明日の彼方に   作:紺南

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フランス里帰り強制連行8

酔っ払いに追われてホテルに逃げ帰る羽目になった。

字面で見れば実に情けない話だが、当事者にしてみれば冷や汗だらだらである。命からがら逃げ伸びた感があった。何事も熱しすぎるのは危険と言うこと。そして酔っ払いは怖い。

 

酒場に比べれば万倍安全だろうとたかをくくっていたホテルだが、戻ってみればその周囲には人だかりができていた。

大きなカメラを持ったマスメディアらしき人たちが熱心にホテルを写している。

ただごとではない気配。またぞろテロ予告でもあったのかと肝を冷やしたが、幸いにしてそういう事実はなく、どうやら俺たちがここに泊まっていると言う情報が漏れたらしい。

ホテル内の一フロアが丸々貸し切られていることまで公になっていた。

それに飛行機の爆破予告の件と合わせて、かなりの精度で情報がリークされている。

 

「一応ドイツ政府としては否定していると言うか、知らぬ存ぜぬで通しているみたいだけど、SNSで一夏君が飲み比べしているところが広まっているし、あまり意味はなさそうね」

 

ドイツとしては秘密裏に俺たちの身の安全を確保し、あわよくばぐらいは考えていたのだろうが、結果的には面倒ごとを抱え込んでしまったのではないだろうか。

例え何か企んでいたとしても、ここまで注目が集まった以上選択肢は少ない。下手を打って騒動が起きれば間違いなく露見する。国内外の目が集まっていると言っても過言ではなかった。

 

「こうなってしまった以上、無事にフランスに着けたとしても人の目は追いかけてくるでしょうから、それは煩わしいけれど。まあ、常に誰かしらの目があると思えば悪いことではないわ。そう割り切りましょ」

 

会長はそう言う。

俺としては「はあ、そうっすね」と言うしかない。

他に反応らしい反応もなかったが、なぜかデュノアだけは申し訳なさそうにしていた。

 

「僕のせいで……」

 

何言ってんだこいつ。

なんでもかんでも自分を責めればいいとか思っちゃってるタイプだろうか。

率直に「馬鹿なの」と思ったので、ありのまま伝えようとしたが、その前に更識姉妹がフォローに入る。

 

「別にシャルロットちゃんのせいじゃないわよ」

 

「……その通り。気に病む必要はない」

 

「でも……」

 

その慰めに大した効果はないらしい。

やはり一夏の言葉しか受け付けないのだろうか。だとしたら実に面倒くさい女だ。

 

「誰が悪いと言うなら、それは嫁だろう」

 

ボーデヴィッヒが腕を組みながら淡々と事実のみを伝えている。腰掛けているベッドの上には未だに寝込んでいる一夏の姿があった。時折漏れる苦悶の寝言は聞くに堪えない悲痛さだ。

 

「もう飲めねえ」「勘弁してくれ」「俺が何したんだ」

 

同じような寝言を聞いた覚えがある。

毎晩毎晩同じ悪夢を見ているのかもしれない。だとすると、日ごろどれだけ苦労しているのか察してしまう。溜め込んでいるものがあるのだろう。どこまでも不憫な奴だった。

 

「別に今回の件で謝る必要はないが、それとは別に誠心誠意謝る必要はあるぞ。俺に対しては土下座しろ。今すぐに」

 

「……うん。そうだね。自分を責めても仕方ないよね。みんな、ありがとう」

 

土下座しろ。

 

「ではみんな、順番にシャワーを浴びて寝ちゃいましょう。多分明日も早いでしょうから」

 

「はい」

 

「……わかった」

 

「ふん」

 

会長の指示に女どもが同意する。

 

方針も決定したので空気が弛緩した。

「それじゃおさき~」と言いながら浴室に消えていく会長。

無理やり敷いた布団の上でくつろぐデュノアと更識妹。

一夏と同衾する気満々らしく、布団の中に潜り込んでいくボーデヴィッヒ。

 

断っておくと、ここは俺と一夏の部屋である。

元々置かれていたベッドは二つだけなので間違いなくツインルームだが、今晩はこの部屋に六人で寝なければならない。忸怩たる思いである。

本来なら是が非でも拒絶するところだ。消えろ女どもと実力行使も辞さない。しかし、今は状況が状況のため、「二人だけだと危ないわよん」と言われたら同意するしかなかった。

誰もが寝静まったド深夜に特殊部隊に攻めてこられたら敵わない。いや、多分、嫌の予感と言うか頭に鳴り響く警鐘で起きるとは思うのだが、酔い潰れた一夏と言う足手まといが邪魔だった。こいつを守りながら戦う術を俺は知らない。

 

仕方ないから一晩ぐらいは我慢してやるか。

そう自分に言い聞かせて、布団からボーデヴィッヒを引きずり出しに行く。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

