明日の彼方に   作:紺南

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ワールド・パージ8

ついに四枚目の扉も攻略を終え、見慣れ切った森に戻って来る。

鬼軍曹が出現した時はどうなることかと思ったが、やってみれば案外どうにかなるものだ。

軍曹すら退けた俺たちには、もはや敵はいないと言っても過言じゃない。

 

「やっと、ここまで来たか」

 

「そうね。長かったわ」

 

凰さんと二人で感傷に浸る。思えば、一番最初に救出したのが凰さんだった。この世界では一番長い付き合いになる。それだけに感動もひとしお。反吐が出る妄想世界とももうじきおさらばだ。

 

「あとは篠ノ之さん一人。ここまで来たら楽勝だな」

 

「油断は禁物じゃない? 千冬さんが出てきたんだし、誰が出て来るか分からないわよ。もしかしたら篠ノ之博士が出てくるかも」

 

「やめろ。不吉なこと言うな。今度こそ殺されるぞ」

 

露骨にびびる俺に対し、凰さんは目を丸くしながら「まあ、行ってみないと分からないけどね」と慰めにもならない言葉を吐いた。

考えないようにしていたが、学園のシステムをハッキング出来る人間と言えば候補は少ない。篠ノ之束は最有力候補だ。多分無人ISとかも篠ノ之束でしょ? わかってんだよこちとらよ。

 

「シャルロットが呼んでるわよ」

 

鬱鬱とした気分に陥りながら、凰さんに言われて渋々と振り向く。そこには言葉通りデュノアがいた。仁王立ちで腰に手を当て、私怒ってますと言うポーズ。頬を膨らますのも忘れていない。そんなんだからあざといって言われるんじゃねえのか?

 

「嘉神、ちょっとこっち来て」

 

デュノアから視線をスライドさせ、膝枕でボーデヴィッヒを休ませていたオルコットさんを見る。相変わらずボーデヴィッヒは眠りこけている。

 

「ボーデヴィッヒの容体はどう?」

 

「脈も呼吸も正常ですわ。ただ眠っているだけかと」

 

「そうか……先に戻すべきかな」

 

「どうかしらね。意識なくても戻れるのかしら」

 

「こっち来て」

 

三人で悩む。目を覚ますのを待つべきだろうか。それとも戻すべきか。無理やり起こすのも選択肢の一つだ。

 

「無視しないでよ!」

 

「うるさいな。何だお前は。こんな状況で私怨を出すな。言いたいことがあるならあとで聞いてやる」

 

「私怨!? 私怨って言った!? 全然反省してないみたいだね!!」

 

「反省すべきことはしてないから」

 

「どの口が!?」

 

がみがみと怒鳴り散らすデュノアから意識を外して思案する。

もしボーデヴィッヒを戻すならデュノアに連れて行かすべきだろう。口うるさいし怒ってるから。

凰さんとオルコットさんには残ってもらおう。セカンド幼馴染たる凰さんと幼馴染に憧れを抱くオルコットさんなら、ファースト幼馴染の篠ノ之さん相手には必ず役に立つ。どんな酷いことでも喜々としてやってくれそうだ。実績がある。その点、デュノアは闇が深いから使いづらい。

 

「よし。お前ら、聞け」

 

「聞くのは僕の話だよ!」

 

「うるせえばーか」

 

「はあ!?」

 

「お待ちください! ラウラさんが目を覚ましましたわ」

 

その言葉でそちらに目を向けると、デュノアの大声で起きたらしいボーデヴィッヒが、オルコットさんの膝の上で茫洋とした瞳で瞬きしていた。

見ている間に段々と焦点が合っていき、呟くような声がその口から零れる。

 

「ここは……」

 

「ラウラ、大丈夫!?」

 

「……シャルロットか。私は大丈夫だ……ここはどこだ?」

 

「電脳世界よ。あたしたちIS学園のシステムを復旧するために電脳ダイブしたの。覚えてない?」

 

凰さんの説明を受け、ぼんやりとした様子ながら色々と思い出したらしい。この森もよく見れば見覚えがあることに気づいたようだ。

 

「夢を見ていた……嫁と教官の三人で暮らす夢だ」

 

「夢じゃないぞ」

 

「黙って」

 

勘違いを正そうとしたらデュノアに制された。これ以上口を挟んだらどうなるか分からない。そんな身の危険を感じる強い眼差しだった。とりあえず口をつぐむ。

 

「途中で弟が出てきてな。嫁をぼこぼこにしていた。のけ者にしたから嫉妬したのかもしれない……反抗期だろうか」

 

「それは夢だ。嫉妬なんてしてないし反抗期でもない。そもそもお前に弟なんていない」

 

「そして、弟が何かを見せてきたのだ。確かあれは……何かの写真集のような雑誌で――――」

 

「それは夢じゃないぞ。なんならまた見せてや――――」

 

