明日の彼方に   作:紺南

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甘い日

「織斑君はどこだー!!」

 

「どぉこっだーーー!!!」

 

ドドドドッ――と廊下を駆けて行く女子生徒たち。

唖然とそれを見送りながら、止まっていた足を進める。

早足で自室へと向かう。

 

わいわい、がやがやと賑わう校内。

休日だと言うのに外出している人間はいないんじゃないか。そう思ってしまうぐらいうるさかった。

特徴的なのは、校内に居る人間は皆それぞれ十人十色な包みを手に持っていることだ。

 

どこからか甘ったるいにおいが漂ってきて、今日と言う日に限っては、ギンギラギンの肉食獣の瞳が周囲を威嚇し獲物を求めてさ迷い歩いている。

 

「……くわばらくわばら」

 

小声で呟く。

願掛けの様なものだ。直前まで、馬鹿6人を相手に舌戦をやっていたから。

これ以上喉を痛めるような真似はしたくない。

 

道すがら数人の女子生徒と、

 

「ね、おりむ――――」

「知らない」

 

「お――――」

「知らない」

 

「あ、あの――――」

「しらん」

 

と言うやり取りを経て、ようやく自室へとたどり着いた。

 

鍵を差しこみ、いつもの方向へ回す。

にぶい感触。鍵は回らない。

 

じんわり警戒心が鎌首をもたげる。

会長か、はたまたいつぞやの様な侵入者か。

 

ほんの少し考えた結果、おそらく最も確率の高いであろう人間の顔が脳裏に浮かんだ。

しかし、あいつがピッキング得意だなんて聞いたこともない。

いや、でもしかし――――。

 

とりあえず、いつまでも扉の前で立ち往生していては疑われてしまう。

何事もなかったのように鍵をしまい、ドアノブを捻った。

 

らくらくと扉は開く。

入ってすぐ11時の方向。奴を発見した。奴はベッドの上で正座していた。

瞑想していたのか、目を閉じ顔は真剣そのものだ。

 

今は扉が開いた音に反応し、静かな瞳で帰って来た俺を見ている。

 

俺は用心に扉を閉めてから、そいつに向かって口を開いた。

 

「おい、人の部屋で何して――――」

 

「助けてください!」

 

奴――――あらため、織斑一夏はあろうことかベッドの上で土下座した。

その無様な姿を見て知らず知らず頬が引き攣る。

 

「お前……」

 

「朝からみんな……みんなが……!!」

 

泣いてるんじゃないかと思える声色。

もう何を言っていいか分からず、とりあえず大きく息を吸い込んで、思うこと全部乗っけてため息と一緒に吐き出す。

 

カレンダーを見てみると、今日は2月14日。

バレンタインデーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、なんかあると俺の部屋来るの止めてくれない?」

 

「ごめん。でも他にあてもないんだ」

 

織斑先生はどうした。姉弟だろお前ら。

まああの人も地味に忙しいのか。

 

そんな調子で言いたいことだけ言いあって、本題に移る。

 

「で、なに?」

 

「みんなが襲ってくる……」

 

「我先にと突撃してくるんだろ? 知ってるよ、さっき馬鹿が6人ぐらい来たぞ」

 

順に思い出す。

篠ノ之、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、更識。

計6人。筆頭にして極馬鹿。

 

辛うじてISは装着していなかったが、それも時間の問題だと思われる。

どいつもこいつも一夏一夏うるせえ。居場所なんか知らねえよ。

 

「で、どうするの。今日ずっとここにいるのか? 言いたくないけど遠からずあいつらここ来るぞ」

 

「ああ……」

 

少しずつ頭の中の警鐘は大きくなっている。

まだ大丈夫そうだが、それにしたって早くないか。

ここ俺の部屋だぞ。何の目的で来るんだよあいつら。

 

「何とか学園の外に抜け出せればいいんだけど……」

 

「どうやって?」

 

「…………」

 

変装なんかしてもこの厳戒態勢じゃ初見で怪しまれる。

女装ならまだ可能性はあるのかもしれないが、女装道具なんて俺も一夏も持ってない。

もう、これどうすればいいのだろうか。

 

そうこうする間に、警鐘は既に最大限に高まっていた。

 

「……そろそろ来るな」

 

「か、嘉神……!!」

 

「とりあえずお前はここに隠れてろ」

 

ベッドの下の余分なスペースに一夏を押し込む。

文句も言わず、一夏は這う這うと潜り込んで行った。

 

