明日の彼方に   作:紺南

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Hopeless at cooking

冬近く、いよいよ肌寒くなり、木々がうっすらと紅くなり始めた頃。

俺は珍しく一夏たちと共に屋上で昼食をとっていた。

 

それは、夏休み以降鬱陶しく干渉してきた会長もついに一夏に落とされ、恐るるに足らずと声を大にして主張できるようになったからと言うのが一つ。

織斑先生に弟子入りしたことで会長への俺を鍛えよと言う命令が撤回されたのが一つである。

 

散々会おう会おうと努力してきた相手が、よりによって初恋を持て余しそれどころではなくなった途端姿を見せる。

初めて会長に自己紹介した時の表情は、まるで親の仇を見るような憎々し気なものだった。

 

それが若干くせになったのは否定しきれない。

 

そんなわけで、俺はそれ以来ちょこちょこ一夏たちと昼食を食べているのだ。

俺が昼食の輪に加わったことはちょっとした変化であり、変化は変化を呼ぶと相場が決まっている。

 

例えば、今まで暗黙の了解として触れられずに来たメシマズだとか、俺は構わず突っ込んでいく。

 

「なんだろうこれ。ゴミでも揚げたのかな?」

 

「はい?」

 

俺の一言にビシッと空気が凍り付く。

場は冷え、一夏を始めその場の全員の表情は固まった。

言われた本人は難聴なのかニコニコと微笑んでいた。

 

構わず、言葉を続ける。

 

「なんか変な刺激臭までする。……オルコットさんから似たような臭いするね。もしかして香水?」

 

「そうなんですの。少し香りづけが足りなかったので、手近な香水で――――」

 

「自分で食ってみろ」

 

喋ってる途中でオルコットさんの口に突っ込む。

予期せず口に放り込まれたから揚げに、オルコットさんはむせこんだ。

 

「げほッ、げほッ!! な、なんですの……? これ」

 

「あんたが作ったから揚げだよ。よくよく噛みしめて食べてみろ」

 

一口噛むたびに顔色を青くするオルコットさんは、最終的にから揚げを吐き出してしまった。

ハンカチに吐き出されたフレーバーな物体を見て、他の面々は顔色悪く箸を置く。

 

「こ、こんな……こんなはずでは……!」

 

「なんかこのレタス光ってんな。マスカラ?」

 

「あ、それは野菜の輝きが足りないと思い――――」

 

「はい、実食ー」

 

またオルコットさんの口に入れる。

今度は一口も噛まずに吐き出した。

 

「げほッげほッ! げほぉ!」

 

「セシリア……」

 

咽るオルコットさんを見て、凰さんが不憫そうにつぶやく。

デュノアがオルコットさんの背中をさすり、ボーデヴィッヒが具合を確認する。

篠ノ之さんが剣呑な目つきで俺を睨んだ。

 

「嘉神……これはさすがにやりすぎでは……」

 

「やりすぎなのはオルコットさんだろ。化粧品食材にふり掛けてるんだぞ、お前らどうしてこれ見逃してた?」

 

ギロリと睨めば、その場の全員が目を逸らす。

隅で一夏と凰さんが身を縮こませて小声で話していた。

 

「一夏、嘉神これめっちゃ機嫌悪い時の喋り方よ。あんたどうにか出来ないの?」

 

「こんな嘉神見たこと無い。俺にはむりだ……」

 

「臨海学校で朝こんな感じだったわよ……! あんたら友達じゃないの!? しっかりしなさい!!」

 

叱咤され、決意を目に宿し俺を見る一夏。

それを受け、俺は「ああァ?」と威嚇してみる。

一夏は瞬時に目を逸らし小さくなった。

 

「一夏、あんた……」

 

「ムリムリムリムリ」

 

情けない奴だ。

それこそ臨海学校の時の格好よさはどうした。

あれをもう一度見せてみろ。

 

そう言おうと思ったが、思い返してみれば臨海学校の時の俺は凄く格好悪かった。

自分のことを棚上げして人に説教できる身分ではないので、一先ず一夏のことは捨て置くことにする。

 

「こんなまずいもの作って食材に申し訳ないと思わないのか」

 

「……わたしは、一夏さんに美味しいものを召しあがってほしい一心で――――」

 

「余計悪いわ。一夏殺す気かよ」

 

小さく、そんなつもりは……と呟くオルコットさん。

しかしながら、一夏からのフォローはない。

 

