明日の彼方に   作:紺南

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12話

準備期間はあっと言う間に過ぎた。

準備と言いつつ筋トレしかしていなかった。青春をふいにしている気がしてならない。

 

くたくたに疲れて泥のように眠り、目が覚めたら学園祭当日だ。

毎朝三個の目覚まし時計が俺を起こしてくれる。

今日に限っては朝早くから諸々の準備に走り回る生徒たち。おかげでランニングするのにも場所を選んだ。

 

開会と共に大勢の人間が校門を潜る。

校内にはIS学園の生徒が大勢とその父兄、企業や国のお偉方も数多くやってきた。治外法権でその分セキュリティの厳しいIS学園も、この日ばかりはいつにない喧騒に包まれている。本当にセキュリティが厳しいかは疑問の余地があるが。

 

我が1年1組には殊更多くの人が集まった。顔ぶれは女子が多い。たまに高そうな服着たおっさんもいる。その目的は何はともあれ一夏だろう。

 

「お帰りなさいませお嬢様」

 

「は、はひ」

 

同性としては聞くだけで鳥肌が立ちそうな挨拶に頬を染める女子。

イケメンの効力が抜群だ。たった一言で頬を赤らめる女の子なんていやしないと思っていたが、一夏に関しては例外らしい。

廊下を埋め尽くす長蛇の列も一夏目当ての女子ばかり。そのほとんどはIS学園の生徒だ。

一夏の人気を再確認。いくら見慣れていても、こうしてまざまざ見せつけられると嫉妬心が鎌首をもたげる。あー恨めしい。

 

「嘉神くん手動かして!」

 

「はいはい……」

 

柄にもなく嫉妬したせいで手元が疎かになっていた。

鷹月さんに怒られて生クリームを絞る。力を入れ過ぎてぶりゅっと出てきた。ヘラで平らにしていく。

 

店内の慌ただしさは凄まじい物がある。

客が多すぎてまるで追いついてない。接客も裏方も大わらわだ。

 

忙しすぎて各々余裕がない。

真の委員長と言って過言ではない鷹月さんはずっとピリピリしている。それに当てられ、クラスメイトたちにも緊張の色が見える。

ここまでの忙しさは想像していなかった。一夏の宣伝効果を甘く見ていたようだ。あいつやばいな。さすがは希少な男性IS操縦者。

 

こんな環境で不真面目さなんて発揮していられない。したくても出来ない。

ここ最近の授業態度のせいであまり信用されなくなってはいるが、やる時はやっていこう。

襲い来る眠気をカフェインで覚ましながら、真面目に生クリームを塗りたくっていく。

 

ヘラで全面コーティングし、上部にクリームを星形に絞っていく。

日頃見過ごしていたが、絞り方次第で色々な形になる。貝殻状とかあるらしい。意外と奥が深い。先っぽの金具を変えれば更にバリエーションが増えるとのこと。必要な物以外は練習してないが興味はある。

 

最後にイチゴを均等に置いていったら完成である。

このホールケーキ一つで8人分らしい。

 

「できたぞー」

 

「切って!」

 

それは俺の仕事ではない。胡乱気に鷹月さんを見る。

何度も言わすなとばかり、「切って!」ともう一度強く言われた。

そんなに切れって言うならやってやるよ。ただ失敗しても知らないぞ。これ客に出すんだろ?

 

「十字に切って……また十字に切ればいいのか」

 

ネットで切り方を検索する。

きっちり斜めに切るのは地味に難しそうだ。スポンジが柔らかいから形も崩れそうだし。なんかいい方法はないものか。

 

「……冷やす……温める……糸?」

 

糸で切ったら上手くいくと言う口コミを見つけた。

糸と言うところが良い。なんか楽そうだし。

是非ともやってみたかったが生憎手元に糸がない。普通に包丁で切るしかないか。

 

「失敗しても文句言うなよー」

 

誰に聞かすでもない声を上げる。案の定、誰からも返事はなかった。

こんなの自己保身からくる言い訳作りの一環にすぎないが、ちょっと小狡いかな。

ま、いいや。やってみてダメだったら失望されるだけだ。でも勝手に期待されて失望されるのもそこそこダメージが大きい。ちょっと前にそんなことあったかな。

 

