「おいーす」
「おいーす」
全ての依頼を終えて博麗神社に着いた俺は適当に霊夢に挨拶する。霊夢も山彦のように返して来た。いつも通り、お茶を飲む予定だ。向こうもいつも通りなので俺がいつも使用している湯呑を取りに台所に向かった。
「ん?」
しかし、縁側に座った時にズボンのポケットに入れていたスキホが突然、震える。依頼だ。
(こんな時に?)
普段なら朝に依頼が届くはずだ。しかし、時刻は午後3時過ぎ。おやつの時間だ。
「どうしたの?」
俺の湯呑を持って隣に座った霊夢が問いかけて来る。
「依頼」
「今更?」
「今更」
「そう」
短い会話を繰り広げながら、依頼状を開く。内容はとある事について調べて欲しい。つまり、探偵みたいな依頼だった。
「霊夢。お茶、取って置いてくれ。行って来る」
「わかったわ。でも、どこなの?」
そこまで聞いて来るとは霊夢にしては珍しい。
「えっと……『裁判所』?」
全く、わからない。スキホで検索してみても出て来なかった。
「ああ、それは無理ね。三途の川を通らなくちゃいけないから。その川まで行って小町に頼めばその依頼を出した人を連れて来てくれるはずよ」
(小町?)
もしかすると、昨日の夢に出て来た『こまち先生』ではないだろうか。
「さんきゅ。助かったよ」
「気にしないで」
きっと、霊夢は勘でわかっていたのだろう。俺が『裁判所』に辿り着けない事に。
「じゃあ、行って来る」
スキホで三途の川までの道順を確認した後、俺は霊力を合成して飛翔した。
飛んでいる途中で眼下に赤い景色が広がる。
「あれは……」
夢で見たあの花畑だ。三途の川に行く前に寄る事にした。
「よっと」
着陸し、辺りを見渡す。夢と同じでとても綺麗な風景だ。深呼吸する。
「ふぅ……ん?」
その時、夢ほどではないが苔が生えた岩を見つけた。しかも、その上で見た事がある赤い髪の女の人が昼寝をしているようだ。ゆっくりと近づく。見事な鼻提灯を作っていた。
「パァン」
「うわっ!?」
その鼻提灯を割って小町を起こす。
「え? ちょっ! きゃんっ!?」
吃驚した小町はそのまま、地面に落ちた。しかも、頭から。
「いてて……誰だい? あたいの昼寝を邪魔したのは……」
後頭部を擦りながら起き上がる小町。夢とほとんど一緒だったので笑いが込み上げてきた。
「悪い悪い……えっと、小町でいいのかな?」
「? 小町はあたいだけど……そう言えば、あんたどこかで?」
「多分、宴会とかじゃないか? 11月に開かれた奴で派手にやったから」
「ああ! あの時のか! で? こんな所まで来て何か用?」
服に付いた泥を叩き落としながら起き上がった小町が問いかける。
「ああ、実はな? 依頼が来てて裁判所まで行って依頼主を連れて来て欲しいんだ」
「依頼? あ、万屋だったね。その依頼、見せて」
「ほい」
スキホを開いて依頼状を見せた。小町は画面を覗き込んで内容を読み始める。
「……なるほど。確かにこれはあたいの上司の四季 映姫が出したものだね」
「映姫?」
阿求の家で読んだ本に出ていた人だ。閻魔だったような気がする。
「そうさ。前の宴会にいたんだけど見てない?」
「あの時はそれどころじゃなかったからわからん」
「そらそうだ」
少し笑った小町は突然、俺の手を握った。
「え?」
「いいかい? せーので足を前に出すんだよ?」
「いや、ちょっと!」
「せーのっ!」
制止しようと声をかけるが小町は止まらず、反射的に右足を前に出してしまった。
「……は?」
目の前の景色が変わる。多分、近くにある川が三途の川だとは思うがどうやってここまで来たのだろうか。
「じゃあ、ここで待ってて。呼んでくるから」
そんな俺を放っておいて小町が消えた。
(何だ……瞬間移動? いや、なら俺に足を出させる意味なんてないし)
まるで、あの花畑からここまでの距離をなくしたような感覚。そう言えば、あの夢でも小町は瞬間移動していた。阿求の家でもっと、本を読んでおくべきだった。そうしていたら、小町の能力もわかったはずだ。
「はぁ……」
そろそろ、午後4時になると言うのにこんな所で待ちぼうけとは今日は不幸な日だと俺は溜息を吐いた。
