窓の向こうで繰り広げられるイチャコラに、俺の怒りが再点火する。
邪智暴虐の何某をぶちのめせと心が吠え、逸る体を抑えるのに苦心した。
色のなくした目であの光景を眺める凰さんも俺と同じ気持ちに違いない。ちょっと聞いてみる。
「あれをどう見る?」
「……一夏を侍らせてるわね。セシリアが」
「凰さんと言い、オルコットさんと言い、夢見るのは好きな男のことばっかりだな」
凰さんの時は中学時代の一夏が現れたのに対し、オルコットさんの場合は主従関係の一夏が現れている。
心の奥底で求める理想を映し出しているのかもしれない。それが一夏のことばかりと言うのは流石恋する乙女だろうか。反吐が出るわ。
『ふふ。それにしても、貴方とももう長いですけど、随分と立派になりましたわね。こうしてみると立派な使用人ですわ』
『おいおい、昔のことはいいっこなしだぜ』
何となく気が惹かれ、和やかに繰り広げられる会話に耳をそばだてる。
それぞれが幼い頃の粗相にまで言及したのを聞き取って、現実との齟齬に思い至った。
「……あの口ぶり、まさか幼馴染設定か?」
「……セシリアったら、そんなにあたしのことが羨ましかったのかしら?」
言葉とは裏腹に、凰さんは満更でもなさそうな顔をしている。恋敵が多い現状、幼馴染と言うのは確かなアドバンテージだ。そこを自慢げに思うのは仕方ない。しかし、裏を返せば幼馴染止まりとも言える。何せ幼馴染だからと言って関係が進展したわけではないのだから。凰さんの場合は、精々が酢豚の笑い話を提供しただけだ。幼馴染だから何?と言うのが俺の正直な感想だが、オルコットさんにとってはとても魅力的なものに思えたのかもしれない。
接点の少ない俺はオルコットさんの口から羨ましいと聞いたことはなかったが、実は内心で羨ましがっていたとしても驚くことはない。
一応はお嬢様だから、プライドが言動を制限させている部分もあるのだろう。初めて会った時の言動を思い出せば、オルコットさんが内にどんな獣を飼っていようと恐るるに足りない。精々ポメラニアンぐらいだろう。いや、英国ならダックスフンドかな。どうでもいいや。
「見ろよ凰さん。あいつらなんか良い雰囲気出してるぞ。これが全部オルコットさんの妄想だと思うと滑稽すぎて面白くなってくるな」
「あたしの傷口に塩を塗るのはやめて」
凰さんの傷が疼こうがどうでもいい。
口では滑稽と言いつつ、実際のところはかなり不愉快だ。普段一夏に対してあれだけ好き好きと態度で示してるくせに、偽一夏に対しても同じようにしているのは怒りが募る。不愉快だ。実に。
「もう見飽きた。とっととこの茶番終わらせるぞ」
「待ちなさい。どうするつもり?」
「現実を叩きつける」
胡乱げに俺を見る凰さんは今一理解できていない。まあ、さっきは当事者だったし。仕方ない。
「さっきの凰さんでノウハウは得た。どうしてああなってるのかは知らないが、現実を突きつければ目を覚ますらしいからな。言ってやるだけだ。『極東の猿』って」
「なにそれ。どういうこと」
「オルコットさんが俺たちに言ったんだよ。それを蒸し返すんだ」
オルコットさんと一夏が幼馴染じゃないのは不変の事実だ。
二人の初対面はIS学園に入学してからで、それは決闘騒ぎになるぐらいの酷いものだった。
即効で一夏に惚れくさり、一夏の心が大海原のように広かったからほとんど忘れ去られていたようだが、俺は忘れていない。俺の心はお猪口だ。いい機会だから蒸し返させてもらおう。
「へえ。セシリアがそんなこと……」
「あと一夏のことを奴隷にするつもりだったらしいぞ」
「なんですって?」
「詳細は本人に聞け。いくぞ」
説明している間にも二人の雰囲気は治まらず。職務職務言いながら、「お風呂で体を洗ってくださいまし」とオルコットさんが盛り始めていた。
これは表に回る時間も惜しいと、その辺の石を窓に放る。
流石の金持ちとは言え、窓は防弾でも何でもなかったらしい。大きな音を立ててがしゃんと割れた。その隙間から手を突っ込み鍵を開ける。
「な、なんですの!?」
「俺の顔を忘れたかセシリア・オルコット」
慌てふためくオルコットさんだったが、窓を乗り越えてきた俺を見て言葉をなくした。
「あ、あなたは!?」
「そう、俺だよ――極東の猿だ」
「っ!!?」
「どうしたぁ? オルコットさんよぉ? お前が言ったんだぞ、極東の猿ってなぁ!!」
俺は忘れない。IS学園に入学した当時、右も左も分からず、何なら四方八方暗中模索だった俺に対し、高慢ちきな態度で嘲笑ってくれたこと。ISの知識のなさを揶揄してくれたこと。何一つ忘れていない。あの恨み、はらさでおくべきか……!!
