東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第80話 人外吸引器

「だ、誰か! 助けてくれえええええええええええ!!」

「ん?」

 仕事を終え、空を飛行中の俺の耳に男の悲鳴が届いた。その方向に向かうと大きなムカデのような妖怪に襲われている男性が森の中を走っているのが見える。

「何か、前にもこんな事があったような……」

 あの時は小さな女の子だった。とにかく、放っておけないので降下して男とムカデの間に着地する。

「神鎌『雷神白鎌創』!」

 白い小ぶりの鎌を創り出し、柄をムカデの体にぶつけ食い止めた。ギリギリと押されるが何とか動きを止める事に成功。

「早く逃げろ!!」

 呆けていた男に向かって叫ぶ。

「は、はい!!」

 男はそのまま、走り去って行った。これでもう、俺を見ている人はいない。

「魔法『探知魔眼』……」

 左目に青い光を宿した後、鎌に雷を纏わせる。いきなり、体に電気が走ったので吃驚したムカデが俺から離れるのを確認して1枚のスペルカードを取り出す。

「妖怪『威嚇の波動』!」

 体の中の妖力をかき集め、『拳術』と同じ要領で一気にムカデに飛ばした。妖力が横に広がって行くのが魔眼のおかげで見えたので調節する。

「――ッ!?」

 こちらに突進しようとしていたムカデは硬直し、大慌てで逃げ出した。俺の妖気に恐れをなしたようだ。

「……ふぅ」

 このスペルは少し、疲れる。一瞬とは言え本気で力を開放するのだから。

「さてと! 帰りますか」

 ここから人里までは歩いても5分かからない。あの男は大丈夫だろう。まぁ、あの状況なら人里に着く前にムカデに襲われていたが。

「お~い!」

 飛び立つ為に霊力を練っていると上空から聞き覚えのある声が聞こえる。

「みすちー?」

 声の主は大きな荷物を抱えたみすちーだった。どうやら、人里に屋台で使用する食材を買った帰りらしい。

「よっと……やっぱり、さっきの妖気は響のだったんだね?」

「ありゃ? わかった?」

 まさか妖気で特定されるとは思っておらず、面を食らってしまった。

「わかるよ~! 一瞬だけだったけど、あれほどの妖力を出せるのはここら辺にいないからね」

 先ほど、ムカデに放った妖力は指輪の力を使って、合成したものだ。純粋な妖力の量ならみすちーにだって負けるだろう。

「そうでもないよ。何、買ったの?」

「あ? これ? これはね~、お酒だよ」

 袋から1本の瓶を取り出しつつ、説明してくれた。他にもおつまみになりそうな豆や干物など、大量に買い込んでいる。

「そんなに買って保存とか出来るのか?」

 幻想郷には冷蔵庫のような便利な道具はない。基本的に買ったその日に使い切ってしまうのだ。

「今日は団体さんが来るんだよ。その為にね……まぁ、買いすぎたけど」

 あはは、と乾いた笑みを浮かべるみすちー。

「あ、そうだ! 少し、分けてあげるよ!」

「え? いや、悪いからいいよ」

「いいからいいから! ほら!」

 強引に食材(カラフルなキノコ)を押し付けてくるみすちーに戸惑い、後ずさってしまった。

「――ッ!」

 その時、魔眼が右斜め後ろに妖気を察知する。

「ん? どうしたの?」

「しっ……何かいる」

「むぐっ……」

 みすちーの唇に人差し指を当てて、黙らせた。その瞬間、みすちーの頬が少しだけ紅くなったような気がするが今は、妖気の方が先だ。先ほどのムカデが帰って来たのかもしれない。みすちーも妖怪だから大丈夫だろうけど油断は禁物。草むらが揺れてるのを確認し、重心を低くし、戦闘態勢に入った。