「はっきり言う。あんたの作る飯はまずい。殺人的にまずい。人の食うものじゃない」

 

「…………」

 

オルコットさんはショックを受けたようで、膝を屈して俯いてしまった。

俺はもうそれ以上は何も言わず、自分で持ってきた弁当を食べる。

それで糾弾の終わりを悟った面々は、口々にオルコットさんを慰め始めた。

 

「セシリア、元気を出せ。確かに貴様の弁当はまずかったが、しかし込められた気持ちはきちんと伝わっている。なあ、一夏?」

 

「あ、ああ。もちろん。たしかに食えたもんじゃなかったけど、作ってきてくれたことはホント嬉しかった。それには感謝してる。ありがとう」

 

「ね、セシリア。一夏もこう言ってるし元気出して。僕も何回か吐いたけど、でも悪いことをしたってわけじゃないんだから」

 

「戦場ではあれ以上にまずいものを口にすることもある。なにも気にするようなことじゃない」

 

「……あんた達、それ励ましてるつもりなの?」

 

その様は、まるでこの機に乗じて鬱憤を晴らしている様にしか見えなかった。

やがて、オルコットさんの身体がプルプルと震えはじめた。

最初は泣いているのかと思ったが、顔を上げればそこに涙はなく、むしろ決意に燃える瞳があった。

 

「わたくし、決めましたわ」

 

ゆらりと立ち上がる。

瞳だけではなく、全身に決意の火を伝播させ、オルコットさんは宣言する。

 

「あなた方に、美味しいと言わせるお弁当を作って見せます! 絶対に! 作って見せます!!」

 

間近でその熱にあてられた一夏達がおおぉ~と歓声をあげる。

一歩離れていた凰さんは「げっ……」と顔をしかめた。

 

「見ていてください、嘉神さん! 美味しいお弁当を作って、あなたに吠え面かかせて見せますわ!」

 

指を突き立て凄まじい意気込みを見せるオルコットさん。

 

そうのたまう彼女の足元にはフレーバーなから揚げと蛍光色風に輝くレタスがあった。

その弁当全部平らげてからもう一回言ってみろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、始業ベルが鳴っても篠ノ之さんの姿がなく、それを不審に思った俺は一夏を問い詰めた。

 

「篠ノ之さんがいない。なにしたんだ? 一夏」

 

「いや、俺も知らない……。鷹月さんなら何か……あれ、鷹月さんも休みか」

 

ルームメイト揃って休みか。どうしたんだろうと首を傾げる一夏。

俺はクラス後方のオルコットさんを見やる。

遠くからでも彼女の指には昨日までなかった絆創膏が貼られているのが分かった。

 

彼女は、一見口笛でも吹きそうな上機嫌で料理本に目を落していた。

まさかあいつが犯人か。

 

その推測は、まあ考える間でもなく当たっていた。

 

 

 

 

その晩、見舞いに行った一夏によれば篠ノ之さんと鷹月さんは腹痛で休んでいたらしい。

もう何日間かは安静にしなければいけないそうだが、直に良くなるそうだ。

食中毒かな? 何か良くないものでも食べたのだろうと一夏は朗らかに笑っていた。

 

俺もあいまいに頷いておく。可哀そうに。

 

 

 

 

翌々日、デュノアとボーデヴィッヒが休んだ。

これまた良くないものを食べたらしい。

未だ寝込んでいる篠ノ之さん含め、犠牲者はこれで四人だ。

 

何も知らない一夏と二人で「馬鹿だなあ~」と笑いあった。

一夏は四人を笑い、俺は一夏を笑った。

明後日ぐらいにはお前がその馬鹿の仲間入りするんだぞ?

分かってるのかこの馬鹿。

 

 

 

 

翌々々日。

荒々しく、部屋の扉がノックされる。

何事かと開けてみれば、凰さんがオルコットさんを引き連れて立っていた。

これは予想外だった。

 

「あんた、全部わかって放置してるでしょ」

 

「は?」

 

いきなり来て、この言い様。

何を言っているのか、俺には分からない。

 

「突然何を言うかと思ったら……。俺は忙しいんだ。用事なら一夏に済ませてからにしてくれないか」

 

「あたしだって死にたくないのよ。協力しなさい。セシリア見張っておくだけでいいから」

 

そう言って無理矢理部屋に押し入られる。

拒もうものならISを展開せんばかりの面持ちで、過去に間近で龍砲を撃たれたトラウマから拒むことは出来なかった。

 

