明日の彼方に   作:紺南

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11話

学園祭の準備にあたり、クラスは裏方と接客に分けられる。

とりあえず一夏は接客だ。看板からしてそれ以外の選択肢はない。

その他に篠ノ之さん、オルコットさん、デュノア、ボーデヴィッヒがメイン接客と言うことになった。

一応その5人で決まりなのだが、テーブルの数と来るであろう客の数を推測し、恐らく5人だけじゃ手が回らなくなるだろうから、他にも交代要員をたくさん用意した。

 

メイド服と燕尾服はレンタル業者に発注。

メニューはコーヒー、紅茶、緑茶にオレンジジュース。

ケーキにパンケーキにパフェ。軽食としてサンドイッチ。

 

ここまではやすやす決まった。

だがここで問題が発生した。

 

「俺がコスプレするのに、嘉神は何もしないのか?」

 

良い笑顔の一夏がクラス中に問いかける。

自分一人だけ執事服着せられるのが大層不満らしい。看板には『織斑一夏のご奉仕喫茶』と銘打ってあるのに。

メイドでさえおまけに過ぎない。主役は織斑一夏一人だけなのだ。胸を張って誇らしくあれ。

 

そう力説して一度は説得したのだが、説得し切れなかった。

やっぱりおかしいと考え直し、もう一度問題提起してやり直そうとしている。

 

このままでは俺まで接客に駆り出される。

着たくもない燕尾服に身を包み、「お帰りなさいませお嬢様」とか言わせられる。たかだか学園祭がなんちゅう地獄絵図だ。

折角スポンジに生クリームを塗りたくる役をゲットしたのに、その苦労がふいになってしまうではないか。

 

お帰りなさいませお嬢様だけは何とか回避しようと思考を巡らせ、いくつか考えをまとめる。

その内の一つを採用して立ち上がった。学級委員長として黒板の前に立つ一夏に歩み寄り、声をかける。

 

「わかったよ一夏。確かにお前の言う通りだ」

 

「嘉神……」

 

肩を叩いて頷いてやる。

騙されたばかりで警戒心の強い一夏だが、基本的にはチョロザコなので、その言葉で一気に警戒心を解いた。分かってくれたかと微笑みなんか浮かべている。

 

「お前だけコスプレするっていうのは確かに不公平だ」

 

「ああ、俺一人って言うのはさすがにな」

 

「俺も男だ。四の五の言ってないで着ようじゃないか」

 

「やってくれるか」

 

「もちろんだ」

 

がしっと固く握手する。

一夏はこういうちょっと臭いやり取りが好きだ。

乗ってやるとすごく喜ぶ。肉体的な接触も大好き。ホモを疑われる要因だ。

 

「お前が一緒なら心強いよ。一緒に頑張ろうぜ」

 

どっかで聞いたことある言葉に鷹揚に頷いた。

俺も一夏が側にいてくれたら心強い。その分鬱陶しいことも多いが、何だかんだ許せてしまう。魔性の男だ。伊達に女どもにモテてない。

 

「よし、発注するコスチュームに一着追加だ」

 

「嘉神!」

 

「ああ!」

 

歓喜する一夏に答え、用意していたセリフを放った。

 

「俺はパティシエになる!」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

燕尾服とは正反対の白いユニフォームに身を包む。

ネクタイはしないので胸元が苦しいとかそういうことはない。ボタンを留めるだけなので楽だ。余計な装飾品も削ってシンプルな奴を選んだ。

ここに腰丈のエプロンを巻いて完成。まあこんなものだろうと鏡の前に立ってみる。こんなものだ。

 

そのまま教室に戻ると大勢の視線を浴びた。

「おお……」と言う目だ。別に似合っているわけでもあるまいに。馬子にも衣裳か?

 

「一夏は?」

 

「ああ、うん。まだ着替えてるよ」

 

すぐ近くにいた鷹月さんが答えてくれた。篠ノ之さんのルームメイトだ。さぞかし苦労しているだろうと勝手に憐れんでいる。

 

「メイド軍団もまだか」

 

「初めて着るから手間取ってるんじゃない?」

 

「サイズ合わないとかないだろうな」

 

「ちゃんと測ったから大丈夫だよ」

 

15~16歳にしてはグラマラスな奴が多いIS学園。

最初の頃はどこを見ればいいのかもわからないほど目に毒だった。ISスーツとか言葉にできない扇情さだ。あれ下着履いてないんだぜ。

だが、今では言うほど見た目は重要ではないと悟ってしまった。

ISで暴力振るう奴に限って見た目もイケてるとか世も末だよな。

 

「ところで嘉神くん、写真一枚いい?」

 

「自分、そういうのNGなんで」

 

人差し指でバッテンを作って拒否する。

「えー」と不満そうにされたが譲るつもりはない。

 

「代わりに一夏は好きに撮っていいから」

 

