仮面ライダー Chronicle×World   作:曉天

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第二十九節 仲間

 店の中の整理を終えて、コーヒーを飲みながら、一同は情報を整理している。

 

 筑波洋、城茂、山本大介、結城丈二、風見志郎――

 

 彼ら五名のライダーと、連絡が取れなくなった。

 茂と、大介――アマゾンは兎も角、他の者たちは“財団”の事を調べていた。

 彼らの行方不明が、“財団”と関わっているのであれば、殲滅を目的として動き出さねばならないと本郷たちは考えていた。

 そんな中で、“財団”の一部に、立花藤兵衛を捕らえようという動きがある事を、本郷たちは知る。

 仮面ライダーの身内である藤兵衛を捕らえる事で、本郷たちに対する人質にしようとしたのだ。

 

 「だが、事実はどうやら別の所にあるらしいんです……」

 

 と、敬介が言う。

 カノン砲の改造兵士たちに、自決する前に吐かせた事だ。

 曰く、彼らは仮面ライダーに対する報復の為、藤兵衛を捕獲しようとしたのである、と。

 

 「どういう事だ?」

 「分かりませんが、アシモフ博士の行方不明とも関わっているようです」

 

 アシモフはアメリカの科学者で、パワード・スーツや新エネルギー理論の研究者である。

 そのアシモフが乗っていた飛行機が墜落したというニュースが、世間を騒がせていた。

 「“財団”は、アシモフ博士に接触を図ろうとしていたらしいんですが……」

 「しかし、それでお前たちへの報復をというのは、おかしくはないか?」

 

 一文字の言葉に、藤兵衛が首を傾げた。

 

 「志郎と結城は、“財団”の事を追っていました。アシモフ博士の守りを買って出たのもあいつらです」

 

 と、本郷。

 

 「じゃあ、志郎と結城が飛行機を? 莫迦な!」

 「それは勿論さ、おやっさん」

 「だが、若しかすると……」

 

 敬介が小さく唸った。

 

 「あの、黒い仮面ライダー……」

 

 前田さくらの顔をした、サイボーグ忍者の事である。

 仮面ライダーの情報を持っている者が見れば、あれは、仮面ライダーの一味であるように思われても、仕方のない事である。

 

 敬介の予想は、つまり、あのサイボーグ忍者が仮面ライダーを装ってアシモフの乗った飛行機を墜落させ、この事を知った“財団”が本郷たちへの報復に出た、という事だ。

 

 実際には、飛行機を墜落させたのはウルガとバッファㇽのショッカーの裏切り者たちであるが、その後に彼らと、風見と結城、そしてもう一組の三号と四号のダブルライダーが関わっていた。

 

 「前田先輩、どうして……」

 

 コーヒーを啜りながら、店の隅の椅子に腰掛けていた相澤が、言った。

 マヤが、さくらを捕らえてパーフェクト・サイボーグに改造し、その身体を乗っ取ってしまった事を知らなければ、さくら本人が強化改造人間にされたと他の者には映る。

 

 「兎に角――」

 

 と、一文字が立ち上がった。

 

 「ショッカー連中と、あいつらだけデートってのは、頂けねぇな。俺たちも混ぜて貰おうぜ」

 

 冗談めかして、一文字。

 この場の暗い空気を、変える為であった。

 

 「なぁ、本郷」

 「ああ」

 「敬介も、仲間外れは嫌だろう」

 「そうですとも」

 

 と、一文字は軽口を叩き、本郷と敬介が頷いた。

 それでも心配そうな顔をする藤兵衛に、

 

 「土産は、息子たち七人と、俺たちの新しい兄弟だぜ、()()

 

 そう言って、微笑み掛けた。

 

 「お、おう……」

 

 藤兵衛は思わず涙ぐんだ。

 そして、一文字にその涙を見せぬよう立ち上がると、店の一角に置かれていた、カバーを掛けられたバイクに歩み寄った。

 

 「猛、こいつはな、滝からのプレゼントでな」

 「滝から?」

 

 滝和也――本郷のレースでのライバルであり、FBIの捜査官として、ショッカー・ゲルショッカーと共に戦った男だ。

 藤兵衛は、その男から送られたというマシンを、カバーを取って、本郷に見せた。

 

 HONDA GL1000――

 

 最新の大型二輪車に、藤兵衛の手でチューン・アップが施されていた。

 

 「お前用に、準備してやってくれって言われたもんでな。いつか、また、マシンの腕を競いたいってな……」

 「――」

 「だから、帰って来い、約束だぞ、猛……」

 「――分かったよ、おやっさん」

 

 本郷と、藤兵衛は、固く手を握り合った。

 それを見て、敬介が、吉塚と相澤に言う。

 

 「彼女の事は、俺に任せてくれ」

 「神さん……」

 

 敬介は、何となくだが、察していた。

 サイボーグ忍者となったさくらは、もう、戻れない場所にいるのだ。

 ならば、せめてその真実だけでも、解き明かさねばならないだろう。

 それを、約束したのであった。

 

