明日の彼方に   作:紺南

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ワールド・パージ3

雨の中を走る。

すでに走り去った二人を追いかけ、全力で水たまりを突っ切る。

 

雨に打たれるたびに身体から熱は失われていった。凍える身体とは裏腹に、心はぐらぐらと煮えたぎっている。

この熱はどこから来ると言うのか。言うまでもない。無論、怒りから。

 

奥歯を噛み締め、拳を握りしめ、二人の痕跡を探す。

とっくに二人の姿はない。けれどどこへ行けばいいかは何となく分かった。いつもの直感。普段は危機的状況でしか働かないそれは、今ばかりは道しるべとなって行く道を指し示している。

 

行く先が分かっているなら突き進むだけだ。

俺は激怒している。使命感に燃えていた。あまりに猛っていたため脳がバグを起こし、冷静沈着を是とする俺の中からその四文字が消えていた。

代わりと言ってはなんだが、不意に脳裏にとある一文がよぎる。

 

――――メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かねばならぬと決意した。

 

今の俺はまさしくそれだった。

童貞を卒業したと思しき一夏を追いかけ、そんな一夏に腕を引かれて頬を染めていた凰鈴音を追いかける。

言ってやらねばならないことがあった。やらねばならないことがあった。そのために走った。電脳世界なんて知ったこっちゃなかった。ISと言う不幸の権化も、今の俺には関係ないことだった。

 

二人が向かった先は中華料理屋らしい。びんびんにきてる。

暖簾には鈴音と書かれていた。どこかで見た文字列だ。どこで見たのかは思い出せない。どうでもいい文字なのだろう。

そんなことよりも俺にはすべきことがある。

 

躊躇せずに足を踏み入れる。

中に人の気配ない。客も店員も不在だ。邪魔が入らないのは都合が良い。しょっぴかれる不安がないのだから。

 

二人の気配を辿って二階に行く。

耳をすませば話し声が聞こえた。足音を殺しながら近づき、漏れ聞こえる会話に耳を傾けた。

 

『鈴、綺麗だ』

 

一夏の声がする。

声音から察するに、真剣な時の一夏だ。それに追加して甘い声色。女を落とそうと言うヤリチンの雰囲気を感じた。

 

『凄く綺麗だ』

 

『な、なに言って……』

 

『もう、我慢できそうにない』

 

『い、一夏?』

 

『鈴……』

 

『一夏……』

 

叩きつけるように扉を開く。

ベッドの上、酢豚女に覆いかぶさり、今にもおっぱじめ様としている一夏がいた。いや、一夏じゃない。あれは偽物だ。最初に見た瞬間から分かっていた。

 

「死ねやオラァッ!!」

 

俺と言う乱入者に驚き、振り向いた一夏(偽)の顔面に拳を叩き込む。

吹っ飛んだ(偽)は壁に激突して苦痛に呻いた。

 

「……え? は……? か、嘉神?」

 

されるがままだった糞女が困惑している。

そんなのは無視して追撃する。

 

「死ねぇっ!!」

 

無駄に精巧なその顔面を足蹴にした。

 

「死ねやぁっ!!」

 

嫌悪感しか湧かないイケ面を力の限り殴りつける。

 

「死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!」

 

右足で蹴り、左足で蹴り、右拳で殴り、左拳で殴る。

ひたすら顔ばかり狙って渾身の一撃を打ち続けた。

 

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!! 死ねえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

叫び疲れ、殴り疲れ、蹴り疲れた後、後に残ったのは見るも無残な一夏だったもの。

顔中の穴と言う穴から血を流し、原形を留めないほど崩壊したそれを見て、ようやくすっきりした。

 

「ふぅ、ふぅ……死んだかぁ? あぁ? 死んだのかぁ?」

 

「か、嘉神、あんたなんで……」

 

「あぁ!?」

 

「ひっ!?」

 

ギロリと睨んだその先に、若干セーラー服を着崩した阿呆がいる。

いや、あえて馬鹿と呼ぼう。馬鹿五レンジャイの先鋒、凰鈴音。またの名を龍砲・酢豚女。

 

「てめえ、何考えてんだ? あぁ!?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「何に対して謝ってんだ? 殺すぞっ!!」

 

「ごめんなさいっ」

 

未だ治まらない怒りを酢豚に向ける。

 

「てめえ酢豚を毎日食べてくれるって聞いて、毎日奢ってくれんのかって返事受けたばっかりだろうがっ!! なんだこれは!! あんなヤリチン染みた偽物に引っ掛かりやがって!! あまつさえ身体も許すってか!? ふざけんじゃねえぞ!!」

