朝日を見ていた。
場所はIS学園の一角。広すぎて一度迷ったら遭難と言う言葉を適用してもいいようなこの学園でも、さすがに数か月も通っていれば大体の地理は頭に入っている。
まずは人が来ないこの場所で、そもそも日が昇り始めたばかりの早朝だから人なんているはずのないこの場所で、俺は朝日が昇るのを見ていた。
なぜ、こうなったのだろう。どうして、一睡もできなかったのだろう。
理由は分かっている。俺のせいに違いない。
一夏の頼みを叶えてやるため乙女の純情を弄んだ。結果、会長は激怒して一晩中追いかけ回された。
何度振り切ろうとも一箇所に留まっていては必ず見つかるため、常に移動を余儀なくされ、睡眠などとれるはずもなく、徹夜を強いられてしまった。
分かっている。俺が悪い。誰に対してだろうと文句など言えた義理じゃない。筋違いにもほどがある。
ましてや会長に文句なんて言えるはずがない。よくも徹夜させてくれたなと怒り狂って怒鳴り散らしたところで、よくも乙女の純情を弄んでくれたわねと反撃されるのが関の山だ。多分俺は刺されるだろう。病院に連れて行ってくれるだろうか。くれない気がするな。
運の悪いことに、今回の場合は一夏ですらどっちかと言うと被害者側になる。あの鈍感さだけは万死に値するが、いつものことだから罪には問えない。
ならば俺は一体誰に文句を言えばいいのだろうか。徹夜明けでぼうっとした頭で考える。
……デュノアか。デュノアだな。あいつしかいねえわ。一体誰のせいでこんな目に遭ってると思ってるんだ?
そもそもとっととフランス帰っとけばよかったんだよあいつ。何を意味深に雰囲気出してんの? 絶対内心気付いてほしいって思ってだろ。鈍感さでは人類随一の一夏にすら悟られてるとか確信犯に決まってる。やっぱりあいつあざといわ。シャルアズナンバーワンだわ。伊達にのほほんさんにからかわれてないわ。
もうほんと一刻も早くフランスに発ってほしい。そうしたら一夏も着いて行くだろ? 一夏が着いて行くなら護衛として会長も行くだろ? ついでに更識妹とかも着いて行って……おや? もしかしてあいつ救世主か? 三人目の男だとぬか喜びさせた罪がようやく贖われる?
会長が留守にすると言うのは、こちらとしては実にありがたいことだ。
冷却期間が取れればその分だけ怒りも冷めるだろう。帰ってきたころを見計らって謝罪すれば痛い思いしなくて済むかもしれない。少なくとも刺されはしないだろう。
ちょっといつ発つのか聞いてみよう。
ISを介した通信で時間のことなんて考えずにデュノアに繋いでみる。……繋がった。
「朝早く悪いな」
『…………ほんとだよ。何時だと思ってるの?』
不機嫌そうな声。寝起きだからか微妙に呂律が回っていない。
「時間のことなんて気にするな。大した問題じゃない。それで聞きたいことがあるんだが」
『それ僕の台詞じゃ……まあいいけど……』
「お前いつフランス行くの? 今日中? 今日中だよな? 今日中に決まってるよな?」
『どうして嘉神が知ってるのか、僕の方こそ聞きたいんだけど』
「一夏が騒いでた」
『……今日の朝の便で行くつもり。もうチケットも取ってあるし』
「そうか。いい旅になると良いな」
『……うん』
通信を切る。
言質は取った。デュノアは数時間後には空の上だ。当然その横には一夏がいて、会長も一緒のはず。この戦い、あと数時間凌げば俺の勝ちだ!
勝ち筋が見え、思わずほくそ笑む。瞬間、頭の中の警鐘が高らかに鳴り響き、咄嗟にその場を飛びのいた。
直前まで俺がいた場所に空から網が降って来ていた。
「これは……まさか!?」
見上げた先、遥か上空にISが二機浮いている。
遠くからでも分かる。あの形状。片方は間違いなく一夏の白式。
そしてもう片方は会長のミステリアス・レイディ。
とりあえず、会長に話しかけるのは怖いので一夏との通信を試みる。
「一夏ァ!! てめえどういうつもりだァ!!」
『すまん。でもいつになく楯無さんが怒ってるんだ。協力しなきゃ俺の身が危ないんだ。大人しく捕まってくれ』
「俺だっていつになく怒ってるぞっ! 恩を仇で返すつもりか!?」
ISの通信を介して一夏に怒鳴り散らす。
俺だって好きであんなことしたわけじゃない。全ては一夏の望みを叶えようとした結果だ。なのにあいつは俺を裏切った。この恨みは必ず晴らす。絶対に……!!
