東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第81話 スカウト

 俺はひたすら、飛んでいた。それはもう、自分が出せる最高速で。

(本当に……何なんだよ!!)

 チラッと後ろを振り返りながら、俺は心の中で悪態を吐く。

「待ちなさああああい!!」

 何故なら、俺の後を必死に追って来る少女と入道雲がいるからだ。少女だけならまだしも、あの雲は怖い。

「何で、そんなに強面なんだよ!」

「なっ!? 雲山を悪く言わないで!」

 どうして、このような状況になったのか――それは1時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

「さむっ……」

 今日の幻想郷は今まで以上に寒い。昨日、雪女に会ったからだろうか。コートのポケットに手を突っ込んで俺はそんな事を考えながら、歩いていた。

「命蓮寺、ね」

 今日の依頼は命蓮寺からだ。人里から割と近いが、行く理由がなかったので寄った事はない。初めての訪問となる。

 長い石段を上り、門の前に立った。

「ごめんくださ~い。依頼で来ました。万屋でーす」

 門の扉を叩きながら、そう叫ぶ。

「……」

 白玉楼同様、返事がない。

「帰るか」

 前はいきなり、左腕を切断された。今回も何か嫌な事が起きるに決まっている。

「おはよーございます!!」

「ぎゃあああああああああっ!?」

 踵を返した途端、右耳の傍で大音量の挨拶。鼓膜が破れるかと心配するほどだった。思わず、悲鳴を上げてしまった俺は距離を取って負傷した耳を押さえる。

「あれ? 聞こえなかったのかな? じゃあ、もう一度……おは「聞こえてるから!! やめてよ! もう!!」

 何を思ったのか犬のような耳を生やした緑色の髪の少女は近づいて来て、鼓膜を破ろうとした。それを何とか阻止する。

「なら、返事は?」

「お、おはようございます」

「うん、よろしい。で? この命蓮寺に何か用ですか?」

 満足そうな表情を浮かべたまま、犬少女が問いかけて来た。

「さっきも言ったろ? 万屋の依頼でだよ」

「え、万屋さん? あの噂の?」

「どんな噂かは知らないけど、万屋だ」

 俺の言葉を聞くと犬少女が興味深そうに顔を覗き込んで来る。

「へ~、君がね~。あ、どうぞ。入って」

 犬少女が扉の近くに立てかけてあったスコップ(雪かき用)を持って扉を開けた。そのまま、門を潜って行ったので俺もその後を追う。

「あれ? 響子、雪かき終わったの?」

 冬だからか誰もいない境内を進む。すると、寺からセーラー服を着た黒髪少女が出て来た。

「まだだよ。でも、万屋さんが来たから案内を、て」

「ああ、あの?」

「そう、あの」

 どのだろう。

「あ、私は村紗 水蜜。よろしくね」

 こちらに歩いて来た水蜜が手を差し伸べた。

「よろしく。音無 響だ」

 その手を握って自己紹介をする。

「私は幽谷 響子だよ~」

 遅すぎる自己紹介をした響子とも握手した。

「丁度いいや。聖さん、どこにいるかわかる?」

「聖? ああ、寺の中だと思うよ?」

(聖?)

 首を傾げている俺を置いて響子が水蜜にお礼を言い、寺の中に入る。

「あ、おい! 待てよ!!」

 放心していた俺は慌てて、その後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ! 師匠!!」

「ん? うおっ!?」

 寺の中を歩きながら響子と話していると後ろからそんな声が聞こえる。振り返るとすでに小傘が俺に向かってジャンプしていた。どうする事も出来ずに小傘を抱き止めるが勢いに負けて背中から倒れてしまう。

「いてて……おい! 小傘、危ないだろ!!」

「ご、ごめんなさい……でも、師匠がいたから」

 倒れた状態でシュンとなる小傘。このままでは起き上がる事すら出来ない。

「はいはい……久しぶりだな」

 そう言いながら頭をポンポン、と撫でてやる。

「師匠……」

 涙目にだった小傘が嬉しそうに呟いた。

「落ち着いたか?」

「もう少しこのままでも~」

「はい、離れようね~」

 余計、くっ付いてきた小傘を無理やり引き剥がす。

「なるほど……確かに」

「何がだ?」

「いや、何でもないよ。でも、何で師匠?」

 俺の問いかけをスルーした響子が質問した。

「ああ……それは「師匠は人を吃驚させるのが得意なの!」

 俺の説明を遮ってそう叫ぶ小傘。

 秋、俺が依頼を終えて博麗神社に向かっている途中の事だった。小傘が『うらめしや~』と驚かせに来たのだ。前に無視して泣かせてしまった事があったので大げさに驚いた振りをした結果、小傘は泣いた。わざとらし過ぎたらしい。慰めている間にいくつか、人を驚かせる作戦を伝授したら、今のように『師匠』と呼ばれるようになってしまったのだ。

