明日の彼方に   作:紺南

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五反田食堂強襲

会長とお見合いをすることになり、半ば決まりかけていたお見合いをぶっ潰して、政府高官だかなんだかの面子も潰して、その帰り道。

 

お見合いをぶっ潰すために死装束を身に纏っていた俺は、折角だからとその格好のままスーパーに寄り、鉢巻きと蝋燭を買った。

 

かつての約束を果たすべく、正装の準備を整え、奴のねぐらを探すために、ネットで五反田食堂と検索すれば一発でヒットする。

レビューには野菜炒めが美味いと書いてある。スタッフの女の子が可愛いとも書いてあった。特に意味はないが、そのレビューは通報しておく。

 

電車に乗り移動。

周囲の視線は痛いほど突き刺さっていたが、疚しいことは何もなく、誇らしい思いで胸を張って歩く。

そしてたどり着く五反田食堂。

 

外観はよくある大衆向けの店と言う趣き。地元の人に愛されてるんだろうなあとなんとなく思う。

頭に鉢巻きを締め、蠟燭をさしてから横開きの戸を開ける。

背中から日が差し込んで、薄暗さと明るさの境界を跨いで店に入った。

昼時を過ぎた店内に人の気配は疎らで、いたのは暇そうに頬杖をついていた若い女の子が一人だけ。

レビューにあった可愛いスタッフとは彼女のことだろう。多分俺より年下だと思う。と言うことは中学生。通報しておいて正解だった。

 

入店を知るや笑顔を作った女の子は、俺の姿を視界に収めた瞬間にぎょっと顔を強張らせた。

 

「い、いらっしゃいませー……」

 

こわごわと女の子は俺を出方を伺っている。

ぐるりと周囲を見回して、俺以外に客のいないことを確認した。

店員の女の子と厨房にもう一人。奴はいない。何をしている。……まさかデート?

 

怒りで目が引ん剥く。

拳を握り締め、いざ行かんと開戦の狼煙が上がった。

 

「あの……」

 

「五反田弾くんはいますか?」

 

「え、おにい……兄の知り合いですか?」

 

「はい」

 

視線から疑われているのを察する。

 

「……あの、失礼ですけどお名前は……?」

 

「佐藤義之です」

 

「佐藤さん……」

 

少しお待ちくださいと言って、女の子が奥に引っ込んでいく。

手近な椅子に座り、メニューを見る。おすすめの欄に野菜炒めの文字を見つけた。

厨房からおっさんが近づいてくる。

 

「ご注文は?」

 

「野菜炒め定食」

 

水を置き、注文を聞いて去っていたおっさん。

多分父親。腕がムキムキだった。大きなフライパン振ってるからだろう。変なことしたら殴られて叩き出されそう。

 

静かに奴を待つ。どこからか、どたどたと足音が聞こえてくる。

息せき切ってやって来ただろう赤毛の長髪男。その顔を見た瞬間、心のどこかで法螺貝の音を聞いた。

 

「ここで会ったが百年目ェ!!」

 

「な、なんだぁ!?」

 

シュコーと変な息を吐きながら五反田に殴りかかった俺に向け、厨房からお玉が飛んでくる。躱す暇なくクリーンヒットし、その場に倒れた。

 

「な、なんだこいつ……」

 

「おにいの知り合いじゃないの……?」

 

「いや、多分知り合いは知り合いなんだが……」

 

畏怖の目で見てくる二人。

その視線を浴びながらむくりと起き上がって痛む頭を擦る。鉢巻から蝋燭が落ちてきた。

 

「久しぶりだな五反田。約束を果たしに来たぞ」

 

かつてIS学園の学園祭で知り合った際、ナンパした女の子とのデートに駆け出したこの男に言い放った言葉。

デートに成功したら女の子を紹介させ、失敗したら死装束で笑うと言う約束。

 

とある筋から聞いた話によると、デートは無事に成功し、何度かの逢瀬を経て付き合い始めたと言う。

それを聞いた時、俺は義憤に燃えた。一人の男として約束を守らなければならない。だから死装束を着てここまで来た。奴に一発お見舞いするために。そういう約束だった気がするから。

 

「約束……?」

 

「貴様を殺す」

 

「待て待て待て待て!!」

 

「遺言をしたためる時間ぐらいは残してやろう」

 

「落ち着け! 約束な! 覚えてる覚えてる!! あれだろあれ!!」

 

