なぜ飛行機がドイツに降りたのか。
寝ていた俺は寝耳に水だったが、ちょっと前に爆破予告があったらしい。
それを受けて飛行機はやむなく近場の空港――ドイツの空港に緊急着陸を行い、なぜかその空港にはドイツ軍が待機していたとのこと。
多分日本の空港だけでなくドイツの空港にも爆破予告をしたのだろう。少なくともその
表向きは俺たちの身の安全のためを確保するため、サミットさながらの警戒態勢を敷いているドイツ政府に対し、わざわざ追及する意味はないと会長は早々に諦め、ドイツ軍のエスコートに従う姿勢を見せた。歩き始める会長の後ろを俺と一夏が着いて行き、ボーデヴィッヒ、更識妹、デュノアの三人がそれぞれ左右と後ろを歩く。……しまった。馬鹿七人衆に囲まれた。
飛行機から降りてこっち、意外なことにISで突破しようと言う意見は出ていない。いや、出たのだけど、それを言ったのは俺と一夏だけだった。
それに対し、女どもは子供に接するような微笑みを浮かべるのみ。
「そんなことしたら私たちの方がテロリストでしょ」と言う会長の言葉は、俺と一夏を除く全員の総意らしかった。
仮にISを使うとして、許されるのは飛行機からの脱出が精々で、そのままフランスに直進しようものなら間違いなくドイツ軍とフランス軍が動く。下手をすればEUまで動く。国際問題待ったなし。「だから大人しくしてなさい」と会長は言った。
「いや、でも……」
言葉を濁す一夏の視線は後ろを歩いていたボーデヴィッヒに向く。思い出すのはISに仕込まれていたVTシステム。国際法無視である。馬鹿の所業だった。
「大丈夫よ。何も出来やしないわ」
「……楯無さんがそう言うってことは、何か根拠があるんですか?」
「うん。車で君たちに渡したパスポートの色、覚えてる?」
脳裏に浮かぶ。あと一歩のところで奪えなかった屈辱のパスポート。思い出すのは剥げなかったYシャツの色ばかり。パスポートそのものの色はたしか緑だったはず。
「あれは公用旅券と言ってね。あなたたちは今公務に就いていることになっているの。それに難癖でも付けて身柄を拘束してごらんなさい。国際問題になるわよ」
「……ドイツなら普通にやるような気が」
一夏のドイツに対するイメージが悪化の一途をたどっているが、言っていることには俺も賛成だ。例えばこれが中国なら間違いなくやる。印象って言うのは実に大事だ。
「ぶっちゃけた話、ここにいるのがあなたたち二人だけだったのなら、多分やったわね」
「やっぱりやるじゃないですか!」
「安心なさい。それをさせないための私たちだから」
ふふんと誇らしげに扇子を開く会長。そこには『国家代表』の四文字が。
「ロシア、日本、フランスの三か国の国家代表・代表候補性がいるのよ。下手なことしたら政治的にはもちろん、物理的にも返り討ちね」
「私もいるぞ」
あえてだと思うが、頭数に入ってなかったことにボーデヴィッヒが異を唱えた。
「あら。ラウラちゃんは祖国に歯向かえるの?」
「当然だ。私は夫であり姉でもあるからな。例え祖国が相手であろうと、家族の危機は見過ごせん」
「ラウラ……」
胸を張るボーデヴィッヒに一夏が感動している。よかったわねえと癪に障るにやけ面の会長。
拳を握り、内心で反論する。俺は弟ではない。断じて違う。……だが、今だけは、弟に甘んじてもいいかもしれない……。
「そう言うことだから、シャルロットちゃんも我慢してね。多分明日にはフランスに行けると思うから」
「……仕方ないですね。正直こうなるんじゃないかと思ってました。一夏が一緒でしたから」
一夏がショックを受けた顔をしている。
未だに自分のことを見世物パンダとしか思っていない男だ。この機に自己評価を改めるべきだろう。
「私もこうなるんじゃないかと思ってたのよ。だから色々準備してたの」
再び開かれた扇子には『準備万端』の四文字が。
どうやらパスポート以外にも色々やっていたらしい。詰めの甘い小娘と言う評価は引っ込めるべきだろうか。でもなぁ……会長だしなぁ……。
「隊長」
エスコートされた先に現れた一団。
全員性別女性で眼帯をつけている。その中から一人進み出てきて、敬礼をしながらボーデヴィッヒに話しかけた。
「お久しぶりです。ご無事なようで安心しました」
「クラリッサ……わざわざお前たちが来たのか? 任務はどうした」
「たまたま、近くにいましたので」
たまたまを強調する眼帯。その視線が俺たちを一巡してまたボーデヴィッヒに向く。
「ご承知かとは思いますが爆破予告がありました。飛行機の中を調べさせていただきます」
「それは構わん。好きなだけ調べろ。だが、代わりの飛行機は?」
「申し訳ありません。用意が間に合いませんでした。皆さんにはドイツで一泊してもらうことになります」
クラリッサと言う名は聞いたことがある。
ボーデヴィッヒの口からたまに出ていた。確か嫁と言う間違った知識を植え付けた犯人だ。
「こちらとしては一刻も早くフランスに発ちたいのだけど?」
「お気持ちはわかりますが緊急事態です。ご辛抱いただきたい」
「宿泊場所は? まさか全員別々なんて言わないでしょうね?」
「ご心配なく。最高級のホテルをフロア丸々抑えてあります。皆さんの身の安全は我ら『シュヴァルツェ・ハーゼ』が保証します。ドイツ軍最強を自負しております。ご安心を」
会長と眼帯の会話を横目に、一夏と話をする。
「おい一夏。聞いたか」
「ああ、確かに聞いたぜ。クラリッサってな」
「あいつだ。あいつが元凶だ」
「あいつが……」
「そうあいつが――」
――ボーデヴィッヒの情操を歪ませた大戦犯!
