俺、大亜門15歳。中学3年春休み直前。
皆受験も終わって、あとは合格発表楽しみにしとくって感じだ。今日修了式で、明後日卒業式だもんな。一、二年生がちょっとかわいそう。まあ俺たちも経験したけれども。
終礼が終わって、同じクラスの裕也が俺を図書室に誘った。
「珍しいな、裕也が図書室なんて。何か返却し忘れ?」
「いや。俺は用事はない」
「?じゃあどうして?」
俺の問いに裕也は答えなかった。
裕也の目が少し冷たい感じがした。
「…裕也?お前なんか変だ」
「…チッ。もう気づかれたか」
「!」
裕也は突然俺の手を掴んだ。
「な、何すんだよ!」
「図書室に来ればいいんだ。そうすればこのガキの命は奪わずにいてやる」
裕也の口から恐ろしいセリフが飛び出した気がする。俺は一瞬固まったけれど、何とか裕也について行った。
これ絶対悪魔の仕業だろ。わーマジ天使助けろよどうにかしろよ。なんて言うと思ったかクソッ。
悪魔が人間にコンタクトを図ってくるのは決まって天使が来る時だ。つまり、俺は図書室に向かうと同時に先生に天使来襲の危険を知らせなくちゃいけないってわけだ。
図書室にたどり着き、中に入ると同時に、裕也が倒れた。
「裕也!」
『ご安心なされませ、その人間は死んではおりません』
その声にはっと顔を上げると、そこにはフクロウがいた。
「…ぎゃあああフクロウが喋ったああ!!??」
『チェバリと申します。以後お見知りおきを』
フクロウ、というかチェバリはそう言って人型になった。
「うお…」
「この程度で驚いてどうするんですか。天使派に見つかる前にとっとと覚醒の儀を完了させてしまいましょう」
チェバリとやら。俺にはその意味がそもそも理解できん。俺はチェバリを睨みつけた。
「まるで私が悪いかのようですね」
「俺お前のこと知らない。悪魔の儀式なんぞに巻き込まれてたまるか。裕也を保健室に連れて行って、先生に天使が来るかもしれないって知らせに行く方が先だ」
そういうと、チェバリはため息をついた。
「あなたはまだ事の重大さに気が付いておられない。すぐ済みますからじっとしててください」
チェバリはそう言って俺の顎掴んできた。そらビビるわ。
「わっ、やめろっ!」
「暴れないでください」
チェバリは俺の額に口付けて、手を放した。
「…? ?」
「覚醒の儀はこれで完了です。私が時間を稼ぎますから、その先生とやらに知らせに行ってください」
今度はいきなり放されて何が何やらわからない。とにかく俺は裕也を背負って図書室を出た。
あれ?こんなに裕也って軽かったっけ?
そう思いながら職員室のドアをノックした。
「はい?」
「3年2組の大亜門です」
「どうしたんだい?」
「悪魔からコンタクトがありました」
「!!」
職員室が静まり返った。
「佐々木先生、校内放送を」
「はい」
「大君、どこでコンタクトを?」
「図書室です」
「よし。わかったよ、ありがとう。大君もすぐに…」
先生がそう言ってる間に、俺は確かに見てしまった。
職員室の窓ガラスの向こうに、目が真っ黒な何かが張り付いているのを。
「っぁ、」
俺は声が出なくて、そいつを見ていた。そいつがにっと笑った。
「っあああああ!!」
俺は叫んで廊下を走り出した。裕也を背負ったまま。
天使から逃げるには、まず日光から逃げること。天使は光の象徴みたいなものだから。影に向かって逃げる。でも普通に考えてみろ。学校で西日の入らないとこなんてあるのか?俺はひたすら影を探した。どこにあるっていうんだよ。俺が通り過ぎようとしたクラスの窓ガラスに、さっきのやつがいた。
―――ついて来てる?
俺が止まると、そいつも止まった。
やばい。ついて来てる。裕也を降ろさなきゃ。
どこに降ろせばいい!?あんま止まってるとクラスのやつが危ないんじゃ?
