東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第77話 姫

「……」

「「「……」」」

 永琳は珍しく目を点にしていた。そりゃそうだろう。俺が3人いるのだから。

「せ、説明してくれる……かしら?」

「「「うさ耳ブレザーに狂わされて、跳ね返したらこうなった」」」

 声を合わせて答えると眉間を指で押さえる永琳。

「うちのうどんげが迷惑かけたわね」

「いいって事よ」

 分身を消して俺はその辺にあった椅子に腰かける。

「それで? 女体化って奴?」

「ああ……どうにかなんない?」

「うどんげの『狂気の瞳』を跳ね返したらそうなったのよね? なら、同じように狂った波長を元に戻せばいいんじゃないかしら?」

 あの説明でよくそこまで理解したものだ。感心しつつ、俺は溜息を吐いた。

「狂気によると出来ない……いや、やり方がわからないらしい。今回は偶然、こうなっただけみたいだからな」

「そう。それにしても育ったわね」

 俺の胸を見ながら永琳。

「う、うるさいな。元々、吸血鬼がでかいんだよ」

「関係ないと思うわ。だって、吸血鬼は『貴女』の魂にいるだけだから。それは貴女の体なのよ」

「だって、半吸血鬼化は吸血鬼の血が流れてるからだろ? だったら、吸血鬼が関係して来るんじゃないか?」

 わざわざ、『貴女』と言う永琳にイライラしながらも自分の考えを述べる。と言うより胸が大きいのを吸血鬼のせいにしたいだけなのだ。

「それを言うなら貴女の体に流れているのはフランドールの血よ。その仮定が成立するなら今頃、貴女は幼女よ」

 これ以上、反論出来ないと判断し両手を上げて降参する。

「本題に戻るけど……出来るわ」

「ほ、本当か!?」

「ええ。波長を元に戻す薬を作ればね。少し時間をくれれば可能よ」

 時間も何もこの姿では能力を使う事が出来ないのだ。

「どれくらい?」

「そうね……2時間ほどかしら? 先客がいるの」

 あの女の子だ。

「その間に貴女にやって貰いたい事があるのよ」

「依頼か?」

 依頼状にはただ『来い』としか書かれていなかったのだ。

「ええ、姫様の暇つぶしに付き合って欲しいのよ」

「……姫、さま?」

「そう、姫様」

「……」

「……」

 

 

 

 

 

「初めまして、蓬莱山 輝夜よ」

 そんなこんなで昔話にもなっているかぐや姫と遊ぶ事になった。昔話通り、輝夜はとても美しかった。

「えっと、初めまして。音無 響です」

「敬語なんて堅苦しいのはいいわ」

「そ、そう?」

 あっけらかんとしたお姫様だ。

「最近、バカが来ないから暇なのよ。何でもいいから何かない?」

 バカが気になるが今は姫様の注文を受けなければならない。

「何か、か……いつもは何を?」

「そうね。優曇華の世話」

 聞き慣れない単語に首を傾げると輝夜が後ろにある盆栽を指さした。

「なるほど。他には?」

「殺し合い」

「……はい?」

「まぁ、貴女とも戦うってものいいかも」

「無理です」

 いつもの姿ならいいのだが、半吸血鬼化していると能力だけではなく指輪の力も使えない。この姿で出来るのはせいぜい分身だけだ。

「つまらないわね~……む?」

「?」

 急に輝夜の目が鋭くなった。その視線の先には俺の胸。

「触っても「いけません」

 言葉を遮って拒否する。

「ええ!? どうしてよ! 減るもんじゃないし!」

「俺の精神がすり減ります!」

 ただでさえ、この姿でへとへとなのに体など触られたらと思うと鳥肌が立つ。

「わかったわ。なら、無理やりにでも!」

「結局かい!」

 危険を感じ、横に跳ぶ。その直後に輝夜が人とは思えないほどの俊敏さで俺のいた場所に跳びついた。

「逃げるんじゃない!」

「逃げるわ!」

 慌てて部屋から脱出。しかし、輝夜も諦めずに後を追って来た。

「まちなさ~い!」

「待つか!」

 大声で叫んだ時、ポチッと何かを踏んだ。

「え……ごふっ」

 横から大きなハンマーが俺の体を捉え、吹き飛ばす。そのまま、廊下を何度もバウンドし壁に激突して止まった。

「いてて……はっ!?」

「ふふふ、捕まえたわ。響」

 何故だろう。白いウサギが『ウササ』と笑っている描写が浮かんだ。

「ま、待て!」

「待たないわ」

 俺の両手首をがっしりと掴んだ輝夜。何だか、様子がおかしい。目が据わっている。

(何かに……操られてる?)

 そう、輝夜は正気を失っているのだ。この状況はまずい。廊下だし。

「か、輝夜! 目を覚ませ」

「何を言ってるの? 私は私よ?」

 息を荒くして輝夜の顔がどんどん近づいて来る。背中を大きな翼を動かして俺の顔と輝夜の顔の間に滑り込ませようとした。

「無駄よ」

 笑いながら輝夜が言い放つ。

「っ!?」

 確かに俺は翼を動かし続けている。だが、いつまで経っても翼は俺と輝夜の間にやって来ない。

「な、何がどうなって……」

「貴女の翼の動きを永遠にしたわ」

 ニヤリとした輝夜はそう言った。

「永遠?」

「そう、永遠」

 それでは一生、翼は同じ位置に居続けるではないか。

「そんな、ふざけてる……」

「仕方ないでしょ? そう言う能力なのだから」

 『永遠と須臾を操る程度の能力』よ、と能力名まで教えてくれた。

「このっ!」

 本能的にまずいと思った俺は右足を曲げて輝夜のお腹目掛けて膝蹴りを繰り出す。しかし、右足も同じように止まった。いや、永遠にされたのだ。

「くっ……」

「観念なさい」

 頬を紅潮させた輝夜は更に顔を近づけて来る。

「はい、おしまい」

(もう、駄目だ!)