「食材は買ってきたわ。やるわよ、あたしたちで」

 

テーブルの上に置かれたビニール袋。

中身は豚肉、ピーマン、にんじん、たけのこ、たまねぎ。

メニューは知らないが、もっとも大事なものを買い忘れていることに気づいた。

 

「胃痛薬がないけど」

 

「効く訳ないでしょ。相手はセシリアの料理よ」

 

何という絶望的な威力。

それでもなおやろうと言う凰さんの気概は買いたい。

お金なら言い値で出すからどっか知らないところでやってくれないだろうか。

 

「あの……鈴さん?」

 

「なによ」

 

「どうして態々嘉神さんのお部屋で料理するんですの? 別にわたくしの部屋でも構いませんのに」

 

「セシリアの部屋は狭いでしょ。あたしの部屋は余分な調味料たくさん置いてあるから駄目よ」

 

「調味料ぐらいなら……」

 

「あァ?」

 

ぶつぶつと不満がある様子のオルコットさん。しかし凰さんはそれを有無を言わさぬ圧力でねじ伏せた。

理解しがたい鳴き声は「それであたし以外全滅してんでしょうがっ!!」と言っているような気がした。

 

「作るのは酢豚よ。あんた作ったことある?」

 

「作ったことはないけど、まあ人並み程度には作れるでしょ」

 

「細かいところはあたしが教えるわよ」

 

「鈴さん、わたくしにも教えてください!」

 

「もちろんよ。一瞬たりとも目を離さないからそのつもりでいなさい」

 

ピーマンを洗って、にんじんとたまねぎの皮をむいて、それぞれ食べやすい大きさに切っていく。

それらはすべてオルコットさん一人で行った。

その指に貼ってある絆創膏は以前見たときより数が増えてる気がして、それがなんとも不憫に思える。

これで同情を誘ったのかと、想像以上に腹黒いやり口に舌を巻く思いだ。

 

「次は豚肉を切って、さっき作った調味料で下味をつけるの」

 

「この調味料ですか? わたくし思うのですが、こちら少々色彩が足りない気がします」

 

「言ったとおりにやりなさい」

 

「……はい」

 

凰さん持参の中華鍋に火をかけ、具材を焼いていく。

豚肉のこんがり焼ける匂いが腹の虫を刺激した。

 

「最後に水溶き片栗粉を入れるんだけど、これ玉になりやすいから、溶くときは水少し多めにした方がいいわ。なんだったら火を止めるのもありよ」

 

それを、何故か俺の方を見ながら言う凰さん。

オルコットさんはもうちょい右だ。そっち見てやれ。

 

「で、完成……と」

 

火を止めて中華鍋から皿に移す。

匂いも見た目も満点の酢豚が完成した。

 

最初、オルコットさんは完成に喜び、手を叩いてパチパチと拍手した。

しかしすぐにどことなく納得のいっていない表情を作る。

あの表情は見たことがある。学期はじめ、一夏や俺に向けていたのと同じような目つきだ。

 

要は真剣に馬鹿なことを考えていると言う事だが、それに少々危ないものを感じる。

一言釘差しておこうか。でも見張って置けば大丈夫かなとか考えていると、横合いから凰さんの声がかかった。

 

「テーブルで試食しましょ。嘉神、布きんは?」

 

「はぁ?」

 

ちょっと聞いてなかった。

生返事しながら、今も意識の半分はオルコットさんに向いている。

 

「ふ、き、ん。テーブル拭くのよ。……ひょっとして置いてないの?」

 

「そこに雑巾あるから」

 

「一夏でも言わないわよそんな事」

 

横合いから一々鬱陶しい。

変な動きしてるオルコットさんから目を離し、正面から凰さんを見据えた。

 

「で、なに?」

 

「だから布きんよ。布きん。」

 

「雑巾あるだろ」

 

「あんた喧嘩売ってんの?」

 

確かに今のは明確に売ったつもりだった。

しかしこれから食事と言うのにあまり不衛生で喧嘩腰なのもよくない。

これぐらいにしておこう。

 

「新品の雑巾ならいいでしょ」

 

「新品ならいいけど……。布きんぐらい常備してなさいよ。バッチいわね」

 

「置いてたのは龍砲ぶっ放された時にゴミ屑になったんだよ。身に覚えあるだろ」

 

