東方楽曲伝   作:ホッシー@VTuber

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第94話 信仰

 人里のそれなりに広い広場で早苗が人を集めていた。その後ろで小町がその様子を見ている。

「え~、皆さん。お忙しい中、お集まりいただきどうもありがとうございます!」

 早苗の言葉に人里の皆は笑顔で声をかける。今まで頑張って信仰を集めた結果だろう。守矢神社は妖怪の山の頂上付近に建っているにも関わらず、参拝者が来るのも納得がいく。

「実は今、この幻想郷で異変が起きています」

「ええ!? それは本当かい? 見た感じいつも通りだけど」

 前の方にいた男の人が質問する。他の人からも同じような問いかけがあった。

「はい、幻想郷に漂っている幽霊が食べられると言う異変――魂喰異変と言います」

「幽霊? 何か大変なのか?」

「いえ、まだ何とも言えない状況ですが、いずれ幽霊を食べている妖怪がこの人里を襲う可能性があるのです」

 それを聞いた人々はざわつき始める。

「け、慧音さんがいるから大丈夫なんじゃないの?」

「その妖怪は一匹じゃありません。100……いえ、下手したら200匹はいるかもしれないんです。更にその妖怪たちは幽霊を食べた分だけ蘇生出来るんです!」

 夏に起きた『脱皮異変』を思い出したのか悲鳴を上げる人もいればその事実を否定するように嘲笑う人もいた。

「慧音さん一人では太刀打ちできないんです。ですが、一人だけ……この異変を解決できる人がいます」

 そこまで言って早苗は深呼吸する。皆も続きを促すように静まり返った。

「響ちゃん……万屋の音無 響さんです」

「きょ、響ちゃんが? 確か、フラワーマスターと戦って生き残ったって聞いたけどそこまで実力があるの?」

 その人は素朴な質問のつもりだったのだろう。だが、他の人が聞けばどうだ。響の実力を疑っているようにしか聞こえない。そして、その疑いは不安に変わる。たくさんの人が早苗に疑問をぶつけた。

「静かにしてください!!」

 早苗の大声に周りにいた人だけではなくその近くを歩いていた人をも振り向かせる。

「響ちゃんは強いです。ですが、今回は強さとかそう言う問題じゃないんです。響ちゃんの能力じゃないと……響ちゃんが戦わないと解決出来ないんです。私だって友達を戦いの場に行かせたくはないんです……でも、でも!! 私には解決できないから。こうやって、サポートに回るしかなかったんです」

 それは早苗だけではなかった。霊夢も小町もそうだ。響はただの外来人。こんな重荷を背負わせたくなかった。

「皆さんは響ちゃんが好きですか?」

 突然、話が変わって目を点にする人々。だが――。

「ああ、好きだよ? 可愛いし、仕事も真面目にやってるみたいだし。それに仕事以外の事も手伝ってくれたんだよ」

 少し、年老いた女性の声が聞こえる。それと共鳴するようにたくさんの声が早苗の耳に届いた。

「……これからが本題です。今まで、妖怪がこの人里に来なかった。いえ、防いでくれていたのは響ちゃんなんです」

 早苗の発言に息を呑む民衆。

「そして……倒れました。今、博麗神社で休んでいます。それも絶対安静。体を動かす事はおろか、目も覚ましません」

「じゃ、じゃあ、異変はどうなるの?」

「現在は霊夢さん、魔理沙さん、咲夜さん、妖夢さんの4人が妖怪たちと戦って時間を稼いでくれています。ですが、いずれ……」

 その先は言わなくてもわかると早苗は踏んだのだろう。その読みは当たって人々は理解し、不安を募らせた。

「もう一度、言います。この異変を解決できるのは響ちゃんただ一人です。でも、その響ちゃんは動けない……でも、一つだけ方法があるんです。響ちゃんを助ける方法が」

 早苗がぐっと胸の前で両手を合わせる。まるで、神に祈るように。

「その為には皆さんの力が必要なんです! どうか、どうか! 皆さん、響ちゃんを助けてください! 異変を解決させる為じゃダメなんです! 響ちゃんが好きだから。目を覚まして欲しいと願わなくちゃいけません!」

 『お願いします!』と早苗は叫びながら深々と頭を下げた。

「……私たちはどうすればいい?」

「え?」

 数秒間の沈黙を破ったその一言をきっかけに人々の思いが一つになる。

 

 

 

 

 

 

 

『起きろ、響』

 トールの声が頭の中で響く。うるさい。

「何だよ、疲れてるんだから寝かせろって……あれ?」

 不思議な夢の事はすっかり、忘れた俺は体の調子が良くなっている事に気付く。まるで、幽香との戦いの前に戻ったようだ。

「な、何で……」

『頑張ってくれたんじゃよ。皆が』

 体は包帯でぐるぐる巻きになっていたが、痛みなどなくなっていた。体を起こして動かしてみても傷口が開く様子はない。完全に回復していた。

「皆?」

『外に出てみろ。ここからでも聞こえるじゃろ?』

 そう言えば、やけに外が騒がしい。部屋を観察したところ、博麗神社なのには間違いないのだがここまでうるさくなる事は今までなかった。

(どうしたんだろう?)

