「す、すみませんでしたあああああああああああっ!!」
妖夢が畳に額を擦り付けながらそう叫んだ。
「別にいいよ? 死んだわけじゃないし」
お茶を啜りながら俺は答える。
「それにしても……幽々子、だったか? ひどくね?」
「いいじゃない。面白かったし」
幽々子はお饅頭を口に運びながら笑顔で言い放つ。実は妖夢に今日、俺が来る事を言っていない。それどころか『今日は何だか、嫌な予感がするわ。妖夢、少し注意してて』、と言っていたのだ。
「こっちは死にそうだったわ!!」
思わず、それにツッコんでしまう俺。
「ああ、本当にごめんなさい!」
「だから、もういいってば!」
妖夢を宥めるのを俺はそろそろ諦めようと思う。
「で? 妖夢に何をしたのよ?」
「何か、その言い方だと変な感じに聞こえるからやめて」
「そう? なら、妖夢の体にn「それこそ駄目だあああああ!!」
俺で遊ぶ幽々子。扇子で口元を隠しながら優雅に笑っている。
「まぁ、説明するとだな? インパクトだ」
「「インパクト?」」
俺の湯呑にお茶を注いでいた妖夢と煎餅に噛り付こうとしていた幽々子が同時に聞き返す。
「ああ、この前の宴会の時に俺、制限をかけられてな? 今までより力が出せなくなったんだよ。そこで、どれだけエネルギーを消費せずに攻撃するか考えていたんだ。で、見つけたのがさっきの『拳術』だ」
「剣術? なら、私だって」
「多分、そっちは刀を使う方だろ……こっちはこれ」
拳を見せながら誤解を解く。それから俺には4種類の力がある事。指輪の力でそれらを合成出来る事を説明する。
「なるほどね~。お互いに邪魔しちゃうのね?」
「そゆこと。じゃあ、話を戻すぞ? まず、最初に両手に妖力を少しだけ纏わせる」
両手を翳して、黄色いオーラがユラユラと揺れ始める。これが妖力を纏った状態だ。
「この時はまだ妖夢の斬撃を吹き飛ばすほどの力は持ってない。ここまでわかるか?」
俺の問いかけに2人同時に頷く。
「で、斬撃と手が触れた瞬間に一気に妖力を開放」
一瞬だけオーラが大きくなる。
「今は適当にやったけど本気でやれば斬撃はおろか、岩だって粉砕出来る。この技のメリットはエネルギーを無駄使いせずに済む事。デメリットは集中力の継続時間の長さとタイミングの難しさだ」
ゲームの取扱説明書のような解説を入れる。
「あ、あの? どうして、そんな一瞬だけ力を開放するのに威力が?」
恐る恐る手を挙げながら妖夢が質問した。
「それは簡単よ。魔眼とのコンビネーション」
しかし、答えたのは俺ではなく幽々子だった。
「彼の魔眼は『察知』。つまり、力の流れが読めるの。それで斬撃の中で力が一番、弱い所に的確に妖力を撃ち込む。そうでしょ?」
正直、俺は驚いていた。幽々子の説明は的を射ていたからだ。
「……ああ、そうだ。そもそも、掌と言う狭い範囲内で妖力を全力で開放する事で妖力の密度が濃くなり、威力も上るんだ。そして、妖力が元々持っている攻撃力の高さと合わせるとお前の刀さえも弾けるようになる」
まだ、完成していないので無傷では済まなかったが合格点をあげてもいいほど今日の出来はよかった。火事場の馬鹿力と言うものか。
「まぁ、インパクトのタイミングが大事になるんだけどな。早ければ、威力が格段に落ちるし、遅ければそれこそ直撃だ」
湯呑を傾けて、一息入れる。
「人間技じゃないわよね~」
串に刺さったみたらし団子を口に運びながら幽々子が呟く。
「こちとら、そう言う世界に生きてるもんで」
俺も団子を貰い、食べる。甘くて美味しかった。
「……あの!」
急に妖夢が大声を上げる。
「な、何だ?」
「その技、私に教えてください!」
そうお願いしたと思ったら、妖夢は土下座した。
「私は貴女に完全に敗北しました。しかし、貴女は本気でなかった。私は悔しいです。こっちは本気だったのに……ですが、今の私では貴女に勝てない。だから! その技を教えてください! 少しでも貴女に追い付きたいのです!!」
「やだ」
一蹴する。
「な、何故ですか!?」
さすがにここまで簡単に断られるとは思わなかったようで妖夢が吃驚していた。
「俺の事を『貴女』と言う奴に教える技などない」
「じゃあ、貴女様?」
「違うわ!」
『仮式』と同じ間違いを犯す妖夢にツッコミを入れた。
「そんな事より、妖夢?」
「そ、そんな事って……何ですか?」
幽々子の発言に不満を持ったようで頬を膨らませたまま妖夢が返事をする。
