「後はまかせた。魂神『トール』!」
ガンッ!
スペルを唱えた響ちゃんはそのまま卓袱台に頭を打ち付けた。
「きょ、響ちゃん!?」
「早苗! ちょっと待ちな!」
私が思わず、手を伸ばしたがそれを神奈子様が止める。
「か、神奈子様?」
「諏訪子? これは一体……」
「私にもわからないけど……明らかに力が変わったね」
(力?)
私も落ち着いて響ちゃんを観察した。すると、今まで響ちゃんから感じていた力とは全く別の力――純粋な神力に変わっているではないか。
「何がどうなって……」
目を見開く私。しかし次の瞬間、響ちゃんの体が光り輝いた。
「きゃあっ!?」「ぐっ……」「よっと」
私と神奈子様は眩しくて腕で目を庇ってしまう。諏訪子様だけは帽子でガード。しばらくすると光は消えた。
「きょ、響ちゃん! だいじょう――ッ!?」
目を庇っていた腕を退かしながら声をかけるが、驚愕して言葉が続かなかった。
「う、うぅ……」
何故なら、響ちゃんの黒髪が真っ赤に染まっているからだ。それに身長も伸びているようだ。神奈子様も諏訪子様も驚きを隠せないでいた。
「……うむ。成功したようじゃな」
しかし、響ちゃんはこちらを一切見ておらず体の調子をうかがっている。
「きょ、響……ちゃん?」
「む? 我は響ではないぞ? トールじゃ。よろしく頼むぞ」
「一から説明してくれないか? 意味がわからない」
眉間を指でマッサージしながら神奈子様がお願いした。
「簡単じゃよ。響の魂には吸血鬼、狂気と我の合計、3つの魂が存在しておってな? 一時的に我がこの体の所有権を得たってわけじゃ」
腕組みをしながら響ちゃん改めトールさんが説明してくれた。
「つまり……人格を入れ替えたって事?」
諏訪子様は首を傾げながら要約する。
「まぁ、だいたい合っておる。それで? 質問はなんじゃったか?」
「あ、響ちゃんはどうして神力を持っているのかです。後、急に操れるようになったのもお願いします」
「うむ。わかった」
トールさんは笑顔で頷いた。
「まず、響の魂構成について説明しようか」
「魂構成?」
神奈子様が繰り返す。
「ん。響の魂は特別でな? 外の世界で言うアパートみたいなもんじゃ」
「あ、アパート……ですか?」
コンクリートの塊を頭に思い浮かべながら問いかけた。あまりにも近代的過ぎで魂との繋がりがわからない。
「例えじゃ、例え。響がアパートの大家さん。それで我と吸血鬼、狂気がそのアパートを借りている住人だと思っていい」
「なんか、面白い例えだね」
ニヤニヤしながら諏訪子様が感想を述べた。
「一番、わかりやすかったからの。で、住人である我らは響に家賃を支払わなければいけないのじゃ」
「家賃? お金か?」
はてな顔で神奈子様が質問した。
「いや、お金の代わりに我らの力を少しあげる。吸血鬼は魔力、狂気は妖力、我は神力じゃな」
「じゃあ、響ちゃんにはその3つの力があるんですか?」
「響自身も霊力を持っておるから4種類」
私の言葉を訂正してからトールさんが湯呑を傾けた。
「それはすごいな……体とかに影響はないのか? それだけ力が混在していては何かあるだろ」
神奈子様もお茶を啜り、問いかける。
「うむ。響には元々、霊力があるって言ったじゃろ? 体の中には霊力が流れている道があるんじゃ。しかし、その道を魔力、妖力、神力が邪魔して外に出せる霊力の量が減ってしまった。他の力も同様にな」
「え? それじゃどうして魔理沙さんとフランさんの時のあれは?」
結界を貼ったり、鎌を創り出したり、妖力を撒き散らしたり、魔力で作った雷を放ったりしていた。
「ああ、これを使ってたんじゃ」
そう言うと、トールさんは右手を卓袱台に置く。右手の中指には指輪がはめられていた。
「それは?」
「合力石と呼ばれる鉱石を使った指輪じゃよ。これを使って響は霊力、魔力、妖力、神力を合成しておる」
「合成、ねー……後、博麗のお札を使ってたのは?」
「わからん。何故か使えたんじゃ」
諏訪子様の質問に首を傾げるトールさん。
「それも含めて今、見せて貰えないか? もう一回、見てみたいんだ」
「無理じゃ」
トールさんは神奈子様のお願いを一蹴する。
「なんでですか?」
「響なら出来るんじゃが今は我になっておるからな。能力が変わってしまっているんじゃ」
トールさんの言葉に今度は私たちが同時に首を傾げた。
「の、能力が変わる……ですか?」
「そうじゃ。響の能力のせいでな。今は『物を創造する程度の能力』じゃ。我は神じゃからの」
「物を創造する!? 何だ、その能力は!」
神奈子様がそう言いながら、卓袱台に手を叩き付けて立ち上がった。確かにその能力は神と言えどもあまりにぶっ飛んでいる。
「まぁ、落ち着け。聞くが、お主らの能力は?」
