明日の彼方に   作:紺南

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フランス里帰り強制連行4

実は飛行機に乗ったことがない。今まで家族で出かけることは何度かあったが車で事足りたし、中学の修学旅行は電車だった。行き先は京都、大阪、奈良。公立校だから仕方ないのかもしれないが、思い返すに安上がりだ。別に文句はないけど。いや、そう言えば当日雨だったわ。最悪だな。

 

そこのところ、内緒話をする感じで一夏に告白したら、意外なことに「俺も」と同意してきた。物心ついた時から鬼軍曹と二人で生活していた一夏は旅行とかしたことがないらしい。鬼軍曹と二人とかそれだけで地獄の日々にしか思えないのだが、鬼軍曹も鬼軍曹で何かと忙しく、自宅にいること自体が少なくて、乗る機会はなかったそうだ。

 

思いがけない仲間を見つけて嬉しくなり、一応聞いておくかぐらいの気持ちで女性陣にも水を向ける。予想通りと言うかなんというか、やはり俺の仲間は一夏だけだった。

 

「あるけど……」

 

「……ある」

 

「まあ、私たちの立場でないほうがおかしいんじゃない?」

 

「うむ。軍人にとって降下訓練は必須だからな」

 

他の面々は全員飛行機に乗ったことがあるらしい。デュノアとボーデヴィッヒは日本に来る際に乗っているのは当然としても――降下訓練と言うボーデヴィッヒの発言は無視した――国家代表の会長も、代表候補生の更識妹もあるそうだ。

 

素直な感想で「ブルジョワだな」と呟いたところ、「そうかなあ」と微妙な空気になってしまった。似たような感想を持っていたらしい一夏と顔を見合わせる。

 

「そもそもの話、ISに乗ったことのある人の方が少ないと思うけれど?」

 

「ISと飛行機は違いますよ」

 

少し呆れた感じの会長に反論する。

そもそも乗りたくて乗っているわけではない。なぜにISは動くのか。動かなくていいものをどうして動いてしまうのか。どこぞの誰かに解き明かしてほしい。兎のコスプレしたやばい女なら知っていそうだけど。

 

そんな会話をしつつ黒塗りの高級車は一路空港へ。

 

暇を持て余して車内を物色していた一夏が、新しく発見したワインに挑戦しようとするのを無責任に焚きつける会長と、必死に止めるデュノア、更識妹。

「嫁がワインなら私はウイスキーだな」と琥珀色の瓶を漁り始めたボーデヴィッヒを尻目に、この状況を打破するために策を練る。

一夏もそうだが、男と言うのは総じて諦めの悪い生き物だ。誰がフランスなぞに行くか。

空からニンジン降ってきたらどうするんだ。死ぬんだぞ、俺が。

 

生死のかかっている状況だとやはり頭が働く。おかげでちょっと閃いたので、嬉々として口に出してみた。

 

「そう言えば俺パスポート持ってねえや」

 

「あ」

 

俺の発言に意図しないところで声が上がった。

そっちを見れば、口を半開きにして顔色は青く、しまったと言う表情。予想外すぎる展開に目を疑った。

 

「一夏、お前まさか……」

 

「ふっ…………忘れてたぜ」

 

「馬鹿じゃないの?」

 

「どうしよう……」

 

頭を抱える一夏を蔑んだ目で見る。

こいつこんな有様で「シャルを助けるんだ」って自信満々に言い放ったんだぜ。どんな面下げてたと思う? 滅茶苦茶格好いい面下げてたから。

 

「よし。Go backだ。戻って鬼軍曹に相談するぞ」

 

「どの面下げて相談すればいいんだよ……」

 

「格好いい面下げて格好悪いことする弟には慣れてるだろうから安心しろ。出席簿でどつかれるだけだ」

 

そういうわけだからと女子たちに目を向ける。

デュノアはまさかと言う顔で硬直しており、更識妹は呆れ果てていた。ボーデヴィッヒはウイスキーの蓋を開けて匂いを嗅いでいる。

予想外と言うか予想通りと言うか、それらと正反対の反応を見せていたのは会長ただ一人だけ。

 

「まったくもう、仕方ないわね……一夏君のお望みの物はこれかしら?」

 

そう言いながら胸ポケットから取り出された緑色のパスポート二冊。内一冊が一夏に手渡される。

ごくりと生唾飲み込んで、恐る恐る中を覗いてみれば一夏の顔写真が貼ってあった。

 

「おお!」

 

「馬鹿な……なんだこれは……」

 

「ふっふっふ。私がその程度のことを見落とすと思った? こう見えても生徒会長、学園で最強の女なの。手抜かりはないわ」

 

勝ち誇っている。これでもかと誇っている。ドヤ顔で俺を見ている。むかつく顔がそこにある。いつも手抜かりばかりのくせに、こういう時に限ってこの女は……。

 

「くそっ。じゃあ俺の分も作ってあるのか」

 

「あらあらお口が悪いわね。もちろん君の分もあるわ」

 

ひらひらと見せびらかすように揺れる緑色のパスポート。申請した覚えなんてないが、会長特権と言うか、更識の強権を使って政府関係者に手を回しやがったな。本当に余計なことをしてくれた。

 

まあ、あるものは仕方がない。

一応中身を確認しておこうとパスポートに手を伸ばす。しかし会長は俺の手を避け、これ見よがしに制服の内ポケットにしまった。

 

「……おい」

 

「ふふっ……言ったでしょう? 私は生徒会長。学園で最強の女。そんな手に引っかかると思って? 渡したら最後、窓から放り投げるつもりでしょう?」

 

……見抜かれていたか。

パスポートがなければ出国できないのは当たり前。ならば俺がすべきはパスポートを紛失すること。そうすればフランスに旅立たなくて済む。恐らく、事ここに及んで俺が出来る唯一の抵抗がそれだ。