「さあ、なんのことかしら」

 

白々しい。

こいつ一向に件の事件で謝罪はおろか反省の態度も示さないな。

今度からもう少し容赦なく織斑先生に言いつけに行くか。

罪状を一つ二つ付け足すぐらいならやってもいいだろ。

 

「じゃあ確かそこのダンボールに雑巾の予備がある」

 

「どのダンボールよ? これ? こっち? それともあれ?」

 

「この二つのどっちか。あっちは漫画入ってる。ベッド下のダンボールは開けなくていいから」

 

「何でそんな所にも……。開けないわよ、また何入ってるか分かったもんじゃないし」

 

手分けして探す。

ダンボールの中には日用品その他が詰まっており、全部元々あったやつの弁償品だったりする。

受け取って以降、特になくて困らない物はダンボールに詰めこんだまま部屋の隅で埃をかぶっていた。

布きんも、もしかしたら探せばあるのかもしれない。

 

「ちょっと! これ下着入ってるわよ!?」

 

「詰めこんだの俺じゃないから。大体それは未使用品。何ならテーブル拭くのに使っていいよ」

 

赤い顔で男物のパンツを摘まんでいる凰さん。

「……一夏もこんなの履いてんのかしら」とごにょごにょ声が聞こえてきた。

知るかそんなこと。

 

奥の方を漁ると、ビニールに包装された布きんを見つけた。

あったあったとそれをそのまま凰さんに投げつける。

凰さんは手に持っていたパンツを落し、慌てて布きんをキャッチした。

 

「な、投げつけることないでしょ」

 

「幸せな妄想は後でやってくれ。一夏との結婚生活とか、あんたら以外得しないから」

 

「そんなこと妄想してないわよ!!」

 

顔を真っ赤にしながらの否定は説得力がない。

どうせ、一軒家の庭先に一夏のパンツを干してる所で甘い声を漏らした一夏に後ろから抱きしめられる、とかそんな妄想だろ。

 

どいつもこいつも同じ妄想ばかりで芸がないな。

 

そう言う感想を余所に、ふんっと苛立ち混ざってビニールを破る凰さん。

いい加減女の子に夢を見るのは止めていた俺でも、ついつい目を逸らしてしまうぐらい女子力の低い振舞だった。

 

と、オルコットさんの姿が見えないことに気づく。

 

「オルコットさん?」

 

「はい?」

 

呼ぶと、少しの間もなくキッチンの影から出てきたオルコットさん。

その手には酢豚がある。何故か彩り豊かになっているそれからは、最上の警鐘が鳴り響いていた。

 

「あ、あんたのこと忘れてたわ」

 

「……ちょっと酷くありませんこと?」

 

不貞腐れてオルコットさんは頬をふくらます。

その余所でテーブルに置かれた酢豚は照明が反射してキラキラ輝いて見えた。

 

俺は無言でキッチンに向かう。

 

「わ、今日のはいつにも増して美味しそうに出来たわね。これ嘉神に食べさせるのもったいないわ」

 

「うふふ。わたくしも今回の料理は会心の出来だと自負しておりますの」

 

「あんたもよくやったわ。――――先に食べちゃいましょっか」

 

「あ、じゃあ小皿をお持ちいたしますわね」

 

「別にいいわよそういうの。洗うのも面倒だしね。直接箸で食べるわ」

 

「もう、お行儀悪いですわよ鈴さん」

 

その声を背後に聞きながら、俺は冷蔵庫にしまっておいたはずの調味料群を見ていた。

種類に乏しい調味料の中で何とか知恵をふり絞ったのだろうそれが見て取れる台所。

 

ブルーハワイのシロップとか、タコ焼きのソースとかおやつのチョコとか。

何に使ったんだこんなもんと思わせるそれらを見て、俺は全てを悟る。

 

「ぐっふぅっ!?」

 

「り、鈴さん? 鈴さん――――!!」

 

背後から聞こえる断末魔。

キラキラした妄想の後で色彩感覚狂ったか。

狸の皮算用なんかしてるから不覚とることになるんだ馬鹿め。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなわけで全滅した」

 

「まじかよ……」

 

凰さんを保健室に届けた後、俺はその足で一夏の部屋にやってきていた。

事の次第を聞いた一夏は俺の背後でしょげこんでいるオルコットさんを怯えたような眼で見る。

その視線を受けて、オルコットさんは余計に身を縮こまらせた。

 

