俺は困惑していた。阿求の家で読んだ本によると聖は無闇に攻撃するような人じゃないと記憶している。
「くっ……」
腹に内出血が起こっているみたいだ。瞬時に霊力を流して完治する。
「へ~、そんな事も出来るのね」
口調の崩れた聖が窓から飛び降りて来た。様子がおかしい。
「まさか……魔法『探知魔眼』!」
スペルを発動し、魔眼を開眼させる。すると聖の姿が変わって行き、摩訶不思議な翼を生やした黒髪の女の子に変化した。
「姐さん!? どうしたんですか!」
どういう事か尋ねようとした時、寺からフードのようなものを被った別の少女が出て来る。
「一輪! この人は妖怪の敵です! 退治します!」
女の子が俺の方を指さしながらそう言い放つ。
「こ、この人がですか?」
どうやら、この一輪と言う妖怪には女の子が聖に見えるらしい。何かの能力だろうか。しかし、一輪は見るからに動揺している。俺の見た目が普通の人間に見えたからだろう。
「よく観察してみてください! この不安定な力を」
「……っ!? 確かに怪しいです。わかりました! 雲山!」
一輪が空に向かってそう叫ぶと一輪の後ろに雲が集まって来た。
「な、何が……」
しばらくすると雲の強面のおっさんが形作られる。
(これは……まずい)
そう判断した俺は逃げる為に飛んだ。
「あ、待ちなさい!!」
一輪も俺と同様、飛ぶ。
こうして、俺と一輪の鬼ごっこが始まったのだ。
「どうにかして聖の秘密をあいつに教えないと……」
だが、あの雲山と言う入道雲がいる限り、一輪に近づく事が出来ない。それに後ろから二人が撃ち続ける弾幕の密度はかなり濃い。このままでは被弾してしまう。
「……仕方ないか」
出来るなら使いたくなかった。燃費も悪いし、あいつが調子に乗るから。でも、この緊急事態に贅沢は言っていられない。俺は懐からスペルを取り出した。
「仮契約『尾ケ井 雅』!」
スペルが発動し、白い煙がカードから発せられる。これは雅の方で少し、問題が発生している証拠だ。主に誰にも見られていない所に移動する為だが。
「何なの? あれ」
後ろから一輪の声が聞こえるが弾幕を躱すのに必死だったのでスルーする。
「雅! 早くうぅぅぅぅ!!」
『も、もうちょっと待って! 望がしつこいの!』
何が起きているのかは分からないが望は最近、やけに鋭いからどこに行くのか問い詰めているのかもしれない。
「くそっ! 劣界『劣化五芒星結界』!」
コートのポケットから博麗のお札を1枚だけ取り出し、後ろに投擲した。すぐに1枚の星型の結界が展開される。これは本来なら5枚で作る『五芒星』を1枚で無理矢理、作った結界だ。雅を使役している時は『五芒星』を作る事が出来ない。もちろん、普段の『五芒星』より格段に強度は下がるが人間の力では壊せないほどである。弾がいくつか当たってもそう簡単には――。
「突き破れっ! 雲山!」
一輪が命令すると雲山が巨大な拳を作り出し、結界を粉砕する。
「そんなのありかよ!!」
叫びながら、速度を上げた。このままでは追い付かれてあの鉄槌を食らってしまう。
「これでっ!」
一輪が勝ちを確信したのかそう呟いた。そして、雲山の拳がどんどんと俺に近づいて来る。
「お待たせっ!!」
その時、雅が召喚された。すぐに背中の6枚の翼で拳を受け止める。
「さ、サンキュ――」
「なーに、式神として当然」
「――仮式」
「それはやめてええええええっ!?」
絶叫する雅だったが、きっちりと雲山の拳を跳ね返した。
「そんな事より雅。作戦があるんだけど」
「そんな事って……私からすると結構、重要な事なんだけど?」
「いいから!」
時間がない。急いで雅に作戦を伝える。
「雲山!」
一輪の掛け声で雲山がいくつもの拳をこちらに飛ばして来た。
「頼む!」
「あいあいさー!」
6枚の翼を器用に操り、全ての拳を叩き落す雅。それからすぐに翼を組み合わせ、ドリルを作った。
「喰らえっ!」
ドリルは一輪に向かって突進する。途中で雲山の腕が一輪とドリルの間に入り込み、貫通。だが、そのせいで一輪にドリルは届く事はなかった。
