東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第85話 奇想天外な過去

「……ん」

 ゆっくりと浮上する意識。僕は静かに目を開ける。

「あ……れ?」

 辺りを見渡すと森が広がっていた。確か、フランさんの為に本を選んでいたはず。その後、あの地下から出て来たフランさんが図書館に来て――。

「ッ?!」

 全て、思い出した。あの時の景色を。痛みを。恐怖を。

「はぁ……はぁ……」

 急に胸が苦しくなる。そりゃそうだ。あんな経験をしたのだから。ガタガタと震える肩を胸の前で両腕をクロスするように押さえるが全く、治まらない。その時、気付いた。

「……傷がない?」

 握りつぶされた右腕もちゃんと繋がっているし、痛みすらない。

(何で?)

 立ち上がってよく観察するが何もない。逆に体が軽く感じるほどだった。

「おお~! なんか、すごい!」

 ピョンピョンと飛んで錯覚から確信へと変わる。それと同時に先ほどまでの震えは治まっていた。そんな事よりも走りたい衝動に駆られているのだ。

「位置について! よ~い! ドン!!」

 その衝動に負けて僕は走り出した。

「うおおおおおおおおおっ!!」

 人生でこれほど速く走った事なんてあっただろうか。更にテンションが上がったので速度を上げる。

(すごい! すごい!!)

 感動した僕はそれから1時間ほど走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ!」

 走っていると目の前に真っ赤な花畑が広がる。息切れすら起こしていない僕の目は釘付けとなった。

(綺麗だな……)

 ストレートな感想を思い浮かべた後、その花畑に突入。花を踏まないように気を付けながら進むと僕の背丈ほどの苔に覆われた岩が現れた。

「ぐぉ……すぴー」

「ん?」

 その岩の上から誰かのいびきが聞こえる。よく見ると赤い髪の女の人が鼻提灯を作って寝ていた。

「も、もしもし~? こんな所で寝てたら風邪、引きますよ?」

 背伸びをしてそう忠告するが女の人は起きない。

「……よし!」

 右手の人差し指で鼻提灯を突っつき、爆発させた。

「うわっ!」

 それに吃驚した女の人が飛び起きる。作戦成功だ。

「え? ちょっ! きゃんっ!!」

 だが、驚きすぎたのか岩から落ちた女の人。後頭部から落下したのでかなり痛そうだ。

「あ、あの~? 大丈夫ですか?」

「いたた……誰だい? あたいの昼寝の邪魔をしたのは?」

 後頭部を擦りながら起き上がった女の人はキョロキョロと見渡し、僕を捉える。

「ありゃりゃ? 子供か。自殺志願者ならお望みどおりにしてやろうと思ったんだけどね~。まぁ、いいや。坊や、名前は?」

「きょ、キョウです」

 たどたどしく自分の名前を告げる。また、苗字を言い忘れてしまったが言い直す勇気はない。

「キョウ?」

 だが、女の人は目を細めて僕の顔を覗き込む。

「……どこかで会った事ないかい?」

「い、いえ……」

「……あ! なるほど! そう言う事か!!」

 突如、笑顔になった女の人が僕の肩を掴んで前後に揺らす。

「いや~! そうか! ようやく、来てくれたか!!」

「ちょ、ちょっと! 何の事やらさっぱりなのですがあああああ!!」

 あまりにも激しく揺さぶるので叫んでしまった。

「おっと。そうだった。こほん……よくぞ、ここまで来た」

 やっと、肩を揺らすのをやめてくれた女の人は咳払いをしてから演技っぽい動作でそう言う。

「は、はい……ここまで来ました」

「君、紅い屋敷に行かなかったかい?」

「!?」

 僕は目を大きく見開き、驚いた。紅魔館の事をこの人は言い当てたのだ。

「行きました! でも、どうして」

「うむ。第一関門をクリアしたようだな」

(第一関門?)