「これ凰さん自家製の酢豚。おすそわけ」

 

タッパ―に詰まったそれは一時間前にオルコットさんと凰さんが共同作業で作り上げたブツだ。

なんか凰さんが俺にこれ食わすの嫌だわとか言ってたから一夏に渡すことにした。

 

「これが……」

 

おずおずと、一夏はタッパの蓋を開け匂いを嗅ぐ。

それほど悪い匂いはしなかったのか怪訝そうな表情になった。

 

しかし、一口タレを舐めてそれが甘い考えだったと気が付いたらしい。

真っ青な顔で「わかった」とつぶやいた。

 

「じゃあ後は頼んだ」

 

「待てよ嘉神」

 

オルコットさんを置いて出て行こうとする俺を一夏は肩を掴んで制止する。

 

「もうこれ以上の被害者はお前ひとりで十分だろ」

 

「いや、一人よりも二人よりも三人の方が楽しいと思わないか?」

 

ベッドで呻く人員ならもう5人いるぞ。

十分楽しい闘病生活になるんじゃないか?

 

だが一夏は顔を横に振るばかりで一向に離す気配はない。

 

「あの……一夏さん……」

 

「ん、なにセシリア?」

 

セシリアの沈んだ声に一夏は必要以上の笑顔を向けている。その頬を垂れる冷や汗。

俺に向ける真剣な顔つきとの対比がそれはそれは面白いが、ゾンビが仲間を増やそうとする時の顔ってこういう顔なんだろうなと考えると、とてもじゃないが笑えない。

 

「わたくしは、もう大丈夫です。これ以上皆さんにご迷惑をおかけする訳にはいきませんから……。一人でお料理の勉強をいたします。そしていつか、一夏さんに美味しいと言ってもらえるものを――――」

 

「何言ってるんだセシリア! 俺たちクラスメイトじゃないか、何を迷惑に思うことがあるって言うんだよ!!」

 

珍しく一夏は怒鳴った。

怒鳴られたオルコットさんは身体を強張らせ、今にも泣いてしまいそうなほどその眼は潤んでいた。

 

ようやく俺の肩から手を離した一夏は、オルコットさんに歩み寄ったかと思うとその両肩を掴み、自分の思いをぶつけ始めた。

 

「困ったときは頼ってくれていいんだ。だって俺はセシリアに何度も助けられたんだから。今度は俺がセシリアを助けたいんだ」

 

「そんな……! わたくし一夏さんには助けられてばかりですわ! つい先日、わたくしたちが電脳世界から帰れなくなったときも、一夏さんは危険を顧みず助けに来てくれました!」

 

一夏は力強くうなずいた。

分かってると優しい微笑みを添えて、その口調もホストの様な甘い声音になる。

 

「セシリアにしてみれば何でもないことでも、俺にとってはどうしようもないってことがたくさんあったんだ。そういう時にセシリアたちが助けてくれた。おこがましいかもしれないけど、セシリアだって一人じゃ出来ないことはきっとあると思う。そういう時に自分一人で思いつめないで俺に頼ってくれ。頼って頼られて。助け合うんだ。それがきっと仲間だってことじゃないのかな」

 

「一夏さん……」

 

うっとりと頬を染めるオルコットさん。

 

俺は手に取った漫画から顔を上げ、二人の様子を観察した。

 

やり切ったと言う表情の一夏は、恐らく目の届かない所でオルコットさんに好き勝手やらせると、今度こそ死人が出かねないと思っての力説だったのだろう。

 

さすがに格好良い男はやることが違う。

あれなら少しの好意を持っている女の子はコロリといくだろうし、既に惚れている女の子なら惚れ直すこと間違いなしだ。

こいつこれ以上好感度上げて将来どうするつもりなんだろうか。

変なルートに突入しなければいいが。

 

「嘉神、おまえも手伝ってくれるよな!?」

 

オルコットさんに甘く語っていた時とは違い、俺への言葉は懇願に近い。

語尾は裏返り、瞳は捨てられた犬のように揺れている。

 

これは辛い。

俺にももう少し格好いいところ見せてくれ一夏。

なんでお前は女の子が関わるとあんなに格好いいのに俺に対してはそんなに格好悪いんだ。

 

「まあ、いいけど……」

 

「よっしゃ!!」

 

その渾身のガッツポーズはやめてくれ。

そう言う所が格好悪いって言ってるんだぞ。

 

