明日の彼方に   作:紺南

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ワールド・パージ6

デュノアの救出を終え、いつもの森に帰って来た。

消えていく扉を見るのも三回目だ。消えた扉の数だけ救出し終えた。あと二人。ここが踏ん張り所だろう。

 

「だ、大丈夫? シャルロット?」

 

「シャルロットさん、頬が少し赤くなってますわ。冷やした方が……」

 

「あはは……。大丈夫だよ……二人は優しいね。こんな僕を心配してくれるなんて……」

 

凰さんとオルコットさんから一回ずつビンタを食らったデュノアが、見ていて不安になるぐらい暗い面持ちで愛想笑いを浮かべている。

やってしまったことは取り返しがつかない。三人のぎくしゃくしたやり取りを見ながら、件の熱演について感想を述べてみる。

 

「まさかあそこまで堂に入った演技が見られるとは思わなかった……。お前らデュノアに申し訳ないとは思わないのか?」

 

「はあ!? やれって言ったのあんたでしょうが!! 何自分は関係ないって顔してんの!?」

 

「誰があそこまで悪辣にやれって言った。一回はともかく二回も叩けなんて一言も言ってないぞ。見ろよデュノアの頬。腫れてる」

 

「本当に申し訳ありません! ほどほどに手加減するつもりでしたのに、思わず力が入ってしまいまして……!!」

 

「大丈夫、大丈夫だから……気にしないで……」

 

自分が愛人の子だと言うことをこれでもかと思い知らされたデュノアは見るからに元気がない。放っておいたら塞ぎこみそうだ。病むかもしれない。一夏のカウンセリングが必要だ。帰ったら言っておこう。

 

「さて。あと二人だな」

 

残った扉を見ながら思い浮かべる顔ぶれ。二人とも中々に難敵だし、ほぼ間違いなく偽一夏が登場するだろうが、俺にはこれまでに培ったノウハウがある。何とでもやれるだろう。問題なのは時間だけだ。

ボーデヴィッヒはその手の知識がないからいいとしても、篠ノ之さんは間違いなくこの三人の同類だ。一夏とやれるとなったら間違いなくやる。

今までの傾向を見るに、偽一夏は本物とは真逆のヤリチンで、乙女の純情を揺さぶる術に長けている。雰囲気さえ作ってしまえば後は行く所まで行けてしまう。なんてちょろいんだ。舐めてんのか貴様ら。

 

こいつらの恋が実ろうが実るまいがそんなのはどうでもいい。しかし、一夏の顔したヤリチン風情に初めてを捧げるのだけは見過ごせない。一夏の顔してれば中身なんでもいいのかよとか、お前ら今まで一夏の何を見てきたんだとか、言いたいことはたくさんあるのだが、それを言ったところで藪蛇だから言わないでおく。この怒りは偽一夏をぶちのめすことで発散するとしよう。

 

「時間がないから俺は次に行く。お前らは責任もってデュノアを送り返せ。丁重に扱えよ。間違っても泥棒猫とか愛人の子とか言うんじゃないぞ。ビンタなんかもっての外だ。分かってるだろうな?」

 

「……今それ言う必要ある? あんた、シャルロットに何の恨みがあるの?」

 

「幻滅ですわ……」

 

「恨みなんかないし俺の方が幻滅してる。いいからお前らはとっとと来た道戻ってデュノアを精神カウンセリングに――――」

 

「……待って」

 

デュノアが俺の言葉を遮る。その声の重さに思わず口をつぐんだ。

影の差した顔に光のない瞳。それはどう見ても心を病んでいる。一夏が見たら「ひっ」と後ずさりそうな雰囲気。

 

「僕も行くよ」

 

「今のお前を見てると不安になるからダメだ。二人と戻れ」

 

何だかんだ言いつつ、デュノアに酷いことをした自覚はあるので、背中を刺されないかとても不安だ。

何なら押し問答すらしたくない。会話を打ち切り先に進もうとする。けれども服を掴まれて行くことが出来なかった。観念して振り向くと、デュノアが薄っすらと微笑みながら俺の服を掴んでいた。

