東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第62話 半吸血鬼

 第5波を撃つのをやめてボールを2つ共、キャッチする。

「いいか! 絶対に悟には当てられないでくれ!!」

 それだけはあってはいけないのだ。このドッジは当てたら内野に入る事が出来る。何としてでも悟を内野に入れてはいけない。

「ど、どうして……そんなに影野君が?」

「いいから! 今は逃げる事だけに集中! これ、持ってて!」

「う、うん!」

 2つのボールを適当に渡して構える。

「さて……まずはそっちの女子からだ!」

 思いっきり、ボールを投げる悟。

「いやっ!?」

 ボールが女子に当たってしまった。

「させっかよ!!」

 ダイビングキャッチして何とか、回避する。

「「きゃあっ!」」

 だが、当てられた女子がバランスを崩して俺がボールを渡した女子にぶつかってしまう。その拍子に2つのボールがコートから出てしまう。つまり――。

「装填」

 素早く、2つのボールを掴んだ悟。もうすでに振りかぶっている。更に両腕だ。同時にボールを投げるつもりらしい。

「くそっ!!」

 立ち上がらずに片手でボールを投げた。その後すぐに悟がボールを射出。俺の投げたボールが悟の投げたボールにヒットし、軌道を逸らす。しかし、ボールはもう一つある。

 もう一つのボールがまた女子に当たった。

「このっ!」

 床に付くギリギリでスライディングキャッチ。

「こっち!」

 その頃には先ほど、衝突させた2つのボールは相手の外野に拾われていた。悟がボールを要求する。

「装填」

 俺はどうする事も出来ずに悟にボールを渡してしまう。

「終~わりっと」

 そう言いつつ、一番近くにいた女子に軽く当て、悟が内野に入った。これで勝負がきつくなる。

「だ、大丈夫?」

「あ、ああ……」

 西さんに声をかけられ、立ち上がる。ボールはこちらが2つ。もう一つは先ほど悟が持って行ってしまった。

「はい、ボール」

「さんきゅ」

 河上さんが拾ったボールを受け取り、悟と対峙する。

「まぁ、最初は油断してただけだ。急にお前、肩が強くなったんだな?」

「色々あってな」

 そう言って2つのボールを宙に放る。

「隙あり!」

 悟が叫びつつ、ボールを投げて来た。

「俺の場合、これは隙には入らないぞ!」

 吸血鬼の反射神経を使い、キャッチ。すぐにそれも放って右手を構える。

「く、来るぞ!」

「音無砲だ!!」

 後ずさる男子たち。3つのボールが落ちて来て右手に力を込める。そして、ボールを発射しようとした瞬間、悟が叫ぶ。

「屈め!」

 そう、悟は失敗しても諦めず何度もぶつかる。根性がある男なのだ。きっと、最初に当てられて、外野にいた時も『音無砲』の弱点を見極めようと観察していたようだ。

「っ!?」

 その叫びに反射的に反応し、男子全員がその場にしゃがみ込んだ。その上を3つのボールが通り過ぎる。『音無砲』は威力がありすぎてノーバウンドで相手コートを通り過ぎてしまうのだ。

「「「うわっ!」」」

 当然、外野の子が取れるはずもなく全てのボールが男子側に渡ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数分、女子チームは絶望的だった。生き残っている人数は俺も入れて4人。そして、男子は7人。ボールはまだ3つ共、向こうのチームの手の中にあった。

 まず、2つのボールで俺を狙う。その間に女子を的確にアウトさせていく。ずるい作戦だ。

「さすが悟。汚いぜ」

「お前だってあんな3連砲、初めて見たぞ」

(今日、初めて出来るようになったからな)

