明日の彼方に   作:紺南

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フランス里帰り強制連行3

「最近、自分でも調子に乗ってるなって気はしてたから、いい薬になったよ」

 

「……」

 

生徒会室での独り言。答えはなく、空しい呟きが宙に溶けて消えた。

 

現在、俺は生徒会室に拘束されている。

両手を後ろで縛られて、床の上に正座させられて、膝の上には辞書もといISの参考書が数冊。その上に更識妹が座っているという状況。

 

縛られるのと膝の上に参考書が置かれているのはお仕置きとして我慢できるが、更識妹が座っているのは理解が及ばない。

当の本人は俺に背を向けて一言も発さないので、恐らくは怒っているのだろうが、怒り方が独特で対処に困る。試しに話しかけてみても無反応だ。ただ耐えて待てばいいのだろうか。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……なにか」

 

「ん?」

 

「……言うことはある?」

 

「特に何も」

 

「……」

 

「いたいっ!」

 

一度立ち上がった更識妹が、勢いをつけて再び参考書の上に座った。

明らかな暴力にただ耐えるしかない己の状況を哀れむ。

旅支度のため自分の部屋に戻っている一夏を思った。今ならあいつの気持ちが分かる。ISの射撃訓練の的にされて、恋人でもない女どもから理不尽な暴力を日常的に食らっているあいつの気持ちが。

 

「……姉さんには謝ったのに、どうして……」

 

「正直、お前にはそれほど悪いことをしたとは思ってないから」

 

「……」

 

「いたいっ!」

 

追撃を食らって苦痛に呻く。

少しは手加減してくれているとは思うのだが、更識妹は見た目からして軽そうだからもしかしたら本気でやっているのかもしれない。

 

「わかった。話をしよう、更識妹」

 

「……なに」

 

「デートのセッティングをしてやる」

 

「詳しく」

 

更識妹の眼鏡型ディスプレイがきらりと光る。

 

「一夏と二人っきりのデートをセッティングしてやる。それで許せ」

 

「……出来るの?」

 

「一夏を騙して他の馬鹿五人その他は俺が足止めすることになるだろうが、まあ可能だ。場所は学園内に限るけどな。デートプランはそっちで勝手に練れ」

 

「……わかった」

 

参考書の上から更識妹が退く。

そのまま自らの席に座り、電子キーボードを叩き始めた。

 

生徒会の織斑一課と言う部署に所属している更識妹はそれなりに忙しいらしい。仕事内容は一夏の貸し出し管理だ。

一夏に関する部署だから織斑一課らしいが、頭のおかしいネーミングであることには間違いない。命名したのは更識妹自身だ。

これから一夏は数日留守にするのだから、その調整をしているのだと思う。一夏を待ち望んでいる部活は多いそうだから、非難囂々雨あられだろうし。

 

両手が縛られていて何も出来ないから天井を見上げていた。

体感で一時間、実測で十分が経った頃、扉の向こうがガヤガヤと騒がしくなり、会長が姿を現す。

俺を見てにんまりと笑みを浮かべた会長はいつもの扇子を広げて『無様』の二字を見せてきた。……屈辱に耐える。

会長の後ろにいたのほほんさんと布仏姉が勝者と敗者の構図を目の当たりにして、それぞれ邪気のない笑みとため息を吐く。

 

「あら~……。かがみんついに負けちゃったんだねぇ~」

 

「のほほんさん……俺、この屈辱は絶対に忘れない。見ててくれ。あんたの主が吠え面かくところを」

 

「何か言ったかしら」

 

「何も言ってません。気のせいじゃないですか? 耳遠くなりました? 早すぎる老化ですか?」

 

「たっちゃんたっちゃん、かがみんが今ね、たっちゃんに目に物見せてやるって言ってたよ~」

 

「本音はそう言っているけど?」

 

「言いましたけど何か?」

 

「虚、参考書一冊追加」

 

「はあ……」

 

ため息とともに膝の上に参考書が置かれる。

ぐええと痛みに悶えた俺を見て、よしと満足した会長は更識妹の労をねぎらった。

 