「では改めて自己紹介を。私はドイツ軍特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』副隊長を任じられております。クラリッサ・ハルフォーフと――――」
「クラリッサァ!!!」
「ハルフォーフぅ!!!」
俺と一夏の二人が同時に飛び掛かった。
心にあるのは憤怒の炎。憎き仇を殲滅せよと燃え盛る。
「――うぼぉ!!??」
「まずは一発ぅ!!」
瞬時に反応した会長により一夏は取り押さえられた。
だがフリーの身である俺はハルフォースの腹に一発いれることに成功する。
「二発目ぇ!」
「ふんっ!」
「ぶばらっ!?」
背後から飛び掛かって来たボーデヴィッヒによりエビぞりになる。
次の瞬間、左右にいたデュノアと更識妹からそれぞれ一発ずつ腹に食らう。
「まさか内に敵がいるとは思わなかったよ……」
「……不意を突かれるとはこのこと」
四つん這いで苦しむ俺の頭上で二人の言葉が聞こえる。
「副隊長!?」と慌てふためく声も聞こえてきた。続いて、「どういうつもりですか!?」と誰かが抗議している。
「いや、これは、違うのよ。ちょっと彼らは興奮していて……ほら、爆破予告を受けていたから、精神的に不安定に……」
会長が必死に抗弁している。
それを聞きながら思い出す。ボーデヴィッヒに受けた屈辱の数々。嫁に夜這いと言うものをかけに言って失敗したのだとド深夜に部屋まで押しかけられたあの日のこと。寝不足で鬼軍曹の訓練途中にぶっ倒れたあの記憶。
全ての元凶がそこにいる。もし会ったら必ず一発は殴ってやると誓っていた。一発では足りぬ。三発はぶち込みたい。復讐心を糧に、痛む腹に力を込めて立ち上がろうとした、その時。
「――待て、お前たち」
先んじて立ち上がったクラリッサ・ハルフォース。
そいつは腹を抑えながらも気丈に振る舞っていた。周りの隊員たちを制止する余裕まである。
「私は大丈夫だ」
「しかし副隊長!?」
「大丈夫だ。いや、これは当然のことだ」
クラリッサ・ハルフォーフが言う。何を言うのかと耳を研ぎ澄ませる。
「彼らは隊長の嫁であり、弟であられる。そして隊長は我らの隊長だ。……お前たち、これがどういうことかわかるか?」
はっと何かに気づいたような気配がする。
俺はわからない。わかりたくない。
「我らは家族だ! これは愛の鞭なのだ! 全員並べ! 隊長の弟が我らに一発ずつ下さる! 家族の愛を噛みしめろ!」
指示を受け、ザッと整列する眼帯集団。その全員が期待顔で俺の方を見ている。
あまりの状況に呆然とする他ない。助けを求めて左右を見たら目を逸らされた。悪魔の手も借りたくて会長とボーデヴィッヒを見る。
「どうしよう……一夏君締め落としちゃった……。嘉神君、こうなったら一人でやるしかなわいよ」
「ふむ……私も受けるべきだろうか……それとも殴るほうに回るべきか?」
悪魔の手は借りるべきではないと思い直して前を向く。
「整列完了! お願いします!」
クラリッサ・ハルフォーフの声が木霊する。
藁に縋りたくて周りを見る。そこにいた軍人たちは遠巻きに見てくるばかりで近づいて来ない。その視線は一様に生易しい。あいつらまたやってるよと微笑ましさが混ざっていた。
「お願いします!」
……え? 本当にやるの?