その後、ベッド争奪戦と言う全く何の意味もない戦いに勝利した俺は、ふかふかのベッドの上で安眠を貪っていたのだが、誰もが寝静まったと思われるド深夜に起こされた。

起こされた瞬間、一体何事かと一瞬で目が冴えたのだが、注意する限り周囲の様子は静かなもので、頭の中に警鐘も鳴っていない。

 

「弟よ、話がある」

 

「なんだてめえ」

 

俺を起こしたのはボーデヴィッヒだった。

基本的に不愛想な奴だが、なぜか今は深刻そうな表情をしている。

これは真夜中の反省会の時の顔。「誰にも聞かれたくない」と予想通りのことを言いやがったので、誰にも聞かれない場所を目指し、とりあえず部屋から出ることにした。

 

廊下を出て左右を見渡す。明かりがついていて見通しは利いた。少し離れたところに軍人らしき人間が立っている。そいつは俺たちの方をちらと見はしたが近づいてはこない。

 

ボーデヴィッヒに導かれて隣の部屋に入る。未だに警鐘はない。とりあえず危険はないと見ていいだろう。

 

「で、なに?」

 

「……」

 

眠かったから率直に訊ねる。夜の反省会は大体いつもこんな感じ。

普段は打てば響くボーデヴィッヒだが、今に限っては迷う素振りを見せている。その珍しい態度を注視する。

 

「……私は軍人だ」

 

「あ?」

 

「軍人なのだ」

 

「あぁ……」

 

分かり切ったことを言う。

IS学園に転入してきた時に、ドイツ軍の何たら部隊所属と自分で言っていた気がする。今更何が言いたいのか。

黙って続きを促す。

 

「軍人は命令に忠実でなければならない。それがどのような命令であっても、そこに私情の挟む余地などない」

 

「だから?」

 

「私はどんな命令だろうと遂行できる自信があった。どんな任務でも、必ず達成出来ると思っていた。教官の指導を受けた私に不可能はないと。……だが、今はもうその自信がないのだ」

 

「あぁん?」

 

「大切なものが出来た。家族だ。教官と言う義姉と一夏と言う嫁。そしてお前と言う弟だ」

 

鬼軍曹を義理の姉扱いするだけの理性はあるのに、俺に限っては血の繋がった弟扱いされるのはなぜだろう。

 

「正直、上の連中が何を考えているのか私にもわからん。だがもし何かしらの命令が下れば、私はそれを遂行しなければならん。ここはIS学園ではない」

 

「で?」

 

「もし嫁を拉致しろと命じられたら、お前を連れてこいと命じられたら、私はそうしなければならない。それが任務だからだ」

 

「あぁ?」

 

「しなければならないと思っている。だが同時に、したくないと思っている自分もいる。……私は、どうすればいいだろうか?」

 

どうやら未だかつてない真面目な相談だったらしい。

眠たすぎて頭は全然働いてないのだが、おおよそは理解した。

 

「したいようにすれば?」

 

「したいように……」

 

「ドイツ軍人でありたいなら拉致すれば? 一夏の夫でありたいなら拒否すれば? 好きにすれば?」

 

「好きに……」

 

「好きに生きて、やりたいことをすればいいだろ。俺を弟と呼ぶ以外は全部自由だ。勝手にやれ」

 

俺の言葉を受けて、また深く悩み始めたボーデヴィッヒ。

それにいつまでも付き合ってはいられないので、「寝る」と言い残して部屋を出た。

廊下の変わらない場所に兵士がいた。部屋の中の一夏たちに異変はない。

ベッドに横になって目を瞑る。すぐに意識は飛んだ。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

翌朝、朝食は取らずに出発することになった。

飛行機の準備は出来ているらしい。ドイツからフランスまで二時間もかからない。ドイツに長居するつもりはない。

 

「嘉神。俺、昨日の記憶が曖昧なんだが……」

 

「いつも通り酷い目に遭っただけだ。思い出さなくていい」

 

二日酔いで足取りの覚束ない一夏は真っ青な顔で頭を抑えていた。頭痛がするらしい。

 

「これが二日酔いか……俺も大人になったんだな……」

 

「あぁ……なんだか、凄く呆気なく感じるな……」

 

何がどう大人になったのか。一夏の気持ちはこれっぽっちも分からなかったが、感傷に浸っているらしかったので乗ってやる。

ふっとニヒルに笑った一夏は遠い目で呟いた。

 

「もう、酒は飲まねえ……」

 

「そうか……それを含めて大人になるってことなのかな……」

 

「そうかもしれないな……」

 

大人になるって悲しいことなの……。

……悲しいかなこれ?