「ふ~ん……」

「あんまり、興味ないだろ! 何で、説明させたんだ!?」

 響子がどうでもよさそうに相槌を打った後、歩き始める。仕方なく、俺は小傘をくっ付けながら移動した。

「師匠! 新しい脅かし方は?」

「ありません!」

 依頼の内容を聞く前から疲労感で倒れそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……」

 何とか、小傘を引き剥がした俺は寺の中で迷子になっていた。あいつに構っている間に響子がずんずんと進んでしまったのだ。

「ったく……今度会ったらあの傘、奪ってやる」

 小さな野望を胸に左目に魔力を集中する。すぐに『魔眼』が発動し、力の流れが見えるようになった。

「さてと。どこにいるかな?」

 探し方はこうだ。まず、響子を見つけるのを諦める。いや、諦めると言うより響子を目的とするのをやめるのだ。そして、寺の中の力――つまり、霊力や魔力、妖力を探してその力の発信源となる人物と接触。その人に事情を説明すれば大丈夫であろう。

「お? いたいた」

 東の方向に一際、大きな力を感じる。この感じは妖力だろうか。とりあえず、そっちの方を目指す。

「ここか?」

 大きな襖の前で立ち止まる。相当、大きな部屋らしい。もしかして、ここに聖がいるのだろうか。魔眼を解いて一息入れる。

「失礼しまーす」

 念のため、声をかけてから襖を開けた。

「はーい」

 そこには頭のてっぺんが紫色で髪の先に行くにつれて茶色になる(グラデーションだ)と言う、何とも不思議で綺麗な髪の色をした女性がいた。

「えっと……どちら様でしょう?」

 その湯呑を両手で丁寧に持った女性が首を傾げながら問いかけて来る。

「依頼を受けて来ました。万屋です」

「あ! あの万屋さんですか!?」

 女性が目を大きく見開き、立ち上がった。

「はい、あの万屋さんです」

「早速ですが、話があります!!」

 湯呑を持ったまま、逃がすまいと詰め寄って来る。

「ちょ、ちょっと!」

 その勢いに思わず、後ずさってしまう。

「お願いです! この命蓮寺に入門……いえ、住んでください!!」

「……はい?」

 意味が分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「つまり……俺が妖怪の味方になってくれる。そう思ったからここに住んで助けて欲しい、と?」

「はい、全くのその通りです」

 女性――聖 白蓮が頷いた。

「……無理です。あ、おかわりください」

 湯呑を差し出しながら、断る。

「はい、わかりました。でも、どうしてですか?」

 湯呑を受け取った聖は少し、悲しそうに質問して来た。

「何も俺は妖怪の味方なんてしてない。妖怪退治の依頼が来たら、躊躇いもなく退治する。それに今までにも何回か倒して来たし」

 リーマと雅だけだが。

「でも、それはその妖怪が悪い事をしたからです」

 何も全ての妖怪の味方をするわけではないらしい。悪い子には罰を与える。聖は幻想郷の中でも常識人なのかもしれない。

「ただ、理不尽な扱いを受けているのなら別です。妖怪だから。ただ、それだけの理由で退治するのは駄目だと思います」

「……」

 確か霊夢は手当たり次第に退治していると言う噂を聞いているがいいのだろうか。

「貴女は昨日、人里の男を妖怪から助けたそうじゃないですか? しかも、その妖怪を殺さず、逃がした。それだけではありません。その後に貴女の周りにたくさんの妖怪や妖精が近づいて来て仲良くしてたと聞いています」

「待て。詳し過ぎるだろ。監視してたのか?」

 とりあえず、『貴女』になっている事はスルーしよう。ややこしくなる。

「そう言うわけではありません。たまたま、星とナズーリン……この寺に住んでいる妖怪たちが貴女を発見し、観察していたそうです」

 魔眼に探知出来なかったと言う事はかなり遠くから見ていたらしい。

「まぁ、それはいい。でも、どうして住まなきゃ駄目なんだ?」

「それはもちろん、私たちと共に生活し、妖怪たちの力になれるよう努力する為です」

「努力……例えば?」

「あの博麗の巫女から守ったり、食べ物に困っている妖怪に食べ物を分けたり、博麗の巫女から守ったり、人里の人々に妖怪たちの事を教えたり、博麗の巫女から守ったりです」

 やはり、霊夢は敵対されているようだ。

「……無理だ」

「どうしてです!?」

「俺には妹がいて、一緒に住んでるんだ。あいつを一人に出来ない」

 それも外の世界だ。無理に決まっている。雅もいるにはいるが、本当の家族である俺が一緒でないと駄目だと思う。

「なるほど……仕方ありません。こうなったら、実力行使です」

 

 

 

 ――バンッ!!

 

 

 

 気付いたら、命蓮寺の窓を破壊して外に飛び出していた。いや、吹き飛ばされたのだ。

「がっ……」

 俺の視線の先にはこちらを睨んだ聖の姿が映っていた。それも裏拳を放った後の構えを取った姿勢で。

 


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