地下についた頃にはズタボロだった。
暗闇の中に取り残されていた女子生徒たちは、俺が一夏じゃないことなんか気にもせずに助けを求めて群がって来る。
一夏がいたなら全部丸投げできたのに、一夏がいないから俺がどうにかするしかない。一番最初に激しい音を出したのが失敗だった。あの音のせいで大勢が俺の存在に気づいてしまった。
一夏はこういうことを乗り越えて今に至っているが、無様に逃げ続けてきた俺には荷が重すぎた。一夏の凄さを再認識する。
途中で生徒を避難させるために右往左往していた教師に出会わなければ、今頃はまだ女子たちに囲まれていただろう。ありがとう、先生。一夏の代わりに押し付けておいたから、頑張って。
そんな地獄を潜り抜け、やっとの思いで地下にたどり着いた。
地下は独立した電源を持っているらしく、自動扉が普通に開いた。
久方ぶりの電灯が目に痛い。普段からこんな光量の中で生活していたんだなと、場違いな感想を抱いた。
今まで、IS学園の地下に来たことは一度もない。
生徒の立ち入りは禁じられていたから、てっきり触れられたくない重要な機械類がひしめいているのかと思っていたが、実際はいざと言う時の指令室だった。軍事施設かよ。学校だぞここ。
ISに誘導されるがまま進み目的の部屋に辿りついた俺は、織斑先生を探して部屋の中を見回す。
空中ディスプレイが主流となった今では比較的珍しい、壁掛け型の巨大なディスプレイがIS学園のマップを表示している。そのマップではIS学園全域が赤く染まっていた。
今現在、生徒がどれだけ避難出来ているのか、その経過も逐一反映されているようだ。
そのディスプレイを横目に通り過ぎつつ、室内に織斑先生の姿こそなかったが、代わりにデスクのモニターに噛り付いていた更識妹を見つけたので声をかけに向かった。
「状況は?」
「……」
声をかけられ、はっと振り向いた更識妹は俺の姿を見て目を丸くする。驚きすぎて声を発するのに随分と間が空いた。やっと口を開いたと思ったら質問には答えてくれていなかった。
「本当に、来た……」
「は?」
「織斑先生が……どうせ来るだろうって」
「あ、そう」
鬼軍曹には俺の気持ちなどお見通しだったらしい。
弟子入りして数か月。それなりに俺のことを理解している。それなら日頃の特訓ももう少し手加減してもらえませんかね。
「で、状況は?」
「今は……みんな、システム復旧のために電脳ダイブしてる」
「突然SFぶっこむのやめろよ。現実の話しようぜ」
「これが現実」
まじかよ。さすがIS学園だな。一夏に女子生徒のスリーサイズ測らせる程度には頭おかしかったが、行きつくところまで行きついていたらしい。普段から電脳ダイブなんてしてるから全員頭パァになってるんじゃないの?
そう言う現実逃避を兼ねた悪口は置いといて、実際のところ電脳ダイブとか近未来感あふれてるなとは思うのだが、一般庶民がお目にかかれない最先端技術なんてそんなものかもしれない。つうか教科書に書いてあったしな、電脳ダイブ。普通に書いてあるから五度見ぐらいした。本当にできんのかよ、そんなこと。
「みんなって織斑先生も一緒にダイブしたのか?」
もしそうなら俺が来た意味なんて微塵もない。どころか専用機持ちを同行させる意味すらない。全部あの人一人で解決できるだろう。
肩の力が抜けそうになったが、しかし実際の所はそう言う訳ではないらしい。
「織斑先生は別。……お姉ちゃんも別の仕事」
「別の仕事って?」
「……わからない」
一度集まっておきながら、妹に何も言わずに行ったのか。相変わらず妹思いな人だ。そう言う言葉足らずのせいで姉妹仲拗れたんじゃないのかよ。また拗れさせるつもりか? まあ、一夏いるから大丈夫か。
「侵入者の対処だろ。学園最強だし心配しても仕方ない」
「でも……ISが」
「それはみんな同じだ」
俺以外は、と付け足す。
会長の仕事は、本来なら俺がすべきことだったのかもしれない。俺だけが唯一ISを万全に動かせるのだし。
「順調なのか? 順調なら帰る」
「わからない……通信が不安定で連絡が取れない。五人別々にシステムの中枢に向かったはずだけど……」
「ばらけさせたのか」
電脳ダイブがどんなものなのかは分からない。システムの中がどうなっているのかも。
しかし五人ばらばらに行動したのなら、何かしらのアクシデントに巻き込まれて足止めを食らってる可能性がある。
「仕方なかった……決められた役を演じなきゃいけなかったから」
「なんだよ役って」
よくわからないな。電脳世界ってどういうところなんだ。好き勝手に世界を弄れるワンダフルパークか?
