明日の彼方に   作:紺南

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9話

「…………」

 

「…………」

 

カリカリとペンを走らせる音が聞こえる。

時おり紙を捲る音に続いて、パタパタとベッドの上で足を動かす音。

 

一夏も俺もそれは無視する。

 

「…………」

 

「…………」

 

ぺラリと教科書をめくる。

またベッドの上の人が足をパタパタと。

 

「…………」

 

「…………」

 

一瞬、一夏とアイコンタクト。

試しにまたページをめくってみた。

 

パタパタ。

 

一夏が咳払い。

俺は単語を探して教科書をパラパラめくる。

 

パラパラパラパラパラ。

パタパタパタパタパタ。

 

足の動きが連動し始めた。

音だけでなく、ベッドの振動さえ鬱陶しくなる。

ついに我慢できなくなり、俺は教科書をベッドの上のアホに投げつけた。

「きゃ!」と悲鳴。動じず、言い放つ。

 

「邪魔」

 

「いやーん! 嘉神君ったら乱暴!」

 

矯声に近い声。

こいつ遊んでやがると、一夏ともに再確認した。

今度は一夏が苦情を出した。

 

「楯無さん、今俺たち勉強してるんで」

 

「知ってるわよ?」

 

「なら消えろよ会長」

 

「ま! 嘉神君、乱暴なのは行動だけじゃなく言葉もなのね? うーん。お姉さん困っちゃう」

 

「うぜえ」

 

どうしよう。本当にうざい。

先日生徒会長を辞し、暇になったのか人の部屋に不法侵入している会長。

 

勉強を教えると言う名目でこの場に居座っているが、実際はベッドに横たわり俺たちを眺めているだけ。

それだけならまだいいが、こいつは時おり変なテンションそのまま悪戯に集中力を削いでくる。

それがたまらなくうざい。

 

「後輩連中に仕事教えてればいいのに……」

 

「だからこうして一夏くんに勉強教えてるでしょ?」

 

「……ああ、そう言えばお前生徒会だったな。お前が元凶か出ていけ」

 

「嘉神!?」

 

一緒に勉強しようと誘いを受け、快諾したもののこの様である。

背後の会長が気になってきもそぞろ。教え合うこともなく無言でペンを動かすこの時間。

正直に言って苦痛でしかない。

 

「お前がいなくなればこいつもなくなるだろ」

 

「待てよ嘉神。俺だって望んでこの人と一緒にいる訳じゃないんだ。ただ勉強を教えてくれるって――――」

 

「そろそろ篠ノ之さんに殴られる頃じゃないか?」

 

「楯無さん、出て行ってください」

 

時計を見ながら俺は遮る。

一夏はらしくもなく瞳に強い意志を宿して会長に言い切った。

会長は一瞬悲しそうに目を伏せたが、すぐにいつもの人を小ばかにしたような余裕綽々な笑顔でお返しした。

 

「い・や」

 

「楯無さん!?」

 

あの言い方では一夏如きでは頑として動くまい。

そもそもこの人がなぜここにいるのか、その真意が謎である。

 

「そろそろ来る頃だな。篠ノ之さん」

 

「ちょ……ちょっと話してくる!」

 

大急ぎで一夏は部屋を飛び出した。

後に残された俺は勉強を再開する。

 

教科書を捲り、重要な単語の意味などをノートに写す。

……相変わらず法関係は何が書いてあるのかよくわからない。

 

「……嘉神君」

 

「なんですか?」

 

どこか沈痛な声音。

俺は平静に返事をする。

 

「わたし、変かな?」

 

「あなたが変なのはいつものことでしょう」

 

「……そうじゃなくて」

 

そのまま無言になる会長。

一夏がいなくなったことでここ最近のテンションに戻っている。

枕に顔を埋めたことで余計なおしゃべりはなくなった。

 

カチカチと時計の秒針が動く。

一夏が戻るまで、とりあえずの静けさは確保された。

 

二度と戻ってくるな、一夏。

 

淡い願いは届かず、扉の向こうからは足音が二人分。

ドスンドスンと怒りそのまま、扉は叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更識楯無は生徒会長である。

ロシア国家代表にして、学園最強の肩書を持っている。

俺に言わせてみれば詰めの甘い恋する乙女だが、それでも彼女のことを尊敬している人間はいるようだ。

 