「くんくん……いいにおい……」

「「……なんだ~」」

 草むらから出て来たのは、口から涎を垂らしたルーミアだった。俺とみすちーが同時に力を抜く。余計な神経を使った。

「あ、みすちーに響! 久しぶり~」

 今になって俺たちに気付いたルーミアがみすちーの荷物を凝視しながら挨拶して来る。本当に食い意地の張っている奴だ。

「……食べたい?」

 みすちーが苦笑いを浮かべながら問いかける。

「食べたい」

 即答するルーミアであった。

「仕方ないか……はい」

「わは~! ありがとう! みすちー!!」

 満面の笑みを浮かべたルーミアはその場で貰ったキノコ(めっちゃカラフル)にカブリついた。

「……その『みすちー』。いつから?」

 きっと、ルーミアの呼び方が変わった事だろう。みすちーが冷や汗を掻いていた。

「え? 響がそう呼んでるのを聞いて呼びやすいな~って思ったから」

「……まぁ、いいや。響、また遊びに来てよ! サービスするよ!」

「ちょい待て!」

 飛び立とうとしたみすちーを制止させ、ポケットからスキホを取り出す。ボタンを連打し、2本の瓶を出した。それらを片手で器用に持った俺は首を傾げている2人に向かって差し出す。

「ほい、持ってけ。天界の酒だ」

「「ええっ!?」」

 まさか、天界の酒が出て来るとは思わなかったようでみすちーとルーミアは目を丸くした。

「いらないのか?」

「いや、いるけど……本当にいいの? 高くない?」

「どうせ、飲めないし。それに余ってるからいいんだよ」

「な、なら……」

 おどおどとした様子で天界の酒を受け取る。その傍らでルーミアはラッパで酒をがぶ飲みしていた。

「お前はもっと、謙虚と言う言葉を知ろうな……」

「謙虚?」

 瓶から口を離してから首を傾げるルーミア。それを見て俺とみすちーは同時に溜息を吐いた。

「あれ? 響さん? それに皆さんもどうしたんですか?」

 その時、上空から大ちゃんが舞い降りて来る。

「久しぶり。駄弁ってるだけだよ」

 簡潔に答え、辺りを見渡す。魔眼には何も反応がなく、首を傾げた。

「? どうかしましたか?」

「いや……チルノがいないなって」

 大ちゃんを見かけると必ずと言っていいほどチルノが近くにいるのだ。しかし、今の所チルノは近くにいない。

「今、かくれんぼしてるんです。私、隠れようとしてて……」

 なるほど、遊んでいる途中だったらしい。

「なら、早く隠れないと」

「は、はい!」

 そう言って俺の背中にくっついた。

「……何、やってんの?」

「隠れてます。リグルちゃんが来ても黙っていてください!」

 どうやら、鬼はリグルらしい。つまり、チルノも逃げていると言う事だ。

「いや、そうじゃなくて……どうしてそこ?」

「前からは見えないので大丈夫です!!」

 背後でそう言い張る大ちゃん。一つ、溜息を吐いて放置する事にした。

「あ、そうだ! 私もかくれんぼしてたんだ!?」

 空っぽの瓶を抱えながらルーミアが俺のお腹に抱き着く。

「……何、やってんの?」

「隠れてるの~!」

 下を見れば顔を紅くしたルーミアがニッコリと笑って俺を見上げて来た。

「いや、さすがに無理があるだろ……」

「そうかな?」

 きっと、ルーミアは酔っているのだろう。

「――っ」

「……お前は何を?」

 恥ずかしそうにみすちーがコートの右袖をちょんと摘まんだ。

「そ、その……何となく?」

「何となくで人の袖を摘まむのかよ……お? 前方に生き物の反応あり」

「え!? もしかして、リグルちゃんですか!?」

 首の横から大ちゃんが顔を覗かせる。

「いや、妖気じゃないから……」

「あれ~? 響だ! 響がいる!!」

 予想通り、チルノが飛んで来た。

「よう、チルノ。元気か?」

「うん! あたいはいつだって元気だよ!! それにしても、皆ずるいよ! 私も~!」

 チルノが肩車のように俺の肩に乗る。重いし、冷たい。

「かくれんぼの途中じゃなかったのか~?」

「ん~? そうだっけ?」

「そうだよ。チルノちゃん。そんなところにいたら見つかっちゃうよ!」

 大ちゃんがそう忠告するがチルノは動かない。そろそろ、凍傷になりそうだ。

「あ! 響じゃん!」

 そして、とうとうリグルが真上からやって来る。上は魔眼の唯一の死角なのだ。

「わ~い! なんか楽しそう~!」

「……」

 例の如く、俺の足にしがみ付いた。もう、何も言うまい。

「あれ? リグルちゃんが鬼だったはずじゃ?」

「ううん。鬼はレティだよ。代わってくれたんだ!」

 大ちゃんの質問にリグルが笑顔で答える。

(レティ?)