「あれ、どうするの?」
幽々子は羊羹を食べながら外を指さす。その先には荒れ果てた庭があった。俺と妖夢の激しい戦闘によって美しかったであろう庭。申し訳なくなった。
「うぅ……」
妖夢は最初に自分の事を『庭師』と言っていた。きっと、この庭を直すのは妖夢だ。しかし、『拳術』で妖夢を吹っ飛ばした時にへし折った木々はどうするのだろうか。
「片づけてきます……」
項垂れながら妖夢は立ち上がり、庭に向かった。
「ちょ、ちょっと待って!」
罪悪感から俺は妖夢を呼び止める。
「何ですか?」
「あの木はどうするんだよ?」
「……どうしましょう?」
さすがにあの大きさまで成長させるのは時間がかかりすぎる。絶望する妖夢はその場で膝から崩れ落ちた。でも、一人だけ復元できる奴を俺は知っている。
「妖夢、少し待ってろ」
そう言ってスキホを取り出す。電話帳を展開し、電話をかける。
『もしもし? こちら『成長屋』です』
「あ、俺だけど?」
『詐欺はお断りです。それでは』
ブチッと乱暴に電話を切られてしまった。すぐにかけ直す。
『……はい。『成長屋』です』
「響です」
『なんですか? 何か用事でも?』
不満そうに言うのはリーマだ。リーマは元々、外の世界に住んでいたので携帯も幻想郷に持ち込んでいたらしい。この前、遊びに行った時に教えてくれたので連絡先を交換したのだ。スキホじゃないと繋がらないが。
「仕事だ。至急、白玉楼まで来てくれ」
『はい?』
突然の事でリーマが途方にくれているようだ。
「今からそっちにスキマ開くから来い」
『え? ちょ、ちょっとまっ――』
さっきのお返しに電話を切って妖夢に向き直った。
「木はどうにかなりそうだ。後は自分で頑張れ」
「え? どういう事ですか?」
妖夢の質問を無視し、さっきの戦闘の時、出しっぱなしにしていたPSPを操作。懐からスペルカードを取り出して宣言した。
「移動『ネクロファンタジア』!」
すると、制服が光り輝く。制服は紫の服に早変わりし、扇子を横に一閃した。
「お~い! リーマ、こっち来いよ!」
「ちょっ!? 本当だったの!?」
そう叫びつつもリーマはスキマを潜り抜けて来る。
「で? 仕事って?」
「あの木を成長させて元通りにしてくれ」
後ろで妖夢と幽々子が目を見開いているが、気にせずリーマに指示を出す。
「あ~、派手にやったね。まぁ、1時間もあれば行けるわ。お代は……これぐらい」
指を使って金額を提示するリーマ。
「妖夢、これぐらいだってさ」
「は、はい! 少し、待っててください!」
俺に促され、妖夢は別の部屋に向かった。お金を取りに行ったのだろう。
「ど、どうぞ」
戻って来た妖夢はリーマにお金を差し出す。
「ん……丁度ね。じゃあ早速、作業に入るから」
リーマはそれをポケットに仕舞い、庭に降りる。すぐに倒れた木の傍に行き、地面に両手を付けて能力を使った。
「まぁ、あれが終わるまでゆっくりしてろよ」
「ありがとうございます」
妖夢は笑顔で頭を下げた。
「いや、あれ。俺のせいだし」
「でも、お金はこちら持ちなのね?」
おはぎを食べ終えた幽々子が痛い所を突いて来る。
「い、いや……それは」
「じゃあ、妖夢の修行に付き合ってあげれば?」
「はぁ!?」
「本当ですか!?」
幽々子の提案に驚く俺と喜ぶ妖夢。
「本当に良いんですか!?」
「お、落ち着けって……まだ、良いとは……」
テンションが上った妖夢に迫られ、後ずさりながら言葉を探す。あの技はあまり人に教えたくない。それこそ『拳術』は制限をかけられた俺にとっての必殺技になるかもしれないのだ。
「お願いします! 響さん!」
「うぅ……」
俺は本当に甘い。こうやって、必死にお願いされたらどうにかしてやりたくなる。
「ああ、わかったよ! 教えるよ! その代わり、授業料は取るからな!
「はい! ありがとうございます!!」
こうして、俺は妖夢に『拳術』を教える事になった。その後はリーマの作業が終わるまでのんびりと雑談していた。
(それにしても……)
不意に庭に立っている大きな枯れ木が気になった。あの木から不思議な力を感じる。普通の木とは違う何かがあの木にある。
「あれは?」
「西行妖よ。桜だけど、まだ満開は見た事ないわ」
桜餅を手に取った幽々子がつまらなさそうに説明してくれた。
「ふ~ん……桜、ねぇ」
俺も桜餅を食べながら呟く。それからはあの桜の事は忘れ、暇な時間を過ごした。