例えば織斑一夏。

出会いこそあれなものだったが、会長の人柄に触れるにつれ、ISの手ほどきを受けるにつれて段々と信用していくようになったらしい。

今では危険を冒して助けることに何ら疑問も抱いていないようだ。

 

そんな一夏の男気溢れる様を見せつけられ、家族間の悩みを打ち明け尽力され、極めつけはとある事件で再度命を助けられる。

そんなことが続けば惚れないわけもない。

 

生徒会長・更識楯無は、いつしか恋する乙女・更識楯無にジョブチェンジしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

――――昔の話だ。

 

昼。

授業を終え、机に突っ伏す一夏の背を見ながら俺は立ち上がった。

 

いつも通り食堂に行こうと踏み出したその足は、横から出現した足により蹴り払われる。

鍛錬でいつも足を払われてるおかげで転ぶことこそなかったが、一歩二歩余計に踏み込まざるを得ない。

 

余計な労力。余計な警戒心。

足元を安定させた後、俺は憎々し気に文句を放つ。

 

「なんですかね、会長」

 

「織斑先生直伝の身体捌きが気になっちゃって」

 

――――脚払っちゃった。

 

語尾にハートマークが付きそうな調子で言われ、俺はイラッとする。

 

「随分お早い到着じゃないですか。授業はどうしました」

 

「ちょっと早めに抜けてきたわ。ちゃんと許可をいただいてね」

 

「会長特権は便利ですねえ。ちょっとしたことなら許してもらえますもんねえ」

 

そこで会長との会話を打ち切り、一夏に向く。

一夏は突っ伏しながらもこのやりとりを横目で見ていて、苦笑いを浮かべていた。

 

「お客さんだ一夏。面倒くさいから、後はお前が相手してやれ」

 

「あら。まるで私を子供みたいに扱うのね。失礼しちゃう」

 

「だって子供でしょう?」

 

にっこりと笑う会長。

その手には広げられた扇子が握られており、達筆な文字で『不愉快』と書かれていた。

お互い様だと心中で投げ捨て、俺はさっさとその場を後にする。

 

背後から「嘉神くんも食べない?」と会長の声が聞こえたが、それは無視する。

あの人と昼休み中一緒だと考えただけでストレスで死にそうだ。

 

「かがみーん」

 

会長の代わりに追いかけてきたのはのほほんさん。

むふふと萌え袖で口元を隠して笑っていた。

 

「なに?」

 

「かがみんがこんなに苛立ちを露わにするなんて」

 

「気付かなかったかもしれないけど、基本内心は罵詈暴言で埋め尽くされてるよ」

 

「知りたくなかったなあ」

 

のほほんさんは笑みを引っ込める。

珍しい真顔である。それほど衝撃的なのか。

 

「こんな内心何考えてるか分からない男といるよりも、一夏と一緒にご飯食べてる方が万倍健全だと思うよ」

 

「うーん。なら、かがみんも行こう? 会長のお弁当は豪勢だよお? 伊勢海老あるよ! 伊勢海老!」

 

「海老よりもラーメンの気分だ。醤油かな、塩かな」

 

「し、シーフードラーメンとか……?」

 

「否。チャーシューラーメン」

 

のほほんさんは一つ溜息を吐くと回れ右をして帰って行く。

今日もお勤めご苦労様です。

 

結局、昼飯は何を食べようか迷った末にエビチリにした。

元々これ食べるつもりだったのだと言い訳は必要だろうか。

 

 

 

 

「なあ嘉神」

 

「うん?」

 

一夏と組手中。

何を思ったか、四の字固めを決められた体勢でこいつは話しかけてきた。

 

「なんで楯無さんと仲悪いんだ?」

 

ぴたりと身体が硬直した隙を縫って、一夏は拘束から逃れる。

高度な心理戦だ。

 

距離を取り、互いの隙を伺いながら俺は答えた。

 

「まず第一印象が最悪だ。覚えてるか、お前」

 

「ああ。いや、覚えてるよ……うん……」

 

二人そろって思い出す。

あれは俺が部屋でくつろいでいた時だった。

 

 

 

 

『助けてくれえ!!』

 

一夏がノックもせず部屋に飛び込んできた。

肩で息をし、汗だくで四つん這いになりながら必死に俺の足に縋り付いてくる。

気持ち悪さとか戸惑いとかよりも直感が勝った俺は、言葉なんて無粋な物よりもまず蹴りで応対した。

信頼の顔面踏みつけである。

 