「ほい」

「いや~!」

 また味方が減った。残るは3人。俺、西さん、河上さんだ。

「ど、どうする?」

「やっぱり、悟をどうにかしないと」

「それにしても……音無君が影野君を内野に入れたくない気持ち、わかった気がします」

 悟は『根性』の他にも周りの人を引っ張り上げる素質を持っている。本人が外野にいれば外野の連携が繋がる。内野に入れば内野に指示を出し、的確に女子を当てていく。

「それ!」

「くっ!」

 二人を抱えてジャンプし、躱す。

「「お、音無君!?」」

「これ以上、減らすわけにはいかない。少しの間、我慢してて」

 何か、思いつかなきゃいけない。何としてでも悟を倒すのだ。

 相手は7人。こっちは3人。ボールは全部、向こう。この状況を打破する方法。

「……あった」

 二人を降ろし、耳元で作戦を伝える。近づいた時、二人の顔が赤くなったのは気のせいだろう。

「で、でもそれじゃ!」

「大丈夫だって」

 川上さんが抗議してきたが軽く流し、悟を見る。

「じゃあ、行くぜ」

 外野にいる男子が投げた2つのボールが俺を狙う。悟は内野の中でボールを構える。俺が回避した瞬間に投げるつもりだ。ジャンプして2つのボールを躱す。

「終わりだっ!」

 悟がそう言いながらボールを投げる。狙いは西さん。だが、それを見逃す俺ではなかった。

「お前の好きにはさせねーよ!」

 空中で体を右回転させ、通り過ぎようとしていたボールを右足の踵で蹴り返す。後ろ回し蹴りだ。ついでにもう一つを裏拳でぶっ飛ばす。

「なっ!?」

 俺が蹴るとは思わなかったのだろう。悟が目を見開く。俺が蹴ったボールは真っ直ぐ、悟が投げたボールに向かい、ぶつかった。

「キャッチ!」

「ほい、と」

 俺が蹴ったボールをワンバウンドさせてから河上さんが見事キャッチ。悟が投げたボールはこちらの外野に入り、北見さんが取る。俺が裏拳で吹き飛ばしたボールは壁に当たって俺の所に戻って来た。軽く、キャッチ。これでボールは全てこっちに渡った。

「じゃあ、西さん。どうぞ」

 スタスタと西さんの元へ行き、ボールを渡す。

「う、うん……」

 たどたどしく受け取った西さん。それを見届けて俺は外野へ。踵で蹴ったと言う事はアウトになる。

「へい! パス!」

「行くよ~!」

 すぐにボールを要求した。ボールを渡して来る河上さん。俺の作戦はボールを全て、こっちの物にする。どうせ、外野に出ても当てれば蘇生出来るのだ。

「そりゃっ!」

「ぎゃああああっ!?」

 受け取って高速でボールを投げ、1秒で敵を撃破する。力を込め過ぎたせいで当てた男子の腰から嫌な音が聞こえたが聞こえなかった事にしてすぐに内野へ。残り、向こうは6人。

「音無君!」

 その次の瞬間には西さんがボールを空中へ放る。

「よっしゃっ!!」

 思いっきりジャンプし、体を逆さにする。つまり、頭を床の方に足を天井の方に。そのまま足を伸ばし、ボールを蹴った。

「オーバーヘッド、ぐへっ!?」

 声を荒げた男子のお腹にボールが突き刺さる。後、5人。

「このっ!」

「しまっ――」

 外野の北見さんが俺の方を見ていた男子をアウトにさせた。4人。

「まだだっ!」

「きゃあっ!?」

 悟が北見さんの投げたボールを拾い、河上さんにぶつける。さすがに庇ってやれなかった。こちらは2人。

「ごめ~ん」

「いや、大丈夫!」

 コートに落ちたボールをすぐに拾い、無理な態勢のまま男子にぶつける。3人。

「隙ありっ!?」

(まず……)

 そこで俺がオーバーヘッドしたボールを投げて来る悟。まずい。この態勢では半吸血鬼でも躱せない。

「音無君!」

 だが、俺とボールの間に西さんが割り込む。そして、俺の代わりに西さんにボールがヒット。とうとう、俺だけになってしまった。しかも、西さんに当たったボールは運悪く相手の外野に取られてしまう。

「西さん……」

「頑張ってね。音無君ならきっと倒せるよ」

 笑顔で立ち去る西さん。だが、ボールは向こうに3つ。非常にまずい状況だ。

「……絶体絶命って奴じゃね? 響」

 向こうは3人。こっちは1人。悟が慎重に外野に2つ、ボールを渡す。3方向から同時に俺を狙うらしい。

「じゃあ、これで!」

 それぞれからボールが投げられる。速さ、角度からして全てを回避するのは不可能。

(でも……諦めきれるか!)

