トイレで用を足した後、念入りに手を洗って時間を稼いでいると、頭上のスピーカーにノイズが走り、校内放送がかかった。
『ご来場の皆様へご案内します。ただいまより第4アリーナにて生徒会主催、観客参加型イベント
シンデレラなのに一夏が主演とか意味わかんないこと言ってるな。
クラスの出し物であれだけ叫んでいたのに、今度は観客相手に熱演を強いられるらしい。不憫にもほどがある。どれだけ可哀想なんだあいつ。
さて、どうやら俺は機を逸したようだ。
こんな放送がかかった以上、みんなクラスの仕事なんかほっぽいてアリーナ行くだろうし。今から戻っても人っ子一人いるはずがない。
どうしようかな。怖いもの見たさで第4アリーナ覗いてみるか。
ぶっちゃけ一夏がどんな酷い目に遭ってるかは興味がある。クラスであれだけ叫んでいたんだから、よっぽど酷い目に遭ってるに違いない。
普段、女子生徒に囲まれてるだけでも目を逸らしたくなるほどだと言うのに、今度は観客まで含んでいる。いつもの10倍ぐらい凄惨な状況に陥っていておかしくない。
その内の0.1割ぐらいは俺が行方を眩ませたことに起因していてもおかしくない。つまり1%。誤差じゃん。罪悪感なんか抱くはずねえわ。
眼鏡を装着して第4アリーナへと足を向けた。
一夏の顔を拝みに行く。きっとあいつは酷い目遭ってる。なんてかわいそうな奴なんだ。
先ほどまであれほど重かった足取りは、いつの間にかこの数か月で一、二を争うぐらい軽くなっている。
クラスに戻るのと一夏の顔を拝みに行くのとじゃ、精神的な負担が誇張抜きに万倍ぐらい違う。必然的に足取りも万倍違う。軽いっていいね。最高だ。
るんるんスキップを踏みながらアリーナへ。一夏はどんな目に遭ってるんだろう?
◆ ◆ ◆
アリーナの上で繰り広げられる光景を観客席から見ながら、俺は自分がどれだけ浅はかさだったのかを実感していた。
「一夏、お前ってやつは……」
込み上げてきた涙をぐっと堪える。
上を向き目元を抑えた。とても見ちゃいられない。だって、一夏は今殺されそうになっている。
『この手裏剣本物じゃないか!? 死んだらどうするんだよ!?』
『死なない程度に抑えてあげるわよ!』
鳳さんに刃物を投げられ、
『もらいましたわ!』
『そ、狙撃!? セシリアか! 一体どこから――――』
遠くから実弾を撃たれ、
『一夏は僕が守るよ!』
『シャルロット……!』
『もう大丈夫だよ一夏。……あ、その王冠ちょっと貸してくれないかな?』
味方のふりをする元男の詐欺師に騙されかけ、
『なぜ逃げる一夏!』
『日本刀で襲われたら逃げるに決まってるだろ!』
『大人しくしろ!』
日本刀を振り回すやばい女に追いかけられ、
『追い詰めたぞ嫁よ。覚悟しろ』
『ら、ラウラ、お前まで……』
『王冠は私のものだ!』
ナイフを持った軍人に執拗に狙われる。
そんな地獄の様な光景がアリーナでは繰り広げられている。
直視に堪えない。
一夏、お前今日一日こんな目に遭ってたんだな……そりゃああんなに悲鳴も上げるわ。
……よくよく考えれば普段からこんな感じだった気がする。
『さあ、フリーエントリー組も参戦! みんなドンドン一夏くん追い詰めてください!』
生徒会長の声がする。
姿こそ見えないが、声の節々から楽しんでるのが伝わって来た。一夏の苦境を楽しんでいる。やっぱりあいつ関わったら駄目な奴だわ。
いつもの五人に加え、IS学園のほぼ全員が参加した演劇は蠱毒の様相を呈している。
あっちこちで仲間割れが起き、一夏を探して大勢が右往左往している。そんな中を一夏は巧妙に逃げ回り、逃げ場を求めてキョロキョロと周囲を見回していた。
その視線が観客席を伝って俺の方へ向く。一度は素通りした視線だったが、はっと何かに気づいた一夏は再度俺の方を見て来る。
じぃっと一点に留まり続ける視線に、まさかと思って反射的に体を縮めた。警鐘は鳴ってない。大丈夫なはず……。
そう思ったのも束の間、絶望の表情から一転、希望に満ちた顔になった一夏が渾身の力で叫ぶ。
『助けてくれ、嘉神ぃ!!!!!!!!』
「ふざけんなてめえ!!」
一夏の一声と共に頭の中に警鐘が鳴り響く。思わず叫び返した俺に観客の視線が集まった。あーもう、くそがっ!