そうして、一先ず落ち着いて話をしようということで、全員手ごろな物に腰かけることになった。

 

「オルコットさん、ベッドあるからそっち座れば?」

 

「え!?」

 

「何言ってんだよ。ほらセシリアこっちの椅子座って」

 

「あ……。え、ええ……。はぃ……」

 

セシリアさんがこの部屋唯一の椅子に座り、俺と一夏は並んでベッドに腰かける。

変に距離が近い気がすると言うのは俺以外にオルコットさんも感じているらしく、やたらチラチラ俺を伺ってきていた。

 

さすがに惚れ直したばかりの女子はこういう細かいところを気にするらしい。

 

たしかに、最近一夏の距離の詰め方は多少露骨ではある。

男同士の触れ合いに飢えているのだと、昔デュノアがなんか言っていた。

半分惚気だったから完全に聞き流していたが、今思うとちょくちょくそう言う節はあった。

 

だが、嫉妬深いこの辺の女子にすれば相手が例え男であろうと許容出来はしないのだろう。

そういうところに配慮して、俺は一夏の脇にエルボーをくらわして適切な距離を保った。

 

「で、一夏。お前がオルコットさんに料理教えるってことでいいんだよな」

 

「あ、ああ。そう。教えたいなって……。いってぇ……」

 

痛がる一夏を余所に、オルコットさんはやっぱり少し浮かない顔だ。

 

「でも……やっぱりわたくし――――」

 

「いいんじゃないの、オルコットさん。教えてもらえば」

 

まさか俺からそんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう。

オルコットさんは大層驚いた顔で俺を見た。

 

「苦手なことを克服するのに、得意な人に教えてもらうってのは別に悪いことじゃないでしょ。それに――――」

 

俺は中腰に立ち上がってオルコットさんの耳に顔を近づけた。

オルコットさんは何をされるのかと身をすくませた。

構わず、その言葉を投げかける。

 

「――――好きな人とは少しでも一緒に居たいんじゃない?」

 

「す――――っ!?」

 

一瞬にして耳たぶまで真っ赤に染まったオルコットさん。

白人だけにその変化は顕著だ。

 

一夏も「お前何言ったんだ?」と目を丸くしている。

俺は激励の意味を込めて一夏の肩を軽く叩いた。

その意味が分からず、一夏は余計に目を丸くしている。

 

「それじゃあ最初は簡単な料理から始めよう。何がいいかな。味噌汁とか?」

 

「いや、俺考えたんだけど、セシリアはもっと簡単な物から作ったほうがいいと思って」

 

簡単な物?

そう首を傾げると一夏は人懐っこい笑みを浮かべて言った。

 

「おにぎりさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、おにぎりと言うのは調味料はほとんど使わない。

米は炊くだけだし、握るのが塩結びなら具のことは何も考えずに済む。

 

一夏も考えたな。やるじゃないかと最初は思ったのだ。

実際に作り始める直前までは本当に称賛していたのだ。

 

「で、だ」

 

俺は背中から伝わる熱を不快に思いながら、すぐ背後にいる一夏に向けて声を振り絞った。

 

「なんでお前俺に手とり足取り教えてるんだよ」

 

「いや、だって。嘉神も中々下手だからさ」

 

あっちの方が下手だろうが。

オルコットさんの方がよ。

 

その言葉は、ここぞとばかりに難聴を発揮した一夏には届かなかった。

すぐ横でむぅーと頬を膨らませているオルコットさんのことなど目に入らない様子で、俺は一夏に後ろから抱きしめられる形で握り方を教え込まれている。

 

「手で三角形を作るみたいに握るんだ。十分手に水付けて。そうそんな感じ。……ああ、それじゃあ駄目」

 

「丸い方が好きなんだよ、俺は」

 

「それならそれでもいいけど、どっちにしろ手の使い方がおかしいかな」

 

一夏の手が俺の手に重なった。

どうせ手とり足取り教えてもらうなら女の子にやってもらいたい。

だから女の子を無視して率先して俺にこういうことするのは何か理由があるはずだ。

 

その気持ちはおそらく俺も一夏も一致しているだろうに、すぐ隣の恋する乙女はそうとは考えられないらしい。

 

「一夏さん、わたくしにも教えてください! どう握ればよろしいんですの?」

 

「うん? ああ、嘉神の手を良く見てて。こうするんだ」

 

「そ、そういう教え方ではなくですね――――!!」

 