ものすごく嫌な気分に陥りながら、ゆっくりとケーキに包丁を落としていく。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

俺が生まれて初めて切ったケーキは無事に客の元に運ばれていった。

少し感慨深い。謎の達成感がある。程度が低すぎて笑ってしまいそうなことではあるが。

 

感慨に耽っている時間はあまりない。

ケーキに生クリームを塗らなければいけない。そして切る。

いつの間にか切る作業まで俺に分担されていた。

 

黙々と仕事をこなし、時間は足早に過ぎていく。

昼を目前にして、軽食として用意していたサンドイッチの注文が殺到した。デザートとしてケーキまで頼んでくる。

一夏の執事服を堪能するために、少しでも長く居座ってやると言う執念が感じられた。

 

当の一夏は『執事にご褒美セット』をさばくのに躍起になっている。

見ず知らずの女子生徒にあーんされるのは、傍から見ているだけで恥ずかしい。

 

あんなもん見てたらこっちまで甘ったるくなるわとコーヒーで喉を潤した。

「さ、次々」と仕事に集中しようとして、スポンジの在庫が切れたことに気が付く。

 

「おーい。スポンジの解凍追いついてないぞ」

 

「え、うそ!?」

 

ケーキの注文が予想以上に多く、ついに解凍済みのスポンジがなくなってしまった。

美味しさを保つために自然解凍していたのが仇になった。こうしている間も解凍しているのだが、供給がまるで追いついていない。キンキンに凍っている。当初の予想を軽く凌駕してきた。

 

「うーん……しょうがない電子レンジ使っちゃって! 生もの解凍!」

 

「なんだそれ」

 

念のため用意されていた電子レンジを見ると、『生もの解凍』の文字がある。

最近の電子レンジは何でもできるな、とろくに使ったこともない身の上で呟く。

 

電子レンジにスポンジを大量にぶち込んで生もの解凍を選んだ。

ウィーンと駆動音がして中のライトが点く。

回りはしなかったが順調に解凍されているようだ。

 

その様子を見守りぼけっと突っ立っていた俺の背に、後ろから声がかかった。

 

「嘉神くん待ってる間暇だよね、ちょっとサンドイッチ手伝ってくれる?」

 

「作ったことないぞ。断ってもいいか?」

 

「うーんこの忙しい時に何言ってんのって殴っとこうかな!」

 

「暴力はうんざりだ。平和的に行こう」

 

チンと鳴るまで一時的に軽食班に加わる。

そこでは、なぜかメイド服の篠ノ之さんが包丁を握っていた。

 

「篠ノ之さんはそんな格好で何してんの」

 

「……手が足りないからと頼まれたんだ。あちらにいてもあまり頼りにならないからと……」

 

「仏頂面で接客するからクレームでも来たんじゃないのか」

 

「ぐっ……」

 

ざくっとレタスを挟んだパンを切りながら、篠ノ之さんは言葉に詰まった。

他の奴らは菩薩のごとき微笑みで迎えてくれるのに、篠ノ之さんだけ金剛力士みたいな顔で迎えてたらクレームも来るだろう。

 

屈辱にまみれた顔で力任せにサンドイッチを切り分ける姿は般若のごとし。

この人に刃物持たせるのは鬼に金棒かもしれないが、バーサークに凶器を与える怖さもある。嫉妬して斬りかかる奴って早々いないぞ。

 

「で、何すればいいって?」

 

「パンにバターを塗ってくれ。あとは私がやる」

 

「端から戦力外通告か? そうならそうとはっきり言ってくれよ。あっちでサボるから」

 

「違う。お前には別の仕事があるだろう」

 

一応気遣ってくれたらしい。

そう言えば、篠ノ之さんときちんと話すのは臨海学校の時以来だ。

その時は言い争ったりすごく失礼なことを言ったような気もするが、そんなことはすっかり忘れていた。

それもこれもすべて篠ノ之束のせいだ。

 

思い出すと途端に居心地が悪くなる。

それを誤魔化すためにも、篠ノ之さんの隣で無心でバターを塗りたくった。

今日は塗る仕事ばかりだ。ペンキ屋にでもなった気分だ。こういう地味な仕事が続くときつくなってくる。疲労感からくる睡魔で目がしょぼしょぼしてきた。カフェインって本当に効果あんのこれ?

