1匹の妖怪が迫っている中、俺は迷っていた。この鎌で本当に攻撃していいのか。何か悪い事が起きるのではないか。嫌な予感がするのだ。
(でも、やるしかない……)
鎌の柄をギュッと握って覚悟を決める。左目に集中し、周囲に他の妖怪がいない事を確認して構えた。神力によって強化された鎌に妖力を追加する。
「くっ……」
鎌が震えた。それは雄叫びのようで更に俺の不安を募らせる。
「おらっ!!」
妖怪がジャンプした瞬間、前に出て鎌を縦に振った。鎌の刃は妖怪の胸から腹にかけて深い切り傷を入れる。そこから血ではなく泥が溢れた。『神鎌』のように鎌が壊れなくてほっとした刹那――。
「うぉ……」
今までにない感触。振った時に体に残っていた力を何かにごっそり、持って行かれたような感覚。いや、実際に減っているようだ。でも――。
「何に取られた?」
俺がぼそっと呟いたが、誰もその問いに答える事はなかった。だが、その答えを示しように斬った妖怪に異変が起こる。
「ガ……ッ! バル!? ぐぅ」
あの傷程度なら死ぬ事はないはずだが、急に妖怪が苦しみ出した。そして、体が崩れ始め最終的に土になってしまう。
「な、何が……」
何が起きたのかさっぱりわからない。その土から大量の幽霊が飛び出し、逃げていく。いつまで経っても幽霊は破裂しなかった。つまり、あの妖怪は死んだのだ。
(ま、まさかこの鎌が?)
この手にある鎌はあの何度も生き返る化け物を一撃で殺した。
「響! 後ろ!!」
その言い方から妖怪が襲って来ているのは明確。振り返る前に『五芒星』を背後に配置する。
「くっ!」
『五芒星』と妖怪がぶつかる音が聞こえた頃になって後ろを見ると5匹の妖怪がそれぞれ、博麗のお札に攻撃していた。そこは『五芒星』にとって一番の弱点だ。
「輪撃『回転鎌』!」
鎌を体の前で高速回転。刃の軌道上にいつもなら真っ白な輪が出来るはずだったのだが、今回は真っ黒な輪が出来た。
「ガゥブルッ!!」
5匹の妖怪によって『五芒星』が破壊される。それと同時に俺は前にジャンプしていた。5匹の妖怪がお札を攻撃したので真ん中には誰もいない。そこを俺は鎌を回転させながら通り抜ける。
「いっけ!!」
俺と妖怪が交差した瞬間に黒い輪を大きくし、全ての妖怪にヒットさせる。輪が当たった妖怪たちは先ほどの妖怪と同じように苦しんだと思ったら土になってしまった。たくさんの幽霊が逃げていく。
「っ……」
体から力が抜ける。この鎌に力を吸い取られているのだ。でも、これで攻撃すればあの妖怪は倒せる。
「あ、と……1匹」
何とか態勢を立て直して鎌を持ち直した。だが、残った最後の妖怪は森の中へ逃げてしまう。鎌の事がわかって本体が逃がしたのだろう。
「は、あ……か、ふぅ」
息が上手く出来ない。魔眼もいつの間にか解けている。足が震えて立っていられない。
「「響!!」」
小町と映姫が俺の様子がおかしい事に気付いた時には俺の意識はなかった。
「いいか? 鎌で一番やってはいけない事は地面に刃を刺してしまう事だ」
「どうしてですか?」
「刃が刺さったら抜けないだろ? その隙にやられる。鎌を縦に振る時は地面に着く前に止めるんだ」
鎌を振って思い切り、地面に突き刺すこまち先生。
「こ、これが悪い例だ! いいか? 次のように……って抜けない!?」
こまち先生が一生懸命、鎌を抜こうとするが抜けない。
「せ、先生? こんな感じですか?」
さすがに待っていられないので自分もやってみる。見事に地面に刺さった。
「ぬ、抜けません!! こまち先生! この場合、どうすれば!?」
「とにかく、引っ張れ!」
それから30分ほど格闘する事になる。
「何だ? ありゃ?」
「お?」
目を開けて呟くと目の前に小町の顔があった。
「おはよう、小町」
「おはよう、響。急に倒れたけど大丈夫かい?」
その言葉を聞くのは何回目だろう。ここから空が見えるので野外なのは確かだ。ならば、俺は何を枕にしているのだろう。
