荷物を持って銀河と一緒に赤竜学園の門の前に立ったのは指定された時間の30分前だった。
「早すぎたか?」
「こんなもんだろ」
銀河の荷物が多いのが少し気になったが、俺が少なすぎるのかもしれないと思って何も言わないで置いた。
体育館に向かって、中の席に座った。順番が決められているわけではなくて、来た人から適当に座るという今までに体験したことのない方法だった。俺と銀河は隣に座ってほかの皆さんを待つことになったんだけれど、心細くってね。
「…チェバリぃぃ…」
『なんですかアモン様そんな情けない声出して』
チェバリをホールド!
『むぎゅ…なんですか』
「落ち着かねー…」
「はは、同感だ」
銀河もそう言ってアスモデウスの持たせたぬいぐるみを抱え込んでいた。何でこんなに落ち着かないんだろう?
「圧力がかかってるのを感じ取ってるんだよ」
俺と銀河の席の前に一人やってきて座った。振り返ったそいつは黒い髪で、目は青かった。
「亜門、紹介しておく。こいつは御森鋼。72柱の1柱で、ゴモリー」
「鋼って呼んでね」
「ああ。よろしくな、鋼」
俺がそういうと鋼は頷いて、小さく言った。
「ねえアモン、その名前別の読み方できない?」
「え?」
「さすがに英語圏の人にはアモンじゃばれるってルシフェルが言ってたんだ。別の読み方考えられない?」
俺は銀河の方を見た。銀河ははてと首を傾げた。
「亜の読み方はほかを知らないな…門はカドとかヒロとかあるけれど」
「じゃあツグヒロだな」
「え?」
「母さんが別の読み方できるように漢字当ててるんだよ。ウチはこれでも天使派っつってるし、みんなが呼びやすいようにアモンって言ってるだけで、今は英語圏の人への対応はカタカナでやるだろ?あれ日本人に充てて漢字分からない人をカタカナで書く。俺の名前もそうなってるよ」
全然気にしたことなかったけれど、俺の名前をまともに『ダイ アモン』で登録してるのは戸籍だけ。パスポートもだったかな?
小学校でも中学校でもツグヒロって名乗ってたんだよね。みんな俺の名前アモンって呼んでたけれど!!
「…じゃあ、俺たちには本名を教えてくれてたってことか?」
「ああ」
「なんでそんな危険なことを!俺が天使派だったらどうする気だったんだ!?」
銀河がそう叫んだ。
「安心しろ。アモンなんて名前の悪魔は悪魔について調べる悪魔派ぐらいしかまともには知らない」
「…そんな国だっけ、日本って?」
鋼が答えた。
「うん。最初ミモリじゃなくてゴモリって読まれてビビっちゃったんだけど、教会の人たちも僕を悪魔とは疑わなかった。日本は仏教と神道、ほかの宗教が入り乱れてる。一神教に染まった国じゃないうえに、転生、魂のループを信じているから、僕らとしても力を温存しやすかったんだ」
鋼はそう言って笑った。うお、綺麗な笑顔だな。
「…ところで、ダイっていう苗字は?オオキってなってるみたいだけれど」
「ああ、昔はダイだったらしい。だから今風に読むとオオキツグヒロだ」
「小中学校はそれで通ってたのか?」
「まあね。校長が途中で天使派の人に替わったりするかもしれないってことで入学時からオオキツグヒロで登録してたよ」
俺が言うと、二人とも驚いたようで。
「…民衆の管理がずさんになったものだな…」
「あーでもわかる。住民票とか登録してるとストーカー被害に遭うことがあるって」
ニュースを断片的に見たやつのセリフだな。
「DV受けた人とかだと男から逃げるために情報公開に規制かけたりするしな」
そろそろ人が多くなってきたな。
「じゃ、またあとで!」
鋼がそういって前を向いた。いつの間にか開式5分前になっていた。
―銀河side―
赤竜学園。
理事長は佐田奈孝一という男だ。そして俺はその正体を知っている。
やつの名はサタナエル。とはいってももとの名に過ぎない。今はサタナチア。
火炎侯爵アモンの上司にあたる男だ。
今俺はこいつに感謝せねばならない。この男が俺とアスモデウスを仲介した。かつて喧嘩別れで終わっていた俺たちは、再び隣に立ってともに歩くことを強制されている。まあそれでもいいかと思えるようになったのは、亜門がやってきたからだ。
亜門が俺に『ソロモン』ではなく『銀河』という人間を求めた。
だって、亜門は『火炎侯爵アモン』ではなく『大亜門』だったから。
それが少しばかり心地よかった。
魔導師としての俺ではなく、16歳のクソガキの俺を見てくれる、家族以外初めての人。それが亜門だ。
俺がソロモンだとわかった時から、俺は天使派の奴らに崇め奉り祭り上げる偶像にされかけた。父さんも母さんも星も空も、それを止める手だては持ってなかった。仕方ない、わかっていたから天使派のクソッタレどもに嫌気がさした。あいつらに管理され続けた小3から中3までの6年間。その間にゴモリーやオロバスに会えた。でも、グラシャ=ラボラスやガミギン、ハルファス、マルファスなどの殺戮大好き組にも会ってしまった。
71柱に会い、残り1柱が誰だったかも覚えていたくなくて来たら追い返すを続けていた。だから、あんなセリフで切り返されたのは初めてだった。
どことなく、だけれど。
―――亜門とは友達になれる気が、する。
理事長の簡単な挨拶と生徒会長の簡単な挨拶で式は終わりを迎えた。