 

「……」

 

「……おい」

 

「あん?」

 

「塗り過ぎだ、馬鹿者」

 

「……おお」

 

パン一枚にべったりバターを塗りたくっていた。

これはもったいない。捨てるのももったいねえな。あとで食うか。

 

「……最近、少したるんでいるようだが」

 

篠ノ之さんが横目で睨みながら話しかけて来る。

眠気を振り払うためにも口を動かすのはいいかもしれない。とは言え、俺の口からは例のごとく適当な言葉しか出て来ないのだが。

 

「ゲームが面白すぎてうっかりね」

 

「それで授業中に居眠りか。男としてどうなんだ、それは」

 

「このご時世に男だ女だ言うのは時代錯誤でしょ。学生としてどうだって言われた方が胸に突き刺さる」

 

「……私を古い女と言うつもりか?」

 

「いいやまさか。ただ勝手に期待して勝手に失望するのは篠ノ之さんの自由だよ」

 

「……」

 

包丁を握る手に力が籠っている。

すわ言い争いかと思ったが、それっきり会話は途切れた。残念ながら今の会話は眠気覚ましにはならなかった。

欠伸を漏らし、バターを塗る。電子レンジがチンと鳴った。

 

「じゃ、あとよろしく」

 

「……」

 

返事はない。

代わりにザクッとレタスを切る音が聞こえた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

頭の中で警鐘が鳴っている。

いつもの直感。まだ小さいが、段々と大きくなっている。

これが鳴っていると言うことは逃げなければいけない。だが持ち場を放棄するほど責任感がないわけではない。

 

代理が必要だ。

どっかいねえかなと辺りを見回し、一夏の接客を受け上機嫌の内に帰ろうとする凰さんを見つけた。

少し悩んで、一回殺されかけたのを思い出して決めた。あいつ以外いない。

 

帰り際の凰さんに後ろから近づき肩を掴む。

チャイナ服の凰さんは後ろから見ると半分ケツが見えていた。なんちゅう格好してるんだと突っ込みたくて仕方がなかったが、口は禍の元なので何も言わずにおく。

 

「ちょっと待った、凰さん」

 

「え? ……なによ?」

 

肩を掴んだのが俺だと知ると、凰さんは若干声音を変えてきた。

多分俺の声も少し変わってると思う。自覚はないが、そうなっていておかしくはない。

 

「少し手伝って」

 

「はい?」

 

「手伝って」

 

「何言ってんの?」

 

「手伝え」

 

「馬鹿言ってんじゃなわいよ。1組の催しでしょ? あたし関係ないし」

 

「手伝えって言ってんだ」

 

「あたしにも仕事があんの。じゃあね」

 

去ろうとする凰さんの肩を掴み、無理やり振り向かせて渾身の力で叫ぶ。

 

「いいから手伝え――――!!」

 

「な、なんなのよ!?」

 

意外と押しに弱かった凰さんを説得し、仕事を手伝わせることに成功したのは5分後のことである。

 

「なんであたしがこんなこと……」

 

ヘラでクリームを広げながらぶつぶつと文句を言う凰さん。口の割にその手つきはしっかりしたもので、さすがは中華料理屋の娘だった。

「毎日あたしの酢豚食べてくれる?」とか言うぐらいだから日ごろから料理してるんだろう。

 

「一夏と写真撮りたいならきっちり手を動かせ」

 

「うるっさいわね。あんたごときがあたしに命令しないで」

 

報酬は『ご褒美執事との記念撮影』である。

普通に注文したら一枚一万円なのだが、それをタダで提供する代わりに応援を頼んだ。最終的には俺の代わりにクリーム係になってもらう予定だ。十分元は取れるだろう。

 

「だいたいこれ値段おかしくない? なんで写真一枚が一万円もするわけ? どんだけぼるのよ」

 

「別にぼってねえよ。最初は千円だったんだけど、クラスの女子に注文するか聞いたら全員手挙げやがったから、10倍にしただけだ」

 