蝋燭を握り締めた俺に恐れ慄き、五反田はじりじりと下がりながら愚にもつかない戯言をのたまい続ける。

 

「女の子を紹介するっていうあれな! 覚えてる! こいつ俺の妹の蘭って言うんだ! かわいいだろ!?」

 

「ちょ、おにい!?」

 

一応約束自体は覚えていたらしい。

でも俺は紹介してほしいなんて思っていない。俺は五反田弾を殺すという交わした気がする約束を果たしに来ただけだ。

 

「KILL YOU」

 

「だ、ダメなのか……やっぱり胸か!? そうなのか!?」

 

「死ね、おにいっ!!」

 

妹にぶっ飛ばされた五反田を見て、約束が果たされたことを確認する。本当なら俺自身が手を下さなければ気が済まないところだが、彼女が出来たお祝いに命を取るまではすまい。

 

「約束は果たされた……」

 

「なんなんだ一体……」

 

席に着いた俺を呆然と見る五反田。

いつまでもみっともなく床の上に座り込んでいるので声をかけた。

 

「どうした五反田。座れよ」

 

「お、おう」

 

「野菜炒めがうまいらしいぞ。食うか?」

 

「ここ俺ん家なんだけど」

 

対面に座った五反田。その背中に隠れるように妹さんが付いていて、影から俺の様子を伺っている。

厨房から野菜を炒めるいい匂いが漂ってきた。

 

「彼女が出来たそうだな。おめでとう」

 

「ああ……え、なんで知ってんの?」

 

「え、おにい彼女出来たの!?」

 

妹には言ってなかったらしく、食いつきが半端ない。

 

「聞いてない!」

 

「なんでお前に言わなきゃなんねえんだよ」

 

「おにいのくせに生意気!!」

 

二人のやりとりをしずしずと眺めて、おもむろに蝋燭に手を伸ばす。鉢巻に差し込もうとしたところで、また暴れるのではないかと勘繰った二人が話を向けてきた。

 

「そ、それで佐藤は何しに来たんだ?」

 

「きっとお祝いを言いに来てくれたんだよ。そうですね? ね?」

 

テーブルに蝋燭を置いて答える。

 

「あのナンパでどうして彼女ができるのかと不思議でな。話を聞くついでに殺そうと思って」

 

「ついでに殺そうとしないでくれ……」

 

「わかった。本気で殺す」

 

「よおし! 野菜炒めが出来たぞ! 食ってくれ! 自慢の一品なんだ!!」

 

自分で作ったわけでもないのに威勢のいいことを言っている。

しかし出された料理は確かに美味そうだ。一口食べてみて、うんと頷いた。

 

「うまい」

 

「だろ? それで機嫌直してくれよ」

 

別に機嫌が悪かったわけじゃないのだけど。ただ五反田弾と言う人間をこの世から消したかっただけで。

 

「二つ年上の彼女を射止めるとかやりやがったなお前」

 

「うそ!? 年上!? あのおにいが!?」

 

「あーもう、うるせえよ! どっか行け!!」

 

「行くわけないじゃん! あの、おにいの恋人ってどんな人なんですか?」

 

妹さんの矛先が俺に向く。

五反田を見ると懇願するような目をしている。それに頷きを返し、隠すことなく白状する。

 

「真面目そうな感じで眼鏡をかけたお姉さん」

 

「うっそぉ!!??」

 

「ほんとどっか行ってくれよ!!」

 

五反田の叫びは誰にも届かない。

 

「おにいとその人はどこで出会ったんですか?」

 

「IS学園の学園祭」

 

「え、じゃあIS学園の人?」

 

「うん」

 

「信じられない……」

 

興奮のあまり熱っぽい溜息を吐く妹さんに対し、五反田はうんざりした様子。

 

「お前何しに来たんだ……」

 

「約束を果たしに」

 

「……女の子を紹介すればいいんだな? ちょっと待ってくれ、IS学園の女の子紹介してくれないか頼んでみる」

 

「いや、いい。間に合ってる……おい、聞け……やめろぉ!!」

 

どこかに電話をかけ始めた五反田を制止するため、声を荒げて立ち上がる。

即効で繋がってしまった携帯を奪い合い、厨房から飛んできたお玉の助けも借りて電話を奪取した。

右手にスマホを、左手にお玉を握りながら通話を切る。

お玉の直撃を受けて苦痛に悶えていた五反田を見下ろし、二度とこのような暴挙を犯さないようにと口を酸っぱくして注意する。

 