こんなところにいたらとんでもない目に遭う。
アリーナから逃げようとした俺の方に向け、会長がとんでもないことを言い始めた。
『観客席の皆さん! その男の子を捕まえた方には豪華景品があります! 生徒会長権限で出来る限りの物をご用意します!』
「はぁ!?」
まさかそんなことを言うとは思いもよらず。
大慌てで出口に向かったものの、僅かに走っただけで前方に人の壁が現れた。
そのほとんどは父兄が戯れに参加している感じだったが、たまにどこの軍人かと思うほどの筋骨隆々な外人が混じっている。
その目の剣呑さと来たら背筋が凍る。下手すれば誘拐かもしくは殺害目的か。そんな気がしてくる。あんなの相手に正面突破を試す度胸はない。
そうこうする内に四方八方を囲まれて絶体絶命のピンチに陥る。
じりじりと距離を詰められ、もはや成す術がない。警鐘はすでに最大出力。あれ、俺死ぬ?
『嘉神、今助けに行くぞ!』
「お前だけは絶対に来るんじゃねえ!」
なりふり構ってられないとはいえ、それだけはお呼びじゃない。
遠くから聞こえて来た声に叫び返すが、どうやら俺の声は届かなかったらしく、徐々に一夏の雄たけびが近づいて来る。
現実逃避を兼ね、これどうやって収集つけるんだよ馬鹿じゃねえのかあの女、と内心で毒を吐いていたら、視界の端で唐突に身を屈めた人間がいた。
咄嗟にそちらに視線を向けると、紳士然とした老人が突っ込んで来ている。
やばい、と思ったときにはすでに間近まで迫っていた。躱そうにも躱せず、織斑先生直伝の体術でどうにかしようにも、咄嗟のことで身体は動いてくれない。
このまま押し倒される未来を想像し目を瞑る――――最中、手首の腕輪が熱を持った。
IS起動の感覚。
はっとして目を開ける。俺の意思とは関係なく、腕部が部分展開され掌から電撃を放出している。
周囲の人間を巻き添えにし、突っ込んできた老人共々失神させていた。
……え、なにこれ。ISってピンチの時勝手に動いてくれんの? いつの間にそんな新機能が。
「大丈夫か!?」
呆然としていると一夏がやって来る。
王子様の格好をした一夏は頭の上に王冠を被っている。はっきり言ってダサい。いくらイケメンでも許されない格好をしていた。
「お前……誰のせいでこうなったと……」
「話はあとだ! 逃げるぞ!」
手を引かれて無理やり走らされる。
はあ? と思ったが、振り向くとシンデレラの群れが迫ってきていた。全員純白のドレスを着込み、しかし走る姿は陸上選手のように綺麗なフォームだった。そんなのが無数に追いかけてきている。あれに追いつかれたら間違いなく死ぬだろう。そう思うのに十分な狂気を備えていた。
「おい、あれ全員目がおかしいぞ! 何がどうなってんだ!?」
「俺にもよくわからない!」
「狙いはお前だろ!? なんで俺まで巻き込まれてんだよ!」
「すまん! でも助けてくれ!」
「お前本当にいい加減にしろよ!」
いっそのこと足をひっかけて転ばそうかとも思ったが、先ほどのアリーナの惨状が脳裏をよぎって二の足を踏む。もし一夏があの一団に捕らえられたら、血で血を洗う悲惨なことになりそうだ。
それはあまりに惨たらしい。鬼の所業だ。とはいえ自分の命の方が大事なので足は引っかける。
「あぶねえ!?」
「ちっ」
心を鬼にしてやったと言うのに躱された。
いい反射神経してやがる。今ので警戒されたな。次は慎重にやらないと。
「か、嘉神。お前……?」
「あっちだ。ついてこい一夏」
自分のしたことなど二秒後には忘れてる。
そう言う男に俺はなりたい。
その調子で学園内を走り回った。幸いなことに、奴らはドレスなんて着てるから本気で走れば距離は開く一方だった。途中男子トイレを経由して窓から脱出なんて小細工まで弄した。
男子トイレに突撃し、あまつさえドレス姿のまま窓から飛び降りるほどの度胸を有してる奴は数えるほどしかいない。精々、篠ノ之、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒぐらいだろう。あいつらなりふり構わないな。一夏に全てをかけてる。女捨ててるようにしか見えない。
