お詫びとして本日14日の正午にもう一話投稿します。
制服にコートを羽織った姿で響は妖怪の山の上空を垂直に飛んでいた。
(コートあるなしじゃここまで違うんだな……)
今までの自分に言い聞かせてやりたい気持ちになる彼であったが、その顔はニヤケている。それほど快適なのだ。昨日、永遠亭で半吸血鬼化&女体化した人とは思えない。
因みにうさ耳ブレザーこと鈴仙・優曇華院・イナバが薬を持って来たのは『狂気の瞳』について聞いた1時間後の事であった。
「えっと……今日の依頼は、っと」
場所は天界。依頼主は『比那名居 天子』。内容は――不明。
「とりあえず、来いって……」
最近、こう言った依頼が多くなったな、と溜息を吐いた。依頼の内容が不明な時はいい事がないと決まっているのだ。まず、天界がどこか分からずスキホにインストールされた地図と2時間もにらめっこ。結局、霊夢に聞いた。
「お?」
分厚い雲を突き抜け、やっと明るい場所に出る。ほっとした表情でその地に降り立った。
(雲の上に土?)
首を傾げる響だったが、幻想郷なら可能性はあるとその疑問を頭から捨てる。
「万屋『響』の音無 響さんですか?」
「うわっ!?」
これからどうするかと悩んでいると急に後ろから声をかけられ、肩を震わせた。
「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが……」
響が振り返るとそこにはピンクの羽衣を身に纏った女性がいた。
「初めまして、永江 衣玖です」
頭を下げつつ、自己紹介する衣玖。
「あ、はい。音無 響です」
響も慌てて頭を下げる。
「早速ですが、総領娘様がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
「総領娘様?」
聞き慣れない単語が出て来たので聞き返す。
「はい、響様に依頼状を送った比那名居 天子様、その人です」
(偉い人なのかな?)
自分の頭で解決した響は衣玖に連れて行くよう促し、移動を始めた。
「来たわね! 音無 響!」
依頼を受けなければよかったと思い切り、溜息を吐いた響。何故なら、目の前に胸を張って踏ん反り返る偉そうな小娘がいるからである。ここは天界の中でも周囲に何もないただ開けた広場で響、天子、衣玖の3人が話している光景は何ともシュールである。
「で? 依頼は? 早急にすませたい」
「この後に何か用事が?」
キョトンとした天子が問いかけた。
「何もないけど帰りたい」
「っ!? い、いいわ……早くすませましょ」
眉をピクピクと震わせながら天子が響に近づく。
「決闘よ!」
「……はい?」
「私からの依頼は決闘。私と戦いなさい!」
響を指さしながら天子が言い放った。
「……はい?」
「だから、私と戦えっての!」
「衣玖さん?」
「総領娘様は本気です」
最後の頼みにもあっさり裏切られ、響は諦めた。
「はいはい……わかった。高いけど文句ないな?」
「もちろんよ!」
紫が定める依頼の報酬は少し特殊で普通の依頼(おつかいや畑仕事の手伝いなど)は安い。しかし、響が戦うような依頼の場合違って来る。
響が繰り出した技の数、受けた傷の大きさ、消費した霊力などの地力数、戦闘時間などをスキホが自動的に測定し、計算するのだ。この前の妖夢戦では相当な額にまで上ったと言う。一見、妖夢の暴走で依頼とは関係ないような気がするが幽々子がそう仕向けたとの事で依頼の一部とされた。冬眠している紫の代わりに藍が幽々子にそう説明した結果、笑顔で頷き、払ったらしい。
因みに昨日の永遠亭については事故なので依頼の報酬は永琳に作って貰った薬だけであった。それとうどんげが作った薬も余った為、ちゃっかり貰っていたりする。
「じゃあ、ルールは?」
「スペルは無制限。気絶もしくは降参したら負けでどう?」
「わかった。衣玖さん、合図お願い」
「かしこまりました」
響と天子はお互いに距離を取って衣玖の合図を待つ。その間に響はコートを脱いで地面に置いた。
「それでは――始めっ!」
衣玖の合図と共に天子が地面を蹴って突進する。響はPSPをスキホから出さずに右手を前に翳した。実は朝早く、藍にPSPのメンテナンスを頼んでしまったので持っていないのだ。
「おらっ!」
天子は左手を固く握り、思い切り引いた。左ストレートを繰り出すつもりらしい。それを見て響は左手でスペルカードを取り出して宣言する。
「白壁『真っ白な壁』!」
天子の拳と響の結界が正面からぶつかり合う。しかし、すぐに響の結界に皹が入る。響は顔を歪めるとバックステップで後方に下がった。
「くっ……」
結界を破壊した拳は空振り。
「緋想の剣!」
間髪入れずに天子が叫ぶとその右手に紅い剣が出現した。
「マジかよ!?」
まさか、向こうが武器を使って来るとは思わなかった響は目を見開く。
「この剣はあんたの弱点属性になるのよ!」
(弱点?)
