平日の朝。そう早くもない時間。
祝日でもないその日に、俺は私服に着替えて学園の外に出ていた。
近場のスーパーで買い物と言うことならそれほど大したことでもないが、あろうことか俺が向かったのは近場の駅だ。
たぶん一夏辺りが知ったら仰天するだろう。あいつ俺が学園の外に出てるとこ見たこと無いから。
俺だってほんとは出たくなかった。
道中あんまり人がいないのがせめてもの救いだったろうか。
この時間帯ならモノレールに乗ってる人なんてほとんどいない。
買い物に出た主婦や学校サボってる馬鹿。あとは暇人ぐらい。
だからまあ変装の必要もそれほどない。
一応持ってきた帽子と眼鏡は鞄の中で用無しだ。
おかげ様で誰の目を気にすることもなくのびのびと座ることが出来る。
座席の端っこに腰かけ、対面の座席の対角線上、最も遠くに座っている女を見た。
その女は全身黒い服に身を包み、いつも以上の仏頂面であらぬ方向を見ている。
その顔が知り合いにそっくりなだけに、存在を完全無視というわけにはいかない。
内心、嫌だなぁと思いながら、それでも果敢に話しかけようと思う気持ちは、織斑先生のご指導の成果かと思うと涙が出る。
「おーい、マドカちゃーん?」
「……」
女――――織斑マドカは岩の様な無表情をピクリとも動かさず、その眼は一心に正面を見据えていた。
「無視すんなよマドカちゃん」
「……」
相変わらず何一つとして言葉は発しない。
俺はもう外面なんてかなぐり捨てて本音で話すことにした。
「お前そんなに嫌だ嫌だって顔してるけど、俺だって嫌だからな。なんでお前なんかと遊園地行かなきゃいけないんだよ。ふざけんなよ」
「……はっ。なんだ、相思相愛と言う事か? なら、次の駅で互いに反対方向へ行き自由を謳歌しようではないか。そのほうが互いのためになる」
ようやく口を開いたかと思ったら、自分に都合のいいことばかり言ってる。
「織斑先生だまくらかせるならそれもありだな」
いけるか?と俺は問う。
織斑マドカは答えなかった。例えどんな些細な嘘だろうと、織斑先生に問い詰められれば容易に口を割ってしまうだろうことは自覚して間もなかった。
「お前が織斑先生に弱いからこうなってるんだぞ。遊園地とか、お前そんなとこ行って何するんだよ。似合わねえ。はっきりそんな物に興味ないって言えなかったお前に全責任あると言って過言ないだろ?」
「責任転嫁も甚だしい。元はと言えば、貴様があの人の頼みに"NO"と言えていれば万事無事に済んだのではないか? たかだか一睨みされた程度で、大の男がブルブルと情けないことだ。その情けなさを考えると、責任の所在は貴様にあると言えるだろう」
互いに事の原因を相手に押し付ける。
何の意味もない不毛な会話を、学園を出てから機を見ては続けている。
俺もマドカも「遊園地なんて行きたくない。それも、よりによってこんな奴と」と言う思いだけは通じていても、そこに至るまでの過程にはどうしても清算しきれない大きな溝があった。
元々敵同士と言う事を鑑みても、俺たちの仲は非常に悪い。
片や腹を貫かれ、片や生身に常人なら死ぬぐらいの雷撃を浴びせられた。
勝った方と負けた方。全否定した方とされた方。
駆け巡る苦々しい思い。俺に至ってはそこに若干の黒歴史が追加されている。
どうあがいても仲良くすることなど出来はしない。
犬猿の仲どころか生涯の敵と言って差し支えない。天敵だ。
そんな二人が仲良く遊園地に?