とはいえこちらは健康な男子高校生。いくらIS学園の女子生徒達とはいえ、生身ならば軍配はこっちに上がる。
ようやく逃げ切った時には数少ない男子更衣室に来ていた。俺も一夏も疲れ切って疲労困憊だ。
「や、やばかった……」
「あの女どもめ……」
一先ずの安息の地にたどり着き、一呼吸付いたことで余裕が生まれた。とりあえず呪詛を吐く。
この恨み晴らさずおくべきか、と言いながら考える。
ISが勝手に動いたことはこの際どうでもいい。それよりもこの糞みたいなイベントについてだ。
この前まで男だった奴がなんか言ってた。王冠よこせとかなんとか。
「一夏」
「うん?」
「その王冠は絶対手放すなよ」
「え?」
推測するに、王冠を手に入れた奴に何らかのご褒美があるらしい。
あれだけ目の色変えて追いかけてきたのだから、きっともの凄いご褒美に違いない。
なんだろう一夏と一日デート権とか? でもそれだとちょっと弱い気もするな。あの苛烈さはもっと魅力的なご褒美な気がする。
何にせよ、こうなっている原因は間違いなくその王冠にある。今の内にどうにかするのも手だ。
「……よし決めた。壊そう」
「何を?」
「その王冠を」
ISを腕部だけ部分展開して一夏の頭に手を伸ばす。
粉々にして外にばら撒こう。そうすれば万事解決だ。
ISで迫られた一夏が身の危険を感じ距離を取ろうとする。動くんじゃねえと言いながら追いかけてわちゃわちゃした。
頭の中ではずっと警鐘が鳴り続けていたのだが、それが少しずつ大きくなっていることに気づかなかった。
前触れなく更衣室の扉が開いたことで警鐘は最大限に達し、咄嗟に掌を扉に向ける。そこには見たことのない女が立っていた。
「手間取らせやがって……!!」
女は怒っていた。
OLみたいな恰好をしていたが、その怒気は到底一般人とは思えない。
一夏も女の異様さに気づき臨戦態勢を取っている。
「誰だお前? ここは男子更衣室だぞ。文字も読めねえのか」
「あぁ? てめえこそ礼儀を知らねえのかクソガキ。人に物を訊ねる時はお願いしますだろ?」
「性格の悪そうな女だな」
けっと嘲笑う女を前に、どう対処すべきか決めかねる。
本能は電撃を浴びせて無力化すべきだと叫んでいた。しかし見ず知らずの人間にISで攻撃するのは躊躇する。一夏に足を引っかけるのとは違うのだ。
「部分展開か。それでも出来んのか? まあ、やってみるか」
何かぶつぶつ言っている。
ISを向けられて余裕綽綽のこの態度。何か策を持っているのか。一般人ではない。軍人かそれに類する何か。そして間違いなく敵だった。
「展開しろ、一夏!」
「おう!」
ようやく決心する。何が目的なのか、どんな策を持っているのか。分からないことだらけだが、何かする前に片をつける。
一夏が『白式』を緊急展開し、俺は電撃を放出する。同時に『紫電』を展開した。
電撃を受けた女は屁でもないと言う顔をしている。すでに服の下にISを展開していたらしく、背中から蜘蛛のような鉤爪が現れた。
俺の『紫電』はシールドエネルギーを電気に変換する機能が備わっている。放出すれば武器にもなるが、一夏の零落白夜の足元にも及ばない威力のため完全な下位互換だ。まあ、雪羅の荷電粒子砲も大した威力じゃないし、遠距離武器の宿命かもしれない。
雪片弐型を手に一夏が突っ込んでいく。そうすると大雑把にしか狙いをつけられない電撃は同士打ちの恐れがあるから使えない。代わりに拡張領域からマシンガンを呼び出し、横に移動しながら撃った。
「あんた一体どこの誰だ!」
「ガキどもが。口を揃えて同じことしか言えねえのか!? 教えてほしかったらお願いしてみろよ、床に頭こすりつけてな!」
「ふざけ――――」
「おい、あんまり見え透いた挑発に乗るなよ。一回距離とれ」