嫉妬する女の子は見境ない。

 

俺はいよいよ一夏の朴念仁さと重なる身体接触に耐え切れなくなり、軽いエルボーを食らわせオルコットさんの方へ誘導した。

 

「もう行ってやれよ、照れてないで」

 

「て、照れてなんかない!!」

 

いいから行け。しっ、しっ、と手を振ってやれば、ようやく決心付いた一夏はオルコットさんの背後に回り、俺と同じように手とり足取り教え始めた。

 

「じゃあセシリア、教えるよ。まず手の形はこうして……」

 

「は、はい。どうぞお優しくしてくださいまし」

 

なんか言葉遣い可笑しいな?

 

そんなこんな、わたくし幸せすぎて死んでしまいますって顔をしているオルコットさんは置いておいて、俺は自分の分のおにぎりを作る。

作ったのは丸い形のおにぎりばかりだったが、試しに一夏に教えられた三角形のおにぎりを作ってみたら見事に失敗して、それを見咎めた一夏が嬉々として俺の背後にやってきてしまった。

 

結局、調理時間の半分は俺の背後に居た一夏。

女の子との接触が嫌なら最初からおにぎり作ろうなんて言うんじゃないと、あとで文句を言うことは心に決めた。

 

 

 

 

それから何日か経って。

 

「今日はわたくしお弁当を作ってきましたの!!」

 

昼休み始まって間もなく。

その宣言に、被害者5人はおろかクラス中がそろって凍り付いた。

 

「弁当?」

 

「セシリアの?」

 

「……兵器」

 

「わたしぱすぅー!!」

 

いの一番にドップラー効果を残し食堂へと駆けて行った鷹月さん。

前回、篠ノ之さんのルームメイトと言うだけで巻き込まれた彼女に、これ以上死地に付き合えと言うのはいささか酷だろう。

誰も見とがめる者はおらず、どころか彼女に続けとクラスメイト達は次々に扉の向こうへ消えて行った。

 

残ったのは実害を受けたことの無い更識妹と被害者4人、あとは俺と一夏である。

 

にっこにこ顔で弁当を机に出すオルコットさん。

弁当は三段重箱。

外面のいい弁当はいつものことだが、今日はそれを弁当箱にまで応用してきた。

なんだかパンドラの箱を目にしている気になってくる。

 

いそいそと蓋に手をかけるオルコットさん。

その前に一応確認しておくことがある。

 

「味見した?」

 

「はい、今回はちゃんとしましたわ」

 

なら大丈夫かな。

いや、でもこいつイギリス人だしな。

味覚ぶっ壊れてないとも限らない。

 

いやーな心持ちで弁当のふたを開けてみる。

中身はおにぎりが十個ぐらい入っていた。

 

「お」

 

「あれ?」

 

「へえ」

 

「む」

 

「ふむ」

 

「え、なに……?」

 

そろって戸惑いの声を上げる一同。

俺と一夏は眼を合わせる。

 

どちらともなく聞いた。

 

「具は?」

 

「今回は塩おにぎりです。その……あまり手を加えたくはなかったものですから」

 

頬を染めた彼女の心理を正しく理解できたのはおそらく俺だけだっただろう。

まあ、一夏とのあのひと時は彼女にとっても幸福な時間であっただろうから、あまりそれを穢す様な真似はしたくあるまい。

 

「む、これは全ておむすびか」

 

「セシリアにして何というか……質素だね?」

 

「だが悪くはない」

 

篠ノ之さんには好評だった。

他の面々の反応は渋い。やはりおにぎりオンリーと言う弁当は珍しい。

 

「一夏、お前先食べろよ」

 

「ああ。じゃあ一つもらおっかな」

 

そう言って手を伸ばした一夏をオルコットさんが制する。

 

「あ、待ってください」

 

「え?」

 

「最初は嘉神さんに食べていただきたいんですの。あの……美味しいと言わせてみると啖呵を切ってしまいましたから」

 

ああ、と一夏は納得の声を出した。

俺は捻り潰された蛙の様な声で鳴いた。

せっかく毒味役を指名したのに、結局自分で毒見することになってしまった。

 

最後の犠牲者は俺か……。

 

覚悟を決めて重箱からおにぎりをとる。

その際に、あんまりにきつきつに詰め込まれていたらしく、おにぎりはぼろぼろと形をくずしてしまった。

 

「あ……」

 