アメリカとロシアが利害関係なく友好国となる方がまだ容易かろう。
そうは言っても現状、仲良くとまではいかずとも何かしらの妥協案は探らないといけない。
そこは互いの利害を照らし合わせてれば簡単に探れるだろう。なにせ思いは通じ合っている。俺はお前が嫌いだが、嫌いだからこそ分かることもある。
「少なくとも、このチケットは使わないといけない。それは分かるな?」
ピラピラと二枚のチケットを風になびかせる。
それは、IS学園からもっとも近場にある遊園地のチケット。
朝、まだ何も知らなかった時に渡され、マドカと共に行って来いと召し使ったものだ。
織斑先生から半券を持ち帰って来いとお達しがあり、これは絶対に消費しないといけない。
消費しない、あるいは誤魔化す様な真似をしたらどんな目に遭うか。
想像するだけで脳が拒絶反応を示す。悲惨な目に遭うだろう。筋肉痛ぐらいで済めばいいが。
「つまり、お前と一緒に行動するのは遊園地に入るまでだ。入ってすぐUターン。出た所で解散。文句は?」
「ない」
本日の予定がすんなりと決まり、俺は今日初めて笑う。あのマドカですら愉快そうに笑っている。
最悪、織斑先生に怒られるよりも、目の前の憎き何某と共にいる方が百倍嫌なのだ。筋肉痛ぐらいなら余裕でそっちを選ぶぐらいには。
そうこうしてる間にモノレールは目的の駅に到着する。
俺たちは一定の距離を保って駅に降り立った。
少ない人混みの中、きょろきょろと周囲を見渡す。
初めてきた駅。初めていく道。
まったく何も分からない。
「おい、なにしてる」
立ち止まる俺に向けて、かなーり離れた所から高圧的な声がかけられる。
俺が動くのを待っていたマドカは、やっぱり遊園地への道なんて知ってるわけない。
「……道が分かんないんだよ」
「はっ」
鼻で笑われた。
大きく深呼吸して冷静さを保つ。しかし隠しきれるものでもない。
マドカは機会得たりと愉悦に笑みを深めて追撃してきた。
「エスコートの一つも出来ないとは……さすがはアスホールだな」
「あぁ? だまれビッチ」
スラングにはスラングを。用法が合っているかは自信がない。
しかしそこに指摘が来ないところを見るとあながち間違っている訳でもなさそうだ。
そもそも、今日いきなり行って来いって言われて下調べしてるわけがない。
まあ、仮に昨日知らされてたとしても絶対に下調べなんてしないだろうが。
「探せば地図の一つもあるだろ。最悪駅員に聞けばいい」
「ふん……」
そう言って歩き出した俺。
かなりの間隔をあけてマドカの足音がついてくる。
一言も話さず、ぶらぶらと散歩気分で構内を探索する。
どの出口から出れば一番近いのか。出口自体はいくつかあるようだが、どれも方向が違う。
出口の名前に各方面の地名が記載されているが、さすがにそこから遊園地までの距離を類推するには土地勘が足りなかった。
間違った出口から出れば遠回りに違いなく余計に歩くだろう。
一刻も早くこいつとはおさらばしたいから、そういう労力は使いたくない。
構内をじっと見て、地図の無いことを確認する。
いい加減駅員見つけて道聞くか。
そう思った時、背後から声が聞こえてきた。
「おい、遊園地にはどう行く?」
「え……?」
横柄な調子で、とても人に物を尋ねているとは思えない声。
対応する人の戸惑った声が聞こえてくる。
振り返ればちっこい身体で人を百人殺したのかと思えるほど冷たい眼差しのマドカ。
その前で、突然声を掛けられたのだろう、戸惑った様子の一般男性、推定20歳前後が立ち止まっていた。
思わずつぶやく。
「……あの馬鹿が」
その間にも「聞えなかったのか? 遊園地はどこだ?」とまるで詰問のような声音でマドカは再度問い続けていた。
「えっと……え?」
「すいません! この馬鹿がとんだ失礼な態度で!」
滑りこむように二人の間に割って入る。
「む……」と不愉快そうにするマドカは無視する。
「実は道に迷ってしまいまして。遊園地までの道知ってたら教えていただけませんか?」
「あ、ああ。それならあっちの出口から……」
指された出口。
もっと詳しいことを言おうとしていた男性は、しかし途中で何か思い出したように言葉が途切れる。