 

進路方向、エレベーター前にハルフォーフもとい変態女が立っていた。

その背後には部下らしき眼帯が十人近く直立不動で待機している。

 

「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」

 

変態の挨拶に会長が答えていく。

 

「それがあまり眠れなかったのよ。ずっと変な視線を感じてね。慣れない場所で緊張していたのかもしれないわ」

 

「そうでしたか。言って下されば睡眠薬の用意もあったのですが」

 

「お気遣いだけで結構よ」

 

ふーん……。

 

「さて、随分とお待たせしてしまいましたが、飛行機の用意が整いました。これから皆様を空港までお送りします。ですが、その前に一つだけ――ラウラ隊長」

 

変態の目がボーデヴィッヒを捉える。

 

「IS学園に向かわれてから、隊長は随分と変わられました。プライベートに言及するつもりはありませんが、送られてくる報告一つ見ても、それは明らかです」

 

ボーデヴィッヒと変態が、それぞれ感情の読めない瞳で見つめ合う。

 

「しかし、いくら変わられたとしても我々がドイツ軍人であることに変わりはない。任務遂行のためには手段は択ばない。私情を排し祖国のため行動する。我らが従うは命令のみ。違いますか?」

 

「その通りだ、クラリッサ」

 

ボーデヴィッヒが答える。嫌な緊張感が漂っている。

 

「で、あるのならば、隊長はどのような命令にもお応えいただけるのでしょうね? 例えば、織斑一夏の身柄を拘束するよう命じられたとしても」

 

「そのような命令は受けていないが」

 

「例えばの話です。今はまだそのような命は下されていません」

 

足音を聞いて背後を見る。

非常口から昇って来たと思しき一団がやってきていた。それらは皆眼帯をしている。

 

「そうか」

 

「お答えください」

 

「ふむ」

 

変態は答えを急かし、ボーデヴィッヒは順々に俺たちを見てきた。

一夏とデュノアと更識妹が信じられないと言う目でボーデヴィッヒを見つめていた。

会長は扇子を開いて口元を隠している。動揺しているわけではなさそうだったが、いつもは何かしら書かれているはずの扇子に文字はない。

最後に巡って来た視線を受けて、俺はただ肩をすくめた。ふっと笑ったボーデヴィッヒは、胸を張って変態に向き直る。

 

「では答えよう。クラリッサ、私はその命令には従えない。以上だ」

 

「……隊長」

 

変態は困ったように笑う。直立不動の部下たちに僅かに動揺が走った気がした。

 

「この言葉が軍人失格であることは理解している。こうして口にした以上、最早ドイツ軍に私の居場所はないだろう。それでもだ。私は嫁を拘束することは出来ない。シャルロットや他の面々と事を構える気はない。ましてや実の弟に手は出せん」

 

口元に仄かな笑みを湛えて、ボーデヴィッヒは告げる。

 

「私は今とても幸せだ。この幸せを壊したくない。ゆえにその命令は拒否する」

 

束の間、沈黙が漂う。「ラウラ……」と一夏の感動を押し殺した呟きが聞こえた。

内心をさらけ出すことに羞恥心を覚えたのか、僅かに頬を赤く染めたボーデヴィッヒは、変態の視線を真っ向から受け止め、決して視線を逸らさない。

 

「それは隊長の本心ですか?」

 

「本心だ」

 

「そうですか」

 

ふうと息を吐いた変態はやはり困ったように笑う。

 

「副隊長として言わせていただくと、今の隊長の言葉は非常に残念です。まさかそんなことをおっしゃるなんて。上官としてはもちろん、軍人としても落第でしょう。問題発言だと言わざるを得ません」

 

そこで変態は言葉を区切る。視線を下げ、ほとんど唇を動かさず、囁くような声音で告げた。

 

「しかし個人的には、今の隊長はとても好きですよ」

 

言い終わった瞬間、変態は姿勢を正し極めて事務的な口調に変わる。

 

「今の発言は一言一句余さず報告させていただきます。よろしいですね?」

 

「構わん」

 

「結構です。それではこれより皆さんを空港にお送りいたします。マスメディアの目から逃れるため、地下駐車場に車を待機させてあります」

 

部下の一人がエレベーターのスイッチが押すと、間髪入れずに扉が開いた。

どうぞと促されるまま乗り込んでいく。乗ったのは俺たち六人と変態が一人。計七人。

最後に乗り込んできた変態がスイッチを押し、エレベーターは降下していく。

 

「それと一応お伝えしておきますが、機内を隅々まで捜索した結果、飛行機に似つかわしくない機器が複数見つかりました。皆さんのプライバシーが侵害される恐れがあったので全て取り外してあります」

 

「あらそう? 別にあってもなくても良かったのだけど。まあ、ありがとうと言っておきましょうか」

 

「残りのフライトも快適に過ごせるように配慮したまでです」

 

一夏を見る。今のボーデヴィッヒのやり取りを聞き、すっかり酔いは冷めたらしく、感動で涙目になっている。

デュノアと更識妹もまたそれぞれ感動し、デュノアに至ってはボーデヴィッヒを背中から抱きしめていた。頭を撫でながら「大きくなったね」などと呟いている。

 

まだ油断はできないが、とりあえずドイツを出発できる見通しはついた。

これでようやくフランスに着く。ていうか何のためにフランスに向かってるんだっけ?

……デュノアの家庭事情か。

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