明日の彼方に   作:紺南

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フランス里帰り強制連行1

とある夜のことだった。

その日一日の授業を終え、放課後の鍛錬を終えて、ボーデヴィッヒがナチュラルに弟扱いしてくることに戦慄したその日の夜。

一夏たちがどこで何をしているのかは分からなかったので、弟扱いしてくる姉もどきと夕飯を済ませ、自習を終えて、シャワー後の柔軟も終えた後のこと。

 

体の可動域は重要だと半ば強制的に始めた入浴後の柔軟体操だが、今ではバレリーナのような柔らかさを手に入れることが出来て満足している。

ボーデヴィッヒに「まだまだ体が硬いな」とか言われながら事あるごとに固め技を食らうこともなくなったので、それだけで価値があると言うものだ。

 

さあ、あとは寝るだけと整えておいたベッドに潜り込む。いつもの時間に目覚ましをセットして、夢の世界へと旅立とうとする、その刹那。

 

「嘉神!!」

 

荒々しいノックが部屋中に響き渡った。

目を開けて時計を見る。夜半である。常識の知らないやつだと無視することにした。

用があるなら明日聞いてやると心の中で告げる。

 

目を瞑る。ノックの音がする。寝ようとする。ノックが続く。俺は切れた。

 

「喧嘩売ってんのかぁ? てめえはよぉ?」

 

「大変なんだ!! シャルが!!」

 

「あぁ? あざとさ全開の男装女がどうしたってぇ!?」

 

「フランスに帰るって言ってるんだ!!」

 

一瞬にして怒りが静まる。頭を掻き、これまでのことを思い出す。

男装女。その一言に全てが詰まっていた。

 

「まあ、入れよ」

 

とりあえず、話を聞くことにした。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「実家から連絡が来たらしいんだ」

 

一夏は言う。

なんでも昨日あたりから様子がおかしかったらしいシャルロット・デュノア。それに俺は全然気づかなかったのだけども、他の面々は気付いてた。

それが一見しただけで深刻だと分かるほどに様子がおかしくて、俺がシャイニィと言う猫に餌をやってる間もあの手この手で口を割らせようとしていたのだが、あざとい割に口の固いデュノアは中々白状せず、夢見が悪かったとか、体調が悪いとか、そういう言葉で濁されていた。

 

本人がそういうのならと一夏たちも渋々納得して、けれども本心では納得がいかず、昨日今日と気にかけていて、つい先ほど会長経由で情報が入った。

曰く、「シャルロットちゃん、一度フランスに戻るみたいね」と。

 

いつの間にか学園に公欠を届け出ていたらしく、生徒会長と言う役職ゆえにそのことを知る立場にあった会長から情報を得た一夏は、どういうことなのかと本人に問い詰めに行った。

それがこの部屋に来る直前のことである。

 

問い詰められたデュノアは白状した。

フランスに帰ることを認め、隠していたことについて頭を下げた。

 

「心配かけたくなくて黙ってたんだ。ごめんね」

 

一夏は言った。

 

「大丈夫なのか?」

 

デュノアは答えた。

 

「大丈夫だよ。実家に戻るだけだから」と。

 

その時の顔がどうにも大丈夫には思えなくて、男だと偽ってこの学園に入学した経緯を持つデュノアが、学園を離れたことによって逮捕されるのではないかと、戻ってこれないのではないかと、悲惨な目に遭うのではないかと、一夏は心配している。そういうことらしい。

 

一部始終を聞き終えて、「ふうん」と相槌を打った俺に、一夏は憮然とした顔で「どうしたらいい?」と聞いてきた。どうしたらも何も、それは他人に聞くことなのかと適当に返事をする。

 

「好きにしたら?」

 

「……そんな適当に言わないでくれよ! シャルの命がかかってるかもしれないんだぞ!」

 

いや、それは分かってるけども。

俺としては他に言うこともないわけで。まあ、一夏はここぞと言うときに考えなしで突っ走る傾向があるから、うまく誘導してやるために言葉を付け足す必要はあるのだろう。

 