『助けない。出てけ』

 

『連れないこと言うなよ! 俺たち友達だろ!』

 

『俺今からお前の友達辞めるわ。出てけ』

 

げしげしと一夏の顔を蹴る。

一夏はめげずに両手を伸ばしてきた。まるでゾンビのようだ。

なんだこの諦めの悪さは。

 

そうこうしている間に、開け放たれたドアの向こうにそれは現れた。

 

『もう、一夏君たら。失礼しちゃうわね』

 

頬を膨らませての私怒ってますアピール。

何処をどう見ても演技としか見えないそれを見て、最初に抱いたのは不快感だ。

 

『逃げちゃだめでしょ!』

 

次に、一瞬にして一夏を絞め落とすと言う行動に、本能的な恐怖を覚えた。

水色の髪に赤い瞳。容姿はかなり優れていると言うのに、肉食動物のような存在感が彼女からは発せられている。

 

『うふふ』

 

妖艶な流し目。

だと言うのに体は慄いて硬直する。

 

"次はお前だ"

 

如実に語る瞳。

篠ノ之束以来のその感覚。一瞬で理解した。

 

――――これは関わったらダメな奴だ。

 

突発的に近くにあった掛け布団をその女子生徒に放る。

布団に埋もれていたパンツを始め、色々と女子生徒に降り注いだ。

 

『あら』

 

放られた物を見て目を丸くする女子。

年頃の女の子にこれは少なからず効いたようで、俺は命からがら部屋からの脱出に成功する。

わき目も触れずに全力疾走。

 

頭の隅では気絶した一夏がいるから追いかけては来ないと主張しているが、絶対ではない以上その主張は退ける。

代わりに、仮に追いかけられても絶対に逃げ切る策を講じた。

 

『一夏が女子生徒に襲われてるぞ――――!!!』

 

瞬間、いくつかの扉が勢いよく開いた。

中には際どい格好の生徒もいたが、堪能している余裕はない。

 

『嘉神くん? 今の――――』

 

『あっち!』

 

女の子たちは指し示した方向に興味津々で駆けて行く。

これで野次馬たちが肉壁となって俺への進路を妨害してくれるだろう。

加えて、すぐに例の5人が噂を聞きつけて駆けつけるはずだ。

 

俺は走る。安全だと思えるまで。

 

 

 

――――そんな感じの初対面。

 

これで、誰があの人と仲良くできると思えようか。

あちらにしても俺への印象は最悪だろう。

 

聖人一夏以外に仲良くできるのがいるのなら、俺はその人へ称賛と共に全て丸投げしたい。

だってどんな無理難題吹っ掛けても絶対怒りはしないだろうから。

 

「ぐっ……。お前が……! あの人と仲良くできるのが不思議で……! ならない……!!」

 

「そう……か!? 案外! 気さくで! いい人だぞぉ――――!!」

 

「ああぁ……!! ギブギブ! ギブアップ!!」

 

腕を取られ、柔道の寝技を使われる。

腕固めと言うやつである。

 

それをなんの遠慮もなくやられてしまい、残念ながら痛みに耐えきれず降参。

 

拘束から逃れて、畳の上に五体投地に寝っ転がる。

荒い呼吸を整えようと深く息をしていたら、一夏が飲み物を手渡してきた。

 

「ほら」

 

「サンキュ」

 

スポーツドリンク。

冷えてないからあまりおいしくは感じないが、一息に三分の一ほど飲み干す。

 

「……だいぶ分かってきたかな」

 

織斑先生に教えを乞うてから一か月。

忙しい合間を縫ってスパルタに鍛えられたおかげで一夏相手に数分組み合うことが出来た。

武道としてはまだまだだが、何でも有りならなんとかなりそうな気がしてきた。

 

織斑先生曰く、「あの馬鹿は身体能力もずば抜けている」そうだから実際どうだかわからないけど。

 

「…………」

 

「なんだよ」

 

一夏がじっと見つめてくる。

「いや……」と口を濁す一夏。

なにが言いたいのか、前後の文脈から多分会長がらみだろうけど、こちらには特に仲良くしたい気持ちはない。

何を言われようと無駄だ。

 

俺はあの人が嫌いだから。

 

 

 

 

 

 

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