「見張りご苦労様。簪ちゃんの荷物も持って来たわよ」

 

「……ありがとう」

 

「さて、これで準備万端。行きましょう」

 

それぞれがそれぞれの荷物を持ち、なぜか台車が用意され、その上に座るよう指示される。

 

「待ってください」

 

「問答無用。乗りなさい」

 

「がんばれかがみん~」

 

「待ってくれ」

 

一体何を頑張ることになるのかとのほほんさんに聞いてみれば、「えへ~」と何とも言えない味のある笑みが返って来た。

敗北者に抵抗する権利などあるはずもなく、言われるがまま台車の上に正座する。間髪入れずに参考書が置かれた。

台車を押すのは布仏姉である。極力揺れないように慎重に押してくれているようだったが、それでも多少の揺れはあって、その度に膝が痛む。

心遣いに感謝して「重くてすいませんね」と一言謝ってみれば、「半分くらいは本の重さの気がするわ」と言われた。さすがに半分は言い過ぎだろう。せいぜい十分の一ぐらいだ。

 

ガラガラと台車は進んで行き、早起きの生徒に目撃されてひそひそと噂される。

何枚か写真を撮られた気がした。無心で前方一点を見つめてやり過ごす。

 

学園の正面玄関まで運ばれて、真正面に駐車していた黒塗りの高級車の扉が開く。中から現れたのは誰あろう一夏だ。

 

「よ。来たな」

 

裏切者が浮かべるには似つかわしくない爽やかな笑顔。朝日に照らされてるせいか、いつもの二割増しぐらいイケメン度が上がっている。

無性に殴りたくて仕方がなかったが、両手を縛られている上に膝には参考書が置かれている。今は耐えるしかなかった。

 

「この車凄いぞ。広いし冷蔵庫まであるんだ。食べ物も飲み物も山ほどある。酒もあった。……一杯ぐらいならばれないかな?」

 

「なんていう酒?」

 

「読めなかった。でも多分ウイスキーだと思う。茶色かったから」

 

ウイスキーかあ……。

 

「蒸留酒ってアルコール度数高いらしいぜ」

 

「まじで? どれくらい?」

 

「知らないけど。高いっていうぐらいだから40度ぐらいはあるんじゃないの」

 

「あー……さすがにそれは飲めないなあ」

 

「ワインはないのか。まだそっちの方が低いし飲んだことないだろ」

 

「あるかも。ちょっと探してみる」

 

車の中に戻る一夏。

布仏姉の険しい視線にはついぞ気づかなかったらしい。あるいは気付かないふりをしたのか。あいつも中々図太くなってきた。元からかもしれないけど。

 

「弟よ。その格好はなんだ。まるで虜囚ではないか。みっともないぞ」

 

入れ替わるようにちんまい妖精ことボーデヴィッヒが現れる。こいつがここにいる理由が分からなかったが、とりあえず助けを求める。

 

「俺はお前の弟じゃない。でも助けてお姉ちゃん。国際法無視の拷問を受けているんだ。捕虜交換を要求する」

 

「こちらに捕虜はいないが」

 

「誰でもいいからでっち上げてくれ」

 

「わかった。少し待て」

 

ボーデヴィッヒが車内に戻り、会長と更識妹は運転手らしき紳士に荷物を渡していた。

トランクに荷物が詰まれるのを見ながら、のほほんさんから漏れ聞こえた呟きを拾う。

 

「お土産楽しみだなあ~」

 

「……あれ、のほほんさんは行かないの? 行けばいいのに」

 

「行けないよぉ。足手まといになったら嫌だもん」

 

「私たちは専用機を持っていないから、いざと言うときに自分の身を守れないの。行かない方がいいわ」

 

どうやら布仏姉妹は留守番らしい。

行くのは更識姉妹とボーデヴィッヒ。それと一夏。確かにいざと言う時は自分の身は自分で守れる面子だ。

ちょっと戦力過剰のような気もするが、一夏の護衛だと考えればかえって過剰の方がいいのかもしれない。多すぎて困るものでもないし。

 

