三枚目の扉を潜った先には大きな屋敷があった。
オルコットさんの屋敷も大きかったが、こちらも中々のデカさである。
この時点で何となく妄想主の正体は分かったが、とりあえずは直感が示す通りに屋敷に忍び込み、あちこち探し回る。そして庭先で目当ての人物を見つけて身を潜めた。
「いたぞ。デュノアだ」
指さした先で、メイド服姿のデュノアが一人落ち葉を掃いているのを、凰さんとオルコットさんがみとめる。
「箒さんにしては洋風でしたから、残るお二人のどちらかだとは思っていましたが、シャルロットさんの方でしたか」
「だから言ったじゃない。シャルロットだって」
「確かに鈴さんはそう言いましたけど、確証がなかったではないですか」
道中、これは誰の夢なのかと二人は話していた。
確たる証拠もなくデュノアの夢だと主張していた凰さんと、根拠がないから決められないと言葉を濁していたオルコットさん。
結局は凰さんの言い分が正しかったわけだが、だからと言って勝ち誇るものでもない。どうせ根拠は何もなかったのだ。
「……あいつ延々と地面掃いてるけど何してんだ?」
観察している間、デュノアはずっと落ち葉を掃き集めていた。はっきり言って意味のない行動にしか見えない。だってこの辺一帯が落ち葉で覆われているのだから。
「と言うか、この広さの庭を一人で掃除するなんて不毛よ」
「確かに。あまり合理的ではありませんわね」
平平凡凡な庶民の俺に言わせると、今いるここは庭と言うか広間とか公園の様な場所だ。
ベンチがあって噴水があって、木が何本も植わっていて。こんなに広い場所が一個人の家の中なんて信じられない。
金持ちって言うのはスケールが違う。俺もそれなりの小金持ちではあるのだが、やはり根は一庶民に過ぎないようだ。
「とりあえず考えてみよう。今までの例を考えるに、この世界はそいつの人生を基にした願望が映し出されるらしい。凰さんは中学生の一夏とSEXしたくて、オルコットさんは幼馴染の一夏とSEXしたかった。これに間違いはないな?」
「あるわよぶっ殺すわよあんたデリカシーないわけ?」
「わ、わたくしも一夏さんとそう言うことがしたいわけではありませんっ」
言葉よりも何よりも、先ほどまでの夢が証明している。どちらともに一夏とまぐわう寸前だった。
今さらどれだけ否定しようと意味はない。むしろ傷口を広げるだけだ。あんまり突っつくのも可哀想なので、つまらない言い訳は聞き流すことにした。
「そうなると例にもれずデュノアも一夏とSEXしようとするはずだが、重要なのはそのシチュエーションだ。デュノアの願望が性欲の形で現れるはずだからな。その点を先駆者の二人に聞きたい。もしお前たちがデュノアの立場だったら、どういうシチュエーションで一夏とSEXしたい? 忌憚のない意見を言ってくれ。安心しろ俺は気にしない」
「あたしたちが気にするっつうの!! ……ていうか、あんたなんかおかしくない? なんか変よ? 頭打った?」
「嘉神さんがこういうことを仰る方だとは思いませんでした……」
顔を真っ赤にする二人を無視してデュノアを観察する。
物憂げな表情で、たまに悩まし気にため息などついている。間違いなく何かを悩んでいる。一体何を悩んでいるのか。
「デュノアは妾の子だからと冷遇されたし、無茶ぶりもされてきた。IS学園に男として入学したのもその一環で、成果があればラッキーぐらいの捨て駒だった」
「……改めて聞くと本当に不憫ね」
「シャルロットさん……」
まあ、本当に捨て駒かどうかは一考の余地があるが。
「その人生経験がこの世界にも反映されているのだとしたら、あの溜息の原因は想像に難くない。恐らくは――――」
「――――いじめね」
「その通りだ」
金持ちと言うのは得てして陰険だからな。これぐらいの嫌がらせはお手の物だろう。むしろ自殺に追い込んでないだけ優しいのかもしれない。自殺に見せかけた他殺と言う手段もある。
「ま、待ってください。それは風評被害です。そう言う人がいないとは言いませんが、全員が全員そういうわけではありません」
「俺でさえとある金持ちに『極東の猿』と罵られて奴隷にされる寸前だったぐらいだ」
「……申し訳ありません……」
「そうじゃなくてもプライドの高い奴は何するか分からないからな。いきなり人の部屋に上がり込んだ挙句、勝手にエロ本見つけて逆切れして龍砲撃つような奴もいる。凰さんはどう思う?」
「その辺にエロ本置いてあるのが悪いと思うわ」
「そうか。死ね」
「そっちが死になさい」
オルコットさんに比べて凰さんはメンタルが強い。
どうにかやり込めないかと罵倒し合って時間を潰していると、待ちに待った本命がやって来た。偽一夏である。
一夏らしくない気品漂う服装は、多分全身で百万単位のお値段。そこはかとなく成り金の風格が漂っている。偽物だとわかってはいるが、実に似合わない。王様の時もそうだったが、あいつは庶民的なのがよく似合う。
『やあ、シャルロット』
『ご、ご主人様……』
……ご主人様だぁ?