 たかがドッジだ。ここまで一生懸命にやる必要はない。途中までは早く終わらせる為にあんなに必死になってやっていた。だが、先ほどになって勝たなくてはいけなくなっていしまった。

(俺の代わりにアウトになった西さんに、他の皆に悪いしな!)

 不思議と体に力がみなぎって来た。目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。

「――」

 目を開けて一気に力を解放。何か力を使った気配がする。幻想郷に行ってから俺は気配を僅かながら感じ取れるようになっているのだ。

(……あれ?)

 だが、半吸血鬼の力を解放したのにも関わらず、何も起きない。仕方なく、目の前に迫ったボールをキャッチした。他のボールが俺に着弾する前にそれをすぐに悟に向けて投擲する。最後の悪あがきだ。

「え?」

 そして、俺は目を見開く。

 

 

 

 2つのボールが俺の左右から誰かの手によって投げられたのだ。それも同時に。

 

 

 

 合計、3つのボールが悟を狙う。それを躱そうと構える悟だったが、ぶつかる前に3つのボールが衝突し合った。

「なっ!?」

 衝突したボールはそれぞれ生き残っていた2人の男子にヒット。悟も対処出来ずに俺が投げたボールにぶつかってしまい、ボールは床に落ちた。つまり、俺たち女子チームの勝ちとなる。

 しかし、俺はそれどころではなかった。冷や汗で背中がべっとりと気持ち悪い。機械のようなぎこちない動きで右を見た。

「「……」」

 きっかり5秒間、俺は硬直する。恐る恐る、左を見た。

「「……」」

 こちらでは7秒。鏡を見ていないが顔が青ざめている事が分かった。

 

 

 

 俺は3人に分身しているのだ。

 

 

 

 分身の方も同じように目を見開いて固まっている。

「うわあああああああっ!?」

 いち早く、我に返った俺は意図的に体の中を流れている力をコントロールする。すると、分身にノイズが走り、消す事に成功。だが、俺は安心出来なかった。

≪……≫

 クラスの全員がその場で俺を凝視しているのだ。そりゃそうだ。目の前で人間が分身したのだから。

「え、えっと~……」

 何とか、この場を誤魔化さなければいけない。頭をフル回転させ、言い訳を考える。

「そ、そう! これは手品! 皆を驚かせようとして前々から仕込んであったんだ!!」

 苦しい。自分でもわかるほど見苦しい嘘だ。

「な、何だ~! 手品か~!」

「へ?」

 そこで西さんがニコリと笑ってそう呟いた。てっきり、追究されると思っていたので拍子抜けてしまう。

「だ、だよな~! あり得ないもんな!」

 西さんの一言からクラスメイトが納得して行く。

「え、えっと……」

とりあえず、この場をやり過ごしたようだ。

「なぁ! どうやってやったんだ?」

 そこで目をキラキラさせた悟が俺に詰め寄る。

「え? い、いや……手品師はタネを明かさないもんだから」

「かっけえええええ!!」

 悟が叫ぶ。それから皆に囲まれて色々、質問される。だが、俺が半吸血鬼になっている事は気付かれていないらしい。

(よ、よかった……)

 安堵の溜息を吐いた時にチャイムが鳴る。クラスメイトが俺の分身について話しながら体育館を出て行く。俺もそれに付いて行った。

(気を付けなきゃな……)

 きっと、フランの血が流れているから出来たのだろう。満月の日は出来るだけ運動しない。そう心に決めた俺だった。

 

 

 

 

 

「――てなわけよ」

『それは本当かい?』

「ああ、俺も吃驚したぜ。まさか、分身するなんてな」

『ふむ……まぁ、様子見だろう』

「だろうな。まだ、はっきりとわかったわけじゃないし」

『頑張ってくれ』

「おう。お前の方もな」

 体育館から出て来た響を睨みながら誰かが電話していた。響は全く、気付く事なく悟と話しながら廊下の角を曲がった。

 


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