明日の彼方に   作:紺南

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14話

「ちくしょうっ!」

 

美術部の部室内に、通算何度目かになる叫び声が上がる。

それに滲む必死さと来たら、もはや醜態と呼んで差し支えないほどの痛ましさだった。

壁にかかっていた絵から目を離し、そちらを見れば、五反田が『BADOOM!』と表示された爆弾を片手に膝をついて盛大に悔しがっていた。

 

その様子を見て、「またかよ」と呟く。近くにいた女子があははと苦笑した。

 

薄々分かっていたことではあるが、やはり素人に爆弾解体は難易度が高かった。

不用意に動かすだけで振動を検知して爆発するし、頑張って中を開ければ機械機械した部品の数々――――いっそ惚れ惚れするほどの緻密さで部品がぎっしり詰まっている。

 

解体方法は事前に説明されるが、素人が本番一発解体出来ちゃったら、それもう爆弾じゃないじゃんと言う話にもなる。

一応は素人でも解体出来るよう弱めに設定されているのだろうが、如何せん五反田には繊細さが欠けていた。爆弾を解体するのに繊細さは必要不可欠だ。縫い針に糸を通すような、絹布の感触を指先で感じるような、そんな感覚が必要になる。

五反田は良い意味では男らしいが、悪い意味では粗雑であった。やる前は「俺ギターやってるから、指先には自信がある」などと嘯いていたが、恐らくギター自体大した腕ではあるまい。わかるんだよお前のことは。どうせモテたくてギター始めたんだろ? そうなんだろ?

 

「もういい。諦めろ五反田。お前には無理だ」

 

「いや、あと少し……あともう少しなんだ!」

 

そうは言うがまだ導線を切断するところにもいってない。

中を確認するため、ケースを開けようとしたところで爆発している。振動感知センサーがシビアすぎるんだな。出来ない奴には一生かかっても無理だろこれ。

 

「どんなに頑張ったって無理なものは無理だ。お前に彼女が出来ないように、これは宿命づけられた運命なんだ。観念して受け入れろ」

 

「絶対いやだぁぁぁ!!!!!!」

 

うるさい奴だ。

こんな調子であんまり粘るものだから、案内役の女子生徒も苦笑しっぱなしだ。最初は芸術は爆発だとかテンション高かったのに、今や見る影もない。

 

「もういい、貸せ。俺がやる」

 

「え、お前が? 出来るのか?」

 

「俺を誰だと思ってる」

 

俺の名は佐藤義之。そこら辺にいるごく普通の男子高校生。IS学園に通った事実なんてないし、人権団体とかに命を狙われているなんてことももちろんないが、なぜか爆弾解体の手順は知っている。なぜなら俺は佐藤義之だから。

 

「お前に足りないのは集中力だ。そこの可愛い女子に格好いいところ見せようと(りき)みすぎなんだよ」

 

「ちょ、お前!」

 

暴露された五反田が恐る恐る件の女子生徒を窺う。そこには100%営業スマイルの女子がいた。がっくり肩を落とす五反田を横目に捉え、ざまあと内心一杯思いながら爆弾を解体していく。

 

「……あ、ここ難関だぞ。縁にちょっとでも当たったら爆発するからな。これで何回爆発したことか――――」

 

「うるせえ。負け犬は黙ってろ」

 

爆弾にもナンパにも負けた男を暴言でねじ伏せながらカバーを外す。

こういうのは無心でやるのがコツだ。機械的にすっと指を動かせば何の問題もない。余計なことを考えるから失敗するんだ。五反田(まけいぬ)のように。

 

カバーを外せば、中は配線でごちゃごちゃしていた。こんなもので芸術は爆発だとか言ってるんだからちゃんちゃらおかしいわ。

中をのぞき込み、一つ一つの配線を地道に辿っていく。見る限り変なトラップはなさそうだ。なら、とっとと邪魔なセンサー類を無効化してしまおう。

 

「すげえ……佐藤、お前何もんだよ」

 

「佐藤義之だ」

 

佐藤義之をよろしくお願いします、なんて政治家みたいなことを言いながらニッパーで導線を切断していく。

これはいらん、これもいらん。……これは何の線だ? ダミーか。いらん。

 

「おー。すっごい」

 

「ね、こいつすごいっすよね」

 

「うん。素人とは思えないぐらいすごいよ」

 

すぐ横で女子生徒と五反田が一緒になって俺を褒めていた。

褒められるのは気分がいい。久しく褒められてなかった。もっと褒めろと一瞬鼻が伸びかけたが、よく考えればそれなりに注目されていることに気づき、思わず腕が止まる。

目だけで周囲を確認すれば、やはり大勢の生徒が俺を見ていた。何だかんだ難しいと言う認識はあったのだろう。「あれ解体できるんだ……」と部屋中の生徒が俺を見ている。これだけ注目されているのなら、俺の正体に気づく奴がいてもおかしくない。一気に背中に冷や汗を掻く。

