娯楽の上流階級「薙切 えりな」   作:夏ノ雪

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1品目 契機

◆◇◆◇◆◇

 

 

遠月学園。

日本屈指の名門料理学校。通常は単に「遠月学園」と呼ばれる。中等部と高等部の各3年制。制服は男女共にブレザー。

非常に厳しい少数精鋭教育を行なっており、高等部の千人近い新1年生のうち2年生に進級できる者は全体の1割にも満たず、卒業までたどり着く者はわずか数人しかいないという。

たとえ中途退学しても、学園に在籍していたというだけで料理人としての箔が付き、卒業まで至れば一生料理界のスターダムを歩むことができる。

 

その中でも、特に優秀な者は、十傑と呼ばれる。

正式名称「遠月十傑評議会」。

遠月学園の学内評価上位10名の生徒たちによって構成される委員会。

学園の最高意思決定機関。

学園総帥の直下にある組織で、彼らの決定には講師陣も逆らえないという超法規的機関。

 

そんな学園の片隅にある学生寮。

名を極星寮。

婆さんが管理しており、かつては毎年優秀な料理人を輩出した名門。

多くの十傑を輩出し、十傑全員が寮生だった黄金時代が存在したこともある。

現在では多くの生徒がマンションを借りて生活しているため、寮生は少なくなり、「変わり者の巣窟」と呼ばれるようになっている。

 

 

そんな極星寮の一室。

複数の男女が一つの机を囲んでいる。

 

 

薙切 えりな。

遠月学園高等部1年。

学園総帥の孫娘。「遠月十傑評議会」の第十席。

長い金髪に豊満なプロポーションを持つ少女。

「神の舌(ゴッドタン)」とまで呼ばれる優れた味覚を持つ天才。

 

新戸 緋沙子。

遠月学園高等部1年。

えりなの側近を務めている少女で、ボブカットの髪型が特徴。

えりなに対しては同級生でありながら「えりな様」と呼ぶなどかなり従順であり、彼女に屈辱を味わせた創真のことを敵視している

 

幸平 創真。

この春編入してきた遠月学園高等部1年。

赤髪と左眉にある切り傷が特徴の少年。

大衆食堂「食事処 ゆきひら」の跡取り息子。

 

田所 恵。

遠月学園高等部1年。

三つ編みのおさげ髪が特徴の少女。

福島県の小さな港町の出身で、実家は小さな料理旅館「荘恵園」を営んでいる。

 

 

きっかけは些細なことだった。

極星寮の食堂で、創真は田所とトランプのスピードをしていた。

そこを通りかかった、えりなと緋沙子。

二人は寮の査察にきていた。

創真を見て呟くえりな。

 

「粗末な遊びですわ。さすが庶民といったところでしょうか」

「薙切、そんなこと言うお前は、俺に勝てるのか?」

「勝てますとも。食の上流階級いることは、娯楽の上流階級にいることと同義。

 なんなら、お相手致しましょうか?」

「え、えりな様・・・・」

「そうま君・・・」

 

 

◆◇

 

 

そうして何故か場所を移して始まった闘い。

寮の一室。

 

机の上にはトランプの捨て札。

かなりの枚数になる。

彼らはババ抜きを行っている。

 

現在トランプを持っているの緋沙子以外の3人。

緋沙子は一番にあがっている。

 

えりなと創真が向かい合っている。

創真が腕を伸ばし、カードをえりなの前に寄せる。

 

「薙切、早く引けよ。それとも引けないのか」

「う、うるさいわね。今考えてるのよ!」

「えりな様」

 

緋沙子がえりなの耳元で何かを呟こうとする。

 

「おっと、新戸、助言はなしだぜ」

「分かっています」

 

緋沙子がえりなから体を離す。

 

えりなは心の中で歯ぎしりをする。

(ぐうううう。ダメ、全然わからない。どっちも怪しく見える)

(それに・・・・)

 

えりなはカード越しに創真を見る。

へらへらとし、こちらをおちょくっているかのような態度。

イライラする。

 

ソーマは残り二枚のトランプを揺らす。

 

(どっち、どっちがハートのエースなの?)

