明日の彼方に   作:紺南

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フランス里帰り強制連行5

目が覚めたら飛行機の中だった。

すでに飛行機は飛び立ち、フランスに向けて順調にフライトしているとのこと。

隣の座席で映画を見ていた一夏が教えてくれた。

 

果たして、意識のない人間を飛行機に乗せていいものなのだろうか。離陸時はシートを元に戻してとかシートベルトとか言われるはずじゃん? 俺意識なかったんだけど? もしこれが拉致被害者だったらどうするつもりだったの?

 

まったく空港職員は役に立たない。ちょっと別室で足止めするぐらいしてもいいだろうに。無理やり俺を目覚めさせて事情を聞いてくれてもいいだろうに。

それもこれもすべては会長のせいだ。更識特権を使ったのだろう。いかに空港職員と言えど、国家代表の肩書には敵わなかった。鬼軍曹が職員に扮していれば無敵だっただろうに。それが残念でならない。

 

飛行機とは思えない広々した空間。

リクライニングした椅子の上で、鈍痛の響く頭に顔をしかめながらペットボトルの水を飲む。

水がうまい。味も何もないただの冷えた水だが、これがまたうまい。鬼軍曹の訓練で死にかけた時ぐらいうまい。

 

飲み干したペットボトルをゴミ箱に捨てる。

さてと立ち上がったところで、心配そうに俺を見ていた一夏と目が合った。安心しろと目で告げる。

 

「今すぐこの飛行機落としてやるからよ……」

 

「落ち着け。落ち着いてくれ」

 

「ああ、そうだな……。この程度の頭痛は復讐を果たすのに何の支障もない」

 

「話をしようぜ」

 

話すことなど何もない。

俺は怒っている。学園から拉致され、恐らくは急性アル中にまでしてくれた。すでに怒髪天を衝いているのだ。この腹の虫は泣いて詫びる程度では治まらない。

 

「ボーデヴィッヒはどこだぁ!!」

 

第一目標を定めて突き進む。

広いとはいえ所詮は飛行機。狭い機内では誰がどうしているかは筒抜けで、飛んで火にいる夏の虫のごとく、目標は自分から接近してきた

 

「起きたか」

 

「ボォデヴィッヒィ――!!」

 

「さっきはすまなかったな」

 

予想外の第一声。この数か月、謝罪の言葉など聞いた覚えは皆無だったため怒りがすうっと引いて行った。自ずとに刑の執行も延期される。

 

「酒を飲ます前にアルコールテストをするべきだった。お前の体質にまで気が回らなかった私のミスだ。すまなかった」

 

ぺこりと頭を下げるボーデヴィッヒ。

ここまで素直に謝られるとかえってやりにくい。俺の周りと言うか一夏の周りには謝らない女が多い。凰とか凰とか凰とか凰とか。

 

虚を突かれたせいで冷静になってしまい、ゴミと比べれば人間出来てるじゃないかと狂った感想を抱く。

 

思い出してみれば、ボーデヴィッヒは試験管ベビーだ。ドイツ軍と言うゴミみたいな連中に一般常識に欠ける教育を施されてきた。

初対面時、こいつに殴り飛ばされた一夏の下敷きとなり、そんなことはどうでもいいと物を見るような態度を思い出せば、ここまで成長したのかと親心のようなものまで沸いてくる。

怒りは治まった。まったく。こいつは見た目からしてちんまくて得をしている。伊達に同級生たちの玩具にされているわけじゃない。俺も子供に本気で怒るほど狭量ではないのだ。

 

「気にするな。もう過ぎたことだ。ついでに俺はお前の弟じゃないことも理解してくれればそれで十分だ」

 

「? いや、お前は私の弟だろう。何を言っている? アルコールで脳がやられたか?」

 

「やられてんのはお前だろ」

 

一度ドイツの軍人たちに説教をしなければならない。

ただの同級生に本物の弟扱いされる恐怖。それが一体どれほどのものか。身体の髄まで刻み込んでやる。

 