「言われなくてもたくさん撮るけど。でも嘉神くんも一枚欲しいなあ。折角の学校行事だし」

 

「ふーん……。そんなに人気あるなら、メニューに『ご褒美執事の記念写真』って追加してみるか」

 

「話聞いてる?」

 

そうこうする間に一夏がやってくる。

扉の向こうから現れた一夏はしきりに首元を弄っていた。どんなもんだと聞くと「首元がきつい」と文句を垂れた。

 

「ならいっそネクタイなしでもいいんじゃねえの」

 

「でもこれないと格好付かないってみんな言うからさ」

 

「じゃあ我慢しろ」

 

「あっさり言うなあ」

 

ジャケットはどうしたとか、手袋は付けろとか言っていると視線を感じた。

振り向けば、鷹月さんがカメラをこちらに向けて盗撮しようとしている。

とっさに身体を左右に揺らして像をぼやけさせた。

 

「あ」

 

「勝手に撮るな。肖像権侵害だぞ」

 

「……なんか織斑君の隣に妖怪が出たみたいになってる」

 

撮ることには撮ってみたらしい。その結果この世の物とは思えない物が生まれていた。

とっさにやったにしては上手いこといったようだ。

 

「嘉神もけち臭いなあ。いいだろ、写真の一枚ぐらい」

 

「ネットで自分の名前検索してみろよ。とんでもないことになってるぞ」

 

一体どこで撮られたのやら、小学校や中学校の頃の写真が大量に出回っている。

その頃から一夏はすでに一夏だったので、ネットの声も怨嗟が大部分を占めていた。

俺の写真も出回ってはいるが、パッとしないと言う評価が大勢のようだ。

 

「俺の写真が撮りたいなら覚悟することだ。いつだって準備はデキテイル」

 

「エグザイルみたいな動きするなよ……」

 

こうまで頑なに拒否すれば、鷹月さんも諦めざるを得なかった。

その後は大勢の女子たちと一緒に一夏の格好を評価していた。

 

「やっぱり背が高いと栄えるよね」

 

「肩幅もがっしりしてていい感じ」

 

「白い手袋がグッとくる!」

 

おおむね好評だ。

誉めそやされている間、一夏は照れてそっぽを向いていた。

こうして注目されるのは中々慣れないようだ。俺だったらとっくに逃げてる。

 

「目玉商品の出来は上々のようだな」

 

「言い方酷くないか?」

 

女子たちが一夏にキャーキャー言っていると、ようやくメイド軍団が到着した。

クラスで一番グラマラスな篠ノ之さんを先頭に、オルコットさん、デュノア、ボーデヴィッヒと続く。

他にのほほんさんや谷本さん、四条院さんもメイド服だ。こうして見るとメイドがいっぱいで壮観になる。

 

「お。似合ってるぞ、箒」

 

「む……」

 

世辞を投げられ、分かりやすく頬を染める。

これで一夏は何も気づいていないと言うのだから、こいつの目は腐ってるんじゃないかと疑ってしまう。

ズブリといってもノーダメだったりしないか?

 

「一夏さん? わたくしはどうですの?」

 

「もちろん似合ってるよセシリア。ぴったりだ」

 

「そ、そうですか」

 

指先をこすり合わせて喜ぶオルコットさん。

身体をクネクネさせているのは嬉しいからか。タコかよ。

 

「じゃあ一夏、僕は?」

 

「似合ってる。ラウラもな」

 

先の二人に比べれば控えめなバストのデュノア。そもそもかつては男だったからどうでもいいが、それに比べたってボーデヴィッヒのこれはどうなのだろう。

背が低すぎてお遊戯にしか見えない。頭の中で小学校のお遊戯会を想像してみたが違和感ない。眼帯だけ邪魔だな。

 

「嘉神が私をずっと見ているが……言いたいことでもあるのか」

 

「お前が好きってやつも世の中にはいるだろうよ」

 

「意味が分からん」

 

「あはは……僕は似合ってると思うよ」

 

デュノアのフォローにも疑問符だ。

そもそも俺の言葉の意味も理解していない。普段からの夜這いと言い、こいつは発育と情操面の発達が遅れている気がする。

教育したドイツ軍どもはシリアルキラーでも作ろうとしていたのか。

 

「それで、嘉神はやっぱり裏方なの?」

 

「それ以外に見えるか」

 

「見えないけど。だから聞いてるんだよ」

 

はあとデュノアが溜息を吐いた。

それを皮切りにして次々と言われる。

 

「嘉神さん、やはり一夏さんと一緒に執事をなさってはいかがかしら? 一夏さんほどではないですけど、お似合いだと思うのですが」

 

「今のままでは一夏の負担が大きい。やれるなら嘉神もやってくれ」

 

オルコットさんと篠ノ之さんの言葉を聞いた一夏が、真剣な面持ちで仰々しく同意していた。

事の成り行きを見ていたのほほんさんが参加し、パシャパシャと写真を撮っていた鷹月さんもやってくる。

 

