この電脳世界にダイブしてから、三者三様の世界を見て来た。
どの世界も例外なく反吐が出たが、どれにも共通しているのは一夏の偽物が現れたことだ。
凰さんの時はヤリチン一夏が現れ、オルコットさんの時もヤリチン一夏が現れた。そしてデュノアの時もヤリチンが現れた。
それぞれのシチュエーションは現実と程遠く、恐らくは囚われた人間の願望が反映されているのだろう。
中学の時に一線越えたかったと言う願望。幼馴染の関係になりたいと言う願望。メイドと主人の禁断の愛。
中々の欲深さ。思い返すだけで反吐が出る。唾を吐きかけてやりたい。さすがに唾は吐けないので言葉を吐くだけで我慢する。
「これまでの世界を纏めると、お前らは三人とも一夏とSEXしたいと思ってる。なんなら一夏にヤリチンであってほしいと願ってることが分かる」
「……」
「……」
「……」
三人は黙り込んで何も言わない。顔だけが赤い。
「まあ、ヤリチンって言うのは言い過ぎか。精一杯可愛く言って一夏に押し倒されたいってところだろう。反論あるか?」
「……その」
「……何というか」
「……そんなことは」
「ないな。話を進めるぞ」
これまでの三人は性欲と欲望の権化だった。率直に言って汚かった。
しかしボーデヴィッヒは違う。性欲がないとは言わない。無欲であるとも言わない。だが決定的に違うところがある。
それは、ボーデヴィッヒには性知識がないと言うことだ。
ボーデヴィッヒは試験管ベビーらしい。ドイツ軍に作られた生体兵器だ。
それ故に親と言う者を持たず、真面な教育も受けず、生体兵器として最低限の教育だけ施された。
そんなボーデヴィッヒが唯一尊敬するのが織斑千冬。色々あって娶るとか嫁とか意味わからないことを言ってるのが織斑一夏。この二人だけは特別な存在になっている。
IS学園に転入して数か月。生まれて初めて真面な環境に身を置いて、ボーデヴィッヒは多少なりとも変化している。
この間の学園祭でクラスの催しがメイド喫茶になったのはボーデヴィッヒの提案だった。ようやっと人間として歩き始めたボーデヴィッヒが、心の奥底で何を望んでいたのか。先ほどの光景から考えるに、答えは一つしかない。
「家族が欲しかったんだろうな」
「ラウラ……」
しんみりとした空気が流れる。
今まで、あいつの奇行は枚挙にいとまがなかった。一夏のことを嫁と呼んだり、パジャマがないから全裸で夜這いと言う名の添い寝を望んだり。思い返すに傍迷惑この上ないが、情緒が発達し始めたからこその行動だったのかもしれない。人肌が恋しい。好きな人とは一緒にいたい。そういう感情だ。
だからと言って、夜這いが失敗した時に俺の部屋に反省会しに来るのは許さないし、鬼軍曹つながりで俺のことを弟弟子と呼ぶのはもっと許さない。先輩面して「姉と呼べ」じゃねえんだよぶっ殺すぞ。
「ボーデヴィッヒはお前たちと違って純粋で健全だ。見苦しい願望もそれほどないだろう。だから処女膜の心配をする必要はない。最悪破れてても構わん。どうでもいい」
「あんたはもっと言葉を選んだ方が良いわよ。むかつくしドン引きだから」
凰さんの忠告など無視するに限る。
「問題は鬼軍曹の方だ。さっき追いかけられた感じだと大分弱体化してるみたいだが、それでも十分脅威だ」
「あれで弱体化してるの……?」
「一体どれだけとんでもない人なんですの……?」
デュノアとオルコットさんは鬼軍曹に追いかけられたことがないらしい。
俺は何度も逃げ出して何度も追いかけられたから知っている。あれが本物だったらとうに命はない。
「はっきり言うが、正攻法であれを倒すのは人間には不可能だ。策を練る必要がある」
「やけに勿体ぶるじゃない。何か考えがあるんでしょ?」
なぜか凰さんに見透かされているがその通りだ。考えはある。しかしこれは中々厳しい策だ。
「鬼軍曹を倒すことは出来ない。だから元を断つ。お前たち三人がかりで軍曹を足止めしてくれ。その間に俺が偽一夏を殺してボーデヴィッヒに現実を突きつける」
「……それしかないね」
俺の提案に、デュノアが覚悟を滲ませながらいの一番に賛成した。
あの織斑千冬を足止めしなければならない。普通なら躊躇するはずだ。だって絶対失敗するし。俺なんかはワンパンで沈む自信がある。自信と言うか経験だ。ワンパンで沈まなかったことがない。