「よし……これで」
雅の翼が雲に固定され、動かせない今を狙って雲山に攻撃させるようだ。だが――。
「ドーン!」
「ッ?!」
漆黒の翼の中から俺が飛び出す。雅が翼を組み合わせた時に俺もその中に潜り込んでいたのだ。
「し、しまっ――」
一輪が目を見開く。
「あの聖は偽物だ! なんか、黒髪の女の子だったぞ!」
向こうから何かされる前に一輪に向かって叫んだ。
「は? 何を言って……待って? それは本当なの?」
一時は否定しようとした一輪だったが、何か思い当たる節があるらしく止まった。
「あ、ああ……」
「特徴は!?」
「えっと、変な形をした翼が生えてたよ。左側が赤くて右側が青……あれ? 逆だっけ?」
あの時は必死であまり見ていなかった。
「響!? 早くしてええええ!! 死んじゃう! 雲のおっさんに潰されちゃううぅぅぅぅぅ!!」
今の雅は翼を使えない。それに加えて雲山は自由に姿形を変える事が出来るので、攻撃し放題だ。
「雲山!! ストップ!」
その声で雲山の動きが止まった。
「……はぁ~。また、ぬえね」
「ぬ、ぬえ?」
溜息を吐いた一輪。その時に呟いた名前は聞き覚えのないものだ。
「まぁ、いいわ。一旦、離れて」
「え? あ、ああ……」
無意識で一輪の右手首を掴んでいた。手を離して距離を取る。
「響! 大丈夫!?」
雲山も小さくなり、俺の姿が見えるようになったからか雅がすっ飛んで来た。
「ああ、ありがとな。お前のおかげで何とかなりそうだ」
「そう? よかっ「じゃあな」
『ええええっ!?』と言う叫びと共に雅が外の世界に戻って行く。
「うわ……自分の式神なんじゃ?」
「いいんだよ。仮式だし」
雅の扱いが雑な事にツッコまれるがスルー。あいつは外の世界から来ているので長居してしまうと望に怪しまれてしまうのだ。
「仮式?」
「そんな事より、早く帰ろうぜ? そのぬえって奴におしおきしなくちゃいけないから」
そいつが悪戯をしなければ今頃、家に帰っていたはず。そう思うとふつふつと腹の底から何かが湧いて来た。
「お、おしおきって……あいつ、れっきとした妖怪だよ? とてもじゃないけど勝てる相手じゃ……」
一輪は俺を止めようとするが今の俺に何を言っても無駄だ。怒りで我を忘れていると言っても過言ではない。
「このくそやろうがあああああああ!!」
我慢出来ずに叫ぶ。その直後には命蓮寺へと飛翔していた。
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ!!」
後ろから一輪の声が聞こえたが、無視。
「う、うぅ……すみませんでした。もう、しません」
ボロボロになったぬえが涙ぐみながら許しを請う。
「本当か?」
手に博麗のお札を持った俺が睨みながら確認する。
「は、はい!!」
「……よろしい。もうすんなよ」
「はい! 本当に申し訳ございませんでしたああああああっ!!」
あの後、怒りに身をまかせた俺は聖に化けたぬえをフルボッコにする事に成功。正直言ってどうやったのかはあまり覚えてはいない。
ぬえは『正体を判らなくする程度の能力』の持ち主で自分の正体を不明にしたらしい。そこに俺がやって来た。俺は襖を開ける前にここに聖がいると推測。阿求の家で見た聖の絵を思い浮かべていたのだ。そのせいで正体が判らなくなったぬえを聖と認識してしまったらしい。
一輪は聖の部屋の窓から騒ぎが聞こえたのでぬえを聖だと思ったとの事。
「本当に申し訳ございません! うちのぬえがご迷惑を!!」
本物の聖は人里に出向いており、途中から俺に加勢してくれた。怒ると怖いタイプのようだ。
「大丈夫。依頼料を払ってくれれば」
「ああ、それはもちろんです。その依頼は私が出したものですから」
「……え?」
俺はてっきり、ぬえが悪戯をする為に出したと思っていた。しかし、それが違うとなると――。
「ものは相談なのですが、この命蓮寺に入門……いえ、一緒に住んでいただけ「無理です」
丁重にお断りしました。