響は目を細める。自分の弱点となる属性とは何なのか、分からなかったのだ。
「喰らいなさい!」
そのまま天子が剣を振り降ろす。
「神鎌『雷神白鎌創』!」
咄嗟に小ぶりの鎌を創り出した響は柄で剣を受け止めた。だが――。
「えっ……」
あっさり柄は真っ二つにされ、体に剣先が掠る。響の目が大きく開かれた頃には胸からお腹にかけて傷が大きな口を開けて血を吐き出していた。幸い、斬られた衝撃で後ろに吹き飛ばされ追撃を食らう事はなかったがこのままでは出血多量で死んでしまう。すかさず、霊力を流し込み、傷口を塞ぐ響。
「へぇ~、すごい再生スピードね。でも!」
地面を蹴った天子は剣を右から左に斬り払った。
「魔法『察知魔眼』! 拳術『ショットガンフォース』!」
左目を青くした響は妖力を両手に纏い、剣の動きに合わせて右手でインパクトする。
「くっ!?」
剣を弾かれた天子はバランスを崩してしまった。それを見逃すはずもなく、左手を握り突き出す。もちろん、インパクト有だ。
「がっ……」
拳は天子の腹に突き刺さり、吹き飛ばした。天子の体は地面を何回もバウンドした後、大きな岩に背中から衝突して止まる。
「これで……」
響がそう呟いたが、すぐに大きな岩が爆発。その中から天子がスペルカードを構えながら出て来た。
「これでも喰らえっ! 要石『カナメファンネル』!」
スペルを唱えると天子の周りから大量の大きな要石が飛び出し、一斉に響に突進する。
(まずっ……)
実は『拳術』には制限時間がある。妖力を手に纏わせるだけでもかなり体に負担がかかっているからだ。その制限時間は約2分。残り時間は1分半を切っていた。さすがにそれだけではこの要石を捌き切れないと判断した響は奥歯を噛む。しかし、何もしなければ潰されるだけだ。両手を構えて地面を蹴った。
「うおおおおおおおおっ!!」
迫り来る要石を両手で粉砕しながら天子の元に向かう響だったが、要石が多すぎてなかなか距離が縮まらない。
「ほら! 潰されてしまいなさい!!」
その様子を見ていた天子は勝ち誇っていた。そりゃそうだろう。誰だってこの状況を見れば天子の方が勝つと思う。しかし、響は諦めてなかった。
「飛拳『インパクトジェット』!」
『拳術』の残り時間が10秒を切った所でスペルを宣言して両手を地面に叩き付ける。そして、響に向かっていた要石が次々と地面に着弾し、抉った。次の瞬間には大爆発を起こし、砂煙が大量に舞う。
「ふん……何よ。弱いじゃない」
少し不満そうに呟いて剣を肩に預けた。天子は響の評判を聞いてこの決闘を申し込んだのだ。もう少しいい戦いが出来ると思っていた。しかし、実際に戦ってみてこのありさまだ。
「まぁ、仕方ないか……」
だが、響は天子の期待を裏切らなかった。砂煙が勢いよく吹き飛ばされ、一つの影が高速で空高く舞い上がる。響だ。
「う、そ……」
天子は目を見開いて驚愕する。
「ここからだ。覚悟しろよ」
天子には聞こえていない。それほど小さな声で響が呟く。その手には黄色いオーラが激しく揺らいでいた。