そして馬鹿どもが来る。

 

「一夏は居るか!!!」

 

「いねえよ」

 

先頭は篠ノ之さん。

間を空けず、さっきの5人が何の遠慮もなく部屋に入ってきた。

6人揃って、じろじろと部屋の中を見回している。

 

「なんだお前ら、またなんか用か?」

 

「別にあんたなんかに用はないわよ」

 

「俺もあんたに用はないよ」

 

「ま、まあまあ二人とも。すこしは仲良くしよう? ね?」

 

俺と凰さんのこのやり取りに慣れないデュノアは、緩衝材の役目を一身に引き受ける。

やっぱりどこか日本人気質だ。愛人の子だから空気を読む癖が付いているのかもしれない。

 

「……一夏、どこ?」

 

「知らない」

 

「隠すとあなたのためになりませんわよ?」

 

「だから知らん」

 

バチバチと火花が散る。

何故か知らないが、一夏がここにいると確信しているようだった。

部分展開してネットワークでも見たか?

 

「ふむ……。嘉神よ」

 

「なんだボーデヴィッヒ」

 

「部屋を調べたい」

 

「ダメに決まってるだろ」

 

「何故だ? 何か隠したいものでもあるのか?」

 

「ある」

 

俺の言葉に篠ノ之さんの目つきが我が意を得たりと鋭くなる。

そのまま先陣切って斬り込んできた。

 

「白状したな、ここに一夏がいる――――」

 

「例えばこれとかな」

 

ヒラリと身を翻した俺は、鮮やかに反撃に出る。

掛け布団の中から取り出した一冊の本を篠ノ之さんに放り投げた。

 

「……? なんだこれ、は……ぁ」

 

見る見る間に、篠ノ之さんの顔は真っ赤に染まる。

俺が篠ノ之さんに渡した本。

それは青年誌もグラビアも通り越して、成人誌――――つまりはただのエロ本だった。

 

「こ、ここ、これは……」

 

「ラウラは見ちゃダメ!!」

 

「……すごい」

 

「こんな……しかし……こ、こんな……」

 

「あんた! またなんちゅうもん持ってるのよ!!」

 

他の皆が必死に現実を受け止めようとする中、唯一凰さんだけが素早く矛を向けてきた。

真っ赤な顔で振るえる指先がエロ本を指さしている。

 

篠ノ之さんや更識の反応を見る限り、需要はありそうなので、ベッドの下から追加で取り出すことにする。

その時に、こっそりと一夏が協力してくれた。

 

小声で「これだろ?」と古いエロ本を取ってくれた。

助かるけど、今はしゃしゃり出てくるんじゃない。

 

「まだあるぞ」

 

新たに二冊、エロ本を追加する。

オルコットさんと更識が手にしたそれ。

更識はガン見し、オルコットさんは顔を背けて横目でチラチラ見ている。

 

一つは胸。一つは足。俺がまだ中学生だったころに手にしたものだ。

あの頃は節操なく色々なジャンルに手を出していた。

若かったと言えばそれまでだが、今はもう酸いも甘いも嚙み分けたのであれらはいらない。

最悪破かれてもいいや。

 

「ち、千冬さんにいいつけるわよ!?」

 

「言いつけてみろよ、俺は家捜しされてエロ本見つけられて文句言われてるだけだぞ。むしろ被害者だろ。お前らどの面さげて言いつけに行くんだ?」

 

「こ、これadult onlyって書いてあるじゃない! あんたまだ16でしょ!?」

 

「世の中は建前と本音で成り立ってる。そんな些細なこと気にするな。一夏だって持ってるよ」

 

「うそ!?」

 

下に本人が居るので口では答えず、片目を瞑っただけで返事をした。

凰さんは随分ショックを受けたようだ。

けれど一度は一夏とそういうことする妄想したと思うんだ。普段ISの無断使用までしておいてないとは言わせない。

 

「で、もういいか? 家捜しは本当に止めてほしいんだが。俺の尊厳が傷つく」

 

「……他にもあるの? 見たい」

 

「そう言うのは一夏に頼んでくれ」

 

更識の予想外の食いつき。

むっつりだとは思ってたが、こいつ色々とやばいんじゃないか?