「私もかがみんの燕尾服見てみたいなー」

 

「折角男二人いるんだし、使わなきゃ損だよね」

 

それはほぼクラス全員の総意らしい。

数に任せて押し切ろうとしてくる女どもに対し、俺は生クリームを絞る予定の袋を片手に持って断言する。

 

「俺の仕事はスポンジに生クリームを塗ることだ。間違っても燕尾服を着ることじゃない。これ以上ごちゃごちゃ言うなら、その可愛い顔にクリーム塗りたくって客にお出ししてやるぞ」

 

絞り口から空気が漏れてぷしゅっと音が鳴る。

それが威嚇となったのか、それ以上四の五の言う奴はいなかった。

 

「ま、まあ本人がやりたくないって言うなら……」

 

「無理強いするのもね……」

 

「俺は!?」

 

クラス中の妥協に一夏が抗議するが黙殺される。

優しい奴に限って食い物にされやすい。たまには怖いところも見せておかないと骨の髄までしゃぶられるぞ。

 

「じゃ、一夏君とメイドちゃんたちはセリフの練習」

 

接客組にマニュアルっぽいものが配られていく。

それには状況に応じた言葉遣いが載っているようだ。

どんな文言があるのか気になったし、頭の中には例の挨拶が浮かんで消えてくれないので聞いてみた。

 

「やっぱり『お帰りなさいませお嬢様』はあるのか?」

 

「え、考えてなかった……それ採用!」

 

藪蛇だった。一夏が睨んでくる。

今のは完全に俺が悪い。これ以上口挟むのはやめておこう。

マニュアルも見ない。その方がいい。

 

「じゃあ嘉神くんはこっち」

 

「ん。どこ?」

 

「練習用の食材用意してあるから!」

 

よろしくね、と女子がクラスメイトに声をかけて教室から引っ張り出される。

食材担当は他にも数人いて、それらが俺を囲んでいた。気づけば逃げ場がなくなっている。そして質問攻めにあった。

 

「ね、ね、嘉神くんって料理できる?」

 

「それなりに」

 

「ケーキ作ったことはあるの?」

 

「ない」

 

「誕生日はいつですか?」

 

「関係あるのか」

 

「好きな女の子のタイプ教えて!」

 

「関係ないだろ」

 

ウキウキと浮足立つ女子たちにぞんざいに答えていく。

普段女子に話しかけられることは滅多にない。あったとしても一夏のことだ。主に彼女関係のことを探られる。

学園祭と言う非日常感がその辺りのハードルを低くしているのだろう。一夏がいればあいつを囮に逃げれるのだが、生憎今は俺一人だ。一夏をああいう状況に陥れておいて、助けてくれと思うのはあまりに都合が良すぎる。

 

「嘉神くんは普段何してるの? 趣味とか?」

 

「まあ……何かしら。勉強とか」

 

筋トレとは言いづらかった。適当に答えておく。

 

「勉強はねー。大変だよね。よかったら教えるよ?」

 

「いや、いいよ。間に合ってる」

 

「じゃあ、他に何か困ったこととかある? クラスメイトとして力になるよ」

 

ね、と周りに賛同を求めて、全員が頷いた。

気持ちは嬉しいが、ここで真剣に困っていることを話しても、この子たちは何の力にもなれないだろう。

それ以外となるとちょっと思いつかない。

 

「うーん……」

 

「……嘉神くんってさ、あんまり喋るの好きじゃないよね。もしかして放っておいてほしいタイプ?」

 

そう言われて気が付いた。いつの間にやら全員の顔が曇り気味だった。

ちょっとテンションが低すぎたらしい。

 

話すのが好きか嫌いかと言われれば別にどっちでもない。

一夏のことならなんでも答えてやるが、自分のこととなると答えたくなくなるだけだ。

学園に入る前、ハニートラップに注意しろと耳にタコが出来るほど言い聞かせられた。今はそれほど注意してないが、凄く気をつけていた時期があって、その頃の癖が残っている。自然と口は堅くなる。

 

自分から生クリーム塗らせろと言っておいて、あまりに協調性がないのも考え物だ。篠ノ之さんって言う反面教師を思い出せ。酷いぞあいつ。

 

何か盛り上がる話題はないかと頭を悩ませる。

俺自身のことは話したくないが、一夏のことならそれなりに話せる。もちろん限度はあるが、俺はあいつが結構好きだ。

この女子たちも一夏のことが好きだろう。きっと話も弾むに違いない。それで行こう。

 

「一夏がよく話すから、聞く癖がついてるんだよ。あいつ話し上手だから」

 

「へー、織斑くんが? そうなんだ……」

 

思った通り、一夏の名前をした途端、女子たちの目の色が変わった。

「織斑くんっていえばさー」と会話が続き、その後は一夏のことで盛り上がった。

一夏の人気を再確認した出来事である。一夏さまさまだ。

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