「覚えておけよ一夏。俺はどんな些細な恨みも決して忘れない。そしてこの裏切りは重大だと言っておこう。覚悟しておけ」
『勘弁してくれ……』
一夏に圧はかけ終わったので、次がお待ちかねの会長。
今も一夏の横に浮いたままでこっちに近づいてくる気配はないが、それゆえに何を考えているのか分からず恐ろしい。
「……会長」
『申し開きを聞きましょう』
通信越しに伝わる怒気に息を呑む。これ以上火に油を注いではならぬと下手に出てみる。
「一夏の望みを叶えるためとは言え、図らずも乙女の純情を弄ぶことになってしまい、慙愧に堪えません。つきましては、しかるべき時に謝罪の場を設けさせていただきたいと思っています」
『殊勝な態度だこと。具体的にはいつ謝罪してくれるのかしら』
「先ほどデュノアに確認を取りましたが、数時間後にはフランスに発つそうで。一夏が着いて行くとなると会長も一緒に行くと思います。あまり時間もないので会長が戻って来てからにさせていただければ」
『ご配慮ありがとう。でもいらないお世話ね。こちらの準備はもう終わっているから。あとは野暮用を一つ済ませるだけ』
「用事があるなら先にそちらを済ませた方がいいかと」
『だからここにいるじゃない』
つまり、野暮用とは俺をぶちのめすことだと。
「話は変わりますけど、仮にも生徒会長ともあろう者がISを私情で展開しているのは問題だと思います」
『問題ないわ。だって私は生徒会長だもの』
「意味わかんないす」
『どんな犠牲を払おうとも、私は私の使命を全うする。――――嘉神君。あなたは私を怒らせた。相応の報いは受けてもらうわよ』
どうやら会長の怒りは根深く、どんな手を使おうとも俺を刺したいらしい。血を見ずには終われない。そういう決意らしい。
そういうことなら火に油を注ぐことになっても変わらないと、こちらも強気な態度に出る。
「……わかっていると思うが、俺にもISがある。例えやられるとしてもただではやられない。全員仲良く鬼軍曹に制裁される覚悟はあるか?」
『たとえ織斑先生の鉄拳制裁が待っていようとも、あなたの吠え面が見れるなら喜んでこの身を捧げましょう』
「……そこまで……」
『そうよ。嘉神君、私は怒ってるの。凄く怒ってるの。人生で一番怒ってるの。絶対に許さないから。覚悟しなさい』
上空を漂う会長がゆっくりと近づいてくる。
音速を超えられるISにしてはあまりに緩慢な速度。逃げられるものなら逃げて見ろと言わんばかりだが、だからこそ逃げられない。仮に逃げたとしても捕まえる自信があるのだろう。いや、自信のあるなしに関わらず意地でも捕まえに来るはずだ。
会長との本気の鬼ごっこである。今はまだISを展開するだけで済んでいるが、事が進めば全校生徒を巻き込んで俺を捕えようとしかねない。報酬は一夏で、いつもの専用機持ちは全員参戦。下手をすれば教師陣すら巻き込んでの鬼ごっこ。
織斑先生の拳すら受け入れると言っているのだ。手段など選ばないだろう。
今の会長はある意味で無敵の人に近い。スター状態だ。絶対あとで後悔するってわかっているくせに、そこまで言うほど怒髪天を衝いている。
近づく会長を目前に、様々な策を凝らす。今この場で逃げるのは簡単だ。しかしIS学園と言う閉ざされた空間ではいずれ捕まってしまうの自明の理。
俺の味方は時間しかないが、だからこそあらゆる手段を講じるはずだ。本気になった会長からは逃げられない。それがよく分かった。
全てを悟った俺はその場に正座する。
会長が一夏を伴って近づいてくる。吊り上がった眦が俺を睨んでいる。
俺たちの間を漂う空気に、ひたすらおどおどする一夏は役に立たず、そもそも裏切り者なので助けを求めようとは思わない。
ランスを片手に持つ会長の姿は美しさと勇ましさ、そして恐ろしさを兼ね揃えていて、処刑執行人のごとき貫禄で最終通告を突きつけてきた。
「それで?」
降伏の意を込めて腹の底から絞り出す。
「すいませんでしたァ!!」
こてんぱんにやられた末、生まれて初めての土下座。
それが意外と悪くない気分だったのは秘密である。