(考えるのよえりな。食の上流階級たる私。こんな庶民に負けるわけにはいきません)

 

額から汗が湧き出る。

創真はへらへらしたまま、えりなを見る。

 

「教えてやるよ~こっちがジョーカーだぜ」

 

創真はカードを一枚飛び出させる。

その後ろで憎らしい笑顔を浮かべる創真。

 

(ぐぬぬぬぬ)

 

「どうした?引かないのか」

 

(ゆ・き・ひ・ら・そ・う・ま~~)

 

「えりな様、庶民の戯言などに耳を貸すことはありません」

 

「ほれ、ほれ」

 

カードを揺らし、えりなを煽るソーマ。

 

(あいつは多分馬鹿よ。なら裏をかくような事はしないはず・・・)

(なら、答えは一つ)

 

飛び出しているカード方を引こうとするえりな。

 

「あれ~こっちを引くの?」

 

その声に、ピクリと指が止まるえりな。

 

「くっ」

(私、薙切えりなに対してその態度。庶民のくせに~~~)

 

「どうしたのかな~」

 

憎らしい程の笑顔。

(その顔、万死に値します)

(もういいですわ。これで決めます)

 

引っ込んでいる方のカードを引くえりな。

そのカードを見る。

髑髏のジョーカー。

 

「残念!」

 

創真の声が部屋に響く。

 

(くうぅううう)

 

バンバン

 

床を叩くえりな。

 

「君はなんでいじわるするのよおおおおお」

「何もしてないだろ。かってに自爆しただけだろ」

 

(そうだけど、そうだけど・・・・・)

 

「それじゃ次は・・・」

 

創真は田所を見る。

田所の残るカードは2枚。

 

「俺の手札はハートの6なんだ」

 

創真がぽつりとつぶやく。

 

「え!」

 

田所の表情がひきつる。

構わず、ソーマは田所の右側のカードを触る。

 

「ふぅ」

 

安息の息を吐く田所。

創真は、続いてその隣のカードを触る。

 

「ひいいいいい」

 

田所は悲鳴を上げる。

創真は一度手を戻し、閃光の様に鋭い手つきで一枚のカードを引き抜く。

 

「お粗末!」

 

左側のカードが抜かれている田所。

カードが揃い、机の上の捨て札置き場にカードを投げる創真。

 

「そ、ソーマ君・・・・・」

「そんな落ち込むなよ」

「え・・・・・うん」

 

そんな光景を、唇を噛みながら苦々しく見つめるえりな。

 

「えりな様、頑張って下さい。私がついております」

 

残っているのは、えりなと田所。

 

田所は、えりなと向かい合う。

鋭い眼光で田所を睨むえりな。

 

「ひぃ」

 

プルプルと手が震える田所。

ヒクヒクとした手を、えりなが持っているカードに伸ばす。

 

えりなのカードは残り2枚。

右側のカードを触る。

えりなはカード越しに田所を眼光で射抜く。

 

「田所さん、そちらのカードでよろしくて?」

 

ピクッと震える田所。

手からカードを離す。

もう一つのカードを触る。

 

「どちらがジョーカーかお教えしましょうか?」

「おい、えりな、何おれのマネしてるんだよ」

 

創真が野次を飛ばす。

 

えりなは創真の前に移動し、バンバンと机を叩く。

 

「何かもんくありますか~」

 

それに若干引く創真。

 

「いや、ないけど・・・」

「さすがえりな様。庶民の技まで咄嗟の機転で活用するとは」

 

緋沙子がパチパチと拍手する。

そんな緋沙子をえりなは優しく見つめる。

 

「緋沙子。そんなに褒めてもなにも出ませんよ」

「はぁ~えりな様」

 

小百合フィールドに包まれる二人。

ピンクのもやもやしたものが浮かんでいる気配。

 

そんな二人を見て固まる田所。

ソーマが田所の肩を叩く。

 

「カードを置け」

「え!」

 

指示に従がう田所。

 

バチッ

 

田所の両手の上から挟み込むように叩く創真。

 

「これはオヤジから教わった緊張をほぐす技だ」

 

田所はほっとした表情をする。

 

「ほんとだ・・・」

 

「いいか、トランプってのは心の勝負だ。相手が何を考えているか、自分が何を考えているか。考えて考えて、そしてカードに自分の全てを駆けるんだ!」

 

「自分の全て・・・・」

 

田所はえりなのカードを見る。

 

どちらがジョーカーか。

 

田所は思い出す。

これまでの経験を。

故郷、福島の漁港を。

よく漁師のおじさんが言っていた。

 

「どっちか迷った時は、ビビッと来た方を選びな」

 

田所はえりなの持つカードを凝視する。

見えた。

わずかにオーラをまとっているような気がするカード。

こっちだ。

田所がえりなのカードを掴む。

 

「ちょ、ちょっと」

 

戸惑うえりなの声を無視し、田所はカードを引き抜く。

そして、カードを見る。

 