「次にIS学園の生徒を紹介しようとしてみろ。貴様の命はないぞ」

 

「な、なんでそこまで……」

 

「そこには触れるな。とにかくやめろ」

 

席につき野菜炒めを食べる。

頭を擦りながら椅子に座った五反田は、妹さんにお玉を渡して厨房に戻してもらっていた。

 

「本当に何しに来たんだよ……」

 

「たまたま近くを通りがかったから寄っただけだ」

 

「そんな格好で?」

 

「お見合いの帰りだからな」

 

「「お見合い!?」」

 

五反田と妹さんの声が重なった。急いで厨房から戻って来た妹さんは前のめりになって聞いてくる。

 

「佐藤さんお見合いしたんですか!?」

 

「うん」

 

「どんな人と!?」

 

「一つ年上の美人生徒会長」

 

「はぁ!? てめえ殺すぞ佐藤っ!!」

 

「あぁ!? んだとてめえ!!」

 

再びお玉が飛んでくる。

五反田は頭で受け、俺は手でキャッチした。

くるくると手の中でお玉を回しながら、悶える五反田に告げる。

 

「美人な眼鏡お姉さんとイチャイチャしてる貴様に殺される謂れなどないわ」

 

「く、くそぉ……」

 

お玉を妹さんに返却し、残っていた野菜炒めを平らげる。水を飲んで一息つく。

そんな俺を、五反田は頬杖をつきながら見ていた。

 

「……なあ」

 

「なんだ」

 

「なんでお見合いなのにそんな恰好してんの?」

 

「見合いを潰すために決まってるだろ」

 

「はあ?」

 

怪訝そうな顔。小走りで戻って来た妹さんまでもが同じ顔をしている。

 

「なんで?」

 

「なんでもかんでも……見合い相手に他に好きな人がいたんだよ」

 

「へえ」

 

得心いったと言う顔の五反田。目をキラキラさせる妹さん。

二人そろってドラマか何かと勘違いしてそう。自分で思い出してみても大して変わらないなぁとは思うけど。

 

「そういうのって本当にあるんだなあ。なんでお見合いしたんだ? 家同士のつながりとか?」

 

「似たようなもんだ」

 

政治的な力学とか、俺の身の安全とか、他にもいろいろあるのだけど、今の俺は佐藤義之なのでその辺は知らない。

 

「佐藤はよかったのか? 美人なんだろ? 見合いの相手」

 

デリカシーがないと言わんばかりの軽蔑しきった妹さんの目に全く気付かず、五反田は笑い交じりにそんなことを言う。

はんっと鼻で笑い、会長に告げたのと同じ言葉で答える。

 

「他の男に惚れてる女と結婚なんかできるか。俺の懐はそこまで広くない」

 

「……そんなもんか」

 

「そんなもんだ」

 

何せ俺の心はペットボトルの蓋か、いいところお猪口ぐらいしかない。

他の男を思ってる女と添い遂げるとか御免だね。政府高官の面子だって潰すわ。

 

水を飲み干したコップを空になった皿の横に置く。妹さんがお代わりを注ごうとしてきたので断った。あまり長居する気もない。

 

腹もくちくなり、やることもやった。

これ以上ここにいて、亡国機業かはたまた兎を気取った何某に襲撃されたらたまったものじゃないので、いい加減お暇することにする。

 

「野菜炒めも食ったし帰る」

 

「ああ、また来いよ」

 

「お前と彼女さんの仲が進展したらまた来るよ。殺しにな」

 

「その時はぜひ私におにいの恋バナ聞かせてください」

 

「お前は引っ込んでろ」

 

二人のやり取りを見つつ会計を済ませる。

いつまでもごちゃごちゃやってる二人に、じゃあなと告げて店を出た。

 

日差しを感じ、息を吐く。

別世界に出た感覚がした。佐藤の時間は終わり、嘉神の時間が始まる。

 

また来るなんて言いはしたけど、どうせもう来ることはない。

だって俺は嘉神だし。世界で二人だけのIS操縦者だし。

篠ノ之束に殺害予告を受けているのだから、そう簡単に学園の外には出られない。

 

あばよ五反田弾。お幸せに。

心の中で二人の幸せを願い学園へと戻る。

もう会うことのない男へのせめてもの手向けだった。思い返すに格好つけてる。

しかし実際はこの後すぐに会うことになるのだから、人生思った通りに行かないものだ。恥ずかしくてたまらない。

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