「……あれ? 君どっかで見たことある様な……」
「あっちですね! ありがとうございます!」
眼鏡と帽子はバッグの中で、俺は今素顔を晒している。
普通に通りすぎるぐらいならまだしも、こうして全力で注目を集めてしまえば……。
そう思った時にはマドカの手を引っ張って走り出していた。
「あ!」と何か思い出したような声を置き去りにして、指された出口へ疾走した。
出口近くに止まっていたタクシーに飛び乗り、遊園地まで向かうように頼む。
運転手は「近いよ?」と胡乱気だったが、5000円札を握らせて黙らせた。
座席に深く腰掛け、伊達メガネを装着した俺は隣に座る憎き馬鹿野郎を睨む。
「おい馬鹿。お前何やってんの?」
「……」
マドカは答えなかった。
通り過ぎる景色を見ながらつんと澄ましている。
いよいよ俺の理性も限界が近かった。
これはついに生まれて初めて女の子に手を上げてしまうかもしれない。
いや、雷撃浴びせた奴に向けて何が初めてだという疑問もあるのだが。
「聞えないのか? 偉そうに上から目線で人に物尋ねるのやめろって言ってんだよ」
マドカはチラと俺を見て、煩わしそうに手を振った。
織斑先生のご指導は、まだ本人に限り有効らしい。
てめえ……。
俺が内心どうしてくれようかと色々考えていると、聞き耳を立てていた運転手が口を挟んできた。
「ごめんね。勘違いだったら申し訳ないんだけど、君もしかして嘉神くんじゃないかい?」
「違います」
条件反射で即答しつつ、視線は運転手の名札を探していた。
幸い、このタクシーには名前と顔写真が貼ってあり、すぐにどこの誰なのか知ることができた。
「そうかい」
何だか可笑しそうに、運転手は笑っている。
たぶん早く答えすぎた。
俺の対応に警戒心が薄れたらしい。
滑らかな口調で重ねて尋ねてくる。
「しかし今日は平日だよ。学生だよね? 学校はどうしたの」
「今日は学校は休みです」
「そうなんだ。それでデートしてるわけね」
バックミラーに写った俺は心の底から嫌そうな顔をしていた。
運転手はそれを見て慌てたようだった。
「あれ……違った?」
「ぜんっぜん違います。俺がこれと仲良くお出かけとか、そんな可愛い関係じゃないんで」
殺し殺されの関係だとか、余計なことは言わない。
一番優しく言って犬猿の仲だ。
運転手はあまり聞かない方がいいと悟ったらしい。
露骨に話題を変えてきた。
「そっか。学校はどうなの? 楽しいかい?」
「ぼちぼちですよ。少なくとも休日に出かける余裕はあります」
「へえ。最近テレビでどうこう言ってたけど、その様子だとあれは嘘だったのかな」
「――そうっすね」
一瞬の間は気に留められなかった。
テレビは信用できないからねえと雑談を続ける運転手。
当たり障りなく受け答えして、何度目かの交差点を過ぎた時、隣で不機嫌そうに外を見ていたマドカがついに声を上げた。
「おい、まだつかないのか?」
「ああ、もう少しだよ。次曲がったところ」
車で行くと少し遠くなるんだと、糞生意気な態度を取られても運転手は気にすることなく朗らかに答えた。
マドカの見た目は中学生ぐらい。
中学生とくれば反抗期とか思春期とか、気にするだけ無駄な気難しい年頃だ。
生意気な態度を取られても、そこは大人の対応ってやつだろう。
マドカの場合は、もうちょっと複雑だが表面的に接するだけなら何ら問題ない。
言ってる間に、タクシーは交差点を曲がって目的地に着いていた。
値段を確認すると1000円もいっていない。
少し惜しいなと思いながら「お釣りはいらないです」と一生に一度は言ってみたかった言葉を言ってみる。
運転手は「そう? 悪いね」と強かだった。
「一応私らにも守秘義務あるから、安心してね」と釣り代わりにその言葉を渡された。
降りた遊園地に人の姿は疎らだ。
平日の昼間から遊園地に遊びに来れる人は少ない。
先に降りていたマドカが掌を突きつけてくる。
「チケットを渡せ」
断る理由もなく、チケットを渡す。
それから入口へ向けて一人で歩き始めた。
俺も少し間をあけて続く。