 

「……大人しくそれをよこせ。そうすれば酷いことはしないと約束しよう。逆に言うと抵抗すれば酷いことするぞ」

 

「うわぁ……」

 

露骨な脅しにドン引きする一夏。

ひそひそと囁き合うデュノアと更識妹。ぺろりと指先で掬ったウイスキーを舐めるボーデヴィッヒ。

いそいそと上着のボタンを閉めて準備万端という感じの会長が、胸を張って煽ってくる。

 

「その程度の脅しに屈する私じゃないわよ。取れるものなら取ってみなさい。パスポートは私の内ポケットにあるわ。さあ、取れるものなら取って――」

 

「それではお言葉に甘えて」

 

何の躊躇もなく、会長の制服の内側に手を突っ込む。その際に胸とか普通に触れたが、そんなものよりパスポートが優先だ。感触だけはしっかり覚えておこう。

 

「な、何やってんだよ嘉神!」

 

「な!? くっ、止めるな一夏ぁ!!」

 

IS学園に入学して半年以上。

際どすぎるISスーツ。無防備な寝間着。なんか普通に漂っている甘い匂い。

ちょっと肌が露わになるだけで前屈みになってしまう思春期な男子高校生にとっては、毒を超えて劇毒な環境に浸かってきた。

 

自ずと性癖は捻じ曲げられ、欲望と向き合い己を見つめ直す日々。間違っても手を出してはならないと戒め続けて至った境地。

今更、制服の内ポケットに手を突っ込むぐらいなんぼのもんじゃいと言うのが正直なところだが、未だこの境地に至っていない一夏にしてみれば信じられない行動だったらしい。後ろから羽交い絞めにされて引き離される。

 

「放せ一夏ぁ! あの女が先に喧嘩を売って来たんだ! 売られた喧嘩は買うのが男ってもんだろ!?」

 

「最初から勝ち目のない戦いだったんだ……諦めようぜ」

 

「諦めてたまるかぁ!」

 

唸れ筋肉。一夏の羽交い絞めから脱出しようともがく俺の眼前で、内ポケットに手を突っ込まれた会長は俺から距離を取ろうと後ずさっていた。

 

「や、やるわね嘉神君! さすがの私も君がいきなりそこまでするのは予想外だったわ……。簪ちゃん、シャルロットちゃん、彼から私を守って! ガードして! 彼の視線が届かないように!」

 

「ええっと……」

 

「もう、姉さんは……」

 

溜息を吐きつつ応じる更識妹。アイコンタクトで仲間になれと誘ってみるも、ごめんねと返事があった。

強制的に味方につけるために手札を切るか迷ったが、すぐ後にはデュノアが続いて、一夏の拘束は解けそうにない。

会長は俺たちに背を向けてごそごそと何かしていた。今の今までウイスキーをペロペロしていたボーデヴィッヒが、ついにコップになみなみに満たして近寄って来る。

 

「さっきから何を騒いでいるのだ。これでも飲んで落ち着け」

 

「飲めるかぁ!!」

 

なぜか、俺に無理やりウイスキーを飲ませようとするボーデヴィッヒとの格闘が始まって、その間に何かを成し終えたらしい会長が一仕事やり終えた清々しい顔で勝利を宣言する。

 

「もう大丈夫よ二人とも。さすがの嘉神君もここまでは出来ないはずだから」

 

そういう会長は自分のお腹辺りに手を当てている。

一体何をしたんだと一瞬の疑問。すぐに答えにたどり着く。

 

「まさか……Yシャツの中にパスポートを!?」

 

「正解。これを取りたいなら服を脱がさなくてはならないわ。その度胸があなたにあるかしら?」

 

……あるはずがない。

脱力して崩れ落ちた俺の頭上で一夏が一息つく。

「飲め」とアルハラ上司並みのムーブを繰り返すボーデヴィッヒを無視して、悔しさ余って拳を床に叩きつける。俺は、また負けた……!!

 

「これは一体何の勝負なんだろう……」

 

「あまり考えては駄目……いつものことだから……」

 

ちくしょう……。

パスポートを奪うために服を脱がすなんて、そんなの流石の俺でも……俺、でも……………………ふむ? 脱がせばパスポートが手に入るのか?

 

ちょっと冷静になった頭で会長を見つめる。会長が服の上から手で押さえているため、パスポートの位置は丸わかりだ。

俺の視線を受け、下腹部の辺りを両手で押さえていた会長は、にやにやと勝ち誇った顔から一転、怪訝気な顔になった。

 

あれを手に入れるには、上着を()いで、Yシャツを剥いで、必要ならスカートも剥げばいい。言ってしまえばそれだけで、どこまでやりすぎたところで下着姿にすれば手に入る。そう、それだけの話なのだ。

会長の服を引っぺがすことへの抵抗とパスポートを手に入れることを天秤にかけた。一瞬の拮抗すらなく天秤は傾く。パスポートを手に入れる方に。

 

「こんなところで立ち止まる俺ではない……」

 

「いやいやいやいや。やばいだろ」

 

「止めるな一夏。あの女を()く。これは男の戦いだ」

 

「やばいって!? まじで洒落にならないって!!?」

 

「止めるなぁ!!!!」

 

「止めろぉ!!!!」

 

一夏とデュノア、更識妹の三人がかりで食い止められる。

会長の服を()かんと必死に手を伸ばしたが届かなかった。あと少しだった。隅に追いやるところまでは出来たのに、あと一歩が遠かった。

最後は、ボーデヴィッヒに無理やりウイスキーを飲まされたところで意識が途絶えた。

……急性アルコール中毒だろこれ。

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