 

「僕も行くよ」

 

「いや、帰れよ」

 

「僕も行くよ」

 

「帰れって」

 

「僕も行くよ」

 

視線を巡らせて凰さんたちを見る。

二人とも青ざめていた。やばいと言う心の声が聞こえて来る。

このまま放っておくとまずいことになるのは目に見えた。それならばと策を巡らせる。

 

「……お前実家フランスだっけ?」

 

「そうだけど……?」

 

「一夏がお前の父親に挨拶したいって言ってたぞ。今度一緒に里帰りしろよ」

 

「……え?」

 

見る見る間に顔に生気が戻って来る。どころか頬に赤みがさして、火が点いたような色になる。

 

「そ、そそそそそれはどういうっ!?」

 

「さあ。言いたいことでもあるんじゃねえの」

 

「言いたいこと!?」

 

「物申したいんだろうな。男らしく」

 

「男らしく!?」

 

はうぅっと実に可愛らしい唸り声をあげ、自らの頬に両手を当てて照れ始めた。

何やら聞くに堪えない独り言が漏れているが、カウンセリングは成功したようだ。一夏カウンセリングの効果は絶大だな。今後も折を見て使っていこう。

 

視線を巡らせて凰さんとオルコットさんを見る。

二人の顔からは生気が消え、瞳から光が消えている。あれは病んでるな。間違いない。

面倒くさいからあっちは放っておこう。どうせ一夏がISで殺されかけるだけだ。大した問題じゃない。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

四つ目の扉の先の光景は、俺にとっても馴染み深いものだった。

張り巡らされた電線と詰め込まれた住宅。乱雑なくせに清潔感がある。この街並みは日本の住宅地に他ならない。

 

「ここって……」

 

「ええ。わたくしも見覚えがありますわ」

 

「やっぱりそうだよね」

 

三人が口を揃えて頷き合っている。

一体何かと訊ねれば、凰さんが答えた。

 

「ここ、一夏の家のすぐ近くよ」

 

「ほーう」

 

視線を向ければ、オルコットさんとデュノアも同意する。

こいつらは一夏の誕生日パーティで家にお邪魔したらしい。それどころか夏休みに予告なく押しかけたと言う。前者はともかく後者は全く尊敬する行動力だ。恋する乙女って凄いな。

 

「じゃあ篠ノ之さんかな」

 

「多分そうじゃない?」

 

凰さんの同意は得られた。しかし残り二人は同意しかねると言う顔だ。

 

「うーん……」

 

「どうでしょうか……」

 

まあ、二人の言いたいことは分かる。

ボーデヴィッヒは職業軍人ではあるが愛国軍人ではない。国と織斑姉弟どちらを選ぶかと言われたら姉弟を選んでもおかしくはない。今でさえ押しかけ女房もとい押しかけ亭主をしているぐらいだ。

二人の居るところが自分のいるところと思って、こういう夢を見ていてもおかしくはない。

 

「まあ、どうせ行けば分かる」

 

三人の道案内に従い一夏の家へ。

今までの屋敷とは比べるべくもないが、それでも結構大きな家だった。二階建ての庭付き一軒家。さすがは鬼軍曹。稼いでるな。人の頭を出席簿でボカボカ殴った金で建てたと思うと憎らしい。いつか見返してやりたい。

 

「リビングはどこだ?」

 

「あっちの窓から覗けるよ」

 

デュノアが指し示したのは玄関から左の方向。すでに凰さんとオルコットさんが先行している。三人そろって間取りまでばっちり把握しているようだ。

 

三人に続いて足音を忍ばせて行く。

そっと窓から覗き見た光景に、思わず声を失った。

 

「そんな……」

 

「なんてことですの……」

 

「嘘だよ、こんなの……」

 

三人の声は一様に絶望で染まっていた。俺だって信じられなかったけど、でもどこかで納得してる自分がいる。

 