入口で係員のお姉さんにチケットを渡して、半券を貰って入場する。
いざ遊園地に入ってみると、人の姿は少ないわりに機械の音が賑やかだった。
動物の形を模した子供用の乗り物が隅で出番を待っている。
遠くからジェットコースターの轟音が鳴り響いてきた。
他にメリーゴーランドの甲高いBGMとか、時折聞こえる子供の歓声だとか。
遊園地ならではの煌びやかな空間が広がっていた。
昔、両親と訪れた小さな遊園地を思い出す。
あの時感じた楽しい思いを、まさに今思い出していた。
ついでとばかりの寂寥感も一緒に。
「おい、私は行くぞ」
さっさとこんな場所からはおさらばだと、マドカは既に背を向けている。
俺は答えずにただ手を振った。
多分、その時の俺は少し様子が可笑しかったのだろうが、マドカが気に止めるはずもなく、遊園地から出ていこうとした。
そこに唐突に聞こえる電子音。
聞き覚えのある音にISを確認する。
俺ではない。
振り返るとマドカは硬直して立ち止まっていた。
それはISを通した通信音だった。
今やあいつに対して連絡を取ろうとする人間は少ない。
大体二人ぐらいだ。それも、このタイミングに連絡してくる人間と言えば……。
嫌な予感がする。どちらでも嫌な展開は免れないだろうが、この感じは多分掛けてきたのはあっちだ。
何をするでもなく勝手にディスプレイが開いていた。
通信状態を示すディスプレイ。しかも音声通信ではなく映像通信だ。
聞えてきたのは俺にとっても馴染み深いあの人の声だった。
『マドカ、私だ』
「ね、姉さん……」
『……ふむ。どうやらちゃんと遊園地にいるようだな』
空中ディスプレイに映っているのは織斑千冬。織斑マドカの姉。
俺たちにチケットを渡して、今日は二人で楽しんで来いと平然と無茶な命令をした人で、マドカにとっても俺にとっても絶対に逆らえない人。
『嘉神はいるのか? 少し話がしたい』
「おい、こっちへ来い! 早く!」
一も二もなくマドカは俺を呼ぶ。どころか自分から近づいてきた。
こういう忠実系のシスコンはあまり見ないな。
更識姉妹みたいなコンプレックス持ちならシスター、ブラザー関係なくよく見るのに。
「呼びました?」
『……いたのか』
呼んでおいて驚愕した風な声。
「居たら何かご都合でも?」
『いや、お前のことだからとっくに別行動に移っていると思っていたぞ』
直前だった。あぶねえ。
『だが一緒ならそれでいい。いいか? これから定期的に連絡する。その時にどちらかの姿が見えない時は言いつけを守らなかったと見なし、罰則を与える』
言いつけってこちとら餓鬼じゃねえんだぞ……いや、もう何も言うまい。
「罰って何ですか?」
『聞きたいか?』
ニヤリと嗜虐的に笑われた。
これは筋肉痛では済まないな。
それを悟らせるだけの経験値を俺は持っている。伊達に修羅場は潜ってねえ。
そんな俺をしてこれは絶対に回避しなければと本能で理解する笑みだ。
「……トイレに行ってて間が悪い時は勘弁してくださいよ」
『それは数分もすれば戻ってくるだろう。それぐらいは待ってやる』
『ではな』と言いたいことだけ言って織斑先生は通信を切った。
俺たちは暫く無言で立ちすくむ。
一足先に事態を飲み込んだ俺は溜息を吐いた。
髪を掻き上げ空を仰ぐ。
事実確認のため、今の状況を声に出して共有する。
「つまり、今日一日俺たちは一緒に行動しなきゃいけないってことか?」
「……」
マドカは答えない。
俺は答えを期待していた。
鼻で嗤って、そんなわけないだろうと小馬鹿にした態度を期待していた。裏をかく良い案があると自信満々に言ってはくれないかと思っていた。
しかしその期待は裏切られた。
マドカの本気で嫌そうなその顔は、さっきタクシーで見た俺の顔にそっくりだった。
しばらく、俺たちはベンチの端と端に腰かけていた。
俺は近くの自動販売機で買ったカフェオレを飲んで、マドカは紅茶を飲んでいる。
時計を見るとまだ午前11時。果たして何時になったら帰っていいのか、許しを得ないと多分帰れないが、恐らく夕方になるだろう。
だとすると後6時間ぐらい。
それまでずっとこのままベンチの上で暇を持て余せと?