 

「お、俺は佐藤義之だ」

 

「うん? 知ってるけど」

 

「誰がなんと言おうと佐藤義之なんだ」

 

「だから知ってるって」

 

「佐藤君だね。覚えた」

 

覚えないでください。すいません、調子乗りました。素人さん相手に爆弾解体無双してほんとすいませんした。

 

やべえよやべえよと呟きながら順調に進め、ついには最終フェーズに到着。最後はエンタメらしく究極の二択。青か赤、片方が正解で片方が失敗。ミスれば死ぬ。

 

「最後は運だぞ。やるか?」

 

「いや、人の手柄を横取りする気はねえよ。最後までやってくれ」

 

ニッパーと一緒に注目を五反田に押し付けようとしたが失敗した。

と言うか、あれなんだよな。なまじ五反田もイケメンの類に入ってるから、そのせいで注目浴びてる気がするんだよ。

俺一人だったら「はい凄いねー」「はい出来たねー」「はいおめでとー」で済まされる気がする。そうに違いない。そうであってほしい。

 

「赤と青か……いい思い出がないな。五反田は何かあるか」

 

「俺も別にないけど。え、なに。これそういうので決めるの?」

 

「だから運だよ運。気分で決めていいんだ。そういうゲームだから」

 

とは言えここまで来たのだから成功したい。ちょっと真面目に考えてみる。

 

赤と言えば紅椿。臨海学校で色々あった篠ノ之さん。初対面時、一夏ともども真剣で斬られそうになったのは記憶に新しい。

青と言えばブルーティアーズ。飯が不味いと噂のオルコットさん。女尊男卑の申し子とも言える英国女子で、入学初日に喧嘩を吹っかけてきて、かと思えば次の瞬間には一夏に惚れていた意味不明ガール。

 

うん。どっちもむかつくわ。

 

「もう我慢できねえ。どっちがとか知るか。両方切るぞ俺は」

 

「お、おい、どうした突然」

 

「うるせえ! あんなん我慢できるか、ふざけんな! 殺すぞ!」

 

突然切れ散らかした俺に五反田が引いている。

隣の女子も引いている。幻滅しましたと言う顔で俺を見ている。

 

「ふん!」

 

込み上げた苛立ちの全てを込めてニッパーを握る。

瞬間、ピーっ電信音が鳴った。何だ爆発かと表示画面を見れば、『CLEAR』と文字が浮かんでいた。

 

「ちっ、クリアか」

 

いっそ爆発してくれた方が清々しかった。爆発オチさながらに吹き飛ぶ何某を想像すれば、それだけで胸がすく。

 

「解体しちまったよ」

 

「お、おう。つーかなんでそんな残念そうなんだ?」

 

「あーやってらんねえ。一夏の顔でも拝みに行くかぁ」

 

「行っても会えねえだろ」

 

そんなことは分かっていたが、それでも一応行くことにする。

例え会えなくてもすぐ隣は2組で飲茶だ。腹が減ってるからむしゃくしゃするのかもしれない。

 

解体成功の商品として缶ジュースを貰って美術部から出た。

 

「爆弾解体でこんなにイライラするとは思わなかったぜ」

 

「何か悪いことでも思い出したのか?」

 

「刀持った女性人権団体に追い回されたような感じだ」

 

「最悪だな」

 

五反田はそりゃ仕方がないと頷いてくれた。こいついい奴だ。

こんな偽名名乗って正体詐称してる上、情緒不安定な見ず知らずの男に親身になってくれるのだから、滅茶苦茶いい奴だ。さすがは一夏の友達。俺もこんな友達が欲しいよ。

 

出来ることなら三人で回りたいものだ。その望みを託して1年1組に行ってみれば、列は健在。一夏の悲鳴が聞こえた。何やってんのあいつ。

 

「飲茶行こうぜ」

 

「だな」

 

君子危うきに近寄らずと言う。真に賢しき者なら、この状況で一夏に近寄ろうとは思わないだろう。どんな火の粉が降りかかるか分からない。ISで殴られるところがスタートラインだ。心して近寄るがいい。

 

茶を飲みながらシュウマイを食べた。

中国茶と言う触れ込みだったが、味は完全に緑茶だった。緑茶とは中国茶だったのだろうか。伝来を考えればそう呼ばれてもおかしくない気はするが、では日本茶とは何なのか。よくわからない。

 