 キュッと目を閉じた俺。

「はい、おしまい」

 だが、輝夜の後ろから永琳の声が聞こえた。

「え、永琳?」

 そっと目を開けると輝夜が後ろを振り返って驚愕しているところだった。永琳は一瞬にして手に注射器を持つと輝夜の腕に刺して容器の中の液体を注入する。

「ちょっと! 何を、はふん」

 抗議しようとした輝夜だったが薬が効いたのか目を閉じて俺の胸に頭を預けた。

「お、おい?」

 輝夜に声をかけるがぐっすり眠っているようで目を覚まさない。

「てゐ。いるんでしょ?」

「はいは~い」

「姫様をお願い」

「了解」

 いつの間にか永琳の隣にいたピンクのワンピースを着たうさ耳幼女が輝夜を背負うとフラフラしたまま、廊下を進んで行った。

「大丈夫?」

「あ、ああ……サンキュな」

「……ちょっと失礼」

 目を合わせないように永琳が俺の後ろに移動する。

「永琳?」

「こっちを見ないで」

「は、はい!」

 いつもよりきつい口調で永琳。その様子に首を傾げていると急に視界が真っ暗になる。

「え!? な、何!?」

「何って目隠しよ」

「何で!?」

 このまま俺は解剖されるのだろうか。

「これ以上、被害が出ない為によ」

(被害?)

「とにかく、私の部屋に行きましょう。続きはそこで」

「わ、わかった」

 目隠しされている今、永琳の指示に従った方がいいだろうと踏んだ俺は永琳に手を繋いで貰いながら何とか部屋に移動した。

「で? 何で俺は目隠しされてんだ?」

 椅子に腰かけながら質問する。

「能力の暴走よ。姫様がおかしくなったのもそのせい」

「能力? 今の俺には普段の能力は使えないけど……」

「そりゃそうよ。だって、『魅了』だもの」

 俺、フリーズ。

「み、ミリョウ?」

「ええ、魅了。貴女、吸血鬼には魅了する力があるの知らないの?」

「し、知ってるけどさ……今まで、そんな事なかったぞ?」

 もし、『魅了』が発動していれば家や学校で大惨事になっていたはずだ。

「今回はイレギュラーで女体化したからじゃないかしら? 詳しい事はわからないけどね」

「うぅ……何で、今日はこんなに運が悪いんだよ」

 うさ耳ブレザーに襲われたり、半吸血鬼化したり、かぐや姫に襲われたり――。

「まぁ、普段の姿に戻ればきっと『魅了』はなくなるわ」

「早く、薬を作ってください」

「今、作ってるわよ。うどんげが」

 うさ耳ブレザーの事だ。

「だ、大丈夫なのか?」

「何よ? 私の弟子を信じられないの?」

「その弟子に襲われたんだよ!!」

 だんだん眩暈がして来た。もう、目隠しは必要ないと判断したようで永琳がはずしてくれる。

「ああ、そうだ。依頼だけどもう無理だわ。お代は要らないから」

「そう? でも、それも悪いわ。身内がここまで迷惑をかけたんですもの」

 少し、困ったような顔をする永琳。

「う~ん……なら、薬作ってくれ」

「薬? 満月の日は薬を使っても効果ないわよ?」

「いやいや、それはもう諦めてるよ……夢をコントロール出来る薬ってあるか?」

「夢を?」

 首を傾げた永琳は考える素振りを見せた後、顔を上げた。

「出来るけど……何で?」

「俺、過去の記憶に抜けてる部分があるんだ。丁度、俺が幻想郷に来た時の」

「過去にもここに来た事が?」

 永琳は意外そうな表情を浮かべる。

「ああ、だから小さい頃の俺はここで何を見て、何を感じたのか気になって」

「……わかったわ。今、持って来るから貴女はここでうどんげを待ってて」

「おう」

 俺が頷いたのを見て永琳は微笑んで部屋を出て行った。

「……ふぅ」

 依頼は失敗してしまったが、目的は達成されたようだ。元々、依頼の報酬で頼もうと思っていたのだ。まぁ、半吸血鬼化になると言うイレギュラーはあったが。

『あっと……その事なんだが』

 急に狂気の声が聞こえて、肩がビクッと震える。

(急に話しかけんなよ……で? 何の事?)

『ああ、バカウサギの瞳を跳ね返したろ? そのおかげかどうかはわからんが、お前も『狂気の瞳』を使えるようになったぽい』

「……は?」

 思わず、声に出してしまった。

(ま、待て……『狂気の瞳』をか?)

『まぁ、あのウサギのように自由には使えないけどな。相手を一瞬だけ欺くぐらいなら』

 狂気の説明を聞いて俺は嬉しくなった。一瞬とはいえ、これを使いこなせるようになったら攻撃の幅が大いに広がるのだ。

『ただ、問題があってだな……『狂気の瞳』を使うと女体化するみたいだ』

「……はい?」

『だから! お前は『目』を使うと女になるの!』

「そ、そんな……」

 それでは使えないではないか。肩を落として俺は天井を仰いだ。

『そう言う事だから『狂気の瞳』はピンチの時になったら使え』

(……わかった)

 残念だが、新たな力を手に入れたのは喜ばしい事だ。気を取り直して俺はうさ耳ブレザーを待った。

 


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