まあ一夏に丸投げすれば大丈夫だろ。

 

「はい回収回収。……おい、生娘共。それ俺のだから返せ」

 

更識が若干抵抗したが三冊とも無事回収。

これは後で一夏の部屋に置きに行くことにする。

 

「か、嘉神。それ早く隠して……! ラウラが見ちゃうでしょ!」

 

「……そいつ自分から夜這い行くぐらいだし、もう色々知ってもらった方が大人しくなるんじゃ――――」

 

「嘉神!!!」

 

布団で隠すことにした。

 

ようやく目を解放されたボーデヴィッヒは不満げにデュノアに当たっている。

「一体何なのだ」とか「adult onlyとは何のことだ?」とそんな話。

まあ俺には関係ない。

 

「で、なに? 一夏? 知らないけど。どっかその辺にいるんじゃないか」

 

「……そう言えばあたしら一夏探しに来たんだったわね」

 

見たくないもの見た凰さんがげんなりと呟いた。

篠ノ之さんもオルコットさんもどこかやつれている。

平気なのは更識ぐらいか。

なんだかエロ本に興味津々のようだが、「折角だし姉に色々教われば?」とアドバイスしておいた。

あの人は普段から経験豊富ぶってるからさぞや色々教えてくれるだろうと意見を添えておく。

 

姉妹仲も改善したのだし、こういう形でより仲良くなれるように俺からもアシストしていきたい。

 

「じゃあもう帰れ帰れ。一夏見つけたら誰か適当に連絡するから」

 

「いの一番にあたしに連絡しなさいよ。じゃ」

 

凰さんに続いて各々出ていく。

ボーデヴィッヒなんかはしきりにベッドの下を気にしていたが、そこからエロ本が出たのを知っているデュノアによって連れ出されてしまった。

 

そうしてようやく静かになり、ベッド下から一夏がごそごそと這い出して来る。

 

「なあ一夏、一つ思いついたぞ」

 

「ん?」

 

「エロ本ばら撒きながらなら外に出られるんじゃないか?」

 

「お前ちょっと自棄になってるだろ」

 

一夏には全部お見通しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楯無さんやり過ごした時と言い、嘉神はこういうのが得意なんだな」

 

「俺が下ネタに長けてるとかふざけた解釈は止めろ」

 

ソファに深く腰掛けて脱力する。

もしかしたら、明日には俺は変態とかそう言う噂が出回ってるかもしれない。

そう考えるとさすがに諸刃の剣過ぎた。

 

「で、どうする? これでしばらくは安全だと思うけど、まだ会長残ってるだろ」

 

「そう言えばあの人と今日会ってない……」

 

「絶対なんか企んでるな」

 

いつぞやの学園祭の様に、また一夏探しゲームとか始めそうだ。

それはそれで面白いけれど、今この状況で始められたら俺まで巻き添えだ。

早いところ、こいつを追い出さなくては。

 

「窓伝いに外に降りて、そこから全力疾走は?」

 

「校門まで距離あるし、外にも人結構いるんだよなあ」

 

「じゃあ布団被って全力疾走」

 

「怪しすぎるだろ」

 

「よし。最終手段で女装するか。カツラはないけどモップならあるから、これ頭にかぶって」

 

「頼むから真面目に考えてくれ」

 

全ての案を却下され思わず嘆息する。

どうしようかなあと天井を仰いだ。

 

「ていうか何でお前逃げ惑ってるの?」

 

「……いや、なんていうか怖くて」

 

「そう言えばあいつら最初もの凄い剣幕だったな。……最初に渡すの競ってるのか?」

 

一夏を見ると分からないと首を左右に振った。

一番最初に一夏にチョコを渡した人間にはご褒美が!!

 

……会長のやりそうなことだが。

 

「ちょっとのほほんさんに確認とってくる。動くなよ」

 

「ああ。あ、ついでに何か食べる物持ってきてくれないか?」

 

「そこにカロリーメイトあるよ」

 

どうせ後で腹いっぱいチョコ食うだろうからそう言う対応。

「あんまり食べたこと無いなあ」と一夏は嬉々として包装を解いていた。

 

外に出るとまだ生徒たちが徘徊していた。

その視線は一心に一夏の部屋に注がられている。

 

こいつらは探偵か何かなのか?