「夢だよラウラ。全部夢だから」

 

脇に抱えていたエロ本を開こうとしたら、デュノアに平手で吹っ飛ばされた。その怪力っぷりに、またぞろISを使ったのかと戦慄を覚えたが、そもそもここは電脳世界でISを使えない。つまるところ、純粋な素の暴力で吹っ飛ばされたわけだ。何て奴だ。突然暴力を振るうなんて。このことは覚えておくぞ。

 

「自業自得よ」

 

「いい加減自重されたらいかがですか?」

 

「お前らこそいい加減ISで一夏を追いかけ回すのやめたらどうだ」

 

ISが無断使用されるたびに俺の部屋の扉が吹っ飛ぶんだぞ。可哀想だと思わないのか。俺が。

 

「どうした、シャルロット。なぜ抱きしめる」

 

「大丈夫。悪いことは全部忘れていいの。それは悪夢だから。悪い夢だから」

 

ボーデヴィッヒの様子を見る限り、どうやら夢だと思って半ば忘れかけているらしい。デュノアはこれ幸いと全て忘れさせるつもりのようだ。

まあ、そうしたいならそうすればいい。

 

「じゃあ俺はちょっとこれ片づけて来るから」

 

「そうしなさい。急ぎなさいよ。今度はビンタじゃ済まないだろうから」

 

「そうだな。……あ、オルコットさん。一応聞くけどこれいる?」

 

「わ、わたくしはそのようなふしだらなものには一切興味ありませんので!」

 

「さっさと行きなさい」

 

一度四人と別れて通信が回復する場所まで移動する。

 

「更識妹、聞こえるか?」

 

『……』

 

「……更識妹?」

 

『……』

 

応答がない。何かあったのかと通信に集中する。微かに息遣いが聞こえて来た。

 

「……」

 

『……』

 

「……エロ本読んでんじゃねえぞ更識妹!!」

 

『っ!? な、な、なに?』

 

沈黙の中に息遣いだけが聞こえる無言の中、大声を出して更識妹を召喚した。

 

「ボーデヴィッヒは救出した。あとは篠ノ之さんだけだ」

 

『そ、そう』

 

「このエロ本邪魔だから消してくれるか?」

 

『わ、わかった』

 

脇に抱えていたエロ本たちが光となって消える。

 

「ありがとう。じゃあ篠ノ之さん助けて来る。すぐに終わると思うよ」

 

『う、うん……あ、待って』

 

「どうした?」

 

『さっき連絡があったんだけど、一夏がもうすぐ戻って来るみたい』

 

「……ほう」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

四人の元に戻ってみると状況は落ち着いていた。

すっかり目を覚ましたボーデヴィッヒは、先ほど見せつけられた物など綺麗さっぱり忘れて寝言を吐いている。

 

「世話をかけたな。苦労しただろう。だが安心しろ。これからは姉の私がお前を守ってやる」

 

「お前もう一回囚われて来いよ。今度は脳みそに全部焼き付けてやるから」

 

デュノアの無言の圧力により、SEXの一言すら口にすることが許されない中、それぞれが残る篠ノ之さんの救出に意気込みを見せる。

 

「あとは箒だけね。待ってなさい。すぐに助けてやるんだから」

 

「箒さんがどんな夢を見せられているのか、とても心配ですが、必ずや救出して見せますわ」

 

「みんなの力を合わせれば出来ないことなんてないよ。頑張ろう」

 

「ふむ。そうか、夢を見せられるわけか……夢? うっ……なんだ? 何かを思い出しそうだ……」

 

そんなわけで夢すら禁句になったわけだが、そんな面々に先ほど更識妹に聞いた情報を開示する。

 

「そろそろ一夏が来るらしいぞ」

 

「ほんと!? 無事だったのね!」

 

「百人力ですわ!」

 

「怖いものなしだね!」

 

「ふっ。夫婦の共同作業と言う訳だな……共同作業? うっ、頭が……」

 

禁句が多すぎてやってられるかと思いながら、俺も自分の考えを吐露する。

 

「そうだな。一夏がいれば篠ノ之さんも簡単に助け出せるだろうし、勝ったも同然だ。すぐに着くらしいしな。……しかしそうなるとあれだな。篠ノ之さんだけ一夏に助け出されるわけだ。役得だな」

 

瞬間、直前まであれだけ喜びに満ちていた空気がぴしりと固まる。

 

「眠っている篠ノ之さんを一夏が起こすわけだから、まるで眠れる森の美女って感じだよな。ほら、周り森だし」

 

全員が周囲を見回す。その顔は一様に無表情だった。

 

「あー。でも眠り姫ってキスで起きるんだっけ? そこだけ違うか。いや、もしかしたらここも本当はキスで起きる仕組みなのかもしれないな。一夏は俺みたいなこと出来ないだろうし、試しに提案してみるか」

 