理由を説明したら凰さんの頬がひきつった。

2組にいたら今一つ分からないだろうが、1組の中だけでも一夏は大人気なのだ。先ほどから様子を伺っていると、既に何度か写真は注文されているようだし。もしこれで千円だったら一夏が過労死するところだ。

 

「それに凰さんどうせ暇だろ?」

 

「ひ、暇じゃなわいよ! あんたあたしのこと嘗めてんでしょ! あたし目当ての客で入れ食いよ! ここに負けないぐらいにっ!」

 

「嘘ならもう少し上手につけ。一瞬で分かったらつまらない」

 

「嘘じゃないから!」

 

怒りで顔を真っ赤にしながらスポンジにクリームを塗りたくっていく。

怒りに任せて押し潰さないかと冷や冷やしたが、意外にも食べ物に当たる様な真似はしなかった。人には容赦なく当たるくせに不思議なものだ。

 

凰さんが塗り終わったケーキの上に星形のクリームを絞っていく。

それが興味深かったのか、凰さんはやたらと感心していた。

 

「へー……それ面白そうね。ちょっとやらせてよ」

 

「素人にはまだ早い」

 

「……あんた、あたしが誰だか分かってんの?」

 

剣呑にも人を射殺すような目つきで睨んでくる。

そんな目が出来るのは大したものだが、背中に龍砲がない以上は恐るるに足らない。

 

「中華料理屋の娘」

 

「中国の代表候補生よ!」

 

「大して変わらないだろそんなもん」

 

「変わるに決まってんでしょ!? あんた何言ってんの!?」

 

「一夏は代表候補生なんて知らなかったぞ」

 

「それはあいつが変なのよ!」

 

そんな調子であんまり大声で話していたから、他の女子に「静かにしてっ!」と怒られた。

周りを見ると結構な人に睨まれている。その中には篠ノ之さんもいた。

流石に反省。「悪い悪い」と謝っておいた。

 

「そもそも食べ物の前で喋るのがもうアウトだった。もっと気を付けよう」

 

「……あんたがふざけたこと言うから」

 

「凰さんも興奮するのは一夏の前だけにしとけ。間違ってもここでIS出すなよ」

 

「出さないし興奮もしないわよ!!」

 

もう興奮してる。

まあ落ち着けと宥めながら、絞り袋を差し出した。

 

「これやるから落ち着けよ」

 

「ん……。いいの?」

 

「別にいいよ。大して難しくないし。練習が必要な物でもない」

 

「やり方だけ教えなさいよ」

 

「ぐって握ったらにょきっと出てくる」

 

「あんたねえ……」

 

「力加減の問題だ。自信がないならこれで練習しろ」

 

先ほどバターを塗り過ぎたパンを横に置く。

凰さんは「なにこれ」と言つつ、言われた通り試しに星を一つ絞った。

 

「案外簡単ね」

 

「さすがは代表候補生様。見事なお手並みで」

 

「それ皮肉?」

 

「嫌味だよ。練習が済んだなら本番に取り掛かってくださいませ。お客様が大勢お待ちです」

 

「あんたも執事やった方がよかったんじゃないの?」

 

「あんなの一夏一人で十分だ」

 

休む暇もなく働きづめの一夏を見ると少し気の毒に思えるが……。

そんなことよりも自分のことの方が大事だ。

 

「さてと」

 

警鐘が偏頭痛並みに鳴り響いていたので一度ヘラを置いた。

頭を抑える俺に、「どうかした?」と凰さんが聞いてきた。

頭を横に振って、残っていたコーヒーを飲み干す。これで少しはシャキッとするか。

 

「こりゃやばい」

 

「は? 何言って――――」

 

「あとは任せた」

 

「あ、ちょっと!」

 

出口に向けて走り出す。

「ちょっと!?」凰さんの声と、「嘉神!!」なぜか一夏の声がした。

 

振り返らずに走り続ける。筋肉痛でうまく走れなかったが、離れれば離れるほど警鐘は止んでいく。

一体あそこで何があるのやら。恐らく生徒会長関連だろうとは思うのだが。この様子ではしばらく戻れそうにない。

 

代理は置いて来たし後顧の憂いはない。

とりあえずこの格好は人目を引くので着替えよう。

そう思って自室へと向かった。

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