 初めて聞く名前だった。まだ、会った事がない妖精か妖怪だろう。

 因みに高確率で妖精やルーミアのような野生の、尚且つ理性の持った子供の妖怪に会うとこのような感じでくっ付かれる。どうしてかは今でも謎である。

「皆~? どこに隠れたの~?」

 肩を落としていると左から青い服を着て、首に白いマフラーを巻いた女性が草むらから出て来た。

「あら?」

「「「「あ……」」」」

「み~つけた!」

 その女性は俺に纏わり付くかくれんぼメンバーを見つけると微笑みながらそう叫ぶ。

「レティ?」

 この女性がリグルの言っていた人だろうと予測し、声をかけてみる。

「? ええ、私はレティよ? あ! ありがとうね? その子たちを捕まえておいてくれて」

 最初は首を傾げたレティだったが、俺を見てからおかしそうに目を細めた。そりゃこれだけ子供たちを抱えていれば傍から見れば滑稽だろう。

「いや……とりあえず、チルノお願い」

「はいはい」

 俺がどういった状況か把握したようでチルノの両腋に手を入れて俺から引き剥がした。

「あ~!」

 こちらを見ながら残念そうにチルノが絶叫する。

「ほら、凍傷になっちゃうでしょ」

「でも~!」

「駄目なものは駄目なの。ゴメンね?」

「大丈夫だよ。凍傷は」

 なったけど霊力で片っ端から治したので今はもう大丈夫だ。

「それなら、よかった……じゃあ、皆行くわよ? 次は何して遊ぶの?」

「鬼ごっこ!」

 切り替えたのかチルノが提案する。

「ふふ、わかったわ。他の皆もいい?」

「「「いいよ~!!」」」

 そうして、レティたちはしゃべりながら森の奥に入って行く。残ったのは俺と袖を掴んだままのみすちーだけだ。

「あれはレティ・ホワイトロックって言って。雪女の類なんだって」

 俺の気持ちを察したのかみすちーが説明してくれた。

「ああ、だからチルノと仲良かったのか」

 チルノの能力は『冷気を操る程度の能力』。レティも氷系の能力なのは間違いない。雪女なのだから。

「でも……なんで、今まで見かけなかったんだ? あんなに仲が良かったら一回ぐらい、遊んでるところ見かけてもおかしくないのに」

「冬にしか出て来れないの。春になればどこかに隠れちゃうから」

「へ~、季節によって姿を見せる妖怪もいるんだな……」

 春になったらチルノは悲しむだろう。友達が次の冬――つまり、約9か月後まで会えないのだから。今の内に目一杯遊んでおくつもりのようだ。

「まぁ、春は妖精だけどね」

「秋は確かあの神姉妹だよね?」

 少し前に依頼でお供え物を届けた事があったから面識があるのだ。

「うん、そうだよ」

「じゃあ、夏は?」

「あ~……きちんとしたのはいないけど該当しそうな妖怪はいる。でも、絶対会っちゃ駄目!」

 急に俺の手を握るみすちー。何か不安な事でもあるのだろうか。

「何で駄目なんだ?」

「……殺されちゃうから」

「え?」

「その妖怪……幻想郷の中でもトップクラスの強さを誇るの。しかも、性格もあれで狙われたらもう終わりなの」

 ギュッ、とみすちーの手に力が入る。まるで行かないでと言っているようだった。

「……ああ、わかった。気を付けるよ」

「そう。なら、よかった。あ、お酒ありがとう! 今日の夜にでも飲むね!」

「その前に屋台、頑張れよ」

「うん! じゃあ、またね~!!」

 地面に置いてあったので、少し濡れてしまった荷物を抱えてみすちーは飛び去ってしまった。

「……帰るか」

 それを見届けた俺はスペルを発動し、スキマを通って博麗神社に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

「どう思いますか?」

「そうですね……やはり、ぴったりだと」

「ふむ……わかりました。早速」

 響がいなくなった後、雪が降り積もる空き地にそんな会話が響いていた。

 


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