 もしかして、妖怪が攻めて来たのか、と不安になった俺は立ち上がって縁側に出る。

「こっちか?」

 聞こえる声を頼りに移動する。境内の方らしい。

「お? もしかして、万屋さんかい?」

 その途中で角を2本、頭に生やした幼女に出会った。

「ん? あ、ああ……そうだけど。君は?」

「私は萃香。鬼だよ」

「……音無 響。この騒ぎ、何か心当たりある?」

「おや? 気付いていないのかい? この騒ぎはあんたの為の物なのに」

(俺の?)

 意味がわからず、首を傾げた。それと同時に萃香は瓢箪に口を付けて何か飲んだ。

「これかい? これは酒だよ。いる?」

 視線で気付いたのか瓢箪の中身を教えてくれた。その心遣いは首を横に振る事で断り、スキホから天界の酒が入った瓶を10本ほど取り出す。

「やるよ」

「おお!? あんた、いい奴だね!!」

「どうせ、余ってるし。それにお前にはあげておいた方がいいと思って」

 そう言って、俺は不思議な気持ちになった。どうして、そう思ったのだろう。何となく、そう感じ取ったのだ。

「実はね? 早苗から依頼を受けてね。そのお礼としてあんたからこの酒を貰う事になってたんだよ」

「お? そりゃよかった」

 この前、酒を渡した時の事を覚えていたようだ。さすがに酒が多すぎて処分に困っていた。それを知っていた上で萃香に何かをお願いしたらしい。

「まぁ、話では5本だったけどね。ありがたく頂戴するよ」

「どうぞどうぞ。もっといる?」

「……それはまた、今度。外で皆がお待ちかねだよ」

 10本の瓶を消した萃香が境内の方を見ながらそう言う。

「ああ、わかった。ありがとな、萃香」

「いいって。残り5本の酒のお礼はいずれさせて貰うよ」

 その一言に手をひらひらさせる事で返事をし、先を急いだ。

「……何だよ、これ」

 外に出て境内を眺めながら俺は呟く。人だ。たくさんの人が博麗神社の境内にいるのだ。見た所、全員が人里の人らしい。

「きょ、響ちゃん!!」

「うわっ!?」

 突然、横から早苗が抱き着いて来た。さすがに支え切れずに倒れてしまう。

「さ、早苗?」

「よかった……よかった!」

 涙を流しながら更に力を込めて俺に抱き着く早苗。

「……すまん。心配させたな」

 そう言いながら頭を撫でていると小町が歩み寄って来た。

「体の調子はどうだい?」

「完全回復だ。でも、なんでなんだろう? あそこまで力を消費してたら3日間は動けないはずなのに」

「皆のおかげさ」

 小町が境内の方を見ながら教えてくれた。

「皆?」

『我の力……いや、我が神だった事を利用しよったんじゃよ』

 頭の中でトールが呆れたようにぼやく。意味が分からず、首を傾げているとある事に気付いた。

「あれ? 皆、博麗神社の賽銭箱にお金を入れてないのか?」

 そう、境内にいる全員が博麗神社の方ではなくその近くにいつの間にか建てられた小さな神社にお参りをしているのだ。

「あれは萃香さんが作ったんです。私がお願いしました」

 やっと、離れてくれた早苗が説明する。

「ああ、さっき言ってた依頼ってその事なのか……でも、なんで神社?」

「あの神社は響さんの神社です。いえ、詳しく言うと響さんの中にいるトールさんの為の神社と言いましょうか」

 トールの神社。つまり――。

「……信仰。そうか! 俺が回復したのって!?」

 人里の住民から信仰を得たのだ。早苗が言っていた。信仰を得られれば得られるほど神の力が増幅する。そして、トールに信仰が集まった事によってトールの力が増えた。比例するように俺の中にある神力も回復。それと同時に霊力も回復し、俺の体を癒したのだ。

「裏ワザにもほどがあるぞ……」

 だが、そのおかげで動けるようになった。

「小町」

「あいよ」

 小町はニヤリと笑い、鎌を差し出す。それを黙って受け取った。その瞬間、鎌から邪悪な力が溢れる。でも――。

(駄目だ……このまま、戦ってもまた倒れる)

『わかっておるではないか』

「そりゃ、あんな体験すれば慎重にもなるよ」

 早苗と小町が同時にはてな顔になった。それを無視して俺は懐からスペルカードを取り出す。

(さて……ぶっつけ本番だけど大丈夫か?)

『何を言っておる。響こそ今の我の力に耐えられるのか?』

「バーカ。俺は強くなったんだぞ?」

 ずっと、考えていた事がある。フランと『シンクロ』する場合、フランの魂を俺の魂に引き寄せて変身する事が出来るのだ。では、最初から魂にいる吸血鬼たちはどうだ。

「二人とも、離れて」

 素直に離れる早苗と小町。俺は一度、鎌を地面に置いて集中する。魂と魂を共鳴させる事によって『シンクロ』する事が出来る。ならば、それは吸血鬼たちも同じではないか?

「行くぞ、トール」

『いつでもいいぞ』

 目を閉じ、魂に意識を向ける。さすがに吸血鬼と狂気は力尽きていて自室で寝ているらしく、俺の部屋にはトールしかいなかった。俺の体を部屋に召喚させ、トールに手を伸ばす。トールも手を差し出した。そして、力強く握る。

「魂同調『トール』」

 俺の全身を覆うように電撃が迸った。

 


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