 

「ごめんなさい!」

 

「謝って済む問題じゃねえんだよ!!」

 

『……ワールド・パージ開始――――』

 

「黙れや!! ぶち殺すぞっ」

 

『――――失敗』

 

幼馴染とか言ってこの程度とか、積み重ねてきた月日は無駄だったなとか、所詮初恋は実らねえよとか、言いたいことを言いまくる。

凰さんは涙目だった。その顔を見てたら俺も段々冷静になってきた。

 

「……まあ、過ぎたことは仕方ない。なんだかんだで貞操は守ったんだし、なんか首にキスとかされてたけど、一夏には内緒にしておくから……ちょっと言い過ぎた。ごめんな」

 

「うん……」

 

ぐすりと鼻を鳴らし、目を赤くする凰さんはしきりに目元を拭っている。

間違いなく俺が泣かしたわけだが、正直罪悪感が少しだけあった。偽一夏に押し倒されていた光景を思い出して罪悪感の打ち消しを試みる。……綺麗さっぱり消えた。

 

「もう十分泣いたか? ならとっとと行くぞ。あと四人残ってる」

 

「……ちょっと待って。まだよく分からないんだけど、あと四人?」

 

「お前ら電脳ダイブしたんだよ。IS学園のシステムハッキングされたから。覚えてないのか?」

 

「……そう言えば、そうだったわね」

 

全て思い出したらしい鳳さんは、若干やさぐれた感じで「へっ」と笑い出した。

 

「てことはさっきの一夏は偽物で、あたしは偽物にドキドキしたわけで、でもこの世界はあたしの理想だから……」

 

「あんまり深く考えるとまた泣くぞ。泣いたら今度は置いてくからな。そのまま理想の一夏とやらと仲良くしてろよ」

 

あまりもたもたしていたら木乃伊になってしまう。一夏(偽)を始末したとはいえ、ここは未だに敵の手に落ちているのだ。いつ一夏(偽)が復活しないとも限らない。

 

急いで来た道を戻り、直感の示す扉をくぐれば見覚えのある森に出た。

背後で扉が独り手に閉じる音がし、振り返れば扉が宙に融けるように消えて行く。

 

「……なんだったの?」

 

「嫌がらせだろ」

 

もっと正確に言うなら足止め。目的を達成するまでの時間稼ぎ。

一体誰がハッキングしているのかは知らないが、それにしたって人情の感じられない足止めの仕方だ。仮想空間とはいえ、一夏と一線を越えさせようとするとは。肉体的には処女だけど精神的には非処女とか反応に困る事態に陥るところだった。

 

「帰り道はあっちだぞ」

 

扉は消えたのにセーラー服は変わらない。そんな凰さんに帰り道を示す。

ちょっと歩けば更識妹と連絡もつくだろう。そういう意味で言ったのだが、凰さんは動こうとしない。不機嫌そうに睨んでくる。

 

「なんだよ?」

 

「あたしも手伝うわ」

 

「とっとと帰れ」

 

一言で切って捨てて次の扉に手をかける。

背後の凰さんをチラと見やって、付いてくる気満々の顔に溜息を吐いた。

押し問答してる時間はない。一番最初の凰さんでギリギリセーフだったのだ。すでに一発ヤッてる奴がいてもおかしくない。

残っている面子で誰が危ういかと考えればオルコットさんとデュノアと篠ノ之さんが危うい。四人の内三人がやばいとかもう間に合う気がしないな。

ぐずぐずしてる内に子供ぐらい出来てるかもしれない。凰さんが手伝うと言うなら手伝わせよう。それが一番早い。

 

「余計なことはすんなよ」

 

「あたしに命令する気?」

 

「偽一夏に盛る女は信用できないんでね」

 

「ぶっ殺すわよ」

 

話した感じはいつも通り。

これならまあいいか。

 

「行くぞ」

 

そう言って次の扉を開く。

またもや光に呑み込まれ、その中を懸命に歩いた。

歩いた先に見えた光景。予想通りと言えば予想通りのそれに、俺のボルテージは急上昇する。

 

「――――もう、一夏さん。まだ職務中ですわよ。そう言うのは終わってからの約束でしょう?」

 

「ごめんセシリア。あんまり綺麗だから。我慢できなくて」

 

「職務中はお嬢様、でしょう?」

 

「申し訳ありません、お嬢様」

 

そんな二人のやり取りを窓ガラス越しに眺める。

……次の獲物だ。

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