2、3年生が解散し、俺たち1年生は生徒会長と理事長から赤竜学園の簡単な説明を受けた。
「はいこれ地図ね。校内の施設覚えるまでは使ってね」
生徒会長から配布された地図。見取り図だが、いくつか光らせてあるところがあるな。
「この蛍光色のところは?」
「それは契約者にしか使えない部屋だよ。あ、でも僕は使えません」
そう言って笑った生徒会長。まさか…。
「1年生諸君には、なるべく契約者になってもらいたいと思っているんだ。理由は簡単」
生徒会長は真剣な目つきでこう言った。
「…身に覚えのある子もいると思う。現在、天使が人間を焼き殺すという事件が、100年前以上の増加傾向にあるんだ。そしてこの、天使を、退ける力も与えてくれるのが、悪魔たちというわけさ」
生徒会長の横に、7人の生徒が並んだ。否。生徒ではない。
「…」
亜門が目を細めた。7人が放つ威圧感が半端じゃない。
それぞれが何やらマークを付けているが…。
「この中に天使派がいたとしてもおかしくないけれど、それでもこの空間の空気に慣れてもらわなくちゃいけない。だって、天使派の意見を聞いていたら、人間は滅んでしまう」
やはり。生徒会長の正体は―――。
「…何人かは気付いたみたいだね。僕の言葉を信じろとは言わない!けれど、これだけはわかって。天使に焼き殺せない人間なんて、いない…。僕はかつてイエスと名乗っていた」
やはり。こいつ、イエス・キリストだ。しかし、そんな人まで悪魔派に加担するのか?謎が謎を呼んでいる気がする。
「みんなに隣人愛を説いていきたいところだけれど、それはとても難しい。詳しくは授業で先生たちが教えてくれるけれどね。…僕は、自分の言葉に責任を持つことができそうにないんだ。それでも、ついて来てくれ。みんな、頼むよ」
ところで俺は彼の今の名を聞いていないな。どうしよう、そう思ったら、亜門が言った。
「彼、十文字助(たすく)だって」
「…救世主、ねぇ…」
何でだろうか。悪魔だ天使だというものの関係者にはうんざりしていたはずなのに、生徒会長の言葉には自然と聞き入っていた。
「…貴様らは契約した悪魔の系統によって7つに分けられ、契約しなかったものと合わせて9つの系統に分けられる。シンボルはそれぞれ傲慢のグリフォン、強欲の狐、嫉妬の蛇、憤怒のドラゴン、暴食の豚、色欲の蠍、怠惰の熊、天使の翼、そして無契約の五芒星だ」
9つ?天使とも契約するやつがいるのか?
「ちなみに、天使と契約してもさっきの蛍光色の部屋には入れないぞ」
そういうことか。生徒会長は天使と契約しているんだ。
「生徒会長の契約相手は誰なんですか?」
誰かが質問した。
「うん、ミカエルだよ。あ、絶対僕からは呼べないから、僕は戦えないよ?」
笑ってそう言うけれど、それって要するに能無し。使えないなら戦力とは言えないし、大天使が降りてきた今となってはもう…。
「…いろいろ勘繰っているそこの青い髪のやつ。顔上げや」
この声は。やはり、この7人は七大魔王のようだな。
「…何ですか」
「俺の名前呼んでみ?」
「…」
呼びそうになって、俺はこいつの名を知っていてはいけないと思った。知っているはずがない。
「…あなたの名前知りませんよ」
「嘘ばっかり言うなや!マルコシアス居ったらメッタ刺しやな!」
亜門が俺をつついた。
「どした?」
「…こいつ、なんかやたら魔力が揺らいでる。何で?」
「…お前の方が古いからだろうな。こいつは強欲の魔王だ」
亜門はそれで分かったらしい。俺はしぶしぶ席を立った。
「マンモン。それがあんたの名だ」
「正解!」
漆黒の髪の男が俺と亜門に近づいてきた。周りが少しざわついた。
「カッコいい…」
誰かのそんな言葉。亜門は男を見上げていたけれど、男が人差し指を立てて招くしぐさをすると、立ち上がった。
「…ツグヒロ?」
亜門と呼ぶのがためらわれた。こいつは、こいつは。
「…そうか。もう記憶はないのか…」
亜門に触れただけでそいつはがっかりだと言わんばかりに亜門を見下ろした。それがイラッとするんだ。この傲慢野郎。
「…銀河、今はいいよ」
亜門はそう言って笑った。それがどうしようもなく悔しいのに。俺はどうすることもできずに、亜門が席に座りなおすのを見ていた。
「…えーと。まあ、皆さんなるべく契約者を目指してくださいね~…すでに契約している生徒のみ残ってくださーい。シンボル配りまーす」
少し眠そうなやつが言った。これ、ベルフェゴールだな。
さらに数名しか残らないところまでなってしまった。ちなみに亜門は俺が止めておいた。
「なんや?こいつ全然魔力感じへんよ?」
関西のやつだろうか。亜門の目の前に立ってそう言った。
「ふーん」
亜門はそう言ってそいつの後ろのおとなしそうなやつを見つめていた。
「…俺はステファン・レオンハート。お前は?」
「…オオイツグヒロだ。後ろのは?」
「こいつはフレッド。お互い様やろ?」
ステファンと名乗ったそいつの言っている意味が亜門にはわかっているらしい。どうやら後ろのやつは悪魔らしい。
「とりあえず自己紹介を。フリードリヒ・ラボラスと申します」
チェバリがめっちゃ睨んでる。
「チェバリ、ずいぶんな態度だな?」
『今かけた魔法を解け!失礼だぞっ!!』
チェバリはそう叫んだ。俺は亜門を見た。
…こりゃあ大変そうだな…。入学早々、問題は多いようだ。