「神奈子様が『乾を創造する程度の能力』。諏訪子様は『坤を創造する程度の能力』で私が『奇跡を起こす程度の能力』です」
テキパキとトールさんに説明する私。
「早苗……じゃったかな? お主は現人神じゃろう?」
「は、はい」
話した覚えはなかったので、吃驚してしまった。
「きっと、普通の神のような『創造』する能力ではないのじゃろう。神奈子と諏訪子は創造出来る範囲が少ない。でも、その分強力なはずじゃ」
「何だい? じゃあ、あんたの能力は弱いって事かい?」
「そうじゃ。まぁ、例えばの……」
そう言ってトールさんはキョロキョロと辺りを見渡し、卓袱台の上にあった急須に目を付ける。
「ちょっと、それを取ってくれぬか?」
「はい」
諏訪子様が急須をトールさんに手渡した。
「どれ」
急須を左手に持ってその場で傾ける。もちろん、中身はお茶だ。そして、世界には重力と言う力が存在する。一歩、急須からお茶が出てしまえばその力に囚われる。
「ちょっ!?」
このままでは畳の上にお茶が注がれてしまう。慌てて私は自分の湯呑を引っ掴み、お茶の着陸ポイントまで腕を伸ばす。しかし、お茶は私の湯呑に注がれる事はなかった。
「……成功じゃ」
何故なら、トールさんの右手に握られた真っ白に光る湯呑に注がれているからだ。
「つまり、我の能力はこうやって『神力で物を形作る』って事なのじゃ」
そう言って、真っ白な湯呑を傾ける。
「そ、そうですか……」
伸ばした腕を引っ込めて私は溜息交じりに答えた。脱力してしまったのだ。
「他にも武器を創造したり、かの?」
「はいはーい! しつもーん!」
お茶を飲み干し、湯呑を消したトールさんに向かって諏訪子様が手を挙げて叫んだ。
「ん? なんじゃ?」
「響も白い鎌を創造してたと思うけど何か違うの?」
「ああ、それはな。うむ、見せた方が早いじゃろう」
そう言うとトールさんは立ち上がり、縁側に出た。私たちも付いて行く。
「すまんな、響。靴下、汚れるぞ」
トールさんは呟きつつ、靴下のまま縁側を降りた。
「まず、お主ら、拳銃はわかるか?」
「ああ、私たち数年前まで外の世界にいたからな」
「ほう。なら、話が早い。拳銃と言うのは火薬を爆発させて小さな弾を猛スピードで放つ武器じゃ。もし、響がこれを創造するとしよう。じゃが、響は人間。そこまで神力を扱えないのじゃ。だから――」
そこまで説明してトールさんは右手に真っ白な銃を創造する。それを目の前に立っている木に向かって突き出す。
「こうなる」
そして、引き金を引く。すると、拳銃から小さな弾ではなく一本の白いレーザーが撃ち出され、木を粉砕した。
「す、すごい……」
その威力に私は唖然としてしまう。
「今、この体は神じゃから本来はもう少し、威力は低いがの」
「で? お前が創造した場合、どうなるんだ?」
神奈子様が目を細めながら促す。
「うむ。我が創造するとこうなる」
一度、拳銃を消してから新たに拳銃を創造したトールさんはすぐに別の木に標準を合わせ、引き金を引いた。先ほどはレーザーだったが、今度は一瞬にして木に穴が開く。その穴はまるで、銃痕だった。
「見ての通り、我の方が創造した物の再現率が高いのじゃ」
少し胸を張ってトールさんが言い放つ。
「なるほど……じゃあ、最後に響の能力名は?」
「ああ、それは『し――」
そこまで言ってトールさんが急にその場に倒れた。
「と、トールさん!?」
縁側を降りて助け起こそうとしたが、またもや光り輝いて私の目を直撃した。たまらず、その場で呻き声を上げながら蹲る。
「はぁ……はぁ……」
光が弱まり、息を荒くしたトールさん――いや、髪が黒くなっているから響ちゃんがいた。
「と、トール! それは禁句だ!」
虚空に叫ぶ響ちゃん。
「きょ、響ちゃん?」
「あ、すまん……紫に口止めされてるんだ」
ようやく、私に気付いた響ちゃんは申し訳なさそうにそう謝った。
「そ、そう……」
目がチカチカするのを我慢して答える。
「そんな事より、体は大丈夫ですか? 苦しそうですが……」
「だ、大丈夫。慣れない事したのと最後の強制的に魂交換しただけだから」
そう言いつつも響ちゃんは肩で息をしていた。
「ゴメン。今日は帰るよ」
「あ、はい。本当にありがとうございました。お代の方は?」
「いや、今度で良い。じゃな」
響ちゃんは手を振りながらスペルを宣言、スキマを開いてどこかへ行ってしまった。
「大丈夫でしょうか?」
隣にいた神奈子様に問いかける。
「さぁな。でも、聞きたい事はだいたい聞けたし」
「……」
気になっている事が一つだけある。
(『し』。これが響ちゃんの能力名の一文字目)
そこまではわかったがその後が一切、想像できない。
「早苗?」
「あ、はい! 今、戻ります!」
諏訪子様に声をかけられ、私は慌てて母屋に戻った。