聞き捨てならない単語を聞き、目を細めて二人のやり取りを注視する。
『こんなところでどうしたんだい?』
『……お掃除です』
『それにしては捗ってないようだけど?』
ギクシャクした空気が漂うのとは裏腹に、ラブコメの波動を感じ取った。
同じく波動を感じたらしい凰さんとオルコットさんが唾を飲む。二人は食い入るようにデュノアたちを見つめていた。
『ひょっとして、不安なのかな?』
『……いえ、それは……』
『隠さなくても大丈夫。俺にはわかるよ、シャル』
偽一夏の声音に甘い響きが混ざり始めた。二人っきりの時にしか呼ばない愛称まで使っている。
やはり奴とは相入れない。紛うことなきヤリチンの風格。ぶっ殺さねばならない。
『安心してくれ。必ず君を幸せにする。そのために結婚するんだ』
『……はい』
どうやら、そう言うことらしい。
この世界ではデュノアはメイドで、一夏は主人。そして一夏はデュノアを娶ろうとしている。
デュノアの生い立ちを考えると多少の闇を感じざるを得ないが、これがデュノアの望みらしい。
詳細は分かった。なら俺は突きつけるだけだ。現実を。
「二人の協力が必要だ。手伝ってくれ」
「協力って……」
「何をすればいいんですの?」
目の前で繰り広げられたラブロマンスにキャーキャー言っていた二人に協力を要請する。
協力と言ってもやってもらうことは至極簡単。二人には成り切ってもらう。正妻に。
「俺が偽一夏を抑えるから、その間に二人はデュノアの頬を叩いて言ってくれ。『この泥棒猫!』って」
「……は?」
「『愛人の分際でよく顔を見せられたものですわね』とか『所詮蛙の子は蛙ね』とか、とにかくそう言うことを言ってくれ」
「ま、待ってください。それは……」
「二人ともこういうの得意だろ? 得意そうな顔してるし実績もあるもんな。頼んだぞ」
極東の猿って人種差別したり龍砲ぶちかまして殺人未遂するより万倍簡単だろう。
二人なら息をするより簡単にできるさ。つーかやってもらわなきゃ困る。やれよ、おい。
「どうして、そんなことをしなければいけないのですか……?」
「デュノアに自分の生い立ちを思い出させるため」
「だからって他に方法があるでしょ……よりにもよってこんな……」
「これが一番手っ取り早そうだから」
重ねられる質問に簡単に答えていく。それでもぐちぐち言って抵抗する二人。
いつまでも続きそうで面倒くさいから、こっちから訊ねる。
「お前ら、デュノアが女だと知らされた時どう思った?」
「え?」
二人の声が重なる。困惑した声。けれどすぐにはっとした顔になる。
「男だと聞かされてたデュノアが、実は女だと知った時どう思った? 長いこと同室でいたデュノアを、一緒に風呂にまで入ったデュノアをどう思った? 嫉妬しなかったと言えるか? 奪われたって、泥棒猫って少しも思わなかったと断言できるか?」
二人は答えない。
その沈黙が明確な答えになる。恋する乙女は嫉妬深い。そんなのはよくよく知っている。
「その時の気持ちを思い出せ。その時の気持ちをぶつけろ。そうすれば一番早く済む」
「……あんた、人の心がないの?」
「あるに決まってるだろ。いいからとっとと行くぞ」
押し問答している時間はない。まだあと二人残っているのだから、手っ取り早い方法をとるのに何の不思議もない。
と言うことで、俺は通算三度目になる偽一夏ぶっ殺しタイムに駆け出し、青白い顔をした二人が遅れて駆けて来る。
肉を潰す音に僅かに遅れて響く、平手の音と罵声。
「この、泥棒猫っ!!」
心のこもった良い演技だと、偽一夏の顔を潰しながら思った。