 「良し――」

 

 一文字が呼び掛けた。

 

 「行こうか」

 

 

 

 

 

 黒井響一郎は、思い出していた。

 今までの事――この一〇年間の事を。

 

 始まりは、一文字隼人による、爆破事件であった。

 レースで優勝した自分と家族を、一文字隼人のカメラが暴発して、()()()()()

 その後、マヤの来訪を受けて、ハリケーン・ジョーによって()()()()()

 保護された先の倉庫で、一文字隼人と出会ったのには驚いたが、その後、チーター男によって()()()()()

 

 家に戻った黒井を待っていたのは、頸から血を流して倒れた妻・奈央と、背中を貫かれて死んだ息子・光弘であった。

 そして、その傍には、血濡れたナイフを握った仮面ライダー第一号がいた。

 黒井は、妻子を殺した彼への憎しみを、何処にぶつけて良いのか分からず、逃げ出した。

 

 走った。

 東京から、浜名湖の傍の遊園地まで、だ。

 家族で遊びに行った、思い出の場所だった。

 そこでマヤから、自分が仮面ライダー第三号となる事を、誘われたのだ。

 

 そして一年。

 

 ショッカーは滅び、死神博士による改造手術を受けていた黒井はゲルショッカーの基地に保存され、仮面ライダーと戦う事が出来なかった。

 浜名湖地下のゲルショッカー日本支部の爆発で目覚めた黒井は、自爆する基地から脱出するダブルライダーに襲撃を掛けようとする。

 

 それを、仮面ライダー第四号・松本克己が止めた。

 

 それから暫くは、対仮面ライダーの為の訓練に明け暮れていた。

 マヤからは、ブラジリアン柔術を教わった。

 克己からも、古流や琉球の唐手を習った。

 

 時は過ぎて、Xライダーに二度の敗北を喫したアポロガイストと立ち合った。

 

 アポロガイストはGOD機関の呪博士による脳改造の呪縛から解き放たれ、呪ガイスト・ガイストライダーとして復活する。

 

 まだ、本郷猛に対する復讐を、黒井は許されなかった。

 

 本格的な戦闘は、ドグマの地獄谷五人衆とのものが初めてであった。

 ショッカーに背反したドグマが、“空飛ぶ火の車”=ロスト・アークを手に入れるべく、古代エルサレム教団の末裔である火の一族の村を襲撃したのだ。

 村人たちを残虐な方法でいたぶり、自らの細胞を埋め込んだ人間に黒井を襲わせたヘビンダー・蛇塚蛭男を、ライダーチョップで斬り裂いた。

 

 “金”の霊玉――勾玉・マナで進化した、クレイジータイガー・メタリックにライダー返しを喰らわせて、戦意を喪失させた。

 

 火の一族たちの村を克己とガイストと協力して守ったのだという、満足感があった。

 

 そして、遂に――

 

 アマゾンライダーの基地への潜入を契機として、仮面ライダーたちへの挑戦が始まった。

 

 先ずは、城茂。

 “正義の戦士”を名乗った仮面ライダーストロンガーと、命を削り合う戦いの末、辛くも勝利した。

 

 又、スカイライダー・筑波洋との戦いで破壊された克己の動力開放スイッチを修理すべく、アシモフを訪ねた先で、風見志郎・結城丈二と共闘する事になった。

 

 敵は、ショッカーの裏切り者・ウルガとバッファㇽ。

 風見・仮面ライダーV3と協力して、バッファルの翼をもぎ取った。

 

 ウルガとバッファㇽがイーグラの更なる裏切りで逃亡した後、風見と決着を付けた。

 誇り高き戦士を叩きのめし、完膚なきまでに打ちのめした。

 そうせねば、V3は、いつまでも立ち上がって来るからだ。

 自分と似た境遇にある風見志郎を、彼が立てなくなるまで踏み付けねばならなかった。

 まるで、自分自身を踏み砕くかのような哀しみが、黒井の中にはあった。

 

 それから、ほんの少し、時間が過ぎた。

 

 黒井は、ショッカー本部の、自分に与えられた部屋で、眼を覚ました。

 ベッド以外には、もののない部屋だ。

 娯楽のない部屋だ。

 あるのは、黒井響一郎の肉体と、その心に宿る憎しみと、哀しみだけだ。

 

 「黒井――」

 

 と、部屋の扉が、外からノックされた。

 克己だ。

 

 「入ってくれ」

 

 そう言うと、扉が自動でスライドし、克己が入って来た。

 

 ライダーマン・結城丈二とは、相討ちのような形であった。

 倒した二人のライダーと、倒れた克己を、黒井が連れ帰った形である。

 

 アシモフも同じく基地に連れて帰り、治療をして国に戻らせたと、マヤが言っていた。

 あの親子も、アシモフのパワード・スーツを寄贈されて喜んでいたという事らしかった。

 

 黒井は、ベッドから身を起こし、腰掛ける。

 