 

 

 

 

「暇つぶしに皆でトランプでもしましょうか」

 

ボーデヴィッヒへの復讐は頓挫して、八つ当たりで会長に文句を言い、そもそもの本題である呼び出しについてデュノアから聞き出した。

暇を持て余しすぎて更識妹と寝取られ談義に花を咲かせて会長の顔色を真っ青にした後、一夏と下世話な話題で盛り上がった。

そうしてついにやることもなくなったところで、会長がトランプを取り出した。

 

日本からフランスまでおよそ12時間のフライトである。

どれだけ時間を潰したところで空の上ではやれることも限られる。

あとはもう機内食を食ったら映画見ながら寝るぐらいしかない。さあひと眠りしようかなと思った直後のことだった。

 

「最初はババ抜きね」とカードを切りながら一人で盛り上がる会長。

見るからにウキウキしていた。何気に一夏との旅行でもあるわけだし、興奮しているのだろうか。

 

さして断る理由もなく、暇つぶしにはもってこいなので参加する。唯一ルールを知らなかったボーデヴィッヒにはデュノアが補佐についた。

 

そうして始まったババ抜きは、やたらと俺にババが回って来ると言う、どう考えてもイカサマされているとしか思えないシチュエーションで三連敗を喫した。

 

「ババあぁぁぁぁ!!!!!!!!!?????」

 

「良い叫び声ねえ、嘉神君」

 

会長から札を取ったらババだった。もう何回目になるかもわからないこの引きに、腹の底から絶叫する。

 

「ばばぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

「ふふっ、いい気味」

 

「ばばあがぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

「ふふふ……」

 

「ばばあぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「……ねえ、ひょっとして私のこと(ばばあ)って言ってない?」

 

「言ってねえ」

 

「私の方見て言ってごらんなさい。……こらっ」

 

叫び疲れて痛んだ喉を擦りながら隣に座るボーデヴィッヒに手札を差し出す。

たった今手にしたばかりのジョーカーが飛び出しているそれを見て、ボーデヴィッヒは困惑で眉をひそめた。

 

「一枚だけ飛び出ているのだが……それはなんだ?」

 

「何の意味もない。さっさと取れ」

 

そうかとボーデヴィッヒは素直にジョーカーを取ろうとする。

それに待ったをかけるのがデュノアである。

 

「ダメだよラウラ! あれはきっとジョーカー! またラウラを引っかけようとしてるんだ!」

 

「なに? ……そうなのか?」

 

「ちがうよ」

 

「そうか」

 

ボーデヴィッヒの指がジョーカーを引き抜こうとする。

 

「そんなほいほい嘉神の言うこと信じちゃだめだよ!? 卑怯なことしかしないんだから!」

 

「おい、聞き捨てならないぞ。俺がいつ卑怯なことをした?」

 

「さっきからあの手この手でラウラにジョーカーを引かせようとしてるでしょ!?」

 

「それがこのゲームの醍醐味だろうが! ただ黙々とやったら面白くもなんともねえ!!」

 

「ラウラは今日がトランプ初めてなんだよ!? 少しは手加減してあげなよ!! どうして小狡い手で嵌めようとするのさ!?」

 

「それは俺がもう三回も負けてるからだ!!」

 

「弱いからでしょ!!」

 

「あぁ!?」

 

「なにさ!?」

 

「はいはい、喧嘩はやめなさーい」

 

会長に諫められて渋々矛を収める。

 

「もうさっさと取れ」

 

「ふむ……どうすべきか」

 

ボーデヴィッヒが悩む。周りがあれこれ言うからめっちゃ悩んでる。

なんだかんだ言いつつもデュノアの言葉にも一理はあると、黙ってボーデヴィッヒの判断を待とうと思っていたのに、そのデュノアが更なる助言を繰り出してしまった。

 

「その突き出してるの以外なら何でもいいと思うよ」

 