そいつが窓ガラスに手を振り上げた。俺は慌てて走り出した。
「どうしたんだよ、亜門?」
「天使!」
俺が返すと、そいつらはすぐに青ざめた。窓ガラスを見て、でもそこにはもう何もいなくて。俺は時間を呪った。まだ午後4時じゃねえか。
日が沈むまでにあと2、3時間はある。無理、そんなに逃げ回れない。
チェバリのやつ時間稼ぐとか言ってたけれど全然だめじゃん!ていうか、あいつって明らかにデーモン以下だったと思う。デヴィルだよなぁ、人型になってたし。
悪魔には階級が5つある。上から順にディアボロス、デーモン、デヴィル、ネロアンジェ、インプだ。
あ、もう渡り廊下を突っ切るしかない。廊下終わりです。ついでに人生も終わるかも。
俺は渡り廊下のドアを開けた。
「!?」
そこで俺は、真っ赤な液体に沈んだ天使を見た。
「…え?」
『人間がこいつに酸をかけたんだよ。水に弱いから天使はただでさえやられかけてたのに、そこに酸までぶっかけやがった。死んじゃったね、こいつ。まあやらせたの俺だけど!』
声のする方を見たら、そこに、明らかに普通の烏よりでかい烏がいた。
「…悪魔…?」
『そうだよ!久しぶりだね、アモン』
烏が笑った。何だよこいつ。何で俺の名前を知っているんだ?気味が悪い。
血に塗れた天使も、俺の名を知っているこの烏も。
『引き返しな。向こうの棟はもうだめだ。みんな死んじまってるよ』
烏はそう言って通せんぼをするように人型になった。
「…!」
俺はとっさにしゃがんだ。するとそこに、さっきの目が真っ黒のやつが笑って立っていた。
「っ!」
こいつ、君が悪い。その瞬間、裕也が目を開けた。
『へえ、大天使がお出ましか。珍しいもんだ』
烏はそう言ってロングソードを抜いた。どこに持ってたのソレ。
「なっ!?なんだこれっ!?」
いろいろ突っ込みたいのはわかるが暴れるなよ裕也。
俺ははっとしてドアの中に裕也を降ろして閉めた。裕也、頼む。逃げてくれ。
「亜門っ!?どうしたんだよっ!?今のなんだよっ!?」
「裕也、こいつ天使!すぐ逃げろっ!」
「バカか、俺は神子だ、お前より戦える!」
『調子に乗ってんじゃねえぞクソガキ。こいつは大天使だ。天使に触れられても炎上しないやつすべてが大天使に通用すると思うなよ』
こいつの物言いはイラッとするが、こいつ今、裕也の心配をしてくれたんだ。それが少しばかりうれしくて、裕也に俺からも言った。
「裕也、こいつは今までの天使と違うらしい。もしかしたら裕也でも死んでしまうかもしれない。だから、逃げてくれ」
「じゃあお前はどうするんだよっ!!」
「俺は大丈夫だから」
「んなセリフ信じられるか!!姉さんと同じセリフ言われたって信憑性どこにもねえんだよ!」
裕也の声が涙声になってきた。俺は大天使に触れられそうになって、回し蹴りをかました。
「亜門っ!?」
「早くいけっ!!それと、旧校舎には行くな!この烏がもうだめだっつってた!」
「っ…わかったよぉ…亜門!!死んだら許さねえぞっ!!」
裕也がそういって走っていく音が聞こえた。俺はほっと一安心したわけなんだが。
『避けろ愚図!』
「だぁ!」
大天使の猛攻にさらされてます。この烏妙にむかつくんだよ!なんだよこいつ!
『貴様の使い魔はまるで使い物にならんな!天使を足止めするので手一杯とは!』
「ハァ!?俺に使い魔なんていねえよ!」
『寝ぼけてんのか?図書室で会っただろ、フクロウに!』
「会ったけどっ!」
大天使に触れられたら終わりの俺としては話しながらとかマジきついんですけれど。烏さんマジ黙ってくれねえ?
『覚醒の儀は終わってるんだろうな!?』
「なんかそういうこと言ってたね!もう何なんだよっ!!」
俺は半ばやけくそになって、血だらけの天使を掴みあげた。掴まなきゃよかったです…。
「うわ!」
下半身と切れてんだもん、気持ち悪い、吐きそう。大天使は突っ込んできたけれど、天使の体で盾作ってるから俺には届かなかった。
『さあ!覚醒する時だ、目覚めろ、アモンっ!!』
烏が叫んだ。俺にはよくわからないよ。
でも、俺の体は勝手に動いた。
天使の体をそっとおろした。大天使が俺の手に触れた。
でも、俺の体は燃えなかった。
胸のあたりがかっと熱くなって、大天使が泣きそうに見えた。
『…封印の解除を確認した。大天使との戦闘を開始する』
烏がそう言って、渡廊下から屋根の上に飛び移った。俺も烏についていく。大天使が追ってきた。屋根からは、慌てて集団で帰ったり、車で迎えに来てもらっている生徒が見えた。
『あれを守りたいならば戦え』
「…戦い方なんざ、知らねえ」
『ふん。そこまでの面倒を見てやる気はない。自力で何とかしろ』
烏はそう言って人型になった。そっちの方がロングソードしっくりくるって。
そんなあほらしいことを考えて、俺は大天使に向きなおった。
チェバリが視界の端に映った。ボロボロになっているのが見えて、後で包帯巻いてやらなきゃ、と思った。
深呼吸を一つした。
目の前が炎に包まれた。
烏が笑った。
『力は継承したようだな』
力?何の事だかさっぱりだ。でも、俺には目的がある。
「この大天使をぶっとばしゃいいんだろ?」
『いかにも』
チェバリが少し離れたところで頷いた。飛んでくる気満々だ。馬鹿、やめとけ、そんな体じゃぶった切られたりして炎上するって。
炎が晴れて、体中が熱いって思った。チェバリが目を見開いて、頭を垂れた。馬鹿、そんなことしてる場合じゃないでしょ。
大天使の手が俺に触れた。燃えることはない。
大天使の腕を掴み返した。真っ黒な目が見開かれた。
「背徳の聖火(ビトレイアル・フレイム)!!」
真っ赤な炎に包まれた大天使は微かに震えて、倒れた。
炎が晴れると、そこにはもう何もなかった。
『へえ。お前の炎は天使をも焼き殺すのか!』
「…」
烏に俺が視線を向けると、烏は言った。
『…自己紹介が遅れたねぇ。俺はマルファス。戦争大好きなディアボロス!以後よろしく!』
名前なんて聞いてねえんだけど。まあいいか。俺はボロボロのチェバリを抱え上げた。
『アモン様…』
「俺、様付けされるほど出来てねえよ。すぐ手当してやるから、おとなしくしとけ」
俺がそういうと、チェバリは笑った。
『相変わらずお優しい』
「? どっかで会った事あったっけ?」
『…いいえ。それよりも、アモン様、手を貸してください』
チェバリに言われるままに手を差し出すと、チェバリがこう言った。
『私、チェバリは、アモン様に永従することを誓います』
今すごいこと宣言しなかったか?
俺がそう言ったら、これでいいのです、と帰ってきた。
顔を上げるともうマルファスは居なくて、俺は慌てて校舎に戻って非常階段から1階にまで下りて、靴に履き替えて外に出て帰路についた。
もう、天使なんてこりごりだ…。