「シャルロットがいたぞ。嫁もいるが、あれは拷問訓練を受けていないからな」

 

「なるほど。それなら仕方がない。じゃあデュノア。俺と立ち位置交換してくれ」

 

「意味がわからないんだけど」

 

車の中からボーデヴィッヒに連れ出されたデュノアは混乱の極みらしく、眉を八の字にして困惑している。

 

「意味を理解する必要はない。俺と場所を代わってくれればそれでいい」

 

「シャルロット。弟は拷問訓練を受けていないのだ。お前ならその手の訓練を受けているだろう。代わってやってくれ」

 

「いや、だから、全然意味わからない」

 

「意味を理解する必要はない」

 

「代わってやってくれ」

 

「なんなの……?」

 

デュノアは戸惑い、ボーデヴィッヒは説明不足のままごり押そうとする。

酒を漁っていた一夏がワインボトルを片手に姿を見せ、布仏姉が取り上げる。説教される一夏をのほほんさんが笑っているところに、荷物を積み終えた更識姉妹が合流した。

 

「全員集まっているわね」

 

「あの、楯無さん、これは一体なんなんでしょう。僕、これからフランスに帰らなきゃいけないんですが……」

 

どうやらデュノアは何一つ説明を受けていなかったようで、しきりに時間を気にしている。その辺の説明をすべきは一夏だったと思うが、当の一夏はリムジンに夢中だったらしい。

 

「知っているわ。実家から呼び出されたのでしょう?」

 

扇子に『先刻承知』と言う四字熟語が書かれている。

 

「……はい」

 

「折角だから、みんなで行くことにしたのよ」

 

「……はい?」

 

「一夏君がどうしても貴方を助けたいって言うから、一肌脱いだの」

 

信じられないという顔のデュノアが一夏を見る。

一夏は照れくさそうに頭を掻いていた。

 

「助けるって言ったからな」

 

「一夏……」

 

恋する乙女の顔。さながら白馬の王子様と言うところか。

 

「チャーター便を用意してあるわ。それでフランスまでひとっ飛び。およそ12時間半のフライトね」

 

「そんな……でも、これは僕の問題で……」

 

「水臭いこと言わないでくれ」

 

ここまで来て助けを拒もうとしたデュノアに一夏が止めを刺しに行く。

 

「困ってたら助け合うのが仲間ってもんだろ? シャルが困ってるんだ。見捨てることなんて出来ないぜ」

 

「一夏……」

 

「一緒に行かせてくれ。そんなに役には立たないかもしれないけど、でも力になりたいんだ」

 

「……うん。ありがとう、一夏」

 

……落ちたな。

天然ジゴロの本領が発揮された。唾を吐きたい気分だ。

 

「話も纏まったことだし、みんな車に乗って」

 

会長の号令一下、リムジンに乗り込んでいく一同。

なぜか布仏姉は台車をリムジンに近づけていく。

 

「あ、虚先輩、手伝いますよ」

 

「そう? ありがとう。悪いわね」

 

「いえいえ」

 

一夏が手伝いを申し出て、俺は更にリムジンに近づけられる。

 

「よし行くぞ嘉神」

 

「待てや」

 

「せえのっ」

 

人の話を聞きもせず、俺を車内に運ぶ一夏。

両手を後ろで縛られている俺は、参考書の重みで足が痺れていたこともあって大した抵抗もできずに車内へ投げ込まれる。

ろくに受け身も取れず、うつ伏せの体勢から恐る恐る顔を上げると、ワイングラスを片手ににんまりと笑う会長と目が合った。

 

「いい旅にしましょうね。嘉神君?」

 

そう言って、葡萄色の液体を煽る会長。……それ、ワインですか?

と言うか、え? 旅? なんで?

 

何も言えずにただ震える俺の肩に、後ろから手が乗せられる。振り向けば一夏がいた。

 

「一緒に、頑張ろうな」

 

「……裏切者がぁっ!!」

 

怒号と共に車が走り出す。

行先は空港。チャーター便に乗って一路フランスへ。

生まれて初めての海外旅行が始まった。

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