「そろそろ起きてくれる? 足が痺れて来た」
「す、すまん」
ダルい体に鞭を打って体を起こす。後ろを見ると小町が正座していた。つまり、膝枕だ。
「ごめんな? 足」
「いんや、気にする事じゃないよ。それより……あんた、何をしたんだい?」
小町が視線を俺から別の方に向ける。その後を追うと映姫が土を調べていた。あの土は妖怪の残骸なのだろう。
「……映姫を呼んでくれ」
「何かわかったんだね?」
「ああ、それとお前の鎌。どこにある?」
キョロキョロと辺りを見渡すがどこにもない。
「鎌? それなら映姫様が持ってる」
映姫は俺が起きた事に気付いたらしく、こちらに歩いて来ていた。その手にあの変な形をした鎌を見つける。
「大丈夫ですか? 響。急に倒れたから吃驚しましたよ」
「悪い。色々あってな」
「……この鎌ですね」
顔を険しくして映姫が言う。
「ご名答。順番に説明していくから落ち着いて聞いてくれ。疑問があったら遠慮なく聞いて」
二人が同時に頷いたのを見て俺は口を開いた。
「まず……あの妖怪たちが蘇生する為の生贄は幽霊じゃなかったんだ」
「え? 妖怪たちが食べていたのって……」
小町が目を見開いて呟く。
「確かに、喰っていたのは幽霊だ。でも、生贄に必要な物が含まれていて捕まえるのが簡単だったから幽霊を食べていたんだよ」
「その生贄とは?」
映姫が促す。
「……魂だ」
「魂?」「た、魂!?」
小町は首を傾げ、映姫は悲鳴を上げた。
「そ、それはまずいです! 幽霊は魂の塊。ですが、人間や妖怪、そこら辺に生えている花や木。その全てに魂は宿っている! このままでは人里が!」
「その点については安心していいと思うぞ?」
慌てる映姫の発言を俺は否定する。
「人間や妖怪にも魂はあるのはわかる。でも、幽霊と違うのは抵抗するだろ? まぁ、幽霊も逃げようとはするけど人間や妖怪よりかは捕まえやすい」
「それなら植物の方がいいんじゃないの?」
小町の発言に首を横に振る。
「お前の言う通り、植物は動かない。その代わり、根がある。きっと、魂を吸収する為には全部食べなきゃ駄目なんだよ。花や木を残らず食べるなんて面倒だ。なら、幽霊を食べた方が手っ取り早い。もし、一部だけなら幽霊じゃなくて植物を食べているに決まっているからな」
「な、なるほど……」
「ですが、どうして魂だとわかったんですか?」
映姫の質問に俺は黙ってしまう。その問いに答える前に確かめなくてはいけない事がある。
「なぁ? 小町、お前の種族はなんだ? 妖怪じゃないんだろ?」
「え? あたいの種族とこの事件に何の関係が?」
「いいから」
「……死神だよ」
それを聞いて溜息を吐く俺。ここまで予想通りだ。
「さて……ここからだ。あの妖怪たちは魂を媒体として蘇生出来る。それはわかるな?」
「はい、私の弾幕を喰らって死んだ妖怪から白い物が出て来て破裂したのを見ました」
あの妖怪を弾幕で殺すほどの威力を持っている事に驚きだが、今はそれどころじゃない。
「聞くだけじゃ相当、厄介な相手だったはずだ。でも、俺が小町の鎌で傷をつけた途端……」
続きは言わなくてもわかる。土になって死んだ。
「それって……響の攻撃が予想以上の力を持っていて妖怪の命を削り切ったわけじゃないのかい?」
「違う。大事なのは攻撃力じゃない……小町の鎌で攻撃した事だ」
はてな顔だった小町は首を傾げる。
「あの鎌には何の力もないんだよ?」
「そうじゃない。小町の鎌……いや、“死神の鎌”ってところが重要なんだ」
「……まさかと思いますが、その鎌であの妖怪の魂を刈り取ったとでも言うつもりですか?」
映姫の鋭い視線が俺を捉えた。信じたくないような表情だ。
「その通りだよ。俺はあの鎌を使って妖怪の魂を刈り取った。俺すらも気付かない所でな。多分、俺の地力を吸い取って刈り取ったんだろうね」
「「……」」
力の入らない右手を握って俺は呟く。それを見て小町と映姫は黙ってしまった。