「任せてください。必ずや足止めして見せますわ。嘉神さんはラウラさんをお願いします」
「そうね。あんたの方こそ大変よ。失敗は許されないんだから」
あの織斑千冬を足止めするのだ。何回もトライする体力など残らない。勝負は一回。それで決めなければ俺たちの負けだ。
「それでどうやってラウラの目を覚ますの?」
「ああ。それなんだが、ちょっと待っててくれ。更識妹と連絡とって来る」
ちょっと歩いて更識妹と連絡が取れる所まで移動する。
扉から遠ざかるにつれ通信のノイズが多くなり、微かに聞こえていた声が明瞭になっていく。
『――――聞こえる? 誰か応答してっ』
「聞こえてるぞ」
『っ!?』
息を呑む音がした。
安堵のため息が聞こえる。
『か、嘉神……?』
「ああ」
『無事だったの?』
「今三人救出したところだ。次はボーデヴィッヒなんだが、ちょっと行き詰ってな」
『そうなんだ……助けが必要?』
「助けは必要だ。でもお前はこっち来るなよ」
『……何をすればいい?』
「こっちに現実世界の物を送ることは出来るか? それが出来ればボーデヴィッヒは何とかなる」
通信の向こうが少し慌ただしくなる。
『待って――――うん、出来る。実体をスキャンして電子データに変換すれば大丈夫』
「本当か。じゃあ今すぐ送ってくれ。成人誌だ」
『分かった。すぐに送る。成人誌を……成人誌?』
「成人誌だ。エロ本だ。18禁のあれだ。すぐに頼む」
応答が途絶えた。
きっと準備しているのだろうと思って待つ。しかしいつまで経っても送られてこない。
「どうした? 何か問題か?」
『……ど、どうして成人誌を?』
「必要だからだ」
『な、何に使うの?』
「情操教育」
それから少しして空に光が現れる。光は雑誌の形に収束して、ぽとりと地面に落ちた。
拾い上げて中身を見る。そして叩きつける。
「これは成人誌じゃねえ!! 青年誌だ!!」
『わ、私にはこれが限界』
「限界ぃ? 何言ってんだ。お前が持ってるエロ本スキャンして送ればいいだけだろうが!! 純真ぶってないでやれ!!」
『そんなの持ってない!!』
「なんだと!?」
信じられなかった。
女とは言えエロ本の一冊ぐらい持ってると思ってた。更識妹はあの三人を見習うべきだな。あの見苦しい欲望を。
「じゃあ俺のアカウントのパスワード送るからそこで好きなのダウンロードしてくれ」
『……アカウントって?』
「見ればわかる」
間もなく、通信越しに声のない悲鳴が聞こえた。
『っ!? ~~~~!!??』
「どうした?」
『な、な、な、なぁ――――っ!??』
会話にならない。こんなところでモタモタしてられない。まだ篠ノ之さんが残っている。あの人も今までの三人と大して変わらない。今頃は一線越えていても何らおかしいことはない。
「早くしろ更識簪!! お前の好きなエロ本選んでスキャンして送れ!!! 時間がないんだ!!!!」
『で、でも、でも、でもぉっ!? こんなにたくさん!!??』
「お前のせいでボーデヴィッヒが死んでもいいのか!? 篠ノ之さんが戻れなくなってもいいのか!? 選べ簪!! お前の好みのエロ本はどれだ!! 選べ!!」
『無理っ! 私には、出来ない!』
「やるんだ簪!!」
『無理ぃ!!』
「かんざぁぁぁぁぁし!!!!」
説得は難航したが、しかし最後にはやってくれた。
光の中から現れる一冊の雑誌。それはごく普通のエロ本に過ぎない。中身を見てもただの純愛ものだった。高校生の男女がSEXする内容。こういうのが好みなのか。
「よくやってくれた更識妹」
『……』
「念のためにあと二冊ぐらい頼む」
『!?』
更識妹に追加のエロ本を求め、もしかしたら映像も必要になるかもしれないとそっちも頼んだ。結果的に俺は三冊のエロ本とポータブルプレイヤーを脇に抱えて三人の元に戻る。
かなりの時間待たされた三人は、怪訝な顔で俺に駆け寄って来た。
「なんか凄い大声聞こえてきたけど、何して――――待って。あんたそれ何持って……」
「行くぞ」
「何かトラブルでしょうか? ……あら、それは?」
「気にするな。行くぞ」
「ねえ嘉神。僕何だか不安になって来たんだけど。ラウラに酷いことしないよね? 僕にしたようなことしないよね?」
「心配するな。行くぞ」