 「調子はどうだ」

 「問題ない」

 

 黒井の問いに、克己は答えた。

 

 「そろそろだ」

 「え?」

 「奴らが来る……」

 「――」

 「仮面ライダーだ」

 「おう……」

 

 黒井は、深く息を吐いた。

 

 漸く――だ。

 漸く、あの時に、決着を付ける事が出来る。

 

あの時、奈央と光弘が殺されてから、止まっていた自分の時を、動かす事が出来るのだ。

 

 ショッカーに対する疑いがない訳では、ない。

 寧ろ、こちらにいなければ、ショッカーの事を否定する立場であっただろう。

 

 しかし、一〇年だ。

 この一〇年間、本郷猛を憎む気持ちは、忘れなかった。

 彼が奪った、妻と息子を愛していたからだ。

 奪われた愛の分だけ、黒井の心には憎しみが棲み付いた。

 本郷を憎むのをやめ、ショッカーを否定する事は、家族への愛を否定する事だった。

 

 だから、本郷への憎悪という形で止めていた時計の針を、彼との決着の後に、再び動かす事が出来るのだ。

 

 その時に、自分がどういう選択をするのかは、まだ分からない。

 だが、今はそれで良い。

 今は、まだ。

 

 「黒井……」

 「うん?」

 「恐れているのか」

 「え……」

 

 見れば、自分の手が、小刻みに震えていた。

 その手首を、もう一方の手で握るも、震えは止まらない。

 

 「おかしいな……」

 

 小さく呟く。

 しかし、それでも、震えは止まらない。

 仮面ライダーという巨大な影が、背後から忍び寄っている。

 その重圧に、押し潰されてしまいそうであった。

 

 「ずっと、待っていたんだ」

 「――」

 「待ちわびていたんだぜ、ずっと……」

 「――」

 「それなのに、こんな……!」

 「問題はない」

 

 克己が言った。

 

 「仲間がいる。だから、大丈夫だ」

 「――克己」

 「……奴らが到着し次第、また、連絡する」

 

 克己はそう言って、踵を返した。

 自動ドアが開き、克己のブーツが、黒井の部屋から出てゆく。

 

 「ありがとう」

 

 黒井は、克己の背中に言った。

 

 

 

 

 

 黒井の部屋から出た克己は、自室に戻ろうとしたが、自動ドアのすぐ横、部屋の中からは死角になる場所に、マヤがいるのに、すぐには気付けなかった。

 

 「変なの……」

 

 マヤの身体は、改造された前田さくらのものである。

 その後、顔をマヤのそれに整形したのだ。

 

 「変?」

 「貴方の事よ、克己ちゃん」

 「何がだ。身体に、問題はない」

 「こっちのは・な・し」

 

 と、マヤは、克己の頭部を指で小突いた。

 

 「頭の中をすっかりいじくられちゃった機械人形が、良く、あんな台詞を吐くわねぇ」

 「――黒井が」

 

 克己が言った。

 

 「仲間だと、言うからだ」

 「ん?」

 「俺や、ガイストの事を、仲間と言うからだ。あいつはそれで安心しているようだった。不安は戦いに於いて邪魔になる」

 「その不安を取り除いてやる為に、仲間という言葉を使ったという事ね」

 「マヤ――仲間とは何だ」

 「――」

 「何故、黒井は、その言葉で安心する?」

 「――ん……」

 

 マヤは、腕を組んで、小さく唸った。

 

 「言葉には、人の分だけ解釈があるわ」

 「――」

 「その認識が、似てはいても、僅かなずれを持つ事がある」

 「――」

 「仲間という言葉……例えば、それを友達と同義とする場合もあるわ」

 「ともだち」

 「又は、同志とも」

 「――」

 「若しかしたら、上司や部下を指して、そういう事もあるかもしれないわね」

 「――」

 「唯、この私に言わせれば……自分を維持する為の、踏み台、かしらねぇ」

 「踏み台?」

 「ええ。例えば、場の空気とか、雰囲気とか、気持ちとか、そういう事を言うでしょう?」

 「うむ」

 「これらの気が乱れると、それに釣られて、身体の方も乱れて来る……」

 「――」

 「そして気とは、周りのものによって左右される事が多いわ」

 「餓蟲のようなものか」

 「餓蟲も、また、気であるからね」

 「――」

 「だから、その気……自分の気持ちを保つ為に、人の気を乱れさせない事が肝要なの」

 「――ほぅ……」

 「自分の為に他人を立てる――その立てた他人を自分の踏み台にする」

 「それが」

 「仲間、よ」

 「――成程……」

 

 克己が頷いた。

 

 「OK?」

 「分かった」

 

 そうして、克己が去ってゆく。

 マヤは、その背を見送りながら、溜め息を吐いた。

 

 「随分と、ガタが来ているみたいね……」

 

 そう言ってから、ふと、思い出した。

 

 「地獄大使、ずさんな事をしたわねぇ」


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