が拾って――。

「ッ!?」

 我に返り、冷や汗が滝のように流れた。

「き、気を付けて!! 外野には――」

 第4波を放って叫びながらすぐに振り返る。だが、もう遅かった。

「そう、俺がいるんだよね~」

 ボールを持った悟がいた。

 




真面目にドッジボールの試合を書いてて『何書いてるんだろう、私』と思っていたのを思い出しました。当時の私は一体、何を考えていたのだろうか……。

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