「待てばその内復旧する感じ? じゃあ俺帰るわ」
「……」
「何その不安そうな顔? 待てば復旧するんじゃねえの? 駄目なの?」
「……もう何分も待ってる。……遅すぎる」
「酷い状況だな」
さて、どうするかなとモニター越しに五人の姿を眺める。
アクセスルームと言う表示の部屋。部屋は白一色で六台のベッドチェアが鎮座している。そこに眠る五人は全員目を閉じて起きる様子はない。
眠ってる分には全員顔立ち良いんだよな。普段の素行は最悪の一言だが、寝顔を見る限りではまるで眠り姫だ。そして眠り姫には王子様のキスが定番だけど……。
「……一夏は」
「連絡はとれないな。向こうも忙しいのかもしれない」
「まさか……」
「さてね。まあ、あいつのことだから大丈夫だろう。メールは送っておいた。でもいつ来るかは分からないな」
更識は俯いて考え始めた。
頼りにしていたヒーローは来れません。さあ、どうしよう? ……考えるまでもない。
いつ来るかもわからないヒーローを待つ余裕などない。現実は物語のように甘くない。俺たちで助けに行くしかない。手遅れになる前に。
「……端末は、あと一つ空いてる」
「あの寝心地の悪そうなベッドチェアのことか?」
「私が、行く」
更識が決意を滲ませて立ち上がった。
「あなたは、サポートをお願い……このコンソールで接続できるから、バックアップを」
「馬鹿かお前は」
馬鹿げたことを言い始めた更識を一刀両断する。あまりに現実に即していない。役割が正反対だ。
「お前、俺にこんな機械を動かせると思ってるのか?」
答えなんか決まっている。無理だ無理。絶対無理。
俺は数か月前まで普通の中学生だった一般人だ。何かの間違いでIS学園に入学させられたが、そんな俺に電脳ダイブのサポートをしろなんて言われても、それは赤ん坊にプログラム組ませるぐらい無謀だ。
更識だってそんなこと分かってる。だから俺の言葉に言い返せない。
「でも……じゃあ、どうするの?」
「適材適所だ。俺が行く」
肉体労働ならスキルのない俺にだって出来る。スキルがない分給料が安くて命の危険があるが、適材適所ってそう言うもん。
「……あぶない」
「知ってる。馬鹿五人はまんまと眠り姫だしな」
「死んじゃうかもしれないのに……」
「やめろ、不吉なこと言うな。死にたくねえんだよ」
クラス対抗戦の際、無人ISに殺されかけたことを思い出す。
臨海学校の時に、篠ノ之束に告げられた言葉を思い出す。その内殺すからね、と。
「……震えてる」
「おっと」
更識の指摘で気がついた。いつの間にか、死への恐怖で身体が震えている。
覚悟してここに来たつもりだったが、実際に危険を目の前にするとこうなってしまう。刻まれたトラウマは相変わらず治ってない。
右腕の腕輪に触れて深呼吸する。腕輪は『紫電』の待機形態。いつも通り、ほんのり暖かくて安心した。
「やっぱり、私が……」
「押し問答してる時間はないだろ。答えなんか決まり切ってる。俺がやる」
「でも……」
「……なあ、更識はヒーローが好きだよな」
突拍子のない問いかけに更識は一瞬困惑し、次の瞬間には頬が赤く染まった。
ヒーローの一言で即座に一夏を連想するなんて、どんだけあいつのこと好きなんだ。こんな状況で恋愛にうつつを抜かすなんて、やっぱりこいつも馬鹿だった。馬鹿六人目だ。
「俺は別にヒーローになりたいなんて思ってないけど、守られるだけの他力本願野郎になるつもりもない」
一夏はヒーローについて一家言あるようだが、俺に言わせてみればあいつはヒーローだ。