なんだか悲しそうな声は無視して、手の中でバラバラになったそれを食べる。

ご飯粒が手に張り付いてしまっているので、あまり綺麗な食べ方ではないが、それでも死を覚悟して口に入れた。

 

「…………」

 

咀嚼する俺を面々はじっと見ている。俺はその間ただ一点を見つめていた。

気を失わずに嚥下出来た。それだけでも奇跡だと思う。

しかし俺はそれ以上の奇跡を今から言わなきゃいけない。

 

「……まあ、美味いよ」

 

その一言に場が沸く。

「よかったねセシリア」とデュノアが言い、その横では当然とばかり篠ノ之さんが頷いている。

おにぎりは誰が作っても上手くできると、そんな空想に憑りつかれているようだった。

 

「本当に美味しいの、これ?」

 

「食えばわかる」

 

うえっと本気で嫌そうに顔を顰めた凰さんの横で、果敢にボーデヴィッヒがおにぎりを一つ摘まんだ。

ゆっくりと味わったボーデヴィッヒは嚥下した後、意味深げに一言だけ呟く。

 

「……なるほど」

 

「お、美味しいの?」

 

無言でボーデヴィッヒはおにぎりを平らげた。

答える気はないらしい。

 

「うぅっ」といよいよ食べるか食べないか迷う凰さんに、更識妹が声をかけた。

 

「食べる勇気ないなら一緒に食べる? 私も一人じゃあんまり食べる勇気ないから」

 

噂に聞くオルコット飯。最近一組に来た更識はその神髄を味わったことは未だない。

破壊兵器としか聞かないそれを口にする勇気はさしもの更識にもなかった。

でも、誰かと一緒なら食べられるかもしれないと仲間を募ってチャレンジするつもりらしい。

代表候補性の勇ましさがそこにはあった。

 

「……いいわよ、べつに。あたし一人で食べるから」

 

たかだか料理にそこまで怯える自分を恥じたのかどうか、凰さんはただそう言って、おにぎりを掴んで齧り付いた。

一口に半分くらい食べたらしく、頬をリスのように膨らませて咀嚼している。

それから少しして、ようやく口の中の物を飲み込んだ凰さんに、おずおずとオルコットさんが尋ねた。

 

「どうでしょうか?」

 

「びみょ――――いや、美味しいわよ」

 

その評価に、オルコットさんは花開くような笑顔を浮かべて「さ、皆さんもどうぞ」と一夏や篠ノ之さんにも勧めた。

揃っておにぎりに齧り付くのを眺めながら、非常に複雑そうな表情の凰さんが小声で話しかけてきた。

 

「……あんたが美味しいなんて言ったおかげであたしまで乗る羽目になったわよ」

 

「美味くなかったと?」

 

「正直言って微妙ね。塩効きすぎだし、お米も水っぽいわ」

 

その言葉の後を「つまり」と俺が継ぐ。

 

「今までに比べて十分おいしいってことでしょ」

 

「……ま、そういう考えもあるわね」

 

残ったおにぎりを平らげに掛かった凰さん。

ボーデヴィッヒが二個目のおにぎりを平らげた後、皆が思っていたことを代弁した。

 

「おむすびもいいが、少々飽きるな」

 

ようやく三段の内一段目を空にしたばかりで、あと二段残っている。

その二段のどちらにもおにぎりが詰まっていて、まあどんな大食漢であろうと飽きるだろうことは明白だった。

生憎と今日は全員弁当を持ってきておらず、口直しは望めない。

 

あと二段……。

その現実に他の全員が言葉に詰まったところで条件反射の様な嫌な予感。

近くにあれがいる。でもこのタイミングなら好都合だ。

 

「大丈夫っぽい」

 

「え?」

 

「そろそろあの人来るから」

 

あの人?

揃って疑問符を浮かべる一同。何の予兆もなく開いた扉が俺の言いたいことの答えだった。

 

「やっほー、お姉さん来たわよー! 今日は教室で食べるのね! 簪ちゃんげんきぃー!?」

 

最近恋心を自覚した会長は空回り気味のハイテンションを振りかざし、その手には腕によりをかけたであろう弁当を掲げている。

俺たちの凝視に変な空気を感じ取った会長は「え?」と困惑し、

 

「あれが今日のおかず」

 

そう言った俺の言葉に「おかず? ……わたしが!?」と酷い誤解を見せて、俺の怒りを買いに来た。

 

 

 

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