刺すような視線が突き刺さる。そこには怒りも何もない。ただひたすらに無があるのみだった。

 

「はっはっは。あいつのことだから本当にキスするかもしれないなあ。したらどうしようかなあ」

 

森にこだまする笑い声は一つだけ。

ひたすらに突き刺さり続ける「笑えねえよ」と言う視線を受けて、ついには俺も真顔になる。

 

「……で、どうする? 一夏を待つか?」

 

「待たない」

 

間髪入れず、四人は口を揃えてそう言った。

 

「そうか。悪いが篠ノ之さんを起こす方法は思いついてない。任せてもいいか?」

 

「任せて」

 

「心配には及びませんわ」

 

「嘉神は一夏の偽物だけお願い」

 

「一人だけ仲間はずれは可哀想だからな」

 

先ほどよりも数倍増しの団結力を目の当たりにし、馬鹿五人衆の名は伊達ではないと心の底から頼もしく思いながら、全員で最後の扉を睨みつける。心なしか、扉はひとりでに震えているような気がした。

 

「行くぞ」

 

先導して扉をくぐる。

四人はもう何も言わなかった。そこから起こったことはあまりに見苦しいから言及しない。

ただ、篠ノ之さんは無事に救出することが出来た。それだけは言っておく。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

五人全員を救出し終えた後、俺は未だに一人で電脳ダイブを続けていた。

更識妹の言うところでは、システムの中枢に行かなくては復旧できないため、誰かが赴かなくてはならないらしい。

だったら一夏でいいじゃんと思ったのだが、更識妹が「嘉神が行くべき」と強硬に主張したため俺が行くことになった。

 

中枢は森を抜けた先、白い砂浜と大海原の中ほどが中枢と言う話だった。

靴の中に砂が入り込む不快な感触に顔を顰めながら、校外実習以来だなあと波打ち際を眺めながら歩く。

やがて、靴の中に我慢しきれないぐらい砂が入ったころ、砂浜の向こうにぽつんと人影が現れる。

 

またぞろ何かの罠かと警戒しながら近づいてみる。段々とその容姿がはっきりしていった。

長い銀髪を風に揺らし、波打ち際に裸足で立つ少女。押し寄せる波が少女の足を何度となく濡らしながらも、少女は大海原を見つめて立ち尽くしている。

 

そんな女の子に近づき、頭の上からつま先までじっくり眺めた。水着ではなく普通の服を着ている。フリルのついた可愛らしい上着とスカート。これがズボンだったらすっかり濡れていただろう。俺のズボンなんか砂で酷いことになっている。電脳世界だから別にいいけど。

その顔は何となく見覚えがあるものの、いくら眺めても思い当たる記憶はなく、多分これが初対面のはずだ。

 

「初めて見る顔だな」

 

「ええ。初めまして」

 

振り向いた少女は僅かに頭を下げて会釈する。

身長とその顔立ちから、俺よりいくつか年下だろうと推測する。なぜか両目を閉じたままなので、顔立ちに関してははっきりとは分からないが。

 

「ちゃんと見えてる?」

 

「見えてます」

 

「海が好きなのか?」

 

「どうでしょうか。例え好きだとしても、この景色は作り物です」

 

「別にいいんじゃないの。作り物でも何でも。好きなら好きで」

 

くすりと少女は笑う。

それがどういう笑みなのかは分からない。

 

「既にすべきことは成しました。此度はこれで失礼させていただきます」

 

「帰れ帰れ。二度と来るな」

 

「そう言う訳にも。主の命令は絶対ですので」

 

「誰だよ主って」

 

「束様」

 

苗字がなくても、それが誰かはすぐに分かった。人生で一番聞きたくない名前だった。

あからさまに動揺した俺を見て、少女は再びくすりと笑う。

 

「忘れるところでした。主から言伝を預かっております」

 

「……俺に?」

 

「はい。貴方に。――――『余生は楽しんでる?』と」

 

「……」

 

「言伝があればお預かりしますが」

 

「……」

 

「ありますか?」

 

「……いや、何も」

 

「そうですか」

 

徐々に少女の身体が透けて行く。少女はスカートの裾を軽く持ち上げ、仰々しく頭を下げた。

 

「私の名はクロエ・クロニクル。またいずれお会いすることになるでしょう。その時が貴方の最期になるかは私にはわかりませんが」

 

霞となって消えた少女の行方を追って周囲を見回すも、近くにそれらしい人影はない。

どうやら本当に帰ったらしい。少しの時間を置き、ため息をついて歩き出す。

なんか伝言頼めばよかったかなと、若干悔やみながら砂浜を歩き続けた。




これにてワールドパージ編終了です。
次回は「フランス里帰り強制連行」「クソガキ(第七王女)」「会長とお見合い」「五反田食堂強襲」「むっつり」「一夏好感度爆上げ作戦」のどれかを書くかもしれません。書かないかもしれません。分からないです。

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