自分の危険を顧みず他人を助けられる奴は、それだけでみんなヒーローだ。あそこで眠り姫やってる五人もそうだし、更識だってそうだ。会長も先生たちもみんなヒーローだ。
それに比べて、俺はヒーローにはなれない。だって怖いし。死にたくないし。逃げたいし。逃げた先で膝を抱えて丸まっていたいし。
でも最低限、自分の身ぐらいは守らなければならない。
そんなことも出来ない奴は男じゃない。腰抜けだ。金玉をどこかに置き忘れてしまったんだろう。
俺は自分に金玉がついていることを毎日確認しているから、いい加減立ち向かわなければいけない。じゃないと本当に金玉どっかに置き忘れそう。
どうせ篠ノ之束からは逃げられない。万に一つ生き残りたいのなら、それは立ち向かうことでしか成し遂げられない。多分どんだけ頑張ったところで予告通り殺されるだろうけど、でも俺は生きたい。よしんば死ぬにしたって、俺は立派な男だぞと胸を張って死にたいもんだ。金玉とれば生かしてあげるよとか言われたら迷っちゃうけど。
自分で考えてて笑えてきた。
究極的には今死ぬか後で死ぬかの二択なのかもしれない。
まあ、死に方ぐらいは選んでみようか。とりあえずは一夏みたいに格好良く生きてみよう。
「じゃあ行ってくる。サポートよろしくー」
「あ……」
問答無用と言うことで、更識を置いて部屋を出る。
部屋を出たところで深呼吸した。『紫電』を握りしめ、問いかける。
「……助けてくれるか?」
当然だが返事はない。けれども暖かかった。熱いぐらいだ。と言うか本当に熱い。なにこれ熱い。体感40℃。熱めの風呂と同じ。話しかけたら突然熱くなった。これはもう返事としか思えない。
ISには意思があると思う。最近、割と本気でそう思ってる。
◆ ◆ ◆
目が覚めた時には草原に寝転がっていた。
ベッドチェアに横たわって電流が走ったと思えばこんなことになっている。スタンガン食らったのと同じだろ。なんだよあれは。
ぶつくさ言いながら起き上がり、辺りを見回すと一面の草原地帯。そのど真ん中に立っている。
思いっきり息を吸い込んでみたら若草の匂いが鼻についた。ぶちぶちと草を引っこ抜けば生々しい感触が伝わって来る。
ドッキリでも仕掛けられたのかと思う。ここが電脳世界なんて到底思えない。IS学園から出たがらない俺への嫌がらせだ。主犯は間違いなく会長。
無性に叫びたくなって、出てこいやぁ! と大声で叫んでみた。どこかに反響した声が数舜遅れて戻って来る。時折風も吹いているようで、ざわざわと足元の草が揺れていた。引っこ抜いた草を放ると風に吹かれてバラバラに散っていく。
信じられない。信じられないが、ここは電脳世界だ。そう自分に言い聞かす。具体的には仮想現実と言う話。しかしここまでリアルだともう何を信じていいか分からない。そりゃあアラスカ条約で規制されるわ。
『聞こえる?』
「ああ。聞こえてるし見えてる」
空中に現れたディスプレイに更識妹の顔が映っている。
更識の背後にはさっきの指令室が見える。夢でもドッキリでもないことの証明だ。夢だったらよかったのに。ドッキリだったら全身全霊をかけて会長の息の根止めてたが。
『何が見える?』
「草原」
『わかった』
更識は随分と心配そうな表情をしていた。一夏に比べれば万倍頼りない俺が助けに向かってるんだから、そう言う顔にもなるだろう。
『あまり、無茶はしないで』
「それは一夏の耳にタコが出来るぐらい聞かせてやれよ。俺は無茶なんかしない」
『危険を感じたらすぐ逃げて』
「木乃伊取りが木乃伊になったら大変だからな」
『それから――』
「更識。何があってもお前はダイブするなよ」