「ボーデヴィッヒ……あいつ、ついにやっちまったんだな」

 

いつもいつも一夏に夜這いを仕掛けていたボーデヴィッヒ。子供の作り方さえ知らず、性行為が何なのかもよく知らず、勘違いオタクの部下に唆されるがまま破廉恥な行いをしていた哀れなボーデヴィッヒ。

偽一夏はヤリチンだ。例えコウノトリを信じていそうなボーデヴィッヒが相手でも、チャンスを逃しはしなかったのだろう。

 

リビングの窓から突き付けられた光景。ソファに座り談笑する偽一夏とボーデヴィッヒ。そして、ボーデヴィッヒの腕にある小さな命。

生まれたばかりの赤子を抱きかかえるボーデヴィッヒはそれはそれは幸せそうで、偽一夏も楽し気に笑っていて、その傍らには三人を見守る鬼軍曹もとい織斑千冬までいた。

 

傍目に見れば幸せな一家団欒。しかし、俺たちはその嘘を知っている。その虚飾に塗れた光景には絶望しか感じない。遅すぎたのだ、俺たちは。

 

目の前の光景が信じられず、身動きが取れないまま暫し呆然としていた。

物音は一切出していなかったが視線を感じ取ったのか、突如として立ち上がった鬼軍曹が険しい視線で俺たちを睨みつけてきた。

 

「やば!? 気づかれた!?」

 

「退避、退避ですわ!」

 

「デュノア立て! 鬼軍曹が来る! 殺されるぞ!」

 

俺たちは走った。

鬼軍曹の化け物染みた脚力を目の当たりにしながら、それでも命からがら扉まで逃げ延びた。

 

アスファルトから一転、土草の上で息も絶え絶えに膝をつく俺たち。

初めての失敗。初めての敗走。それだけじゃなく、あの光景が俺たちにショックを与えていた。

今回は偽一夏だけじゃなく、あの織斑千冬まで敵にいる。偽物とかそんなのは関係ない。織斑千冬は織斑血冬だ。俺たち四人がかりでさえ、正攻法では勝ち目がないだろう。

 

絶望に打ちひしがれる俺たち。そんな中で、ひと際絶望に染まったのは誰あろうデュノアだった。

 

「ラウラ……そんな、嘘だよね? こんなの、こんなのって……」

 

デュノアはボーデヴィッヒとルームメイトで、学園の誰よりも仲良くしていた。

二人でお揃いのパジャマを買って、一夏に見せびらかしたりもしたらしい。それは白と黒の猫耳パジャマ。一夏は親指を立てて言っていた。「とても可愛かった」と。

それを知っているから、凰さんもオルコットさんもデュノアにかける言葉はない。当然俺も同じだが、こんなところで立ち止まっている時間はない。

 

「何してる。立て」

 

「……でも、ラウラはもう……」

 

「関係ない。助けに行くぞ」

 

助けると言う単語がデュノアの心に刺さったらしい。はっと顔を上げたデュノアの顔に希望が浮かび、しかしすぐに俯いてしまう。

 

「あの一夏は偽物だ。鬼軍曹も偽物だ。何なら子供だって偽物だ。いくら幸せそうだって言ってもな、そんなところにボーデヴィッヒ一人置いていけるか」

 

「でも……」

 

「うるせえ。四の五の言わずに立て。お前のルームメイトを助けに行くぞ。明日から一人部屋なんて寂しいだろ?」

 

そこまで言って、ようやくデュノアが立ち上がった。即座に凰さんとオルコットさんが駆け寄って来る。

大丈夫よ、なんて言っている。友達だもん、と。決して見捨てませんわ、とも。

麗しき恋敵たちの友情だ。普段の素行からは夢にも思わない。……つうかこいつらなんか勘違いしてるな。

 

「言っとくけど、あいつのことだからどうせSEXなんてしてないぞ」

 

「……え?」

 

三人揃って口をぽかんと開けている。誰一人分かってなかったらしい。

まあ、それも含めて鬼軍曹攻略の作戦会議を始めようか。

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