もう30分ぐらいこうしているが、早くも限界が近い。
なにせこのベンチ、丸々木で出来ているからその分堅いのだ。
まるで小学校の木工室とかにある椅子みたいだ。こんなベンチに6時間も座ってられない。
1時間座ってたら大したもんだろう。
遊園地に置いてある椅子は基本こういう木か石で造られた堅い椅子だ。
やわらかい椅子は屋外には置いてない。店に入ればあるかもしれないが、6時間も居座ったらしょっぴかれそうだ。
「んー」
大きく伸びをする。
やることがない。暇で暇で死にそう。
伸びついでにマドカを伺うと、奴もやはり退屈そうにどこか遠くを見ていた。
お互い帰りたいのに帰れない。帰ったらどんな目に遭うか分からない。
織斑千冬の怖さはよく知っている。今はこうしているしかない。こうしないとやばい。命が。
「んー……」
しかし暇で退屈でやることがない。
あとどれだけこうしているんだろう。
あと6時間。今は30分経った。12分の1。
ふざけんな。
俺は立ち上がった。
マドカがやおら俺を見る。
「どこへ行く?」
「ちょっと暇つぶしに何か乗ってくる」
マドカは眉を寄せた。
「馬鹿なのか貴様は。姉さんから連絡が来た時、貴様がいないと――――」
「だったらお前も来ればいいだろ」
その言葉を受けて、マドカは視線を上げて順々にアトラクションを見る。
それから小馬鹿にする様に鼻で笑った。
「あんな物に興味はない」
「お前が興味なくても俺は行くぞ。なにせ暇だからな。暇つぶしぐらいにはなるだろ」
それ以上の問答は無用だと、適当なアトラクション求め歩き出す。
ぶつくさ言いながら、マドカはついてきているようだった。
やっぱり織斑先生が絡むと結構素直になる。織斑先生と手錠でつなげればそれが一番いいのだが、さしもの先生にも自由は必要だ。何よりかわいそうだ。織斑先生が。
そんなことを思っていると、男心くすぐる乗り物を見つけた。
早速それに乗ろうと少ない待機列に並ぶ。
「おい待て。貴様あれに乗るつもりなのか?」
「なんか文句あるのか」
指をさすのはゴーカート。
具体的には小さな車。
路面を走ってコースを一巡りして戻ってくるオーソドックスな奴だ。
並ぶ列の中には子供に混じって大人の姿もある。
別に乗って恥ずかしいものでもないだろう。
「お、二人乗りもあるぞ。よかったな」
「貴様は……!! 私に相乗りしろと? こんなものに!?」
「別にしなくてもいいって。けど途中で織斑先生から通信来ても俺は知らないぞ。途中下車なんかできないぞ」
「くっ……」
列に並ぶ俺の後ろ、マドカは大人しくそこにいる。
なにかを堪えるように俯いているが、正直こいつのこんな姿は見飽きている。
無駄にプライドが高いから、一回戦うと大体終盤こんな感じになってる。
毎回毎回飽きることなく油断して、何か予想外のことが起きて撤退するという高等戦術にはうんざりしたものだ。お前らコントでもやってんのかと一回聞いたっけな。
まあ、今更そんなこと言ってもしょうがないが、しかしこいつプライベートでもこんな感じか。もう一周回って愛嬌だ。大して可愛くもない。
列はすぐに消化され、早くも俺たちの番が来た。
二人乗りのカートを選び、隣にマドカを乗せて軽くアクセルを踏み込む。
予想外にスピーディーな発進だった。
かなりのGがかかり座席に縫い付けられる。
結構スピード出るなと若干戸惑っている内に子供がすいーっと横を抜いて行った。
それを見て、頬杖をついていたマドカが半目のまま鼻で笑う。
「ふっ」
俺は思いっきりアクセルを踏み込んだ。
「なっ!?」
突然の急加速にマドカが声を上げる。
さっき抜かれた子供を猛スピードで抜き去った。
コース自体はくねくねと曲がりくねっていて、スピードが出せないように工夫してあった。
難しいカーブだ。ドリフトで突き抜ける。
そんな調子で、コースからはみ出たりぶつかったりしながら、絶対にスピードを落とさない様にして、1位でゴールした。
当然、ゴール後に係員から軽い小言を頂戴した。
しかし俺も随分図太くなったものだ。
少し前なら誰かに怒られるのは絶対に嫌だったのに。
今ではこの程度、マドカを驚かせてやった勝利の余韻で釣りがくると言うものだ。
「次何乗るかな」
その気になって目を向けてみれば、案外目移りするものだ。
ジェットコースター。
空中ブランコ。
コーヒーカップ。
フリーフォ-ル。
バイキング。
色々ある。
何に乗るか。
「フリーフォールでいいか……」