 

そういうことならとアリバイ作りを兼て、探偵たちの前で一夏の部屋をノック。

「一夏ーいるかー?」と大声で呼びかける。

当然ながら反応はない。

 

暫くそうして「いないのか……」と呟きを残してその場を去る。

 

俺がその場を去って、探偵たちは口々に相談を始めた。

「織斑君は部屋にいない」「嘉神君もしらないっぽい」「じゃあどこ?」

 

漏れ聞こえる声を聞いて、アリバイ成立の手ごたえを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏の部屋から少し離れるだけで廊下は静かになった。

どうやら、大多数の女の子たちは校舎中を探し回っているらしい。

もしかしたら、のほほんさんもその輪に加わっている可能性があるが、どうだろう。

部屋をノックすると「は~い」と妙に間延びした声が応答してくれた。

 

「お、かがみん。どうしたの~?」

 

チョコでも欲しいのかな~と、どことなく浮き浮きしているのほほんさん。

普段俺が訪ねてくることなどなく、いつも眠そうな目は今ばかりは丸くなっている。

のほほんさんの後ろからは「え、嘉神君来たの!?」と更なる驚きの声が聞こえてきた。

 

「聞きたいことがあるんだ」

 

「なにかな~」

 

「会長は今どこで何してるか知ってる?」

 

「お~。ついにかがみんもたっちゃんに言い従う決意が~」

 

「どうせ碌でも無いこと考えてるだろうからふん縛って清掃用具入れに突っ込んでおく」

 

「あ、そういう……」

 

モップで女装させてやるよとなけなしの意気込みも露わ。

あまり会いたい相手ではないので半分冗談だ。

 

そんなことを言っていると、のほほんさんの後ろからルームメイトの谷本さんが現れる。

真っ赤な顔で息は若干荒く部屋着は着崩れしている。

多分あられもない格好でくつろいでいたのだろう。今もけっこうあられない。

 

「う~ん。たっちゃん仮にも生徒会長だし、それ出来たらかがみんやばいよ?」

 

「一夏連れてくから大丈夫。で、あれはどこに? 放送室か?」

 

「そっか……すっかり力関係逆転して……。う~ん、どこにいるんだろうねえ~。私分からないな~」

 

白々しいのほほんさん。知ってはいるが言う気はないようだ。

しかし、俺たちの会話を後ろで聞いていた谷本さんが「会長?」と口を挟んできた。

 

「会長なら食堂で見たよ。なんか食堂を一時使用禁止にしてたけど……」

 

「ありがとう谷本さん。お礼に一夏の居場所を教えてあげるよ」

 

「え!?」

 

余すところなく伝えた俺は、その場を後にする。

 

「なんで言っちゃうの~?」

「ご、ごめん。でも織斑君の居場所分かっちゃったし……。チョコ渡しにいこっかな……」

 

普段馬鹿6人が独占してるし、偶にはこういうご褒美があってもいいと思うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂は確かに封鎖されていた。張りめぐらされたcautionの黄色テープが物々しい。

中からは甘ったるいにおいが漂ってきてるから、誰かいることは間違いないようだ。

 

テープをビリビリ破りながら入ってみる。

食堂内は物寂しく、水色髪を見つけるのは容易だった。

 

奥の方、いつも一夏が使っているテーブルに腰かけている会長。

その眼前にはチョコフォンデュに使う機械が置かれている。

まだチョコは噴き出していないが、甘ったるいにおいが調理室から漂っているので、使うつもりではいるらしい。

 

当の本人は接近する俺に気づかず、窓の外を見ながら物思いにふけっていた。

どうせ一夏のこと考えてるんだろ。分かりやすいんだよ。頬赤いぞ。

 

「何やってるんですか会長」

 

「ひゃ!?」

 

横から声をかけると会長の肩が跳びはねた。

飛び出した声は素の驚き。

こいつ本当に気づいてなかったな。今なら軽くやれたか。惜しいことをしたかもしれない。

 

「か、嘉神君!? な、なに!? て言うか、ここ立ち入り禁止――――」

 

「今日はみんなでチョコフォンデュパーティですか。いいですね」

 

俺が無視したことで、会長はぐっと言葉に詰まった。

大きく深呼吸を一回。どうにかいつもの気取った態度を取り繕うとする。

そんな暇与えるとでも?