「お前はどうしたいんだ」

 

「シャルを助けたい」

 

「助けてやれよ」

 

「どうやって!?」

 

「一緒に行けば?」

 

一夏の目が点になる。それは考えていなかったと、表情が雄弁に語っている。

 

「い、いいのかな?」

 

なぜそこで日和るのかと逆に聞き返す。

 

「悪かったら行かないのか?」

 

「……いや」

 

「じゃあ行くしかないな」

 

「……そうだな」

 

一夏の意思は固まった。

あとはすることをするだけだ。

 

「織斑先生に公欠と外出届を出してこい。理由はデュノアの付き添いだ。正直に話せ。嘘ついたところでどうせ見破られる。デュノア本人には事後承諾でごり押せ。あいつ押しに弱いから」

 

「わかった」

 

すべきことを見つけた一夏は早速織斑先生の元に駆けて行った。

やれやれ世話が焼けるねとベッドに潜り込み、5分もしない内に一夏が戻って来る。

 

「殴られたんだけど」

 

「……」

 

一難去ってまた一難。

いや、別にいいさ。話ぐらい聞こうじゃないか。何度でも。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

外出は認められない。外国なんてもってのほか。直談判した一夏に、織斑先生はそう返した。

 

「お前は自分が世界に二人だけの男のIS操縦者だと言うことを理解しているのか?」

 

「それは……でも、千冬姉!」

 

「織斑先生と呼べ。馬鹿者が」

 

「……織斑先生! シャルロットが危ないんだ! 頼む、行かせてくれ!」

 

「ダメだ。お前は学園から出さん。これは決定事項だ」

 

「友達を見捨てろって言うのかよ!!」

 

「他所の家庭事情に首を突っ込んでどうする。責任が取れるのか、お前に」

 

「取るさ! 責任ぐらいいくらでも取ってやる! だから行かせてくれ!」

 

「……馬鹿者が」

 

という会話の末、説得は失敗し、終いには頭を叩かれ追い返された。そして一夏は俺の部屋に戻ってきたと。

話を聞いた俺は溜息を吐く。正直な感想を述べよう。……超・迷・惑。

 

「まあ、織斑先生の言うことも分からんでもない」

 

「嘉神まで千冬姉の肩持つのかよ……」

 

「世の中には物の見方っていうのがあるんだ。デュノアの問題に首を突っ込むつもりなら覚えとけ」

 

一夏はデュノアの命が危ないと考えているようだが、俺はそうは思ってない。これもまた物の見方が違うからだ。

 

「……わかんねえ」

 

「行けば分かるさ。問題はどうやって行くかだな」

 

織斑先生に許可をもらっていく方法は潰された。一度そう言った以上、織斑先生は頑として首を縦に振らないだろう。教師として姉として、弟の身の安全は何よりも大事なはずだ。そうじゃなきゃモンド・グロッソの決勝をほっぽり出して駆け付けたりしない。

 

「……こっそり行くとか?」

 

「本気で言ってるなら病院へどうぞ」

 

「でも、こうなったらもう」

 

IS学園から無断で脱走したところで、教師総がかりで捜索されて連れ戻されるのが関の山。お世辞にも良い手とは言えない。

 

「お前は自分の立場を自覚しろ。俺たちは三毛猫のオスよりも希少なんだぞ。世界中に狙われてるんだ。分かってる?」

 

「わかってるけどさ」

 

「自分のことを見世物パンダとか思ってる内は分かってる内に入らないぞ」

 

まあ、一夏の意識改革は追々やるとして。今は目先の問題をどうにかしなければいいけない。

織斑先生ルートを潰された以上、他に取れる手段と言えば……。

 

「あー……」

 

一つ手が浮かぶ。

あまり良い手とも思えないが。しかし、さて。これは掌の上だろうか。だとするならいい気はしない。実に不快。つい感情で拒絶しそう。

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、お前さぁ……」

 

詳しい話を聞こうと思って、しかし言葉に詰まる。

どうでもいいかと思い直した。はっきりしないところは無視しよう。確実で安全な方法を取ろう。

 