有無を言わさず四枚目の扉をくぐる。
リベンジマッチだ。
◆ ◆ ◆
「鬼軍曹が来るぞ! そっちは頼んだ!」
「行くわよみんな!!」
「足止めは任せてくださいまし!!」
「ねえ、本当に大丈夫? ラウラ任せて大丈夫かな? ……なんで誰も答えてくれないの?」
「死ねやゴミくそがあ!!」
「か、嘉神!? 突然現れて何を……おのれ、いくら弟とはいえ嫁への狼藉は許さん!!」
「弟じゃねえって言ってんだろうが!!」
「さ、さすがは織斑先生ですわ……まさか三対一でこうも押されるとは……」
「ええ、本当にね……でもここまで来ればこっちの勝ちよ。見て、嘉神がラウラに酷いことしようとしてるわ」
「酷いこと!? どういうこと!?」
「――――俺の勝ちだ」
「……まさか私が貴様に負けるとは。……強くなったな、弟よ」
「弟じゃねえって言ってんだろ。……まあいい。これを見ろ」
「な、なんだそれは……雑誌?」
「いいから見ろ」
「何だと言うのだ……ん、これは何をしている写真だ?」
「SEXだ」
「……SEX?」
「子作りだ」
「子作り……聞いたことがある……。しかしなぜ二人とも裸なのだ。親睦を深めているのか?」
「SEXとは男のチ○コを女の膣に挿入して射精することだ」
「……意味がわからん」
「なら次はこっちだ。映像を見せてやる」
「何してんの!? ねえ何してんの!? 嘉神何してんの!?」
「見ちゃ駄目よシャルロット。もう間に合わないわ」
「なんであんなこと出来るの!? ラウラはまだ子供なんだよ!? どっちが敵か分からないよ!! ううん、間違いなく嘉神の方が敵だよ!!」
「ううぅ……どうしてあんなに大きな音で再生してるんですの……?」
◆ ◆ ◆
「ま、まさかこんな……いや、しかし……こ、こんなことを……」
「分かったかボーデヴィッヒ。人間とはこうやって増えるんだ」
「そうだったのか……だが、私は嫁とこんなことをした覚えは……」
「そりゃそうだ。今初めて知ったんだから。ついでだし、更識妹がもっとハードなやつ選んでたからこっちも見ておくか」
「ハード……?」
「人間の底知れない性欲を見せてやるよ」
「う、うむ」
プレイヤーに齧りつくボーデヴィッヒを尻目に、偽一夏の死体と鬼軍曹が消えたことを確認する。
どうやらボーデヴィッヒは完全に目が覚めたようだ。よかったよかった。
「――――嘉神?」
「おう。お疲れ」
ゆらりと近づいて来たデュノアから一定の距離を取りながら言葉を交わす。
あの温厚なデュノアから怒気どころか殺気すら感じられる。それだけのことをした自覚はある。しかし悪いことをしたとは思わない。やってやったぜと思ってる。
「僕、嘉神のこと信じてたんだ。口は悪いけど、態度も悪いけど、それでもいい人だって信じてたんだ。――――残念だよ」
「俺はお前を一目見た瞬間から信じられなかったよ。だってお前男装してたもん」
視線を巡らす。
呆れ顔の凰さんと、ボーデヴィッヒと一緒にプレイヤーに齧りつくオルコットさん。唯一役に立ちそうな凰さんに視線で助けを求めてみるが拒否された。
「あんたは一回痛い目見た方が良いわ」
「絶対いやだね」
さて、どうやってデュノアを制圧するか。一夏の話題でどうにか話を逸らせないだろうか。
そんなことを考えていると、突如としてデュノアの殺気が消え焦りの表情に変わった。そしてオルコットさんの悲鳴が上がる。
見ると、ボーデヴィッヒが目を回して気絶していた。
「ラウラさん!? お気を確かに!!」
「ラウラ!!」
「あーあ……」
ぐるぐると目を回し、顔中真っ赤で頭が茹っているボーデヴィッヒ。どうやら新しい世界は刺激が強すぎたらしい。
脳が耐えきれず意識がシャットダウンしたようだ。それ自体は大したことじゃない。放っておけばその内目を覚ますだろう。
しかしおかげで助かった。良いタイミングで気絶してくれたおかげでデュノアの殺気も雲散した。このまま有耶無耶にしてしまおう。
「まだ篠ノ之さん残ってるからな。内輪で争ってる場合じゃない。とっとと戻るぞ」
「あんた本当に一回痛い目見た方が良いんじゃない?」
「ご免被る」
異論を挟む隙を与えず、ボーデヴィッヒを担いで扉へと駆ける。
残る救助者は篠ノ之さん一人。さて、次はどんな方法で助けてやろうか。