 

「最初にチョコ渡した人へのご褒美はあーんしてもらえるとかですか? 安易ですね」

 

「何で知ってるの!?」

 

最近、この人はポンコツ化が著しい。

心配になるぐらい、物事が見えていない。

恋する乙女は盲目か。

 

「いつからやるんですか? そろそろ一夏は限界ですよ、たぶん」

 

「うっ……あと、もう少し……」

 

果物切ったり、チョコ湯煎したり、色々と準備はあるのだろう。

あと少し。あいつはもつだろうか。

 

「ちなみに、今日の優勝者は谷本さんです」

 

「谷本……? 谷本癒子ちゃん? 本音のルームメイトの?」

 

「はい」

 

置いてあったイチゴを一つ摘まむ。

丸々熟したそれはとても甘く美味しい。

チョコを垂らしてもこれは美味しいだろう。

オレンジはどっかに置いてないかな。

 

「俺が教えました。会長の居場所教えてくれたので」

 

「な、なに? そんなにお姉さんと会いたかったの? ふふっ。嘉神君ったらやっぱりむっつりスケベ――――」

 

「あんまりに隙だらけで可哀そうなので、不意打ちは勘弁してあげましたよ。感謝しろよ生徒会長」

 

会長は二の句は告げずに黙り込む。

自覚はあるようだ。

 

その横で、俺はバナナを摘まむ。

バナナはあまり食べないけど、たまに食べるとこれがまた美味しい。

今度バナナパフェでも頼もうかな。

 

「ねえ嘉神君……」

 

「なんすか」

 

何故か沈鬱な会長。

最近よく考えるんだけど、と変わらない暗い調子で続けた。

 

「私さ、やっぱり君と――――」

 

――――ピンポンパンポーン

 

その言葉を遮る様に、放送がかかる。

聞えてくるのは、生徒会副会長布仏虚の声だ。

どうやら、俺と入れ違いに放送室へ向かっていたらしい。

 

『生徒会主催イベント"争奪、織斑一夏! 彼への初めては誰!?"に参加の皆様へご連絡します。本戦終了時間になりました。つきましてはパーティの準備が整いましたので、食堂へ移動してください。繰り返します。パーティの準備が整いましたので食堂へ移動してください。なお、本戦優勝者は谷本癒子さんに決まりましたので、不要な争いはお控えくださいますようお願いいたします』

 

不要な争いが勃発しているようだ。

俺の部屋大丈夫だろうか。またリフォームは勘弁してほしいし、仮にそうなったら奴らの部屋の一つを明け渡してもらうつもりだから覚悟しておけ。

 

「で、なにか可笑しなこと言いそうになった会長。だいぶ出遅れてますけどいいんですか。ていうかこの問答何回繰り返せばいいんですか?」

 

「…………」

 

「好きな男とられちゃいますよ~。いいんすかぁ~?」

 

煽る様に言えば、会長は歯ぎしりしながら立ち上がった。

そのまま出入り口を睨む。

 

直前までの弱弱しさが嘘のように、その眼には力強い闘志が浮かんでいた。

恋する乙女ってこういうところ怖いんだよな。

 

「やることいっぱいあるでしょ。チョコ噴出させて、入り口のテープ除けて、一夏落とさなきゃいけない。生徒会長は大変ですね。仕事一杯で」

 

「……ええ、そうよ。なにせ、生徒会長は学園最強なのだから、ね」

 

いつもの調子を取り戻し蠱惑的に笑う会長。

そんな会長に俺は、

 

「いや、だから早くやれって。もうほんとあいつら来るよ? まだ何の準備も出来てないだろ」

 

「わ、わかってるわよ、もう!」

 

走り出した会長を見送って、俺はイチゴを一粒食べる。

チョコに、恋に、果物に。

今日と言う日に限っては、甘いもの尽くしだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、俺のへや無事なの?」

 

「…………」

 

尋ねた言葉に、馬鹿6人は一様に目を背けた。

返答はそれだけで十分だ。

 

「どの馬鹿が先陣切った?」

 

「セシリア」

 

「リンさんですわ」

 

「シャルロットよ」

 

「簪だよね」

 

「……ラウラ」

 

「うむ。私だ」

 

まるで先陣切るのは誉であると言うように、ボーデヴィッヒは胸を張って非を認めた。

その態度に、こいつやっぱり矯正が必要なのではと思う。

 

こいつに一番利くのは織斑先生の叱咤だな。

 

「ボーデヴィッヒ、デュノア。俺の部屋が直るまで、お前らの部屋は俺の部屋だから」

 

「え……?」

 

「同衾すると言う事か?」

 

「違う。お前らが出てくってことだ」

 

「え!?」

 

デュノアが一番驚いた。

ボーデヴィッヒは冷静に俺の言葉を反芻している。

 

「僕たちどうすればいいの!?」

 

「屋上にキャンプ道具一式置いてあるから、とりあえずそれで」

 