「よし。会長にお願いしてみるか」

 

俺の言葉に一夏は一瞬怪訝そうにして、しかしすぐにはっとした顔をする。

生徒会長と言えばこの学園では最強の称号。非常に強い権力を持っており、生徒の部屋割りぐらいは楽勝でいじれる。一夏の部屋割りすらいじったのだから、教師かそれ以上の権限を持っているのは確定。

加えて、今の生徒会長はロシアの国家代表ときたもんだ。一夏の護衛にはぴったりだろう。詰めの甘いところだけが気がかりだが、そこは他の人間に補ってもらいたい。……ボーデヴィッヒは暇かな?

 

「会長に断られると後がないからな。少し作戦を練ろう」

 

「わかった。でもどうする? 楯無さんだって千冬姉と同じこと言うんじゃ?」

 

「そこは腕の見せ所だ」

 

と言うか、正直に言って会長がこの展開を考えていないとは思えない。

織斑先生に拒絶され、最終的に自分のところに来るところまでは読んでいるはずだ。問題はその後どうするつもりなのか。

わざわざデュノアの里帰りのことを一夏に教えたのだから、協力してくれるとは思うのだが。でもどうかな。何考えてるかわからないからなあ。むかつくからなあ。掌の上っぽいしなあ。

だから確実な方法を取ることにする。まかり間違っても嫌とは言わせない。絶対に頷かせる。その方法を。

 

「この作戦をお前にかかってる。だから真剣にやってくれ。相手の目を見て、本気の本気でやってくれ。一瞬たりとて目を背けるな。出来るか?」

 

「ああ、任せてくれ」

 

「よし」

 

覚悟しろよ会長。今から一夏がお前の所に行くぞ。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

一夏を伴い、生徒会室に赴く。

ISを介したメッセージを送ったところ、この時間なのにまだ仕事をしていたらしい。妙に真面目だなと一夏共々驚いて、同じ部屋にいた布仏虚さんと更識妹には一度席を外してもらう。

 

「なに? お前も仕事してたの? 織斑一課ってそんなに忙しいの?」

 

「……私はお姉ちゃんにお菓子を持ってきただけ」

 

更識妹お手製の抹茶プリンを持ってきたのだと言う。

昨日今日と会長は珍しく根を詰めているらしく、その応援がしたかったのだとか。なるほどねえと相槌を打って、扉の隙間から中の様子を覗く。

 

「嘉神君」

 

「なんですか先輩」

 

「……何をするつもりなの?」

 

「見てれば分かりますよ」

 

どことなく不安そうな布仏姉に簡潔に答え、作戦の推移を見守る。

 

『楯無さん』

 

『なに?』

 

書類から顔を上げず、素っ気ないと思える会長の態度に、一夏は緊張からか二の足を踏んでいる。

ここに来るまでに、会長に袖にされたら打つ手なしと重ねて伝えていた。失敗できないと言う緊張が、一夏の足を縫いつけている。

しかし俺は知っている。この程度のことで一夏は止められないと。行け、一夏。お前の本気を見せてやれ。

 

『折り入って、お願いがあってきました』

 

『そう。見てわかると思うけど、私今とても忙しいの。簡潔にお願いね』

 

取りつく島がない。

そう思ったのだろう。一夏は大きく息を吸い込み、そして吐き出す。意を決して吊り上がった眦がその本気度を物語っていた。

 

『楯無さん!』

 

『え……きゃっ!?』

 

可愛い悲鳴が聞こえた。

中では一夏が会長の手を握りしめている。その光景を見て、俺は小さくガッツポーズをした。

すぐ横で俺と同じように成り行きを見守っていた更識妹が声にならない悲鳴を上げ、二人の仲を邪魔しようと部屋に押し入ろうとする。

それを羽交い絞めにしながら一夏にエールを送る。行け一夏。やれ一夏。ゴールはすぐそこだ! 駆け抜けろ!