乗りたいものは正直ない。
本当にただの暇つぶし。
だから目のついたものを順々に制覇していくことにする。
俺はマドカに何も告げず、マドカももはや何も言わなかった。
黙って後をついてくる様はやはり忠犬の様で、さすがは名ブリーダー織斑千冬。
この調子で、今日一日なんとかやっていけそうだと確かな手ごたえを感じた。
昼食は適当な店に入ってスパゲティを食べる。
お互い無言で黙々と。
食事の合間にときどき周囲に目を向ければ、みんな笑顔で食事を楽しんでいる。
それに比べれば、仏頂面で食べ続ける俺たちは凄く浮いていた。
遊園地なんか楽しくねえと、それを全身で表現しているのだから、客にも店員にもいい迷惑だろう。
さっさと食べてさっさと出るか。
もう少し粘りたい気持ちもあるが、居心地の悪さを感じながら粘れるほど面の皮は厚くない。
そう思って残りを掻っ込む。
マドカは最初馬鹿を見るような眼で俺を見ていたが、すぐにその考えを察したのか、突然遅々としたペースになった。
具体的には、一口が麺一本とか。
麺一本を丁寧に掬ってチロッと食べる。
今度は俺が馬鹿を見る目になった。
「……」
「……」
無言の圧力は飄々と受け流される。
一夏なんかはこれですぐ根をあげるのに、さすがは潜り抜けた修羅場が違う。
織斑先生のような眼力は到底不可能な芸当だ。
「とっとと食え」
「……」
マドカは答えず一本だけちゅるちゅると。
その眼は俺を嘲笑っていた。
俺はマドカの皿を奪い取り、一息にかっこんだ。
「あっ!」と声を上げたときにはもう遅い。
全部俺の口の中。
ろくに噛まずに飲み込む。
コップの水を飲み干して口元を拭った。
「よし。出るか」
「貴様っ!!」
怒るマドカ。
ISを起動する素振りを見せる。
やんのかてめえ。
衝撃に備えて構えた。
だが一向にISの装着音は聞こえてはこず、代わりに着信音が聞こえてきた。
おっとこれは九死に一生を得た。
空中ディスプレイが開いたとき、マドカはIS展開直前の、可笑しな格好で硬直していた。
『……マドカ』
「ち、ちがうのです。これは……!」
下手な言い訳を始めるマドカを尻目に、巻き込まれたくない俺は急いで会計に走る。
「ま、待てっ」
「誰が待つかばーか」
そんなことを言っても、会計に時間を取られる。
俺が金を払っている間にマドカは隣に来ていて、空に浮かんでいるディスプレイには織斑先生の顔があった。
『嘉神』
「なんですか」
『当然だが、ISの展開は禁止だ』
「存じております」
ちょっときつめの口調で注意される。
真に注意すべき娘はそっちで青い顔してますが?
そいつはスルーかよ。
『昼食はとったのか』
「食べましたよ。たった今」
『そうか』
織斑先生は満足そうに頷いた。
『ではまた連絡する』
言葉短くそれだけ言って、通信は切られた。
「……」
「なんだあの人は」
食後すぐに軽い運動をしてしまった。
店を出た所のベンチで食休み。
俺の隣でマドカも腰を下ろしている。
「……」
俯くマドカ。その様子を横目に見て、気づく。
「あー……はあ?」
なんか傷ついている。
は?と思う。何に傷ついているのか。
ひょっとして織斑先生にスルーされたことだろうか。
そんなことで?と思う。しかしこいつの場合はそんな些細なことで容易く傷つく。
どこまでも織斑先生ラブだから。織斑先生のことしか見えてないから。辛うじて一夏のことは見えているのかもしれないけど。
「はあ……。おい、次とっとと行くぞ、傷心娘」
「……誰が傷心だ」
「態度を取り繕ってから言え。デリケートガール」
「殺す」
「何に怒ってんだ馬鹿が。反省しろ」
その声は今日一番のマジだった。
やっぱりこいつは痛いところを突くと一番怒る。
そんなんだから俺みたいな雑魚に負けるんだ。
また雷撃食らわせてびくんびくん跳ねさせてやろうか? まな板の上の魚みたいによ。
すっかり遊んだ。いつの間にか日は暮れかけている。
ベンチに座って橙色に染まった空を見上げた。
ようやく一日が終わる。そのことにホッとした。
今日一日でアトラクションはほとんどコンプした。それほど大きくない遊園地だった。最後の方はもう乗る物が残ってなかった。
唯一残ったのは観覧車だけだ。さすがにこんな野郎とあんな密室に入る気はしないから、あれには乗れない。
もうそろそろ閉園の時間だろう。後は適当に暇をつぶしながら、こうやってベンチで待っていればいい。