「なんでキャンプ道具!?」

 

ちょっと前に屋上でキャンプした。

そうは言うも信じてもらえず、嫌がらせで置いてあると捉えられた様だ。

 

「僕達、女の子だよ! 女の子をこの時期に外でキャンプなんて――――」

 

「お前ちょっと前まで男だったから大丈夫だろ」

 

「嘉神って結構根にもつタイプだよね!!」

 

怒るデュノアにボーデヴィッヒが「まあ落ち着け」と窘める。

その眼には喜怒哀楽の欠片も浮かんではいない。

冷静沈着に、ずれたことをのたまった。

 

「野宿も偶には良いものだぞ」

 

「僕野宿なんて絶対いやだよ!?」

 

軍所属のボーデヴィッヒにとってキャンプなんて生易しいものだろう。

そう言う意味では別に罰でも何でもない。

 

言い合うデュノアずれたボーデヴィッヒ。その横で我関せず責任逃れにかかる4人。

俺は部屋の詳しい惨状を聞きたいなと一夏の姿を探す。見つけた。

 

一夏は食堂の中央に鎮座し、女子たちの黄色い歓声の中、谷本さんに手ずからバナナを食べさせ、会長にイチゴを食べさせてもらっていた。

恥ずかしさから頬の赤い一夏と違い、谷本さんも会長も幸福そうに頬を緩ませている。

 

それに気付いた6人が、黒い靄の様なものを噴出させながら、一夏の元へ駆ける。

差し迫った織斑先生の説教より、好きな男の様子が気になる辺り、やっぱりこいつらバカだと思う。

 

一気にやかましくなった一夏付近。

近づきたくはない。

 

「嘉神」

 

「織斑先生」

 

いつの間にか、織斑先生が近くにやってきていた。

この人に師事してわかった事だが、神出鬼没にもテクニックがあるらしい。

そのテクニックをどうして今使っているかは謎だが。

 

「お前の部屋の件だが」

 

「犯人はいつもの6人です。俺はしばらくボーデヴィッヒの部屋を占拠します。あいつらは自分でどうにかするでしょう」

 

「そうか。部屋が直るまで二日といったところだ。それも伝えておけ」

 

頷く。

特急で二日。早い方だろう。

 

「それと、これだ」

 

織斑先生から紙袋を受け取った。

中を覗くと手作りっぽい包装で、お菓子の臭いがする。

え、バレンタイン?

 

「…………」

 

「そんなに嫌そうな顔をするな。安心しろ、私からではない」

 

「じゃあ誰からですか」

 

「中に手紙が入っている。それ以上は言う必要も無かろう」

 

ではな。

そう言って、織斑先生はあまりに騒ぐ馬鹿どもに檄を飛ばしに行った。

ついでにお楽しみの説教の時間だ。

たっぷり楽しめばいい。

 

俺はと言うと、馬鹿どもが怒られているのを背景に、隅の方のあまり人の居ないテーブルに移動して紙袋を調べる。

中には手作りクッキーと便箋が入っていた。

織斑先生を通して渡されたことから、毒とかそう言う危険はなさそうだ。

 

問題は誰がこれを送ってきたかだが、それは手紙を見ればすぐに分かった。

送り主の名前のないそれを無心で読む。何回も何回も読み直す。

 

バレンタインにかこつけて、何とか送ろうとしてた所を、織斑先生が間に入ってくれたのだろうか。

なんだかんだ甘い人だ。いい加減甘いものは飽き飽きしているのだが。

 

「嘉神」

 

「ああ、一夏」

 

騒動の中心から逃れてきた一夏。

その手には皿にこんもり盛られた果物がある。

 

「チョコは良いのか?」

 

「多分、これから嫌ってほど食べるからな」

 

今は果物のあっさりした風味を楽しみたいらしい。

確かに、チョコは甘ったるくて少しくどいからな。

 

「じゃあこれ食うか?」

 

言いながらさっき貰ったクッキーを差し出す。

見るからに贈り物のそれに「いいのか?」と聞いてきた一夏に俺は頷く。

「それじゃあ」と一夏は一枚とって口に入れた。

 

「あ、これうまいな!」

 

「だろう? これ結構美味いんだ」

 

俺も一枚食べる。

懐かしい味が口内に広がり頬が綻ぶ。

 

「ま、母の味って奴だな」

 

もう会えない両親を思って、その味を噛みしめた。

 

 

 

 

 

 

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