「決闘で負けたら奴隷にしてやるとも言ってくれたっけなあ? ただ話すだけでも男風情には身に余る光栄だとも言ってたなあ? 懐かしいなあ、ええ? おい?」
「な、なんの……なんのこと、でしょうか」
「てめえが忘れても俺は一生忘れねえからなぁ!!」
「ひっ!?」
俺の怒気に当てられ、ガタガタと震え出したオルコットさんを庇うように、偽一夏が俺とオルコットさんの間に割って入る。
その背中を見て、オルコットさんはあからさまにほっとした。
「セシリア、俺の後ろに」
「一夏さん……」
「任せてくれ。セシリアは俺が絶対に守るから」
「一夏さん……!!」
俺を放置して見つめ合う二人。偽一夏の決め顔を直視したせいか、オルコットさん頬を染めている。
目を覚まさせてやらねばならない。そいつは一夏じゃない。一夏特有の情けなさも、童貞らしさも感じられない。そんな一夏は一夏じゃない。ただのヤリチンだ。
目覚めの一発として、俺は握りしめていた石を一夏の顔面に投げ放つ。同時に駆け出した。当たろうが当たるまいが、奴は俺の拳で始末すると決めているから。
「オラァ!!」
「くっ!?」
突然の投石に虚を突かれた偽一夏は、躱しこそしたものの体勢を崩していた。そこに思いっきりタックルする。
仰向けに倒れた偽一夏に馬乗りになり、顔面を殴打する。何度も何度も、拳を叩きつける。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
死ねと言った回数だけ殴った。
最初は腕でガードしていた偽一夏だったが、段々と防げなくなり、やがて無抵抗に殴られるだけになる。
無抵抗になったからと言って殴るのはやめない。殴り続ける。満足するまで。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「い、一夏さん!? 嘉神さん、もうやめてください!! 一夏さんが死んでしまいますっ!!」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「どうしてこんな酷いことを!!」
オルコットさんが何か言ってたが俺の耳には届かない。
一心不乱に殴る。一夏の偽物はすべて殺すと、そう決めているから。
「――――セシリア」
「り、鈴さん? なぜここに……いえ、そんなことよりも、嘉神さんを止めるのを手伝ってくださいまし! このままでは一夏さんが――――」
「一夏を奴隷にしようとしたって聞いたけど、どういうこと?」
「……へ?」
「あたし聞いてないわよ、そんなの」
「そ、それは……あれは言葉の綾と言いますか、本気で言ったわけではなく……」
「じゃあどういうつもりで言ったの? どういう状況で奴隷なんて単語が出るの? ねえセシリア? 教えてよ?」
俺が偽一夏を殴り疲れた頃、オルコットさんは凰さんに詰問されてしどろもどろだった。
どうやら一夏を奴隷にしようとした点を問い質されているようだが、どうでもいいことに時間をかけるものだと呆れ果てる。
「おい、何してる。こっちはもう終わったぞ」
「こっちはまだよ」
「後でやれ後で。時間ないんだから」
オルコットさんを連行して扉まで戻る。
その間、終始混乱していたオルコットさんだったが、段々と目が覚めていったらしい。
「わたしくは、一体なにを……」
「あんたの夢は十分見させてもらったよ。反吐が出る夢だった。脳みそに砂糖でも詰まってるの?」
「大丈夫よセシリア。あんた一人じゃない。きっとみんな同じだから。大丈夫」
依然、夢から覚め切らず焦点の合わないオルコットさんと、十分に現実を直視して遠い目をする凰さん。
二人そろって不愉快にさせてくれた。その報いだと思えば実に愉快だ。
森に戻り、扉が消える。
残る扉は三枚。さあ、次は誰が来る。誰でもいいぞ。全員に恨みがある。