「よかった~~~~~~」

 

田所は揃ったカードを机の中央の捨て札置き場に優しく置く。

これで勝負は決着した。

 

固まって微動だにしないえりな。

そんなえりなを緋沙子は心配そうに見つめる。

 

創真はそんな彼女たちを見て、

 

「やれやれ、娯楽の上流階級様(笑)がどべか~」

 

えりなはその声で意識が戻る。

(私、薙切えりなが最下位。しかも、こんな得体のしれない定食屋の息子に・・・・)

 

「えりなお嬢様。お気を確かに」

 

緋沙子はえりなの肩を優しく抱く。

そうして創真を睨みつける緋沙子。

 

「ええ~い。幸平創真。お嬢様に何たるしうち」

「そう怒るなよ秘書子」

「その名で呼ぶなーー」

「まぁ、いいじゃん。っで、そこの上流階級(笑)の薙切様は、確か勝負の前、負けたら何でもするっていってたよね」

「くっ」

 

唇を噛むえりな。

彼女は沈黙する。

(私が負けた。そんなこと認めません。絶対に認めません。食の上流階級にいる私は、決してトランプの様な庶民の娯楽でも負けることは許されない)

(そう、絶対に!)

 

そして、えりなはバンっと一回大きく机を叩く。

 

「覚えていません」

 

「え!」

 

シーンと静まり返る室内。

 

「なんのことでしょう?私、何も覚えていませんわ」

 

「えええええええええええ!」

 

皆が唖然とし、創真の絶叫だけがとどろく。

田所は、ただただオロオロして創真とえりなを交互に見ている。

 

「そうよね、緋沙子」

 

えりなは緋沙子に振り向く。

え!という顔をする緋沙子。

予想外!、という表情だ。

 

「それは・・・」

 

っと、その時。

 

「それはいけないな~薙切さん。十傑共あろう者が、約束を破るとは」

 

天井から声がする。

皆が声元に注目する。

天井の一つの板が外れ、そこには、

 

「一色先輩!」

 

創真が一番に声を上げる。

手を振る一色。

 

一色 慧。

遠月学園高等部2年生。

「遠月十傑評議会」の第七席。

極星寮206号室の寮生でもあり、現寮生たちのリーダー的存在。

後輩思いの穏やかな人物だが、やたらと服を脱ぐ癖があり、寮内では褌一丁の姿で農作業をしたり、裸エプロンで料理を作ったり、全裸で寝るなどかなりの変わり者である。

 

一色はえりなを見る。

 

「十傑は学園生の手本となるべき存在。薙切君、今の君はそれを果たしていない」

「そ、それは・・・」

「でも、さすがに「負けたら何でもする」というのは酷だろう。そこで、僕から一つ提案がある」

「提案?」

 

皆が一色に注目する。

 

「再戦だ。それも一週間後。場所は食戟で使用しているコロシアム。そこで負けたなら・・・薙切君。君は創真君と一日デートしてもらう」

 

緋沙子がえりなの前に出る。

 

「一色先輩。えりな様にそのようなこと・・・」

「いいのよ緋沙子。その勝負受けて立ちます。なぜなら、私は負けませんから」

「えりな様・・・・」

 

「そうかい。それじゃ準備は僕の方でやっておく」

「そうですか。では、御機嫌よう」

 

そういって部屋から出ていくえりなと緋沙子。

一色先輩は天井から降りてくる。

 

「先輩」

「なに、君はデートなんかしたくないだろう。でも何事も経験だよ。それに勝てば権利を行使しなくてもいい。引き換えに他の事を交渉しても」

「そうか・・なら飯でも奢ってもらうか」

 

創真は直ぐに気を取り戻す。

そんな創真を心配そうに見つめる田所。

 

「田所ちゃん君もだよ」

「え!」

「再戦だから、もちろん君もでるんだ」

「え、私は・・・」

「大丈夫、一週間あるんんだ。それまでに準備すればいい」

「・・・・・・・はい」

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

極星寮からの帰り道。

 

緋沙子とえりな。

先頭を歩くえりな。

後ろの続く緋沙子。

いつもと変わらない光景。

だが、緋沙子の顔は曇っている。

話しかけようとして止める。

それを何度か繰り返し・・・・

 

「えりな様」

「分かっています、必ず勝ちます。私の心配はいりません」

「さすがえりな様!」

「秘書子、あなたもでるのですから、準備は怠らないように」

「はい!」

 

そうして歩き出す二人。

 




プロローグ的な話。
次からが本番。
次話は本日の20時ごろ投稿予定。
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