「そういう助言は反則だと思いますぅ!」

 

「僕はラウラのペアだからいいんですぅ!」

 

悩むボーデヴィッヒを挟んでやいのやいのと言い合った。

会長が呆れ顔でため息を吐き、順番待ちの二人は手持ち無沙汰になる。

 

「……もう早くとって」

 

「ははっ。仲がいいのは良いことだと思うぞ」

 

更識妹がうんざりした様子で急かし、一夏は相変わらずの朴念仁。

ついにボーデヴィッヒがカードを取ろうとするが、その指は突き出した札の左隣を掴んでいた。

 

「……待て」

 

「ん?」

 

「待つ必要ないよラウラ。そのまま取って」

 

「そうか?」

 

デュノアの言葉に従おうとするボーデヴィッヒ。

最早一刻の猶予もない。俺は伝家の宝刀を抜いた。

 

「お願いお姉ちゃん!!」

 

瞬間、ボーデヴィッヒの指がスライドし、突き出された札を奪っていった。もちろんそれはジョーカー。

 

「ふ……弟の我儘ぐらい聞いてやらねばな……」

 

寂しそうに、しかし満足げにボーデヴィッヒは微笑んだ。

デュノアが怒りに満ちた目を向けてくる。曲がりなりにも宝刀を抜いた手前、俺は勝ち誇った顔をしなければならない。

 

「何か文句でも?」

 

「人として最低だと思うよ」

 

「俺を悪し様に言う前に、自分の日ごろの行いを思い出してもらおうか」

 

具体的には俺の部屋の扉が何回吹っ飛んだか。その回数から思い出していただきたい。

 

「嘉神、今のは俺もどうかと思うぞ」

 

「勝つためには手段を選んでられないんだ。そうだろう?」

 

同意を求めたが一夏は頷いてくれない。更識妹には無視された。

そうこうする間に順番は一巡し俺に回って来る。

ご丁寧に背中に隠してシャッフルされた手札。その中からこれだと思うものを選ぶ。……ジョーカーだった。

 

「なんでだよ!?」

 

「言っておくけど私は何もしてないわよ? 運が悪いとしか言えないわね」

 

会長の言うことなど信用できない。しかしイカサマだと断言できる要素もない。

くそがぁと呻きながらボーデヴィッヒに一枚引かせる。それはジョーカーではない。

結局、ジョーカーはずっと俺の手元に居座って、四連敗目を喫した。

 

「次は神経衰弱でもしましょうか」

 

「しない」

 

「じゃあスピード?」

 

「絶対しない」

 

神経衰弱は記憶力。スピードは運動神経。

俺と一夏を除いて国家代表と代表候補性しかいないこの場では全てにおいて勝てる要素がない。

 

「運勝負になると嘉神の一人負けだしなあ」

 

「四連敗だぞ。お前ら絶対何か仕込んでただろ」

 

「いや、本当に何もしてないんだ」

 

どうだかわからん。

もういいと俺は一人昼寝することにした。

勝手に遊んでろと捨て台詞を吐くのは忘れない。

 

飛行機で寝るのは初めてだったが思いのほかよく眠れた。

次に起こされた時には飛行機は着陸態勢に移っていて、シートベルトをしろだとか色々指示があり、そうこうする間に着陸は成功する。

手荷物なんか持ってない俺はいの一番に外に出て、その瞬間多数の人間に囲まれた。

 

「なんだこいつら」

 

「ドイツ軍だな」

 

すぐ後ろにいたボーデヴィッヒに説明を求める。

 

「なんでフランスでドイツ軍に囲まれるの」

 

「それはここがドイツだからだ」

 

「なんでドイツに降りたの」

 

「降りろと命じられたからだ」

 

ちょっと考える。

 

「ISで強行突破するか?」

 

「してもいいが、日本は遠いからな。シャルロットの実家にも寄れん」

 

そういうわけで、俺たちは今ドイツにいます。

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