激高しかけた一夏を注意して離れるように指示を出す。そうすると女が舌打ちした。
やはり何か狙いがある。不用意に近づくのは駄目だな。注意しないといけない。
「学園の中でこんな大騒ぎしてるんだ。すぐ誰か来る。ゆっくり戦うぞ」
「……わかった」
「は、腰抜けどもが」
両手に持ったマシンガンを斉射する。
女は再び舌打ちし、八本の鉤爪から銃口を覗かせた。
「これでも食らいなっ」
八門の砲口による一斉射撃。更衣室はISが逃げ惑えるほど広くなく、ロッカーなどの障害物は銃撃を防ぐには心許ない。一夏は宙に飛んで躱したようだが、俺は躱しきれなかった。こんなところでISが二体も自由に動き回れるはずねえだろ。
「大丈夫か嘉神!?」
「あの女は絶対殺す」
マシンガンで応射しながら必死に回避するも、じりじりとシールドエネルギーが削られている。
ジリ貧か。場所が悪いな。移動するか。
「壁ぶち壊して外に出るぞ。荷電粒子砲頼む」
「わかった。どこ狙えばいい?」
「ちょっと待て」
学園内のマップを開いて考える。
生体反応がなく、外まで最短となるルートを探す。
「あー、そう言えば織斑一夏よ。お前まぁだ織斑千冬におんぶに抱っこみたいだなぁ? あの時もそうだった。第二回モンド・グロッソの時もなあ!」
一夏の顔が強張った。
やばいな。この話題は食いつくぞ。
「……なんだって?」
「おい、あんなゴミの言うこと聞くな」
強烈な単語で気を引こうとしてみたが、織斑先生の話題には負けた。俺の言葉なんて届いてもいない。
「あの時お前を拉致したのはうちらの組織だからなあ! なーんも変わってなくて笑えるぜ! あの時も今も、助けてお姉ちゃんって織斑千冬に泣きついてんだからよぉっ!!」
歯ぎしりの音がする。「そうかよ」と感情を押し殺した呟きが聞こえた。
声をかける暇もなく、一夏は瞬間加速で女に肉薄していく。
「あの時の借り返してやらぁ!!」
振り上げた雪片弐型は八本の鉤爪で抑えられた。
それどころか、残った足で拘束されている。
あれじゃあ逃げようにも逃げられん。マシンガンで援護してみるも、一夏が邪魔になってほとんど意味がなかった。
そうこうする内に何かやられている。掌サイズの四つ足の機械を『白式』に取り付けられている。
剣を呼び出して接近戦を仕掛けようとしたが間に合わない。一夏が吹っ飛んできた――まさかまさかの生身で。
「いってえ……」
「おい、一夏」
「わ、わりい。つい頭に血が上って――」
「お前ISはどうした?」
「え……?」
自分の格好を見下ろしてようやく気付いたらしい。
見る見る間に顔が青白くなっていく。女が歓声を上げた。
「はっはぁ! 『白式』ゲットォ! ガキは扱いやすくて助かるぜぇ!」
ひし形のクリスタル――『白式』のコアを持ちながら、女は歓喜の声を上げている。
どうやら目的は『白式』だったらしい。
「返せ!!」
「あぁん?」
ゴミを見るような目。俺たちへの興味は欠片も残っていない。
もう用済みということか。『紫電』は狙ってないみたいだな。
「はっ。最後に教えといてやるよ。私は亡国機業の一員、オータムだ。死にな、ガキども」
八門の砲口が一夏に集中砲火を浴びせる。シールドを構えて一夏の盾に入るも、全ては防ぎきれず、見る見るエネルギーは減っていく。
「逃げるぞ」
「待ってくれ、『白式』が……!!」
「諦めろ」
命の方が万倍大事。
一夏を脇に抱えてミサイルを呼び出す。壁に照準を定めて引き金を引こうとした。
けれども、部屋の中に新しい生体反応を検知してやめる。
「ピンチみたいね」
どこのだれかと思えば、記憶にこびりついた声が聞こえてくる。どことなく楽し気な声音。さっきまでマイク越しに聞いていたにっくき声。
「お姉さんが助けに来たわよ」
いつの間にか扉の前に立つその女。
扇子を手に、特徴的な水色の髪を持ち、自信に満ちた態度で仁王立ちしている。
「ヒーローは遅れて登場するものだからね」
帰れ。