やたらと注意事項が多かったので先にこっちの意見を伝えておく。
「もし俺と連絡が取れなくなっても、お前は絶対にここに来るな。一夏を待て。会長でも先生でもいい。全部伝えて助けを待て」
『……』
「わかったか?」
『……わかった』
「じゃあ、行ってみよう」
森を探して歩き始める。
五人はウサギに導かれてそこに向かったらしい。導かれたと言うか翻弄されたらしいが。
つうかどこにあるんだよ。見えねえぞ、森。
◆ ◆ ◆
ようやく見つけた森は鬱蒼としていた。藪をかき分けて進む。
土の上には五人のものと思しき足跡が残っていた。
電脳世界の癖に痕跡は残るらしい。けれども虫はいない。耳を澄ませても聞こえるのは風の音と葉鳴りぐらいだ。虫嫌いには楽園だな。
『さっきは、ここに道があった』
「……ん? どういうこと?」
『誰かが世界を書き換えた。嘉神が進むのを拒んでる』
「好き放題やられてるなあ、IS学園」
そもそも依然として電脳世界と言うのがよく分からない。
ハッキングされた時に仮想世界を作り替えられたのかもしれない。少なくとも主導権は手放している。
とっくの昔にIS学園の安全面への信頼は0だったが、今はマイナスに突入している。
いや、言い過ぎか。相手にもよるな。犯人が篠ノ之束だったら情状酌量の余地はある。亡国機業だったら許さん。
藪をかき分けた先でぽっかりと空いた空間に出た。そこだけ草が掻き分けられている。
更識妹の話通り、場違いな扉が五枚、森の中に佇んでいた。
『扉の先――みんな――――この先――通信――――』
途切れ途切れの通信を聞き、この先はサポートを受けられないことを察した。
一人で進まなければならない。これまた勇気が必要な局面だこと。
「道案内ありがとう。先に言っておくと、木乃伊になったらごめんな。その時は一夏を待ってくれ」
『――――』
ノイズしか聞こえなくなった。
こっちの声も届いているのか分からない。
外界とのつながりが断ち切られ、一気に心細くなった。
扉を眺めながら深呼吸する。こんな所まで来て逃げるわけにはいかない。進むしかない。問題はどれに入るか。五つの扉に五人がそれぞれ入ったらしいから、最終的に全部の扉に入らないといけないのだろうが、こう言う時は最初が肝心だろう。速攻で一人助けて勢いに乗りたい。
さて、どの扉に入ろうか。
「……どれでもいいか」
よくよく考えてみれば、どの扉がどうとかそんなの知らなかった。もういいや。当たって砕けよう。
右端の扉を開いて足を踏み入れる。
途端に強い光が視界いっぱいに広がり、先にあるものを覆い隠すが、腕で顔を覆いながら歩き続けた。この先に五人の内の誰かがいることを信じ、無事であることを願いながら。
そうして光が収まり、恐る恐る目を開けた先には凰さんがいた。
見たことのない格好をしている。セーラー服だ。多分中学校の制服だろう。よく似合っていた。
凰さんの側にもう一人。学ラン姿の一夏だ。
凰さんは一夏に手を引かれながら、恋する乙女のように頬を染めて、二人で雨の中を走っている。
まるで初々しい恋人のような雰囲気だ。
一夏なんて普段の数倍凛々しい顔つきをしている。いつもの情けなさなど微塵も感じない。断言してもいいが、あれは童貞卒業している。間違いない。
走り去る二人を見送り、ザーザーと降る雨に打たれながら、さて、これは一体なんなのだろうかと、自分自身に問いかける。
問いかけたところで答えなんか出るはずもない。
けれども胸にこみ上げた思いがある。万感の思いを込め、唾を吐き捨てた。
……あぁ? イチャコラしてんじゃねえぞクソがっ。