シュウマイが美味い。小籠包が美味い。ワンタンが美味いと中華に舌鼓を打つ。飲茶とは本来軽食的な意味合いらしいが、それに反してボリュームはたっぷりあった。

 

1組に根こそぎ客を取られて閑古鳥が鳴いていた2組も、俺たちが美味い美味いと食べている内に、いつの間にか客が入って来ていた。

時計を見ればもう昼過ぎだ。昼も食べずに並び疲れた客も大勢いるだろう。そういう意味では、2組は格好の位置にある。

 

腹を膨らませ、食休みに茶をすすっていたら、五反田の携帯に連絡があった。

「知らない番号だ」と言いながら電話口に出た五反田だったが、二言三言話せば驚愕に目が剥かれる。

勢いよく立ち上がりながら、「さっきの!?」などと大声を出していた。どこだ。どいつだと俺は考える。爆弾解体の時は連絡先の交換はしていない。ならばあれか。あの人か。校門前にいた。あの人か。まじか。

 

「い、行きます、すぐ行きます! 今どこですか!? ……え? あ、大丈夫です。一人ですから! ……一夏? あいつはダメでした。死にました」

 

一夏が亡き者にされている。そして俺はいない者とされた。なんてことだ。友情とはこうも容易く砕け散るのか。

こいつをいい奴認定した俺が間違いだった。所詮はこいつも友情より女を取る薄情者だった。立場が逆なら俺も間違いなくそうしていただろう。悔しい。なぜ俺は五反田じゃないんだ。なぜ佐藤なんだ。意味分からんだろ佐藤とか。

 

「はい! 校門前ですね! すぐ行きます! ダッシュで行きます!」

 

電話を切った五反田はガッツポーズを取って歓喜に震えている。

白けた目で見る俺に気づき、勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「聞いただろ? ちょっとどうしても外せない用事が入っちまった」

 

「ああ聞いてた。今すぐお前の息の根を止めようと思ってる」

 

「へっへっ。そう僻むなよ。上手くいけば友達紹介してもらうからさ」

 

その言葉は今日二度目だ。さすがに二度目となれば殺意も薄くなる。拷問してじわじわ嬲り殺すのを、ギロチンでひと思いにいくかぐらいの違いだ。

 

「わりい! ここ会計任せていいか? 急ぐんだ。金は置いてくから――――」

 

「おごってやるよ。とっとと行け」

 

財布を取り出した五反田に、俺は茶を飲みながらぞんざいにそう言った。俺としては、二度と顔見せんな手切れ金だぐらいの気持ちだったのだが、五反田は申し訳なさそうな顔をした。

 

「え、いや、でも、結構食ったし……」

 

「だからだよ。お前この後デートに使う金残るのか? 結構高いぞここ」

 

メニューを開いて値段を確認する。暗算で適当に計算してみたが、やはりそこそこ数値は積み重なった。下手なディナーぐらいは行ってるかもしれない。一介の高校生にはきつい金額だ。

 

「う……でもな……」

 

「金の心配ならするな。俺は金持ちだ。上手く行ったら女の子紹介してくれるんだろ? 上手くいかなかったなら笑わせてくれ。死に装束着て笑うわ」

 

そこまで言って、まだ五反田はぐずぐずしてたのでその足を蹴飛ばした。

「痛てえ!?」と悲鳴が上がったが知ったこっちゃない。行け行けと手を振って、ようやく踏ん切り付いた五反田は「今度絶対お礼するから!」と言って駆けて行った。

気持ちだけ受け取っておこう。多分もう会うことはないだろうから。

 

残っていた茶を飲みほして席を立つ。

なんだかんだここも混んできた。五反田も居なくなったことだし、俺もそろそろ佐藤から嘉神に戻らなければならない。

まずは一夏の顔でも見に行くか。ISで殴られる覚悟ならとっくに出来ている。

 

会計を済ませて2組を出た。

相変わらず1組から続く圧巻の行列をキッと睨み、決意を胸に歩を進める。

 

向かう先は1組ではなく階段。足取りは軽やかで、拘束を解かれた囚人のようである。

1組に行くのはいいけど、その前に忘れ物を思い出した。パティシエのあれ。着替えないといけない。いやーまいったね。持ってくればよかった。

理由としてはこれ以上の物はないだろう。ついでにトイレにも寄って行こう。遠回りになるけど。仕方ないね。男子用トイレは遠い上に数が少ないんだから。何もかも学園が悪いよ。

たった今聞こえて来た一夏の悲鳴も、学園が悪いってことでいいんじゃないのか? なんでこんなに悲鳴が木霊するんだ。教師は何やってる。かわいそうな奴だよ本当に。

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