 

『俺、ダメなんです。楯無さんじゃなきゃ。楯無さん以外じゃダメなんです』

 

『ちょ、ちょっと待って!? どういうこと!? シャルロットちゃんの話じゃないの!?』

 

『楯無さん、俺の話、聞いてくれますか?』

 

『聞くから! 聞くから一回放して!』

 

会長は狼狽えている。もの凄く狼狽えている。放せと言っても放さない一夏に動揺している。

そのまま押せ。その女は押しに弱い。恋する乙女ってそういうもんだ。このまま押せば行ける。

 

「~~~っ!! ~~~?!!??」

 

「暴れるな更識妹。今はただ見ていろ。心配するな。次はお前の番だ」

 

背中から羽交い絞めにし、口を塞いで力ずくで抑え込む俺を見て、布仏姉が顔を真っ赤にしていた。

 

「あ、あなたたち何をしているの……」

 

「邪魔しないでください先輩。今いいところなんです。あと少しでうまくいく。会長もデュノアも、みんな幸せになれるんです」

 

「そっちではなくて……いえ、そっちもだけど……何もこんな手段を使わなくたって……」

 

「あの女の掌で踊るなんて真っ平だ。目に物見せてくれるわ!!」

 

「……あなた、その内刺されるわよ……」

 

刺されるかなあ? 世界で二人だけの超希少なIS操縦者を刺せるかなあ!?

刺せるものなら刺してみろ!! その瞬間がお前の最期だ、更識楯無!!

 

『OKしてくれますか? こんな俺だけど、了承してくれますか? 楯無さんに拒否されたら、俺、おれもう……』

 

『一夏くん……』

 

若干泣きの入った一夏の声。そして顔。

それを見た会長は明らかにときめいていた。母性が刺激されたのかもしれない。イケメンってこういう時得だよな。

 

「~~~~~~っ!!!????」

 

「ふははははっ!! 落ちたな!! 落ちたなあの女!! 我が策成れり!! ふはははははっ!!!」

 

「あぁ……なんてことなの……こんな……」

 

笑い声を抑えるのに苦労した。

布仏姉は頭を抱え、更識妹は涙を流していた。……手に涙が伝ってちょっとだけ正気に戻る。

 

『楯無さん、お願いします……。どうか、どうか……!!』

 

『一夏くん……わかったわ……。私、あなたのことを拒絶しない。だから言ってみて……勇気を出して……』

 

『ほ、本当ですか!?』

 

『うん。本当』

 

『ありがとうございます、楯無さん!!』

 

くてっと力を失った更識妹を丁寧にその場に下ろす。

虚ろな目で、口を塞がれていたせいか真っ赤な顔。荒い息をついていた。頬には涙の伝った跡がある。……凄まじい罪悪感を感じる。

 

『これでシャルロットを助けに行けます! 本当にありがとうございます!!』

 

『うん。これでシャルロットちゃんを助けに――――シャルロットちゃんを助けに……?』

 

はたと気づく会長。え、ちょっと待ってと言う顔。こちらの更識妹に変化はない。多分聞こえてないのだろう。茫然自失としている。

 

『嘉神! お前の言う通りにしたらうまくいったぞ!! そこにいるんだろ!? お前のおかげだ!!』

 

「あ、あの馬鹿」

 

扉の隙間から覗いていた俺たちと、満面の笑みの一夏、呆然とする会長。それぞれの視線が絡み合う。

頭の中に警鐘が鳴る。嫌な予感。逃げろと訴えている。

一瞬で俺は逃げに転じた。それはもう全力で。脇目もふらずに一心に。

 

背後から声が聞こえる。

布仏姉の声。それを掻き返すほどの、今まで聞いたことがないぐらいの大声。学校中に響きそうな怒りに満ちた声。

 

『嘉神くんっ!!!!』

 

俺は逃げる。逃げねばならない。死の予感がした。

今なら刺されるだろう。間違いなくあの人は刺す。俺死んじゃう。死にたくないから逃げた。IS学園からの脱走も辞さない。一心不乱に逃走する。

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