 首を傾げる僕を放って女の人は続けた。

「それでは、第二関門と行こうじゃないか! 君には修行して貰う」

「しゅ、修行ですか?」

 僕も男の子だ。その単語に憧れた事がある。

「そうだ。これを使えるようになるまでここで修行だ!」

 そう言い放った女の人は岩に立て掛けてあった鎌をこちらに突き出した。

「か、鎌ですか?」

「鎌だ」

「子供が鎌を扱っても大丈夫なのですか?」

 それにあんな大きな物、操れそうにない。いくら体が軽くても体格は変わっていないのだ。

「君はあにめ、だったかな……と言う物を見た事があるか?」

「? ありますけど……」

「その中のヒーローはどうだ? 普通だったか?」

「いえ、普通じゃないからヒーローなんだと思います」

「じゃあ、君はどうだ? この幻想郷が普通だと思うか?」

 女の人の問いかけに首を横に振る。吸血鬼がいる世界など普通じゃないに決まっている。

「ならば! 君だって普通じゃないのだ!」

「っ!!」

 更に演技っぽくなった女の人。だが、僕はそんな事気にしていなかった。

「僕は……普通じゃない?」

「そうだ! これからたくさんの試練が待っている。それに対抗する為には鎌を扱えるようにならなければいけない。だから! 君は強くならなければいけないのだ!!」

「強く……」

 その時、僕はフランさんを思い出した。記憶はほとんどないがフランさんの泣き顔が頭に思い浮かんだのだ。

(僕が強かったら、フランさんは泣かなくてもよかったのかも……)

「……やります」

「ん? なんだ? 聞こえないぞ?」

「やります!! 僕、もっと強くなります!」

 大きな声で宣言した。もう、誰も悲しませたくない。その気持ちが大きかった。

「わかった! 少し、待っていろ」

 女の人はそう言うと遠くの茂みまで一瞬にして移動する。

「えっと……あいつから受け取った奴、どこやったっけ? あれ?」

 そんな独り言が聞こえた気がしたが気にしない事にする。

「お? あった!」

「うわっ!?」

 また、瞬間移動した女の人に驚愕する僕。

「これをくれてやろう」

 女の人は小ぶりの鎌を差し出した。

「これは?」

「練習用の鎌だ。刃に当たっても斬れないようになっているがかなり、頑丈に作られているから痛い。気を付けろ」

「はい! 先生!」

「せ、先生?」

 急に女の人の勢いがなくなる。予想外の事が起きたらしい。

「鎌の扱い方を教えてくれるので先生ですよね?」

「……ああ! あたいは先生だ! 『こまち先生』と呼ぶがいい!!」

 顔をニヤつかせたこまち先生。嬉しそうだ。

「はい! こまち先生!」

「うむ! では、早速。特訓開始だ! ついて来い!!」

「はい!!」

 走り始めた先生の後を追って僕も走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だこれ……」

 ベッドの上でそう呟く俺。幽香との死闘から5日が経った朝の事だった。藍からお休み(と言うより体への負担があまりにも大きくまともに動けなかった)を貰った俺は試しに永琳から貰った『過去を見られる薬』を使った。しかし、服用してからすぐに見れると言うわけではなく何日も連続で飲み続けないと見る事が出来ないらしい。そして、やっと見れたのだが――。

(あれは……本当に過去の事なのか?)

 俺が持っている過去はフランの血を飲んで吸血鬼の治癒能力を得た所までだ。小さい頃の俺の言葉からしてそれのすぐ後の事になるみたいだが、紅魔館にいないのはおかしい。

「まぁ、幻想郷に常識は通用しないんだったな」

 起き上がって右手に小ぶりの鎌を出現させた。

(そう言えば……俺は何で鎌なんて使ってるんだろう? 一番最初に使ったのはトールと戦った時だったよな?)

『その頃には今と同じくらい使えていたぞ?』

 頭の中でトールの声が響く。トールの言う通り、初めて使ったとは思えないほど俺は鎌を扱えていた。今まで、あまりにもおかしな事ばかり起きるから放っておいたのだ。

「じゃあ、あの『こまち先生』に習ったって事か?」

 因みにずいぶん前に知った事なのだが、どうやら俺が見た夢はトールたちにも見えるようだ。しかも、俺の夢を見る見ないを切り替えられるらしく、普段は見ていない。だが、この5日間は過去の事がわかるかもしれなかったので夢を見るように頼んでおいたのだ。

『わからん。吸血鬼なら知っておるかもしれんが……まだ、寝ておる』

(お前は早起きなんだな)

『老人じゃからのう』

 そう言ってトールの声が聞こえなくなる。

「……起きるか」

 今日もおバカ3人組に勉強を教えなければいけない。更に明日から仕事が再開する。まだ、体は本調子ではないがさすがにこれ以上、休むわけにはいかない。

(あのこまち先生に会えれば何かわかるかも?)

 そう考えながら俺は自分の部屋を出た。

 




次回から異変開始です。
まぁ、最初は調査から入るのであまり盛り上がりませんが……。

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