マドカと端と端の距離を保ち、売店で配布していた雑誌をめくる。
この遊園地のパンフレットの様なものである。アトラクションを始め、色々細かいことが書いてある。
ああ、これ乗った。これも乗った。言うほど面白くはなかったなと、今日一日のことを思い出しながら暇をつぶしていた。
離れたところで座るマドカは昼の織斑先生の一件以降相変わらず沈み込んでいる。あれから何度か連絡はあったが、完全に無視されていた。よほど効いたようだ。
「傷心娘か……似合わねえな」
「……なんだ?」
独り言にマドカが反応する。
肩をすくめる。
「とっとと帰りてえなって」
「帰ればいい。私は姉さんが連絡をくれるまでここにいる」
「一丁前に病んでんじゃねえよ。気持ち悪い」
「黙れ」
もはやマドカの言葉には攻撃力がない。
普段からこの調子で居てくれたら、俺としてはせいせいする。
しかし、まあ……あの人はこんなこと許さないだろうから、弱ったこいつが見れるのも今の内か。
着信音が鳴る。
マドカが自分のISに飛びつく。
『すまない。連絡が遅れた』
「ねえさん!」
織斑先生はマドカの勢いに少し驚いた風だった。
見たことないほど暗い顔をしている。そんな顔で驚くほど一生懸命だ。
『どうした。なにかあったか?』
「いえ、なにもっ。なにもありません」
『そうか』
その様子がとてもとても滑稽だったので、茶々を入れて見た。
「そいつ、無視されたことがショックだったみたいですよ」
「貴様っ!」
『そうか』
睨むマドカに舌を出して挑発する。
ぬぐぐと怒りに震えるマドカの目の前で、織斑先生は興味深そうに聞いてきた。
『ISを使おうとした罰だったが、そんなに効いたのか』
「そりゃあもう。効果てきめんで」
「黙れしゃべるな口を閉じろ!!」
怒りに任せて立ち上がるマドカ。
その頬が紅潮して見えるのは夕日のせいか怒りのせいか、はたまた恥ずかしいのか。
「どうした? ISでも使ってみるか? やれるもんならやってみろ馬鹿」
「殺すっ!!」
『もういいやめろ。嘉神もだ。あまり挑発するな』
ディスプレイの向こうからため息が聞こえてきた。
手のかかる教え子だ、と独り言も一緒に。手がかかることは否定しないが、織斑マドカの場合は始末に負えないと言う方が正しいと思うが。
『閉園時間まで30分だ。全て乗ったか』
「大体乗りました。あとは観覧車ぐらいですかね。乗ってないのは」
『ではそれに乗れ』
「は? 嫌です」
お前何言ってやがると拒絶感を言外に込めて言った。
しかし織斑先生は気にもしない。
『あと30分ある。時間は有効に使え』
「一番有効的なのは帰ることですよ。こいつと密室とか殺人事件でも起こしたいんですか? うさぎの檻に恐竜入れるようなもんですよ。かわいそうでしょう」
『命令だ。乗れ』
融通利かねえ。頑固一徹かよ。
さすがに密室に長時間二人きりは真面目に命の危険があるので抵抗したが、織斑先生は折れず、乗る以外に選択肢はなかった。
「……死んだら先祖代々の墓にちゃんと入れてくださいよ」
『DNAが洩れる危険がある。無理だ』
「おいちょっと待て、冗談で言ったのにそもそも無理なのかよ!」
『……ため口は聞かなかったことにしてやる。自分の立場を自覚しろ馬鹿め』
こりゃやさぐれる。
世界で二人の男性IS操縦者はそんな自由もないのか。
「おいマドカ、お前からは何かないのか? あるだろ言いたいこといっぱい。なんなら殺人予告でいいぞ。今だけは許す。織斑先生に聞かせてやれ」
「私は姉さんの言うとおりにするだけだ」
「そう言って殺すつもりだろ」
「見くびるな。お前ごときいつでも殺せる。姉さんの頼みで見逃してやってるだけだ」
「あーそうですか」
観覧車を見上げる。
回転する箱はあまりに遅すぎる。こいつがその気になったら楽に100回は殺されるな。
「じゃ、運良く生きてたら30分後にお会いしましょう」
『30分後に連絡する』
ディスプレイが消える。
覚悟は決めた。
遺書は引き出しにしまってある。憂いはない。
ならせめて相打ちぐらいに持ち込んでやろう。
観覧車に乗った。
俺たちは対角線上に座っている。
段々と昇っていく箱は景色が素晴らしい。夕焼け空だ。恐らく一日で一番いい時間帯だろう。
こんな状況でなければもっと楽しめたのに。
外の景色には気もそぞろ。チラチラとマドカを見る。
マドカは俺の視線など無視して、窓の外を見ていた。
そこにいつもの不機嫌な雰囲気はない。