「……遅い」
小町と別れてから1時間が過ぎた。冬なので日が落ちるのも早く、そろそろ日没だ。
「お待たせ」
帰ろうかと思っていた矢先、小町と小さな女の子が現れた。
「ああ、本当に待った……って、小町? そのたんこぶは?」
小町の頭に大きなたんこぶが出来ていたので質問する。
「え? あ、いや~。あはは……」
乾いた笑いで誤魔化そうとした小町。だが、隣にいた女の子が代わりに説明してくれた。
「貴方が呼んでいると小町が言いました。つまり、サボっていた事になります。このたんこぶは罰を与えた結果です。仕事をしていたら会えるはずありませんから」
「仕事?」
「ここら辺に集まった幽霊を私の所まで運ぶ。まぁ、そこの三途の川を渡るだけですが……」
確かに仕事をしていたら会えないはずだ。相手は川の上にいるわけだし、川幅も馬鹿みたいに広い。向こう岸なんて見えない。それに小町は昼寝をしていた。サボり以外に何がある。
「本当にすみません。ここまで遅くなったのは小町に説教していたからです」
「いや、もういいよ。で? 君が映姫?」
「君……私は貴方よりもずっと、年上ですよ?」
そう言われても小さすぎるだろう。
「まぁ、いいでしょう。私が『四季映姫・ヤマザナドゥ』です。早速ですが、話をしても?」
「あ、ああ……」
ヤマザナドゥと言う単語が引っ掛かったが気にしないでおく。早く、話を聞いて帰りたかったのだ。
「実は……最近、幽霊の数が急激に減っているのです。その原因を探ってください」
「幽霊?」
「はい、そうです。そのせいで私の仕事も減るばっかりで……」
幽霊が減ると映姫の仕事も減る。映姫の仕事は閻魔だ。きっと、裁く対象が幽霊なのだろう。
「でも、60年周期で幽霊が増える事もあるんだろ? それと同じじゃ?」
「いえ、今回のは違います。今までこんな事ありませんでしたので」
「だから、あたいの仕事も減る一方なのさ」
小町が溜息を吐きながら呟く。その後ろを幽霊が通って行ったが、あれを映姫の所まで運ぶのがお前の仕事なのではないだろうか。しかも、他にも一杯いる。
「「……」」
映姫も同じ事を思っていたらしく、小町を睨んでいた。俺は蔑むような目である。
「え? 映姫様は分かるけどなんであんたまで……」
「いや、俺は一生懸命働いてるのにここまで露骨にサボられると……ね?」
「そうです。貴女は少し、サボりすぎる。この人のように真面目に働いてください」
「はーい……」
俺と映姫のツープラトンアタックにより降伏する小町。
「話を戻すぞ? つまり、幽霊が減少した原因を探せってわけだな?」
「その通りです」
「心当たりは?」
無駄だと思うが試しに聞いてみる。
「ないからこうやって頼んでるんです。あ、調査に行く時は小町を連れて行ってください」
「はぁっ!?」
俺ではなく小町が驚愕した。
「ど、どうしてあたいなんですか!?」
「罰です。それに貴女の能力なら移動も楽になりますし、わかった事があった場合、その度に報告させるのも悪いでしょう」
「あたいはいいんですか!?」
「そんな事より……何やら、不穏な空気が幻想郷を包んでいます。気を付けてください」
叫ぶ小町を無視して映姫が忠告して来た。そう言ったフラグを立てるのはやめて貰いたい。
「他に質問は?」
「あ、ない……いや、一つだけ。関係ないんだけどさ」
「はい、何でしょう?」
「小町……60年ほど前、子供に鎌の扱い方を教えなかったか?」
小町は俺の鎌の先生だ。これだけは確信が持てる。今も刃がくねくねと曲がった鎌も持っているし。
「ないね」
しかし、小町の答えは違った。
「絶対に? 忘れてるとかないのか?」
「ない。だって、あたいは鎌使えないからね。教えようにも教えられないのさ」
おかしい。なら、あの夢は一体――。
「……そうか。ありがとう。今日はもう遅いから明日から始めるよ。小町、博麗神社に集合な。時間は正午。サボるなよ?」
「うぅ……わかりました。行きますよ」
肩を落として小町が頷いた。
「では、よろしくお願いします」
「おう、まかせておけ」
一度、博麗神社に戻って一杯だけお茶を飲んでから帰ろう。そう考えながら俺は空を飛んだ。