夕日に照らされる姿はまさしく美少女だった。中身を知らなければ見惚れていたかもしれない。……織斑先生に瓜二つだからそれはないか。
「おい」
「あ?」
マドカが景色を見ながらぞんざいに俺を呼んだ。俺はチンピラのように返事をする。
マドカは俺の名前を絶対に呼ばない。だからこんな感じになる。軽い意趣返しだが、考えてみればこんなことしてる俺も餓鬼だ。
「面白いことを教えてやろう」
「教えなくていいぞ。絶対面白くねえから」
マドカは鼻で笑った。
「今日のこの茶番の目的だ」
「言わなくていいって言ってんだろ。どうでもいいから」
マドカは俺を無視して勝手に話し出す。
何を言ったって、どうせ俺の言葉なんか聞かないし、そんなに言いたいなら一人で勝手にやってろと好きにさせておくことにした。
「そもそもこれは姉さんが考えたことだが、私とお前を仲良くさせるための一案らしい」
「そりゃいいや。おかげさまで仲悪くなったしな」
「私もお前のことがより嫌いになった」
「お互い様で何よりだ」
欠伸を挟みながら言葉を交わす。
そもそもこいつと仲良くなりたいと思ったことはない。あの人も無駄なことをしてくれた。こんな奴、知れば知るほど嫌いになるに決まってるだろうに。
「だが、私は努力したぞ」
「嘘だろ。お前はそんな無駄ことしない」
「いや、した。姉さんの頼みには絶対に応える」
そういえば、こいつはそんな奴だった。
織斑先生が黒と言えば白も黒になる。姉に依存するのも大概にしとけ。
「姉さんに言われた通り、過去のことは忘れて友好的に接しようとした。織斑一夏のように、姉さんのように」
夕陽に照らされながらの独白。
マドカは決して俺を見ようとせず、視線はずっと窓の外を向いていた。
観覧車は今や頂点を過ぎてゆっくりと下がっている。
街の向こうに見える夕陽は少しずつその姿を隠し始めていた。
斜陽に目を細め、マドカは表面上は平坦に、しかしその奥に隠しきれない激情を潜ませて言葉をつむぐ。
「だが、やはり無理だ。どうしてもお前の顔を見る度、あの時の言葉を思い出す。お前は私を否定した。あまつさえ殺そうとした。許せない。絶対に」
ため息とも深呼吸とも分からない息を吐いて、マドカは俺に向く。
その顔は憎悪に彩られていて、口元には笑みが飾られている。
整い過ぎていて一見作り物に見える端麗な顔立ち。しかしそこに浮かんだ表情はどこまでも人間臭い。
その二つが組み合わさって夕陽に照らされた顔は、今まで見たことがないほど美しい。思わず見惚れた。そんなことはありえないと考えたばかりなのに。
「私はお前が憎い。殺したいほど大っ嫌いだ。今も殺したくて仕方がない。この気持ちはこれから一生変わることはない。それが分かった」
どこかすっきりとした口調でそんなことを言う。
俺はそれに対して言い返そうとした。
俺もお前のことが嫌いだ。
腹を刺されたことは忘れちゃいない。
死ぬほど痛かったし、血がいっぱい出た。
そう言おうとした。
けれど何も言えなかった。
俺はマドカと戦って、腹を刺され殺されそうになった。
マドカは俺と戦って、散々言われて、雷撃を浴びて殺されそうになった。
どっちも死ぬところだった。こうして二人そろって生きているのは、正直言って奇跡かもしれない。
俺たちの行いに優劣なんてつけられない。
どっちが悪いとかどちらが良いとかそんな次元の話ではない。
けれど、俺は思ってしまった。
こいつには憎まれても仕方がない。
こいつになら殺されても文句は言えない。
そう思ってしまった。
思ってしまって、はっと我に返る。
何を馬鹿なことを、と自分を戒める。
誰がこんな奴に殺されてたまるか。むしろ俺が殺してやりたいぐらいだ。
「……ああ、そうかい」
それでも、結局言いたいことは言えなかった。
代わりに、それだけを出来る限り憎々し気に言った。
箱の中を巡る短い言葉に、マドカはもう何も言わなかった。
俺もそれ以上は口を閉ざす。
観覧車はいつの間にか一周して、元居た場所に戻ろうとしていた。
頂上から見た夕陽はとてもきれいな物で、先ほどまでその美しい姿に感動していた。
だけど俺はこの先、夕陽を見る度にこの時のことを思い出すだろう。
綺麗だと思う前に、マドカの言葉とそれに負けた自分のことを。
夕陽は好きだった。けれどもう嫌いになった。
見る度に思い出すから。
それはまるで呪いのように。
いつまでもいつまでも俺の心を蝕み続けるだろう。
――――あー最悪だ。
そう呟きながら観覧車を降りた。